修行開始
次の日の朝。
昨日と同じお膳に朝食が並んでいた。オレとトーマスは席に着き、少し遅れてエミリーもやって来て座った。
白い米に、昨日とは違う素朴な汁物。焼いた卵料理と一緒に食べる。飾らない味付けだが、美味しい。体が目覚めるようだ。昨日の炊き込みご飯も良かったけど、白いご飯もまた格別だ。
「昨晩に続いて朝食まで用意して頂いて……ありがとうございます」
配膳してくれたお弟子さんに、頭を下げてお礼を言った。
「良いってことよ。この家の料理は絶品だろ?」
お弟子さんは豪快に笑う。
「うん、すごく美味しかった!」
エミリーも満面の笑みで頷いた。
「盛り付けが美しくて、目でも味でも楽しめました」
トーマスはこの国の料理に興味津々だ。
「そりゃ良かった」
お弟子さんは満足そうに微笑んで、部屋を後にした。
食後の茶をすすっていると、エミリーが目を輝かせて話し始めた。
「そういえば、この家の女の人の服見た? キモノって言うんだって! 私、初めて見たけど、すごく素敵で……私も着てみたいなぁ」
「エミリーが着たら、また違う可愛さがあるだろうね」
「また買ってこようかな!」
修行が一段落したら、後日里内を改めて観光しよう。そう心に決めた。
食器を片付け、オレたちは身支度を整える。今日から修行が始まる。胸が高鳴る。
「ヤンさん、おはようございます。昨日の宴会に続き、朝食までありがとうございます」
三人揃って、ヤンさんに深く頭を下げてお礼を言った。
「おう、おはよう。オレも楽しかったからよ、いいってことよ。ほらよ、刀だ」
ヤンさんは、研ぎ直された春雪を、鞘ごと差し出した。
「今日は何するか知らねぇが、革鎧はいいだろ。武器と盾だけ持っていけ」
「ありがとうございます!」
オレは刀を受け取り、腰に差す。
そして、たまらず刀を鞘から抜き放った。
これが、春雪の本当の姿……。
昨日までとは、全くの別物になっていた。刀身は鏡のように澄んで、光を浴びて眩しいほど鋭く輝いている。刃文はより鮮明に、その美しさを主張していた。
オレは今、文句なしの一級品の所持者になった。この刀に恥じないように、そしていつかヤンさんに認められるように強くならないと。自然と全身に力が漲る。
「良し、行くか!」
オレたちはヤンさんの後について修練場へ向かった。朝だと言うのに容赦無い日差しが照りつけている。
着いた場所は、修練場と言うだけあって、遠くまで見渡せるほど広い平地だった。
少し待っていると、里長が、娘のメイファさんを伴って歩いて来た。
「おはよう。昨日はよく眠れたか?」
里長は、静かながらも威厳のある声で問いかける。
「はい!」
オレたちは揃って返事をした。
「里長、久しぶりです。で、なんで俺まで?」
ヤンさんは里長に恭しく一礼してから問いかけた。その厳つい顔には、どこか不満げな色が浮かんでいる。
「我が里で盾士と言えばお主であろう。こやつらに教えやるがよい」
「買いかぶり過ぎだって……」
ヤンさんは頭をボリボリと掻き、バツが悪そうに俯いたが、里長の指示には逆らえないのか、それ以上は何も言わなかった。
オレたち三人は里長の前に並び、改めて一礼した。
「さて、早速お主らの現状を見るとしよう。ユーゴ、刀に練気を纏ってみろ」
レンキ? 気力の事だろうな。
始祖四王の一人の前での実演だ。オレはゴクリと唾を飲み込み、緊張の面持ちで刀を抜いた。両手で握り締め、体内の気力を刀に流し込む。意識を集中し、薄く薄く、丁寧に気力を纏わせようとした。
「待て、練気術はどうした」
里長が即座にオレを制した。
「えっと……そのレンキ……? ってのは何ですか?」
オレは全く聞き覚えのない言葉に首を傾げた。
「おかしな事を言う。シュエンに教わったであろう」
「いえ、父に教わったのは、魔法と魔法剣だけです。気力の使い方すら詳しくは……」
「なんだと……? 何故だ」
里長は、怪訝な顔で腕を組み、考え込んでしまった。メイファさんとヤンさんも顔を見合わせて首を傾げている。その場の空気が一瞬重くなった。
「まぁよい。あやつの事だ、考えても分からぬ。では他の二人も練気術は知らぬのだな?」
「はい」
「僕も知りません」
オレとトーマスが答えると、里長は深く頷いた。
「左様であるか、では練気術から指南しよう」
里長は腰に携えた刀を抜き、そこに気力を込めた。
「これが先程ユーゴがした事だ。ただ気力を刀に纏わせただけだ。気力が目に見えるであろう」
里長の刀身には、まるで薄い靄のように、均一で安定した気力が纏わりついている。オレが今まで見てきたどの剣士よりも、その気力は薄く、そして鋭利に見えた。レベルが全く違う。
「次に、練気術で練った気力を刀に纏わせる」
里長が刀を握り直す。
なんだ? 何も見えない。
刀身はただの金属の塊に見える。気力の光も靄も、一切見えない。
「何も見えぬか? これならどうだ」
里長はそう言って、刀を近くにあった腰の高さほどの岩に乗せた。
すると、刀がまるで食後のデザートにフォークを入れるように、何の抵抗もなくスーッと岩に吸い込まれていった。
「えっ!?」「はあっ!?」「なっ!?」
オレたちは目を剥いて、同時に驚きの声を上げた。岩に刀身の半分近くが埋まっている。
「切れ味が段違いであろう。これが練気術だ。更に鍛錬すると……」
里長は刀を岩から抜き、片手で大岩に向けて構えた。
『剣技 剣風』
刀を横薙ぎに一閃する。
光の斬撃じゃない。まるで空間が歪んだかのように、無色の斬撃がものすごい速度で大岩に吸い込まれて行った。
大岩は直後、斜めに綺麗な断層を描いて、そのまま二つに割れて落ちた。断面は鏡のように滑らかだ。
「この通り、斬撃を放つことも出来る」
凄い……これが刀の本来の扱い方か。
オレは衝撃で、しばらく言葉が出なかった。




