ロックリザード
いつまでも狼狽えている場合じゃない。
オレ達は体制を立て直し、武器を構えた。
「Aランクの魔物だ! 気を抜いたら死ぬぞ!」
「守りは任せて!」
トーマスは左手のカイトシールドに『気力』を込め、守りを固める。敵を誘導し引き付けて、味方が安全に攻撃できるようにするのが盾役の仕事だ。
ロックリザードの敵意は、トーマスに全て向かった。
好機だ。オレは春雪に『魔力』を込める。整備されたばかりの刀は、今までのどの剣よりも魔力の乗りがいい。いける。
『魔法剣 炎の破斬!』
炎を纏った斬撃を、ロックリザードの脇腹に向けて放った。ヤツの意識は完全にトーマスに向いている。不意をついた攻撃は、狙い通りまともに当たった。
しかし、甲高い音と共に火花が散り、体皮が少し焦げただけだった。
「硬ぇ……! まだまだ!」
火が駄目なら風だ。
『魔法剣 風の斬撃!』
横薙ぎに、風属性の剣風を飛ばす。
今度は警戒していたのか、分厚い腕でガードされた。やっぱり硬い。
その間にも、トーマスはロックリザードの鋭い爪の猛攻を正面から受け止め続けている。シールドで受け流し、剣で弾き、体勢を崩されても決して倒れない。
流石はAランクの魔物だ。一撃が重い。トーマスも徐々に押され、革鎧に生々しい傷が増えていく。
「エミリー! サポート頼む!」
「準備はできてるよ!」
『回復術 ヒール』
『補助術 ロバスト』
トーマスの傷が、淡い光と共にみるみる癒えていく。同時に補助術が彼の防御力をさらに高めた。
「ユーゴ! 刀は『斬る』事に特化した武器だって、ダンさんが言ってなかった!?」
「っ……!」
エミリーの言葉に我に返った。
そういえば、父さんもそう言っていた。
『この刀は、斬る事に特化した武器だ。何度も言うが『魔力は放つ力』『気力は纏う力』だ。武器に気力を纏う事でその切れ味は何倍にも増す。気力の扱い方によってはさらにだ』
父さんの教えが脳内に響く。
「すまん! 魔法剣にこだわりすぎてた!」
『補助術 ストレングス! クイック!』
エミリーの補助術がオレの力と素早さを底上げする。身体が軽くなるのを感じ、地面を蹴った。
敵はパワーはあるけど、動きは鈍重だ。その巨体の真横から斬り掛かるが、甲高い金属音と共に硬い鱗に弾き返された。文字通り、歯が立たない。
一度距離を取り、刀に丁寧に『気力』を纏わせながら、トーマスの後ろからロックリザードを観察する。大きさは、トーマスの1.5倍はあるか。全身を覆う鎧に隙は無いのか。
……いや、よく見ろ。首の下、胸との境目あたり。チョッキを着ているかのように、鱗と鱗の間に僅かな隙間が見える。
あそこだ!
右手に刀を持ったまま、空いた左手に魔力を込める。
『風魔法 空気砲!』
圧縮された空気の塊が、下からロックリザードの顎を撃ち抜き、その巨体を無理やり仰け反らせた。ガラ空きになった胸元へ向け、思いっきり地面を蹴る。トーマスの頭上を飛び越え、がら空きの胸元に斬りかかった。
技名なんてない。ただ、渾身の力で振り下ろす。
「ぬォォォーッ!!」
肉を断ち、骨を砕く鈍い感触が手に伝わる。ロックリザードは、胸から腹にかけて真っ二つに裂け、地響きを立てて倒れた。
「おいおい……恐ろしいほど切れるな、この刀……」
「ユーゴは魔法剣士だと思ってたけど、これからは剣技メインの方がいいかもね」
「Aランクおめでとー! 報酬ゲットー!」
ロックリザードの体皮を処理していると、拳ほどもある大きな魔石が出てきた。Bランク以下の魔物からも魔石は出るけど、ここまで大きいのは初めて見る。
「ねぇねぇ、この魔石、私の杖に使っていい?」
魔石は主に魔法具などに使われ、人の生活に欠かせない。また、魔法の増幅効果もあるため、術師の杖などにも使われる。オレも欲しいけど、刀につける訳にもいかない。
「オレは構わないよ」
「僕も構わない」
「ありがとう! 古い魔石は皮と一緒に売っちゃおう!」
倒した魔物は、体皮や牙、爪等を採取してから火魔法で火葬する。死骸をそのままにしておくと不衛生なのもあるけど、主な理由は魔石などの取り残しを防ぐ為だ。全てを焼くのは難しいけど、そのままよりはマシだ。
三つの袋いっぱいに戦利品を詰め、オレたちは凱旋するかのように町へと帰った。
これで晴れて、オレたちはAランクの狩猟者だ。
◇◇◇
「ほらよ、報酬の30万ブールだ。魔石の交換と防具用の体皮を差し引いてもこの額だ。割と大型のロックリザードだったみたいだな」
帯封のついた札束が、カウンターに積み重ねられる。王国内の一般労働者の平均年収が約5万ブールだ。三人で分けても一人当たり二年分の収入になる。常に死と隣り合わせな分、狩猟者の報酬は大きい。Bランクの頃と比べ、Aランクの報酬は五倍近くに跳ね上がっていた。
「一人10万ブールか。エミリー、ダンさんへの立て替え分、引いとくからな」
「無一文からの大脱却! さすがはAランク、気前がいいね!」
「こんな大金を持ち歩くのは怖いな。銀行に寄ってから祝杯をあげにいこうよ」
ゴルドホークの銀行は町の中心部にある。ウェザブール王国内であれば、どこの町の支店でも入出金できる便利なシステムだ。当面の生活費だけ持ち歩き、残りは銀行に預けるのが常識だ。
「魔力認証をお願いします。……ユーゴ・グランディール様ですね。確かにお預かり致します」
魔力は指紋のように、一人として同じものは無いらしい。それを認証に利用している。
「おいエミリー。お前もせめて半分は預けておけよ。スリにでもあったらどうするんだ」
「嫌だね! いちいち下ろすの面倒くさいじゃない」
「……もう絶対に奢らないからな」
「まぁまぁ、とりあえずご飯に行こうか」
報酬も入ったことだ、少し高級な店に入る。もちろん、酒も注文だ。
「Aランク昇格おめでとう! カンパーイ!」
エミリーの快活な音頭で、オレ達はビールがなみなみと注がれたジョッキを打ち鳴らした。冒険者カードに刻まれた『A』の文字が、やけに誇らしく見える。三人で他愛もない話をしながら、勝利の美酒に酔いしれた。
「とりあえず、半月くらいはゆっくりするか?」
「そうだね。この町を出るなら、その間に色々準備もしないと」
「じゃあ、二週間後にギルド集合で決まりだな。荷物をまとめて、家の手続きも終わらせておくか。……オレ、この町を出るの初めてなんだ。少し寂しい気もするけど、それ以上に楽しみだ」
「分かったよ! じゃあ、ここのスレイプニルレースも賭け納めだね……」
今日の勝利と、これから始まる未知の旅への期待を肴に、オレ達は夜が更けるまで酒を楽しんだ。




