再会と拡大は委任解除から(挿し絵)
懐かしくもある異世界の空気。
澄んでいると言えば澄んでいると言えるし、田舎臭いと言えばそうとも言えるだろう。
土の匂い。なんとなく心が落ち着くそんなような匂い。命が命でいられる匂いだ。
排ガスとスモッグの東京とは違う、透き通るような空。
「俺もなんだか慣れてきたような気がする」
「どうしたのカケル何が慣れたのですって?」
「いや何でもない」
俺たちは砦を治めるゲルダに招待された形で食堂へ通される。
そこへ兵士が一人食堂へ飛び込んできた。
「敵襲です!」
ゲルダが素早く反応する。
「なんと。して、軍容は」
「砦の南より土煙が。物見の報告ではオークやホブゴブリンが見えるとのことで、その数およそ一万!」
その数字を聞いて周りの召し使いたちに動揺が広がった。
「数だけでどうとなることもあるまいが、非番の者も含めて戦闘体制を取れっ!」
「はっ!」
指示を受けた兵士は食堂を出て行く。各所に向かって報せを伝えるのだろう。
「折角の宴も一時休止といたそう。これより宴は宴でも血の宴が始まるからな」
ゲルダは不敵な笑みを浮かべる。
砦の中は兵士たちの走る音や掛け声で騒がしくなる。
それもそうだ。砦の連中からしたらオークたち亜人種が大挙して押し寄せているのだ。
言葉も通じない略奪者たちが。
慌てるなという方が難しいというものか。
「お客人を歓待するところがこのような事態になってすまないが、なに精強な我が王国の兵が打ち払ってみせるから尖塔から物見でもしていてもらえないだろうか」
「いや、少し待ってもらえるかね」
俺がゲルダの興奮した熱を冷ますよう努めて冷静に話しかける。
「どうしたというのだカケル殿。この砦の防備と兵の強靭さを王女殿下にお見せするいい機会だ。邪魔しないでもらおうか」
「ふむ、邪魔をするつもりはないがな、俺に考えがあるのだが」
ゲルダのつばを飲み込む音が聞こえた気がする。
「ほう、聴こうか」
「俺は人心掌握の秘術を会得していてな。あの程度の連中であれば手駒にして言うことを聞かせることくらい容易いものだがどうだ試してみるか」
一瞬ゲルダの視線が鋭く光る。
「それは面白い話だ」
「そうだろう」
「偽りでなければ、な」
俺は口角を上げて鼻で笑う。
「一滴の血も流さず一万の兵を我がものとしよう」
「いいだろう。事が成らなければそなたの名声も噂だけのものだったと思うことにしよう。防備だけは固めておく。そなたを信用するしない以前にこれは我の務めであるからな」
俺は食事の卓から立ち上がる。
「構わんさ。よしフィアナ」
俺の声にゲルダが反応した。
「ならん。王女殿下に万一のことがあればそなたの首一つでは償いきれぬことになろうぞ」
「大丈夫だそこは心配するな。行くぞフィアナ」
俺が手を差し伸べるとフィアナは優雅な仕草で椅子から立って俺の手を取る。
「行きましょうカケル。私はあなたを信じます」
「王女殿下……」
不安そうなゲルダを無視して頷く俺にフィアナは笑みを浮かべて共に食堂を出ていく。
その後にユカリとグスタフが続くがオズボーンは席に着いたまま俺たちを見送る。
「なあカケル、あの騎士団長様はそのままでいいのかい」
「心配いらないよユカリ。オズボーンには俺たちの隊を預かってもらう。まとめる者がいなくては暴れてでもついてこようとするだろうからな」
「旦那、それじゃあ部隊は連れて行かないってことですかい」
「ああ。なんなら俺とフィアナだけで十分なんだがな」
「それは困りやすよ旦那。もしものことがあっちゃあいけねえ」
慌てるグスタフは子供みたいだ。
「グスタフ、ユカリ。ついてきても構わんが」
俺はグスタフの戦斧をノックするように叩く。
「これは置いていけ。武器の携帯は無しだ」
「丸腰ってことかいカケル」
「ああそういうことだ」
「本気かい」
「それが不服ならお前たちを置いていくまでだ」
今度はユカリが泣きそうな子供みたいな表情になる。
「判ったら武器は置いてこい」
「へ、へい」
「仕方がないね。うちの大将が言うことだからさ」
グスタフとユカリは武器を外して廊下に立てかけてると俺の後を追ってきた。
歩く速度を落として二人を待った俺は正面の扉を開けて外に出る。
遠くから聞こえる大軍の足音と土の匂いがした。
これは畑や森の匂いではなく砦を覆っている土煙。オークの集団が巻き上げた土埃の匂いだ。
オークの集団が砦に近づいているということで、砦の外壁の内側は蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。
ゲルダの命令が行き渡っていたのか、防衛体制を整えようとする兵士たちが俺の側を通り過ぎていく。
「おい開門だ」
俺は砦の外壁にある大扉の前で門を守る兵士たちに告げた。
「し、しかし」
「つべこべ言うな。まだオークたちはここまで来ないし俺たちが出て行ったらすぐ閉じればいい」
大扉は縦五メートルはあるだろう大きな一枚岩を使っている。厚さも相当なものだろう。
有事の際に留め金を外せば岩扉は自重で門を塞ぐ。今は閉じられた状態で開けるにはつながれた鎖を使って引き上げるしかない。
「なに俺たちが通るだけの隙間ができればいい。さあ開けてくれ」
「そうは言われても……」
フィアナが一歩前に出ると門番の中でも取りまとめをしていそうな口髭の兵士を見る。
「フィアナ・カナーシャ・シウバが命じます。今すぐ門を開けなさい」
口髭の兵士の背筋が真っ直ぐになった。
蛇に睨まれた蛙みたいに汗が滝のように流れる。
「よもや王国の兵が王女たる私に逆らうことはあるまいな」
「はっ、ははっ! おい何をしている、さっさと開けんかっ!」
部下と思われる兵士たちに口髭の兵士が指示を飛ばす。
言われた方も急いで開門を始める。
「腐っても鯛か」
「なにカケル、何か言った?」
「いーや別に」
俺が言っても誰も言うことを聞かなかったから拗ねているわけじゃないんだぞ。
「まあなんだ、助かったよ」
「いいえどういたしまして。もう廃れてしまった私の王家の血がこの砦でなら少しは役に立つかもしれないわね」
確かに王家といってもクーデターで立場を追われた王族だ。
先王の弟であるグレゴリオは皇帝を僭称している。
反乱の首謀者だとしても逆らう者はいない。国民のほとんどは皇帝の力、軍事力の前に黙って従うしかないからだ。
その状況下でフィアナの王女というステータスが効果を上げることはもう珍しいものとなっているのだろうな。この国では。
「よしそこまででいいぞ」
俺は門を開けている兵士たちに伝える。
石扉は半分も引き上げられていないけど人が通るくらいの隙間はできていた。じわじわ上がっていく石扉を待つ時間が惜しい。
「よし行くか」
「うん」
俺たち四人は石扉の下を通って門を通過していく。
門の途中で上を見ると吊るされた石扉が目に映る。これが落ちてきたら俺たちは終わりだな。
皆一言も発しないで扉をくぐる。
全員緊張していたのか、砦を出ると一斉に溜めていた息を吐き出す。
「旦那あ、あの扉が落ちてきたらと思うと、気が気じゃありやせんでしたぜ」
「そうだな、俺も少しは肝が冷えた」
「へえカケルがかい? 可愛いところがあるじゃあないか」
ユカリが俺にヘッドロックをかけて茶化す。
その体勢は別の意味で俺の心拍数を上げることになった。
「カケル~」
フィアナの声が怒っている。
視線はユカリの豊かな胸に押さえつけられた俺の顔に向けられていた。
「むぐっ、これはそのなんだ、おいユカリ、離せ、離さないか」
「ん~? もっと楽しんでもいいんだよカケル、いや隊長。うふふ」
「いいから離せっ」
俺は無理矢理ユカリのヘッドロックから抜けようともがく。
「おやおや大胆だねえ、砦を出てあたしたちだけになったらいきなり強引になったみたいじゃあないか」
「ほへっ?」
ユカリを押しのけようとした俺の手が触れているのは、そのボリュームのある大きな二つの膨らみ。
「カ~ケ~ル~!」
「いやその、不可抗力というかなんというか、な、落ち着けフィアナ、な?」
「でもカケル、あたしのは結構柔らかくていい感じだったんじゃないか?」
「ユカリ、お前は黙ってろ!」
「うふふ、可愛いねえ」
なんだこんな場末の演芸場のコント見たいなノリは。
「旦那あ、オークどもは間近ですぜえ」
一人おろおろするグスタフ。まあそれが当然といえば当然の反応なんだろうけど。
「まあそんなに慌てるな」
「カケルどうしてそんなに落ち着いていられるの」
心なしかフィアナの表情にも少し心配の影が。
「見てなって」
俺は一人でオークの集団に向かっていく。手を横に広げて全てを受け止める格好だ。
「カケル……」
俺の背後から聞こえるフィアナの声に、俺は親指を上に立てて大丈夫だというアピールをした。
俺の姿を見てオークの集団が止まる。一万はいるというその集団が一斉にだ。
「ゴッ、ボフォフォ」
集団から出て来た一体のオークがその豚っ鼻を鳴らしながら何かを言おうとしている。
「カケル、俺はカケルだ。カケルが来たと伝えろ」
「フゴ、カケル、カケルキタ……」
「そうだ。お前たちの代表に言え。カケルが来たとな」
オークは鼻を鳴らしながら集団に戻っていく。
少しの時間、俺たちとオークの集団がにらめっこをする。
俺は手を腰に当てて立っているがフィアナたちは手持ちの武器もなく心配そうな視線を俺に向ける。
「ねえカケル、あなたよくこの状況でも平然としていられるわね」
「その理由は簡単だ。フィアナだってそれを知っていれば警戒する必要はないと理解できるさ」
「どういうことよ」
「まあ見てなって」
オークの集団も警戒はしているだろうが臨戦態勢は取っていない。武器は腰に下げたままで手にする奴もいないというのがその表れなのだろう。
そのオークたちが少しざわめいてきた。
「なあカケル、あたしら丸腰なのはやっぱり失敗なんじゃないかい」
「心配するなユカリ。たとえ武器を持っていたとしても、四対一万ではどうにもならんだろう」
「そうだけどさ、死ぬにしても抗いたいものだろ」
「旦那、あっしもユカリに賛成でさ。素手じゃあどうも心許ないといいやすか」
オークたちのざわめきが大きくなってきてそれに比例してユカリたちの警戒心も高まっていく。
「そら見てみろ」
オークの集団の中に細長い旗が見えた。
段々と近づいてくるにつれて集団が割れていく。旧約聖書でモーセが海を割ったなんていう話を連想させるようにオークの集団が左右に割れて中心に道ができる。
そこへ歩いてくる亜人種の影。
俺はもう一度両手を広げて待つ。
「長!」
駆け寄ってきたその亜人種は小さい身体、といっても種族的にはすでに大人の身体なのだが、その身体ごと俺に飛び付いて預ける。
「メークル!」
「アイ!」
俺は飛び付いてきたメークル、穴ゴブリンのシャーマンを優しく抱きかかえる。
子犬のような少し獣のような匂いと柔らかい身体。俺を見上げる目にうっすらと涙が浮かんでいた。
「長……」
「よく来てくれたなメークル」
「アイ!」
押し付けられる胸の膨らみに俺の身体が反応しそうになるけど、そこはあれだ。とにかく我慢だ。
俺はメークルの腋の下に手を添えて大人が小さい子供を高い高いするような感じで抱えるとゆっくり地面に立たせる。
「あれから帝国はちょっかいを出してこなかったか」
「アイ。帝国、来タ、めーくるタチ、集メタ仲間。仲間、帝国追イ返シタ」
「そうかよくやったな」
俺はメークルの頭をなでてやるとメークルは嬉しそうに目を細める。
メークルと一緒に穴ゴブリンたちもついてきた。そこには三メートルくらいはあるマエオサの巨体はなかったがきっと拠点の住処で防衛の任に当たっているのだろう。
だからこそ、オークたちを見ると戦装束をした戦士たちはいるが老人や子供は見えない。先程の行軍停止の動きといい隊を分けて道を作る時の動きといい、訓練はかなりしているようにも思えた。
これは想像以上に強力な軍といえるだろう。
「長、教エタ、軍、規律、訓練」
行商人として各地を渡り歩いていた時に得られた情報や、俺が書き記した教練のノートをメークルに渡していたことがここまで形になるとは思っていなかった。
「ありがとうメークル。すごいぞ」
「エヘヘー」
もう一度俺が頭をなでているとフィアナが駆け寄ってきてメークルを抱きしめる。
「メークルちゃん、よかった」
「ふぃあな。めーくる、元気」
「うん。私も元気だよ」
「エヘヘー」
「えへへ」
二人は手を取り合って喜びを表現する。
「なあカケル。これってどういうことなんだい」
「ユカリ、それにグスタフ。この娘は穴ゴブリンのシャーマンのメークル。そこにいる少し大きいゴブリンはボスモドキ。それに穴ゴブリンとオークたちだ」
「旦那、長って呼ばれていやしたけど、それは……」
俺は少し照れながら頭をかく。
「いろいろあってな、メークルたち穴ゴブリンの長を俺がやっている」
「へぇ! そいつはすげぇですな!」
「マエオサと長の座を賭けて戦って俺が勝ったから俺が長になったんだよ。それから迫害されていた穴ゴブリンたちの住処を作ったりしてなんとか生活が安定するようになったわけでな。
でも穴ゴブリンたちだけではなくオークやホブゴブリンも味方にしているとは驚いたな」
俺がびっくりした様子を見せるとメークルは得意そうな顔になる。
「山、困ル、多イ。ごぶりん、おーく、イッパイイッパイ。教エル、餌取リ方、寝床作リ方。ミンナ食ベル、仲間増エル」
なるほど、あの山一帯で穴ゴブリンだけではなくオークやホブゴブリンたちの衣食住に協力したことが、この軍勢に繋がっているということだ。
交渉力や展開力、知識の伝播など内向的な穴ゴブリンという種族だからこそ、柔軟な考え方ができたりもしたのだろう。
知識や技術を独占せず、困った者たちに分け与えることができたのはメークルの資質なのかもしれないが。
「よく来てくれた。俺たちに亜人種の軍勢が加われば帝国に対抗できる力となるだろう」
これで王都を開放する兵力は整った。王弟グレゴリオを皇帝の座から引き摺り下ろすのはそう遠い未来ではない。
俺は知らず知らず武者震いしている自分に気がついた。
軍容が大きくなってきました。
筆が乗ってきたら、続きも早めに書けるかもしれません。
頑張ります。
挿し絵はユカリです。色指定とかしていなかったと思うので、多分大丈夫。あ、でも、武器を持っているのはシーンに合っていないですね。反省。




