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「自分が作ったキャラに殺されるってどんな気分? アイドル探偵なゆちの事件簿Vol.5〜売れっ子漫画家は自作ヒロインに殺された〜」(3)

 これで「②四竈先生はどうして『ウタカタの饗宴』で冴江子さんの『真の姿』を世間に知らしめる一方で、冴江子さんを庇ったのか」の謎については分かったかな?



 ふぅー、難しい説明で聞いてて疲れたよね? 話してた私も疲れたよ。



 でも、もう一踏ん張りだから、お互い頑張ろうね。



 いよいよ最後の謎だよ。



①四竈先生はどうして冴江子さんを庇う一方で、冴江子さんを告発するダイイングメッセージを残したのか


 

 これまでの説明を真面目に聞いてくれたみんなは勘づいてると思うけど、あの「ダイイングメッセージ」は「冴江子さんが犯人である」と告発するものじゃなかったんだ。


 そう。「ウタカタの饗宴」が冴江子さんの悪事を告発するものではなかったようにね。


 だとすると、血で書かれた「サアワサナ」の意味が何なのかということが問題になるんだけど、これを説明するためには、新たな事実を二つ紹介する必要があるの。



 一つ目は、四竈先生の死体発見時、「サアワサナ」のメッセージが書かれた原稿のそばに小銭がばら撒かれてたこと。


 二つ目は、四竈先生が、「お仕事革命家美倉由愛」の連載終了後――つまり、「ウタカタの饗宴」の連載開始時より、冴江子さんに対して、二万一一四二円を毎月仕送りしていたこと。


 

 どう? 「サアワサナ」の意味が分かった?


 手掛かりは全部出揃ったよ。



 それじゃあ、シンキングタイムスタート!!



……ちょっと、難しいかな?


 仕方ないなあ。ヒントをあげる。



 ヒントは……「サアワサナ」って十回言ってみて!!



 サアワサナ、サワワサナ、サワワサワ、サワワワワ、ワワワワワ………



 もう!! 無理!! シンキングタイム終了!!



 じゃあ、答えね!



 この図を見て!



挿絵(By みてみん)



 これは四竈先生が原稿に残されたメッセージと、四竈先生が冴江子さんに毎月送金していた金額を並べたもの。


 それぞれ()()()()()()だね。



 それから、「サアワサナ」を実際口に出して十回言ってみた人は気付いたと思うんだけど、舌がもつれて言いにくいんだ。



 それはなぜかと言うと、「サアワサナ」はすべて()()()()()で構成されてるから。



 もう分かったかな?



 実は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 「サアワサナ」と「二一一四二」を組み合わせて、暗号を解いてみて! 


 五十音表の、サ行の二番目の文字と、ア行の一番目の文字と、ワ行の一番目の文字と、サ行の四番目の文字と、ナ行の二番目の文字が、暗号の答えだよ!



挿絵(By みてみん)



 シアワセニ――「幸せに」。



 この暗号は、言わずもがな、四竈先生が、生前に、まさか自分が冴江子さんに殺されることになるなんて思いもしなかった頃に作ったもの。



 四竈先生が、「ウタカタの饗宴」という作品に、そして、佐泡紗那という登場人物に――すなわち冴江子さんに込めたメッセージが、「シアワセニ」だったんだね。



 どんな現実に直面したとしても、自分が思いどおりに生きれなかったとしても、とにかく幸せになって欲しい――


 これこそが四竈先生の真意だったんだ。



 四竈先生は、「ウタカタの饗宴」によって、救いのないストーリーをあえて描くことによって、救えない冴江子さんの現実を救おうとした。

 

 他方、その手法が、なかなか伝わりにくいものだという自覚もあった。



 ゆえに、ヒロインの名前に暗号を入れ、暗号を解く鍵を冴江子さんにだけ与えたんだ。



 四竈先生は、冴江子さんに幸せになって欲しいという想いで毎日漫画を描き続け、冴江子さんに幸せになって欲しいという想いで毎月送金をし続けてたんだね。



――残念ながら、冴江子さんは、私がこの暗号を解くまで、そのことに気付けてなかったんだけどね。



 事件の場面に話を戻すね。



 あの日、執筆部屋で冴江子さんに刺された四竈先生は、冴江子さんの心中の意図を悟り、包丁を取られないために、自らの身体深くに刺した。


 それによって、包丁は肺にまで到達した。



 包丁が肺に刺さるとどうなるのか、みんな分かる?


 呼吸が上手くできなくて苦しくなるだけじゃない。


 肺から息を吐き出せないから、ちゃんと言葉を発せなくなるんだ。



 とはいえ、四竈先生としては、最愛の娘に対して、最期にどうしても伝えなければならないメッセージがあった。



 なぜなら、冴江子さんは、明らかに「ウタカタの饗宴」を誤解し、四竈先生の、冴江子さんに対する想いを誤解していたからね。



 四竈先生を刺した後でパニックになった冴江子さんが、執筆部屋を飛び出し、逃げ出した後、四竈先生は、常人には耐え難い苦しみの中、まずは冴江子さんを守るための隠蔽工作を図った。



 執筆部屋の内鍵を閉め、それから自らの身体から包丁を引き抜き、自ら着ていた服で、包丁の持ち手の冴江子さんの指紋を拭き取ったんだ。



 その隠蔽工作の後、死に際の死に際に四竈先生が行ったことが、冴江子さんに「最期のメッセージ」を伝える作業だった。



 冴江子さんは誤解している――


 「ウタカタの饗宴」は、決して冴江子さんを貶める意図で描いたのではない――


 冴江子さんはどんな生き方をしても良い――


 冴江子さんのどんな生き方だって、自分は肯定している――


 冴江子さんを世界一愛している――



 限られたわずかな時間で、これらのすべてのメッセージを一挙に伝える方法は、一つしかなかった。


――それは、すでに自分が「ウタカタの饗宴」に仕掛けていた暗号の意味を冴江子さんに伝えること。


 それは、単に、原稿用紙に「シアワセニ」と答えを書いただけじゃ伝わらないよね。



 冴江子さんに実際に暗号を解いてもらうことでしか、この暗号に込めた想い――ずっと前から抱いていた自分の想いは伝わらない。

 

 

 だから、四竈先生は、最期の力を振り絞って、冴江子さんに()()()を与えたんだ。


 まず、原稿に、血文字で「サアワサナ」と、ヒロインの名前をカタカナで書き下した。

 カタカナで書き下すことによって、すべてがア行の文字であり、これが暗号であることを伝えようとしたんだね。


 ちなみに、細かい話だけど、なぜペンではなく、血文字で書いたのかというと、仮にペンで書いたら、それが一体死に際に書いたのかのかどうか――つまり、冴江子さんへの最期のメッセージとして書いたのかどうかが分からなくなっちゃうからだよ。



 その上で、四竈先生は、自ら貯金箱をひっくり返し、小銭を原稿の付近に散乱させた。


 これは、暗号を解く鍵がお金――つまり、冴江子さんへの送金額にあることを示すヒントだったんだ。



 それをやったところで、四竈先生は絶命した。


 


 これが、今回の「怪事件」の真相だよ!! どう? 楽しめた?


 ちなみに、この動画が公開される頃には、冴江子さんは自首してるはず!


 冴江子さんは、私が暗号を解いてあげたことにすごく感謝してくれて、その「お礼」として、この動画をアップすることにも快諾してくれたんだ。



「父の真意が分かって良かったです。ずっと死のうと思ってましたが、父のためにも、まずは罪を償った上で、この人生を生き抜いてみようと思います」


って言ってた! 冴江子さんはきっと立派に更生できると思うよ!




 いやあ、名探偵冥利に尽きるねえ。



 この動画が気に入ったという人はぜひSNSで拡散してね!! チャンネル登録もお忘れなく!!


 私は、探偵もやってるし、アイドルもやってるけど、たまにコンカフェでも勤務してるよ!


 コンカフェだとじっくりお話ができるから、すごく楽しいよ!


 ぜひ変な偏見など持たずに会いに来て欲しいなあ。



 それじゃあ、次のVol.6もお楽しみに!!



 バイバイ!! またね!!



(大きく手を振るなゆち)



(ED曲〜泡になったボクラの約束by朝野奈柚〜)




(了)

 本作「【春の推理2024】売れっ子漫画家は自作ヒロインに殺された〜アイドル探偵朝野奈柚は推理でバズりたい!〜」を最後までお読みくださりありがとうございます。


 執筆にかなり時間が掛かってしまい申し訳ありません。

 四月上旬に台湾出張がありまして、その準備というか精神的なプレッシャーでなかなか執筆に手がつかなかったというのが言い訳になりますが、単なる言い訳です。

 なお、台湾で地震には遭いましたが、僕がいた台北市では、地下鉄が止まったくらいで大きな被害はありませんでしたので、こちらも執筆が遅れた言い訳にはなりません。。



 さて、本作の解説ですが、まずはミステリ的な部分について説明しましょう。


 本作は(というか、なゆちシリーズは)「不可能犯罪」を扱っており、本作では、「漫画のキャラクターに作者が殺される」という構図を用いました。


 その構図を作り出しているのが、①漫画のキャラクターを告発するダイイングメッセージであり、②完全密室です。


 ②完全密室から説明を試みましょう。


 我ながら書き方が雑かなと反省しているところですが、本作で用いてるのは物理的な隙のない密室です。


 この状況で、ミステリ慣れしている方ならば、まさに本作で用いているような、被害者が作った密室パターンを警戒するのだと思います。


 作者としては、それを見越した上で、どのように被害者が作った密室パターンと矛盾する事情(僕は、真相を隠す事情という意味で「シール」と呼んでいます)を提供するかになります。


 それが、本作では、ダイイングメッセージ(犯人を告発する被害者が自ら密室を作るはずがない)になります。


 さらに、本作での重要なシールは、犯人を隠すシールです。


 本作で、圧倒的に怪しいのは冴江子です。

 なぜならば、冴江子は、佐泡紗那のプロフィールに一致する唯一の若い女性であり、被害者との関係性も近いからです。


 しかし、おそらく本作を読みながら、冴江子が犯人だと疑った方はあまりいないのではないかと思います。


 なぜなら、冴江子は、なゆちに推理をお願いした依頼者だからです。警察が「自殺」として処理しようとする中、あえて探偵に推理を頼む真犯人は普通はいません。


 それなのになぜ冴江子がなゆちに依頼をしたのかについては、作中で説明しましたが、ここが強烈なシールになったかなと自負しています。


 そして、②ダイイングメッセージについてです。


 元々暗号系には苦手意識があり、過去に一度も挑戦したことがなかったのですが、作者は最近リアル脱出ゲームにハマり、自らも謎解きを作るようになりましたので、公式テーマが「メッセージ」だと知り、正々堂々ダイイングメッセージ系にしようと早々に決意できました。


 暗号としては極めてシンプルなものなのですが、その答え(シアワセニ)が持つメッセージには満足しています。まあ、「永倉采奈を殺した犯人を暴露します」に引き続き、ヒロインの名前が「サナ」になってしまったのは痛恨の極みなのですが苦笑


 本作では、暗号の高度さというより、暗号の持つメッセージと、先述した「シール」としての役割が重要ですね。佐泡紗那という人名が、メッセージとしては実は人名を意味していないというところがミソです。



 というのが、ミステリという観点から見た本作の解説ですが、それ以上に僕がしたいのは、文学(思想)としての本作の解説です。


 本作のテーマは「実存主義」です。


 最近、酔うと「サルトルになりたい」と決まって言う作者からすると、大本命のテーマということになります笑


 もちろん、サルトルの思想のように深い意味はこの作品には込められておらず、作者の知的能力の限界から、サルトルの実存主義への理解も怪しいのですが、


 決して美しくないありのままの存在=実存を肯定しようという「哲学」が、本作で表現しようとしていたものになります。


 その説明が我ながらくどくて(3万字台で終わらせる予定が4万字いってしまいましたね……)、なかなか上手くいかなかったなと反省はしているのですが、ミステリ×哲学の組み合わせは今後も挑戦していきたいなと思っています。



 作品の解説はこんな感じですかね。



 さて、まだ書きたいことがたくさんあって困るのですが苦笑


 まずは、公式企画【春の推理2024】について。

 なろう公式がミステリに関心を持ってくれる唯一の機会なので笑、毎年楽しみにしています。


 昨年のテーマは【隣人】で、僕も「隣人は殺人鬼」という作品を書くとともに、全作を読破し、勝手にベストテンなんかをしてみました。


 今年の【メッセージ】についても、全作を読み、勝手にベストテンをやるつもりでいます。以下で述べる文学フリマの準備が終わった段階で時間が取れるのではないかなと予想しています。乞うご期待。


 それから、文学フリマです!


 5月19日(日曜日)の東京での文学フリマに「新生ミステリ研究会」の一員として参戦します! 二度目の参戦です!


 今回も、合作本「Mystery freaks」に寄稿するとともに、前回の「殺人遺伝子」に続き、なろうでウケが良かった既刊を書籍化しようと思います。


 コテコテ新本格の「メビウス館の殺人」を書籍化する予定です。


 ただ、この「メビウス館の殺人」は、スランプ時に、とにかく書かねばというところで駆け足で書いてしまったところがあるので、書籍化するにあたっては全面改訂する気持ちで大幅加筆の必要があると自覚しています。字数も二万字くらいは膨らませなきゃなと。


 本作も書き終えたことですので、そろそろその作業にトライします(じゃないと間に合わない)。


 なお、今回の文学フリマ東京では、「新生ミステリ研究会」のブースのほかに、姉妹店である「名探偵、皆を集めてさてと言い」のブースもあります。こちらもよろしくお願いします。


 長くなりまして、大変恐縮です。


 本作は、完結前からそれなりにブックマークをいただけていて、とても嬉しく感じています(公式企画の力なのだと思いますが)。


 最近、若干悟り気味で、ptやPVはあまり気にしないようになってしまっていますが苦笑、読者様とも作者様とも、必要な出会いは果たしていかなければならないなとは思っていますので、届くべきところに届かせるためのご支援として、pt支援をいただけると嬉しいです。


 またご感想等もお待ちしております。


 最後に、重ねてはなりますが、本作を最後までお読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 二重密室については、執筆部屋の外で刺されて逃げ込んだと思っていました。 ダイニングメッセージは、文字の形が似ているな……と思ったのですが見当違いだったようで。
[良い点] 登場人物たちの関係性が、読むうちに自然と理解していけるところがとても読みごたえがありました。 解決編の展開も含め、面白かったです!
[良い点] トリックの解説部分、誰が何をどう考えてそうしたか、が分かりやすかったです。 [一言] 密室殺人事件という派手さに惹かれて読ませていただきました。 また、それとは別で……テーマが出てからの短…
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