07.月白の少女
――いいかい。貴族や王族、権力者に関わってはいけないよ。
関わると碌なことがありゃしない。
私らの暗黙の掟さ。
分かったね?
師でもある祖母の言葉の意味を、完全に理解はしていなかったけれど、祖母の言うことはいつも正しく、その言いつけを守ろうと思っていた。
ある日、その約束は突然破られた。
『あなたが「霊が視える」人ね?』
そう問いかけた来たのは、プラチナブロンド――だっただろう、透けて見えるので銀髪にも見えるが――空色の瞳をした美少女だった。
しかも、少女から見れば豪華なドレスを纏っている、明らかに貴族のお嬢様だろうと推測でいた。
厄介事の匂いがした。
素知らぬふりをして、薬草を根本から手折った。
『見えているのでしょう? 聞こえているのでしょう? どうして無視するの?』
回り込まれ、顔を覗き込まれる。
顔の前で手を何度も振られて、少女はため息をついた。
「……いい加減にしてください。あなたの手のせいで薬草がよく見えません。間違った物を摘んでしまったらどうするですか」
下手に透けて見える分、中途半端なのだ。
目にとって情報力過多だ。見えないふりをするのも疲れてくる。
『あなたが意地悪して見えないふりをするからよ』
「普通の人は見えないんです。他に人がいないからいいですけど、傍から見れば、わたしは誰もいないところに話しかけている変人になってしまいます」
『それは悪かったわ。でも、だから人の居ない今まで待ったのよ』
どうやら少し前から目を付けられていたらしい。
少女が気づく範囲外で、目の前の霊は少女のことを見ていたようだ。
……己の体質が恨めしい。
『あのね、あなたにお願いがあるの』
「……お断りいたします」
『まだ何も言ってなくてよ』
「あなたのお姿を見れば、上流階級の方だと推測できます。師の教えにより、わたしはそういった方々と関わりたくないのです」
お祖母様がどうしてそんな言いつけをしたかは理解できないけど、彼女自身がそんな場所には近づきたくないと思っている。
『人を見た目で判断するのは良くないわ』
「……貴族と平民の生活は交わりません。あなたが生きていようと、死していようと。関わりたくはございません」
若くして亡くなった貴族令嬢なんて、何か事件に遭ったとしか言いようがない。
霊はよく亡くなった時の姿で現れる。
少なくとも、病気で亡くなったとは思えない見た目。血色……は分からないが、頬などは痩けていない。体つきもやせ細っていないので、病気で亡くなったのではないのだろう。
『確かにわたくしがあなたに報いるものはないわ。でも、本当に最後のお願いなの』
「わたしには関係ないことです。たまたま見える、それだけで」
『こんなにお願いしているのに?』
目を潤ませて少女を見る姿は、生前では美しく人目をひくものだっただろう。
はらはらと涙をこぼす彼女に、心動かされる人もいるだろうが――あいにく、少女は面倒事に関わりたくないのだ。
「申し訳ございません。亡き師の――祖母の言いつけですので」
他人に顔を見せないこと。
上流階級――特に貴族や王族に関わらないこと。
それが祖母の言いつけだった。
二つ目の貴族・王族に関わらないというのは、普通の平民なら可能だろうが、少女や祖母のように『視える者』はそうはいかない。
今回のように『視える』場合、本人が関わり合いになりたくなくても、このように向こうから現れてしまう。
その場合は、彼らの話を聞かないことが最善なのだが――
少女は押しに弱すぎた。
気弱な少女は、強く押されると弱音を吐きながらも、相手の言いなりになってしまうのだった。
今回も断れそうにないが、それでも小さな反論をしていた。
が、相手は少女が引き受けてくれなければ、誰を頼っていいのかも分からないため、引き下がることはない。
『あなた、わたくしの願いを聞いてくださるわね?』
「いえ、わたしには無理です。上流階級の方々がそろう場に行かなければならないなんて……」
『あら、ほかの死者の願いは聞くのに、わたくしの願いは聞いてくださらないの?』
「ほ、ほかの方は、対価をもとに願いを叶えてますっ!」
『あら、そう。なら、わたくしは貴族がそろう場に出てもおかしくない程度のマナーを教えて差し上げるわ』
「いえ、そもそも行かなければ済む話ですのでっ」
上流階級の人々が揃う場所なんて、怖くて近寄れない。
慌てて首を横に振ると、美しい女性の霊は、さらに涙を零す。
霊って泣けるんだ――などと、余計なことを考えていると、霊は嗚咽まじりに嘆いた。
『……そんな。……酷いわ。そうやって貴族だからと逆差別するのね。貴族学校でも変な噂を流されたわたくしに、またもやこのような仕打ちをするなんて……神様は意地悪だわ』
「いえ、あの、その……」
『言い訳はいいわ。でも仕方ないわね。もう、わたくしは自分の願いを叶えられないまま消えていくしかないのだわ……』
このまま消えていく――それは、何も成し遂げられず、何も残さないまま人々の記憶から消えていく。
それは、少女にとっても悲しいと思ってしまった。
だから。
「……分かった! 分かりました! あなたの願いを叶えればいいんでしょう!?」
つい、返事をしてしまったのだ。
霊は先程とは打って変わって満面の笑みで。
『まあ、ありがとう。とても嬉しいわ』
そう言って、少女の手を取った。
(――あ、ヤバい。この人、すごく現世に思いを遺している……)
少女の手を取ってしまえるほど、現世に干渉できるほどの力を持った霊は、扱いを一歩間違えれば大変なことになる。
手に触れているのは、冷たい――氷のような感触なのに、握る力だけは生身の人間よりもずっと強い。この人は、自分の死すらも、目的を果たすための道具にしいるように思える。
もちろん、霊はそんなことを微塵も理解しておらず、少女が願いを叶えてくれることに心底喜んでいた。
少女はそっと胸をなで下ろした。
『ふふっ、よろしくね。わたくしはマリアンネ。マリアンネ・アルテンブルクよ。王族、貴族の前に出ても恥ずかしくないようなマナーを教えて差し上げるわ』
マリアンネと名乗った霊は、自信満々に言ってのけた。
少女は引き気味に「ほどほどにお願いします」と返事するのがやっとだった。
(お祖母様、ごめんなさい。……やっぱり碌なことになりませんでした)




