練気術
「練気術で練った気力を様々な術に使う。基礎の基礎からもう一度言おう。『魔力は放つ力』『気力は纏う力』であることは理解しておるな? 練気を魔力に乗せて放つのが『遁術』だ。簡単に言えばな」
遁術とは、あの船の船長がシードラゴンに放った術だろう。
「次に、魔力を主に使うのが回復術だ。我々は練気を主に使う『治療術』を扱う。回復とは傷を治す力、治療とは治す行為そのものだ。予後も治癒の速さも違う。治療術は回復術よりも上位の術である」
エミリーが、口を開けたまま、真剣な眼差しで里長の一言一句を聴き入っている。
「治療術は、全員が使えるに越したことはない、習得するが良い。補助術も練気を使うと効果が段違いだ。我々は『強化術』と呼んでおる。そこのメイファが我が里で一番の治療術師だ。遁術にも長けておる」
里長がメイファさんを紹介すると、エミリーはメイファさんに羨望の眼差しを向けた。これでエミリーの師匠は決まったようなものだ。
「次だ。先程は練気を刀に纏ったが、盾に纏えば更に強靭な盾になる。それを周りに張り巡らせれば守護術だ。トーマスといったか、お主、守護術を張ってみろ」
言われてトーマスは、すぐに盾を構えた。
『守護術 シールドシェルター』
トーマスが発動させたのは、広範囲に張れる魔力の盾だ。空間にモヤモヤと、薄黄色の膜が張っているように見える。
「では、ヤンガス」
「へぃ」
里長に促され、ヤンさんはその場で腕組みのまま実演した。
『守護術 堅牢』
ヤンさんの周囲に、六角形の透明なシールドが蜂の巣状に連なって囲んだ。そのシールドは陽の光を鋭く反射している。
「練気の盾を自身の周りに張り巡らせる。見た目から別物であろう。分かるか?」
「凄い……見ただけでレベルが違うのが分かる」
オレは思わず声を漏らした。トーマスのモヤモヤとしたシールドとは、防御力も安定性も段違いに見える。
「これは、習得するのに骨が折れそうですね……」
トーマスは、ヤンさんのシールドを凝視しながら、少し怯えたように言った。
「いや、練気術自体はそうでも無かろう。お主らは、もう既に基礎が出来ておる」
基礎が出来ている……?
オレたち三人には何の事か分からない。顔を見合わせる。里長はそんなオレたちに構わず、説明を続けた。
「よいか、魔法は魔力を属性別にそのまま放つが、『術』と名の付くものは、全て気力を介して発動する」
里長の指示で、メイファさんが数歩前に出て、分かりやすく説明を始めた。
「例を出そうか。回復術は、回復用に生成した魔力に、気力を練り込んで対象に纏わせて回復する。さっき盾士のお前が張った守護術は、生成した魔力に気力を練り込み、周りに形として安定させる」
里長が静かに口を開く。
「言いたいことは分かるな? お主らは知らんうちに、気力を練り込む術を知っておる。気力のみを練り上げ、扱うのが練気術である」
それを聞いて、オレは落胆の色を隠せなかった。
「里長、オレは術を扱えません……」
オレは魔法剣士だ。魔法はつかえるけど、純粋な術は使えない。
「魔法剣は扱えるであろう。発動前の魔法に気力を練り込んで、剣に纏わせ戦うのが魔法剣だ」
なるほど……!
里長のその一言で、オレの中の魔法剣の仕組みが、初めて論理的に繋がった気がした。実に分かり易い説明に、オレたち三人は大きく頷いた。
里長は続いて、練気術の利点について説明を始めた。
一番の利点は気力の節約だ。練った気力を小出しにして扱うことで、気力をそのまま扱うのと比べ、使用量が格段に減る。しかも効果が数段高い。気力も有限じゃない。これは燃費の良い、素晴らしい戦闘法だ。
「では、今までの様に魔力に気力を練り込む要領で、体の中で気力のみを練り上げてみろ」
気力のみを練り上げる……。
オレは目をつぶり、体内を流れるように存在する気力を意識して、その核を練る。なるほど、魔力とは違う、温かい何かが、体の中心に集まり、ぎゅうっと圧縮されていくように感じる。
「出来たか? それを右手に集中させてみよ。薄く小出しに、を意識するようにな」
体の中心に渦巻くように存在する錬気の一部を、意識的に右腕へと移動させる。右手にとんでもない力が集まっているのを感じる。手のひらが熱を帯びているようだ。
「良し、上出来だ。これからその力を、それぞれの術に昇華させる鍛錬を各自ですると良い」
「すごいね……これをぶっ放したらどうなるのか、恐ろしいんだけど……」
エミリーは、自分の右手に集まる力にゾッとしたように、そっと両手を擦り合わせた。
「エミリー、これからメイファの屋敷に住込みで修行せよ」
「うん! メイファさん、お願いします!」
おぉ、エミリーが敬語使った……。
「トーマス、お主はヤンガスの家だ」
「はい! ヤンさん、よろしくお願いします」
トーマスは深く頭を下げた。
「おう、俺は厳しいぞ。覚悟しとけ」
ヤンさんの声には、いつもの豪快さに加えて、職人としての厳しさが滲んでいた。
本当に厳しそうだ……。トーマスの未来に少し同情する。
「ユーゴ、お主は儂の屋敷の庭で修行だ。門の近くにシュエンの屋敷がある。定期的に手入れはしてある。そこで寝泊まりするが良い」
「分かりました!」
「今日はここまで。各自明日から励むが良い」
里長の言葉を最後に、オレたち三人の修行生活が始まった。
◇◇◇
里長の屋敷で食事と風呂を頂いた後、オレは父さんが過ごしていたという屋敷に向かった。
一人で過ごすには広すぎる、立派な屋敷だ。縁側からは庭の様子がよく見える。
一通り見て回ると、書斎に本棚があった。そこまで本が多い訳じゃない。その中から、一冊の古びたノートを見つけた。それは父さんの日記だった。
オレが知らない父さんの思い出。
オレは静かにその日記を開いてみた。




