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08.マリアンネの死の偽装1



 少女は名乗らなかった。

 名前の意味するところを知っているのか、リーンハルトには判断が付かなかったが、その『大事なことは言わない』という選択ができる少女を好ましく思えた。


「では、こちらで名前を決めてしまうよ?」

「……お好きになさってください」


 素っ気なく返ってくる答えに、リーンハルトは苦笑した。


 気弱に見えるのに、心は強いらしい。

 だが、そんな彼女だから、平民という立場でありながらマリアンネの願いを聞いて、貴族学校の卒業パーティーに出向くようなことまでした。

 弱さと、儚さ、義理、根性――挙げればきりがないけれど、少女を形作るものは、色々な要素がありそうだった。


「では、ライラ、と」


 リーンハルトがそう言うと、少女の体がピクリと跳ねた。


「……合っていたみたいだね」


 リーンハルトは、少女の反応を見ながら薄っすら笑う。

 少女にすると、リーンハルトはどこまで見透かしているのか、空恐ろしく感じる。

 ライラ――少女は、祖母からそう呼ぼれていた。


『本当の名は別にあるけれど、今は教えないよ。何故って? 私たちに取って、名はとても大事なものだからさ。お前がきちんと自分の力を制御できるようになったら、教えてやろう』


 そう言った祖母は、少女に真名を教えることなく、常世に旅立った。

 そのため、少女は愛称である『ライラ』としか、名前を知らない。


「どうして、名前……」

「どうしてだろうね?」

「『心眼』……ですか?」

「どうだろうね? ……冗談だよ。君を探すときに、『ライラ』という名前で薬師をしていると聞いたんだ」

「左様でございますか」


『心眼』で知ったのではないと知って、少女は少しだけ安心した。

 けれど、うっすらと笑みを浮かべているリーンハルトは、少女にとっては何を考えているのかまったく読めない相手で、やはり警戒してしまう。

 不幸なことに、今までそばにいてくれた霊もここにはおらず、誰一人頼るものがいないという状況が、さらに不安にさせる。

 そこに。


「兄上、彼女は目覚めたのですか?」


 ライナルトが入ってきて、声をかけた。

 ここに入るのに、扉をノックするなどの配慮はないらしい。


「ああ、つい先ほど」

「それは良かった。聞きたいことがあって」


 夜会で見たライナルトと違い、少しだけ覇気があるのに、少女は『魅了』が溶けてきたのを感じ、ほっとした。

 おそらく、ジリアン男爵令嬢は香水の効果もあるだろうが、本人にもわずかながらに『魅了』の異能を持っていたに違いない。

 そんなことを考えていると、ライナルトがリーンハルトの隣に座って。


「夜会では済まなかった。そして、マリアンネの言葉を代わりに伝えてくれてありがとう」


 すっかり『魅了』が抜けたライナルトは、夜会で見た雰囲気とは違っていて、少女は少しだけほっとした。


「それは、ようございました」


 静かな声で少女が答えた。

 少女は前髪を伸ばし目が見えないようになっているので、ライナルトにすると少女の考えが読めずに、どう反応していいのか迷う。

 リーンハルトはそんな弟の態度に苦笑し、夜会の後のことについて話したいと言った。


「ライナルト、彼女は『ラウラ』。そうだね?」


 リーンハルトに問われ、ラウラは仕方なく頷いた。


「それで、話とは?」

「本来なら、事故に遭ったマリアンネ嬢は、すぐにアルテンブルク侯爵が探したはずだ。けれど、侯爵は動かなかった。どうしてか?」


 ライナルトもそこは気になっていた。

 三日――貴族令嬢が三日も戻らなければ、その家は騎士団を動かしてでも探すはずだ。

 なのに、アルテンブルク侯爵は動かなかった。

 だから、マリアンネが亡くなったことに気づかなかった。


「それは、マリアンネ様が、夜会の時に殿下に自分の想いを伝えたいと、そう望んだので、わたしはマリアンネ様の言うように手紙を書きました」

「手紙?」

「賊に襲われたこと。怪我をして動けないでいること。けれど、貴族学校の卒業パーティを控えているから、大事にしたくないと。迎えに来るのは待って欲しい旨を手紙に認めました」


 マリアンネの筆跡を真似るために、マリアンネが満足いくまで何度も書き直しされたことか。

 ラウラは少々遠い目になりながら、手紙を書いた時を思い出した。


「それで、侯爵は引き下がったのか?」

「いいえ。ですので、わたしから侍女の振りをして、『お嬢様と一緒に「シュライエン」に囚われている。なんとかして欲しい』とシュライエンに目が行くようにいたしました」

「なるほど。しかし、奴らの所に侯爵が乗り込んでは、マリアンネ嬢の願いが叶えられない気がするが?」


 ラウラはライナルトが言ったことに素直にうなずいた。


「はい。ですが、シュライエンもそれなりの人数がおります。後先考えずに彼らを滅ぼすというのであれば、早期に決着がつくかもしれません。ですが、あくまでマリアンネ様を探すということが目的。しかも内密に。でなければ、マリアンネ様の命はない――そう思われるでしょう」


 しかも怪我をして動かせない人を迎えに行くのだから、それなりに準備も必要だろう。

 憶測になってしまうが、愛娘を人質に取らている以上、侯爵は事を秘密裏に運ぶに違いないと踏んでいた。

 予想通り、卒業パーティーまで、マリアンネの死は誰にも漏れることがなかった。


(状況判断が優れている。ただの平民ではない)


 マリアンネの願いもあっただろうが、それでもラウラなりにどうすればいいのか考えたのだろう。

 それが、平民のものだと思えないほど考えており、また夜会で貴族たちが揃う場に臆せずに姿を見せる度胸もあることに、ライナルトは不思議な気持ちになった。



ようやく少女の名前が出ました(;'∀')

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