増援と補給(挿し絵)
意識が戻ってくる。この時に聞こえるような鐘の音は学校のチャイムだろうか。頭の中で響き渡る音だ。
「このチャイムが何かのきっかけになっているのだろうか。そういえば土日でもチャイムは鳴っていたかもしれない」
それも確認することができるかどうかだな。
そんなことを考えながらも俺はスマホをポケットに入れると校舎の中に入っていく。
翌日になって同じように屋上へ向かう。昼前の授業が自習だったから少し早めに屋上へ行くことができた。
スマホの画面を見ているがまだ昼休みの時間じゃないからか異世界へは転移していない。
「あー、こんなところにいたんだ」
フェンスに寄りかかっている俺に花澤が話しかける。
「おい、今はよせ!」
「なによ」
俺は階段室から屋上に出ようとする花澤の背中を押して戻そうとする。
「あっ」
俺が言ったのか花澤が言ったのか判らないが、意識が朦朧としたことで驚きの声が上がってしまった。
目の前が真っ白になって頭が痺れるような意識が飛ぶような。宙を浮いているかと思えば深海に潜っているような感覚に襲われる。
段々と意識が薄くなり自我が空間に溶けていくような不思議な感覚。
そして俺の意識は白い闇に溶けていった。
軽いめまいだろうか、足元がふらふらする。
「ふうっ」
深呼吸を一つ。辺りを見回すともう見慣れた異世界の風景。
「えっ、ちょっまた!?」
「やっぱりか……」
露出度の高い王女の衣装に身を包んだフィアナが慌てる。
屋上で一緒になっていた花澤の意識が転移しているのだろう。
「またなのー!?」
「そう言うなよ、似合っているぞ」
「なっ、ちょっ」
花澤は顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。俺にしてみれば見慣れた衣装だから違和感はないんだが。
「あ……」
考えてみれば現実世界ではこんな台詞恥ずかしくって言えたものじゃあない。これじゃあ旅行先で変にテンションが高くなってしまった観光客みたいじゃないか。
そう思うと今更ながら恥ずかしくなってきた。
ええい、そんなことはどうでもいい。今は状況の把握だ。俺が異世界に戻ってきた時にそれまで進んでいただろう過去の情報が流れ込んでくる。
流れ込んでくるという表現はおかしいだろうか。それまでの出来事を俺は知っているということだ。
俺が去ってから今戻ってくるまで少しは話が進んでいたりする。小説を後で読み返すとその間の話は埋められていないけど、俺たちの記憶はその間の情報も残っている。
だから小説だけを呼んでいる人からすればシーンがスキップされているように見えるかもしれないけど、俺たち小説の中のキャラクターたちはその間も生きて活動をしているんだ。
「フィアナ……あ、花澤か」
「うん、まあいいわフィアナで。なあにカケル」
花澤の奴も柔軟な対応ができるようになったんだな。
「ちょっと記憶がいっぺんに流れてきて混乱しちゃうけど、うん、そうね、今は行軍中ってことね」
「理解が速くて助かる」
俺たちはクリシス砦から出陣して王都を目指している。
メークルが連れてきてくれた亜人種部隊一万。それと俺が辺境の村々から集めた義勇兵が五〇〇程。あとはゲルダが率いるクリシス砦の兵三〇〇〇が始まりだ。
王都に向かうまで行く先々の村を通過する時に帝国兵に襲われたりもしたがこれだけの軍だ。敵の司令官を倒しては兵を吸収したり村々から帝国打倒を望む者が加わったりと、今では二万を超える軍に膨れ上がっていた。
「長ー。食ベ物、減ル、少ナイ」
メークルが輜重隊からの報告を俺に上げてくる。
行軍だけであれば足りると思っていた食料の量だったが、小さい戦闘や兵の合流などを繰り返すうちに予定の日数を大幅に過ぎてしまっていた。
「どうするのカケル?」
「今は手持ちの食糧で堪えるしかない。これだけの兵ともなると一日分の食料もかなりの量が必要になるからな。増えた兵の分もとなるととてもではないが足りなかったか」
フィアナがいてゲルダもいる。王国としての旗印には申し分ないところだろう。
だからこそ帝国兵として歯向かってきた連中も頭がなくなれば簡単に寝返るし、食うに困った村人たちもついてきたりするのだ。
圧政に苦しむ今だからこそ平和な頃の王国の姿を王女という光に重ねているのかもしれない。
「兵站は重要だというのに補給の認識が甘かったか」
俺は後ろを振り返って空になった馬車の群れを見る。
「よしユカリ、グスタフ。この近隣の村から食料を買ってきてくれ。略奪、暴行は禁止する。俺たちは帝国からの解放をうたう軍だ。その俺たちが民を苦しめてはいかん。無法を働いた者は量の多寡、程度にかかわらず問答無用で首を刎ねよ」
「旦那、そりゃあちょいと厳しすぎやしませんか」
「グスタフ俺たちはもうただの傭兵の部隊ではないのだ。国を興す軍を旗揚げたからには民をないがしろにするわけにはいかん。よしこの遠征で買い付ける食料は相場の三倍、いや五倍を払え。いいな、相場の五倍で買え。無法は一切行うな」
「すごい意気込みだねえカケル。あたしも部下たちに徹底させるとするよ」
ユカリとグスタフは自分の部隊に戻ると隊員に声をかけて近くにある村へ向かうため軍から離れていく。
「長、めーくるは? めーくる、買イ物、スル」
メークルが楽しそうな顔をして俺を見上げる。
俺はそんなメークルの頭を軽くなでてやった。
「メークル、気持ちは嬉しいがまだ買い物を頼むわけにはいかないんだよ」
「ドシテ?」
「メークルは穴ゴブリンだ。まだ亜人種への偏見、差別はなくなっていない。そんな状態でお前たちを村に送ることはできないんだよ」
まだ地方の村には亜人種を差別する意識が根強い。というよりも敵対している時間が長すぎたのだろう。
メークルは寂しそうに、そして悔しそうに目に涙を溜める。
「まだ今の国にはメークルたちを受け入れる心の余裕がない。でも見ろ、俺たちの軍は人間も亜人種たちも分け隔てなく一緒の目的に向かって進んでいる」
人間と亜人種たちの社会が親密になるというのもおかしいかもしれないが、少なくとも種族を理由にいがみあったりはしてほしくないと思うんだ。
そんな気持ちが伝わったのか少しだけメークルの顔が晴れやかになった。
「俺たちは解り合える」
「長~!」
メークルが俺に飛び掛かって抱きついてくる。
なぜかフィアナの、花澤の視線が痛い。
「ネ、長、めーくる、解リ合オウ」
「その必要はないだろ」
「エ……」
「だってもう俺たちは解り合えているじゃないか」
メークルが無邪気に笑う。
「長、子供、作ロ!」
「ぶっ、カケルっ! こんな小さい子になんてこと言わせるのよっ!」
「いやちょっと待て、小さなって言ってもな、穴ゴブリンでメークルくらいになればもう立派な大人であって」
「余計悪いでしょっ!」
花澤がすごい剣幕で迫ってくる。
メークルは俺の腕にしがみついて小悪魔的な笑みを浮かべていた。
それから少し経ち、食料を買い付けに行った者たちが戻ってきた。ある程度食料も確保できてまた元の速度で行軍を続ける。
「カケルいいかい?」
「なんだユカリ。それとそこの手を後ろに縛っているやつは」
「ああこいつな」
ユカリは連れてきた男の背中を蹴飛ばす。男はその勢いで顔から地面に倒れた。
「こいつ、食料を調達しようとした村で村の娘に手を出そうとしてね」
「ユカリ様、お、俺は無実です、あの娘の方から俺に近づいてきたんです!」
「馬鹿かお前は。隠れていた娘を引っ張り出してきて、納屋に連れて行くことがどうして娘の方から近づいてきたって言えるんだよ」
「そ、それは……」
「仮にだ、仮に娘の方からお前にすり寄ってきたとしても、それならどうして娘の服を破く必要がある?」
「う、でも俺はやってねえ、やってねえんだよ! 先っちょだって入れてねえんだから」
「それはそうだろうさ。おかしいと思ってあたしが納屋に入った時は服を破られた娘が逃げようとしていたところだったからな。それに、お前は服を脱ごうとしていたところでもあったしな」
「うっ」
「どうした、まだ申し開きしようと思うかい」
「だったらほら、俺はやっていないから未遂だ。な、まだ罪は犯しちゃいねえ……」
男の言い訳が途中で止まる。
俺は剣を鞘に納めると、宙に舞った男の首が落ちるまで目で追った。
「この男の首を晒せ。ユカリ、その村には小麦三袋を送っておけ。それとこの男が処刑されたことも伝えろ」
「了解、カケル」
花澤はフィアナの顔で驚いた表情を俺に向ける。
「カケル、あなたこんなことを……」
「徹底できなかったことは残念だが命令は命令。そして罰は罰だ。信賞必罰は武門のよって立つところ、軍を率いるからには規律を守らなければならない。
それに俺たちが目指すことは国の安定であって、今犯罪者を許す余裕はない。厳しいとは思うが民に不満を与えるようなことをしてはならないのだ」
中学二年の男子が言う台詞ではないかもしれないけど。俺の小説内でレイプとか、童貞なめんな。
「へえ、カケルがそんなことを言うなんて、以外ね」
「そうか?」
「そうよ。だってカケルが学校でもそんな台詞を言ったって誰も何も影響しないもんね」
「そりゃそうだよ。一方的な正義で命を奪ったりはできないからな。この世界で俺は国の平和を取り戻し、そのための軍をまとめる必要がある。その立場と責任があってこその発言だ」
「ふうん。初めは驚いちゃったけど……」
花澤が俺の目を覗き込むようにして見上げてきた。
「びしっとした態度で、ちょっと格好いいって思っちゃった」
上目遣いの花澤の言葉に俺の顔が熱くなる。
「花澤だって、その、なんだ。そういう台詞を口にできるよな」
俺に言われて花澤の顔も真っ赤になった。
「これは物語の中、小説の中だから言えるのよ。あんたのことがっていう話は学校じゃ絶対言ったりしないんだから!」
「はいはいツンデレ乙」
「ツンデレじゃない!」
「はいはい」
俺は少し強めに花澤の頭をなでてやる。
「長~、めーくるモ、めーくるモ、ナデナデ!」
メークルがまたしても俺に飛び掛かってきた。
毎度毎度その胸の膨らみにはドキドキさせられる。これは慣れない。いや、慣れるのは勿体ない。
「し、しかたないな……」
そう言いながらも俺はメークルの頭もなでてやる。
「ちょっ、カケル!」
「なんだよ花澤」
「っと、なんだよって、えっと、もう! 知らない!」
一人むくれて隊列に戻っていってしまう。
なんだかなあ。なんかもやもやするなあ。
その一連の出来事を見ていたのか、砦の将軍であるゲルダが皮肉めいた視線を俺に向けていた。
「ふぅ……」
ため息をついた俺に荒鷲の騎士団のオズボーンが声をかける。
「カケル殿よろしいでしょうか」
「ああ、どうした」
「そろそろ王都も近くなってきています。この先にある広い草原は軍を展開するに適した地形。物見を放ってはいますが我々も警戒を強めてはいかがかと」
「なるほど」
確かに小さな丘があったり岩場があったりする地形が続いていたが、前方を見ると開けた平地が広がっているようだった。
「よし、偵察隊の報告前だが警戒を厳にしろ。これだけ開けた土地だから奇襲の線は考えにくいだろうがな」
「はっ」
オズボーンは俺の指示を聞くと伝令兵にそのことを伝える。
伝令兵は各部隊へ散り部隊長へ警戒するように指示をしていく。
軍の空気が変わって緊張感が出てきた気がする。
そんな時に偵察兵が戻ってきた。
「申し上げます。前方五キロメートル先に軍がいます」
「ご苦労。で、数と装備はどうだ」
「装備は帝国の軽装の者がほとんどで兵数はおよそ一万。平地を横に広がって布陣しています」
「なるほど了解した、あちらで休め」
俺は振り向くと砦の兵を率いる将軍を呼ぶ。
「ゲルダ将軍、来てくれないか」
「なんだカケル殿。物見の報告は我も聴いておったぞ」
「それなら話は早い。敵はこちらの半数以下、装備も一式は整っているらしいがどうだろうか」
「ふむ。徴兵で揃えた軍ですからな、見た目はともかく熟練度ではこちらとそうは変わらないでしょうな。我の部隊以外は精鋭揃いとは言えないでしょうから」
「まあそこはそうなのかもしれないがな」
「して、こちらの布陣はいかがなさるおつもりで」
「そこなのだが、相手は平原を使って横に広がった陣を布いているそうだ」
「ほほう。それではこちらも正面から正々堂々と立ち向かえば、数では勝っているのですからな、勝ちは決まったも同然ということでしょうか」
「それなのだ。少し力を貸してほしいのだが」
俺はゲルダに耳打ちする。
「なっ、それでは我らが!」
俺はゲルダに視線を合わせてゆっくりとうなずく。
そして大規模戦闘の予感。
そして眠くなって書けなくなる予感。
少しずつ、更新をしていきます。




