#19 光の中の君と一人と独りの違い
夜に浮かぶ鮮やかな花の光と音のなかで、真恋は自分を語ってくれた。
「私って、本当にお姫様みたいな扱いされてたんですよ」
目元一つ動かさずそう言う真恋に、俺は頷くしかなかった。
客観的に見て、真恋の容姿は学校でもトップクラスに整っているし、加えて先天性の左脚単麻痺。
特別扱いされるパーツが揃いすぎているのは、さすがに俺でも疑いようがなかった。
「髪色も少し派手ですし、顔もまあ自分で言うのもですけど可愛いですし、オマケに左脚がほとんど動きません」
「…………」
「耳目を集めて、同情を集めて、どこにいても誰かが守ってくれる。正真正銘、お姫様ですね」
「あのあだ名って」
「多分小中の私を知っていた人がそのまま高校でも広めたんでしょう。小中高一貫校から出てきてまで言われるとは思ってもみませんでしたね」
「……俺も、エスカレーターから逃げた口ではあるよ」
「ラブさんからそこだけは聞きました。……すっごい気になりますけど、今は自分語り失礼しますね」
「おう、すまん」
今は言わなくてもいいことだったな。
「本当は、高校も県外に出て、一人暮らしにしたかったんですよ。さすがに親が許してくれませんでしたが」
「まあ高校生の一人暮らしはなあ」
創作だと鉄板だけど、あまり現実的ではないとこではある。
特に田舎で、俺たちみたいなのだと尚更だ。
「分かっています。たとえ脚が普通でも、許してはくれなかったでしょうね」
「まあそりゃあな」
「でも、私は一人になりたかったんです。周りから愛のようなものを集める器をしていた私は、とっくに溢れて壊れそうになっていましたから」
「全部が全部、良い人からってわけでもないしな」
「下卑たものを感じたこともしょっちゅうでしたね。亜季ちゃんが過保護になっていったのも仕方ないと、今なら言えます」
「でも実際一人暮らしとなると、むしろ助けられないといけなくなるよな」
仕送りや、周りへの挨拶、配慮。
……同情や風評もむしろ酷くなるかもしれない。
「ええ。親からもそう言われて、高校は一貫から変えるだけで近いところにしました」
冷静だし、流石に大人だな。俺が思うことくらい思いついてるか。
「でも、私の孤独感は人といることで、むしろ強くなっていくんです」
その言葉にハッとして、真恋の目を見る。
花火の色彩に照らされるその目は力強く輝いていた。
「だから、人と関わらなくていい一人暮らしがしたかったんです。親も少しは察してくれたのか、休日に全く家から出なくなって人も招かなくなった私に何も言いません」
いや、でも、それじゃあ。
「でも、あなたといると不思議と孤独感は感じないんです」
……俺は…目をそらしてしまう。
「私は、私の自立は誰とも必要以上に関わらず、ビジネスライクに生きることで成る。そうすると孤独感もなくなって強い大人になれる、と思っていました」
痛々しいまでの経験で導き出した自立論を、もう過去のものという口ぶりで満たされたように語る真恋。
その様子に俺まで満たされそうになってしまった。
「でも、才人くん。あなたを見つけてあなたとゲームセンターで遊んだときに、人生が変わってしまいました。前までは亜季ちゃんとも学校でしか会わなくなってたんですよ?」
真恋は、それが今や今日の調子ですよ……とわざとらしく首を振ってみせる。
「俺なんかで人生変わったとは、ちょっと過分なお言葉だな」
顔を逸らしたままで、できるだけふざけた声色で。
震えるな、声。
「……こっち向いてください」
「向いてる」
「向いてません。早く」
真恋は俺の顔をガシッと掴むと、そのまま強引に自身の方へと向ける。
「なんで才人くんが辛そうにしているんですか」
「いや、俺は人の人生になんて、干渉しちゃいかんから」
「なんでですか」
「分からん。分からんけど、確信できる」
「そういうことなら、手遅れです。あなたは私の人生にもう食い込みました」
「ろくなことにならんぞ」
「楽しみですね」
真恋は今日一番の笑顔で、そう言った。
「大学に行って一人暮らし始められたら、合鍵あげますよ」
「……軽々しくそういうことを」
「才人くんだから、良いのですよ?」
そのとき一番大きな花火が上がり、お祭りの終わりを告げる。
「もうおしまいのようですね。あ、屋台が撤収し切る前に唐揚げとか箸巻き買いましょうよ」
「ああ…フルーツ飴まだあるかな?」
「才人くんはオレンジですよね?私イチゴにしよっかな」
「うん、さっさと買いきっちまおうか」
「はあい」
祭りを楽しみ、長かった今日も後は帰るだけだ。
「市まで送んなくていいのか?」
「大丈夫大丈夫、駅からは親が来てくれるそうですから」
田舎の少ない便数の汽車、待ち時間はそれなりにあるしまだ喋れてしまう。
「まあここで喋っても、また家でメッセしますが」
「元気だな、俺はもう眠い」
色々、かなり疲れた。
「あーそういえば直さなくちゃな…」
カバンに付けていた黒シバを人混みに備えてカバンの中に入れていたので、表に戻す。
それを見た真恋がいそいそと自分の黒シバも付け直す。
「落としたりしたら大変でしたからね」
「そうだな。探すのも、またガチャガチャするのも大変だ」
「落としちゃったらどうします?次は、お寿司のガチャガチャとかにしますか?」
「違うガチャガチャするんかい」
またシバ探しするんじゃないのか?
「今日のガチャガチャは、今日のです。いつかの未来のガチャガチャは、いつかのです」
「そのいつかにまで、俺はいるのか」
「いますね」
自信満々に、何も憂いも考慮するものもないかのような断言。
何を根拠に言ってくれているのだろう。
「いますとも。逃がしません。たとえ才人くんが私を嫌いでも、特別でなかったとしても」
「たった…一ヶ月しか会ってない男に、そんなこと簡単に言ったら…駄目だと思うが」
「確かに。ちょっと危ないかもですね」
受け入れるような眼差しに、目を閉じて逃げだす。
「あら、眠いんですか?花火くらいからお疲れのようでしたし、寝ても最寄りで起こしてあげますよ」
「二駅くらいじゃ寝られんよ…」
「じゃあフルーツ飴でも食べましょう。砂糖とビタミンCで目を覚ませます」
「砂糖はともかく、ビタミンCにそんな作用あったかな?」
「まあまあ、食べましょう」
真恋は自分のイチゴ飴を取り出し、少しずつ齧りだした。
デグーマウスみたいな食べ方するなぁ。
「……ネズミみたいだとか、思ってませんか?」
「…………デグーマウスだ」
「テンジクネズミじゃないですか」
だからなんで分類がスッと出てくるんだ。
自分もオレンジ飴に齧りつき、果汁の酸っぱさで目を覚ます。
「思ったより、酸っぱいな」
でも今はこれでいい。
「ええ。イチゴもかなり酸っぱいですね」
「まあ、砂糖に漬けてる前提だよな」
そんなこんなと言っていたら、汽車が駅についたので乗り込む。
お祭り帰りの人がちらほらとはいるが、そこまで混んではなくすぐに座れた。
隣り合いの席の窓際に座り外を見る。
反射で映る自分の顔が煩わしい。
「私ね、あんなこと言いましたけど正直な話、自立ってなんなのか今分からないんです」
「……親元を離れて、自分で生計を立てること。じゃないのか」
「意味合いだけなら、そうです。」
多分真恋が言っているのは、もっと精神的なものだ。
だけど、それを言葉にする力は俺にはない。
「でも、何となく分かってきたことはあります」
ガラス越しに力強い目がこちらを見据える。
「きっと自分独りだけで立つだけが自立じゃないんですね。人を頼ること、人に頼れるようになること、頼ってもいい人を作ること、人に頼り切らないこと」
いまだに俺の腕を掴んでいる手が少しだけ力を増した。
「それらも自分の力なんですね。自分の力で立つ。それが自立の一歩目なんだとちょっとずつ思い始めてます」
「……立派だな。俺には考えもつかないよ」
「それは違いますよ。これらは才人くんに教えてもらったんですから」
そんな大層なもの教えた覚えはないし、自分でも分かっちゃいない。だけど。
「私の左足はあんまり動きません。でもこれは元からです。だから私にとって、動かないことは痛みではありません」
最近になってやっと障害者になった俺には分からない、最初からのモノ。
「じゃあ、真恋にとっての痛みって…」
「これを痛みにされることです。ヒトから「痛そうだね」と言われると、初めて私の足は痛みます」
真恋の根源らしい、同情への嫌悪は痛みからなのか。
でも今の話と何の繋がりがあるんだ。
「私はこの痛みの癒し方がわかりませんでした。ただヒトから触れられ、痛み続けるだけ。独りになれば治るのかと思ってたんですが、おそらくそうではないみたいです」
ああ…そうか。
「……痛みの元は孤独だったのか」
人に触れられ、人に優しくされ、人に特別扱いされればされるほど深くなる傷は真恋を蝕み独りへと追いやっていった。
それこそが、痛みだったのか。
「分かってるじゃないですか。やっと色々まとまったので、今度亜季ちゃんたちとも話してみます」
今までと、これからを。真恋は力強く決意に満ちた顔で"これから"に向き合う。
きっとそれはいい結果をもたらすのだろう。
窓の反射越しの会話、真恋の顔は慈しむようにこちらに向けられたまま。
(その痛みは、たぶん俺も知っている。治し方は俺の場合はまだ、分からない)
「これで痛みが減れば、私の自立は進みます。自分独りでの自立は効率悪いです。巻き込める人は巻き込まないと」
「それは、そうかもな」
「というわけで、明日空いてますか?」
「……どうだったかな。シフト、見てみないとな」
嘘だ。シフトは空いている。ただ、今その場で肯定してしまうことができないだけだ。
「そういえば今日はゲーセンから離れてましたけど、お祭りの遊びってゲーセンみたいですよね」
「遊戯って部分は変わんないのかもなあ」
今はあんまり見かけないが、パチンコのような出店も昔はよくあったらしいし。
「ふふ、次は水風船釣りとかもしましょう」
「ああ、食い物ももうちょっと買えたら良かったな」
いつまでも変な風に落ち込んでるわけにもいかないので、気力を振り絞る。
「……ちょっと回復してきました?明らかになんか弱ってましたよね」
「疲れてたからな、飴が効いてきたみたいだ」
実際、砂糖とビタミンCは疲労に効くはずだ。
「なら良いんですけど。なんか困ってたら言ってくださいよ」
「善処する」
「しない言い方だ」
そこまで言ったところで、都合よく自分の最寄り駅に着いたので、そそくさと出る準備をする。
「じゃあな。シフト確認しとくから、後でメッセするわ」
「本当ですね?待ってますよ」
「寝てたら、その限りではない」
「もう。しょうがないですね」
悩んだ末に本当のシフトを報告したのは、次の日の朝のことだった。




