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デスサイズ  作者: LALA
Episode6 思い
24/118

思い1

 


 夜もふけてきた頃――




 1人の三十代前半のサラリーマンがプレゼント用の包装がされた大きな紙袋を左手に、スマホを右手に持って、人気の無い寂れた路地を走っていた。


 全速力で走っている為か呼吸は荒く、オールバックにしていた黒髪は乱れている。




『あなた、まだ着きそうにないの? もうすぐアヤの誕生会が始まるわよ?』


「ハアッハアッ、だから今っ、急いでるんじゃないか。あと、15分くらいで着くから待っててくれよっ」



 受話口から聴こえてくる妻の声に掠れた声で返事をする男性。




 彼の愛娘は本日めでたく十歳の誕生日を迎え、家族と娘の友達も交えた誕生会を予定している。



 妻からは「早く帰ってね」と、しっかり釘をさされたのだが、そこは下っ端サラリーマンの悲しい(さが)


 きっちり定時に帰ろうとしたのに、今日中に仕上げてほしいと嫌みな上司から大量の書類を渡され、残業せざるをえなくなったのだ。


 死に物狂いで書類を終えた時には、 誕生会が始まる時刻。


 そこから娘へのバースデープレゼントをデパートまで買いに行ったことで、更に時間をロスしてしまったのだ。




『だから言ったでしょう、事前に買っておきなさいって!』


「ご、ごめん。まさか、こんなことになるとは思わなくて……」



 目の前に妻が居る訳でもないのに頭をペコペコ下げる。



『とにかく子供達をあまり遅くまで居させる訳にはいかないから先に始めて、帰らせておくわ』


「うん……ごめん」



『いいのよ。あなたも仕事で仕方なかったのに私も言い過ぎたわ。気を付けて帰ってきてね、愛してる』


「ああ、僕も愛してる……それじゃ」




 通話を終え、男性は一旦足を止めて呼吸を整える。



「ふう……さて、もうひと頑張りだ。早く帰らないとね……」


 左手に持っている紙袋をチラリと見る。



 紙袋の中に入っているのは娘が大好きなキャラクターのヌイグルミ。


 可愛い一人娘が喜ぶ姿を思い浮かべて、無意識の内に顔が(ほころ)ぶ。




 そんな彼に、背後から黒ずくめの人物が忍び寄ってきた。




「……ハッ!?」


 人の気配を感じて振り返ろうとする男性。




 ガヅッ




 だが、彼が振り返るより先に脳天に硬い物体が叩きつけられ、殴られた衝撃そのままに倒れ込んだ。



「……ハア……ハア……」


 血濡れた大きな石を持った黒ずくめの人物は、地べたに横たわり頭頂部から血を流している男性を一瞥(いちべつ)した後、足早にその場を立ち去った――




******




 黒斗の家 ダイニング――




 鈴の作った朝食――白濁(はくだく)色のドロドロな味噌汁と、真っ黒に焦げたサンマを食べる黒斗と鈴。



「……ケイちゃん、元気にしとるかなあ……」


 黙々と食事をしていた鈴がポツリと呟く。


 しかし、黒斗は何も答えない。



「引っ越し、急やったから挨拶も出来んかったし、何処に行ったか分からんし……」



 大神によって殺された恵太郎の両親の遺体は発見されなかった。


 遺体どころか殺された形跡すら無くなっており、破壊された家も元に戻っていた。



 そして、これも大神の力によるものなのか、世間では竹長一家は伸也の遺体が見つかった後、急に引っ越しをしたという認識になっている。




(……人の記憶や認識を操るなんて、簡単に出来るのか……? 428年は生きてきたが、そんな能力 一度も聞いたことが無い……)



「……クロちゃん? ボケーッとしてどないしたん?」


「……いや、別に……」


 鈴に声をかけられ、黒斗は思考を中断する。



「やっぱり、クロちゃんもケイちゃんが居なくなって寂しいんか? 何だかんだで仲良しやったもんな」


「……仲良しか?」



「仲の良い喧嘩友達やったやん。対等に口喧嘩してたしな」


「……………対等………」



 対等 イコール 同レベル。


 そんな考えがよぎり、黒斗は心外だと言わんばかりに眉を潜めた。



「……あんな幼稚な奴と一緒にするな」


「素直やあらへんなあ」


 鈴がそう言って笑うが、照れ隠しではなく本心である。



「ケイちゃんが居なくなったんは寂しいけど、しゃあないかもな……ケイちゃんは右足を無くして、伸也さんは殺された……こんな町、離れたくもなるわな」


「……そうだな」


 実際は伸也だけでなく、両親も殺されており恵太郎は大神に連れ去られているのだが鈴は知る(よし)もない。




「まあ、またいつか会えるわな! 手紙とか連絡くるとええなあ」


 のんきに言う鈴だが、恵太郎から連絡などある訳が無いだろう。


 何も知らない彼女の言葉を、黒斗は黙って聞き流すのだった。




******




 如月高校 2年A組 教室内――




 もうじき朝礼が始まろうとしているが、全部で34人いるA組の生徒のうち、2人が教室に居なかった。


 1人は内河。


 この時間になっても姿を現さないということは欠席か遅刻だろう。



 もう1人は大神。


 しかし彼が居ない理由は欠席でもなければ遅刻でもない。



 恵太郎を連れ去った翌日――彼は転校したことになっていた。


 竹長一家に使った記憶を操る力によるものなのだろう。


 誰一人として急に転校が決まった大神に不審感を抱く者など居なかった。




「大神くんも居なくなってもうたな……結局、大神くんの謎は解けへんかったわ」


 今は誰も使っていない窓際の一番後ろの席を見ながら、鈴が何気なく呟く。



「…………今は大神の話をするな」


「何や? ケンカ別れでもしたんか?」


 眉間にシワを寄せながら言った黒斗に鈴が苦笑いしながら(たず)ねるが、彼は不機嫌な顔をしたまま何も答えない。



「もう……確かに仲は悪かったけど、同じクラスの仲間やったんやで? 後味悪い別れ方しおってからに」


「……なに、また相見(あいまみ)える時が……」




 ガラガラガラ




 紡がれていた黒斗の言葉尻は、やかましく開け放たれた扉の音によって掻き消された。




「イヤッホー! ギリギリセエーッフ! さっすが俺、幸運の女神に愛されてるぅっ!」


 入ってくるなりハイテンションで叫ぶ内河に、生徒達の視線が集まるがソレも僅かな間だけで、直ぐに興味を無くされ注目が外れる。



「あ、あれえ? ここはギリギリセーフすごいね、とか何で遅くなったの、とか声をかけるもんじゃないの? それが青春じゃないの?」


 苦笑いしながら内河が言うが、誰も話など聴いていない。



「……世間の風は冷たい」


 しゅん、と落ち込む内河。


 そんな彼を哀れんだのか、鈴が席を立ち声をかけた。



「おはよー内河くん。内河くんが遅く来るなんて珍しいな、どないしたん?」


「うおお橘! 今日も相変わらず可愛いなあ! そしてさすが未来の妻! 俺が言ってほしいことを言ってくれるなんて!」




 ───さすがも何も、さっき声に出してたやろ!




 反射的にそんなツッコミが口から出そうになるが、何とかその言葉を飲み込む。



「さあ、言うぞ! 俺が遅れた理由を話したら、橘も俺にベタぼれ間違いないぞ! そんなに聞きたいなら教えてあげよう! 実はあ…………」


 得意気な顔をしながら内河は今朝の出来事を話し始めた。




******




 いつもと同じように、時間に余裕を持って登校していた内河。



「ああ、今日は良い天気だなあ。こんな日は橘に告白されそうだなあ! グフフ」


 自分に都合の良い妄想をして、自ずとニヤケる内河。



 エヘエヘ、と笑いながら歩いていたが突然横から物体が飛んできて、勢いよく衝突した。



「ドッギャーン!!」


 悲鳴をあげながら、物体の下敷きになって倒れる内河。




「この薄汚いジジイ! 片付ける方の身にもなりなさいよ!」


 程無くして内河に向かって女性の罵声が飛んできた。



「ぎゃひっ!! ゴメンナサイ、ゴメンナサイ! とりあえず謝っておきます!」


 下敷きになったまま謝る内河。


 正確には内河の上に乗っかっている物体――ではなく人物に向けられたのだが、彼はパニックになっていて気づいていない。




「す、すいません……」


 頭上からしわがれ声が聴こえると同時に、全身にあった重みが無くなった。



「ふわ……死ぬかと思った」


 ようやく動けるようになった内河は声がした方を見やる。




 そこに居るのは髪をお団子で纏めた中年の主婦。


 右手にはホウキが握られている。



 そんな彼女と向かい合っているのは、初老の男性。


 服は薄汚れていて、所々に穴が空いている。


 右手には泥がこびりついた透明のゴミ袋が握られていて、中には空き缶や開けられていない缶詰めが少しだけ入っていた。



「アンタでしょ!? 毎日毎日、うちのゴミ捨て場を漁ってんのは! 汚いし散らかるし、息子が見たら悪影響になるじゃない!」


「すいません……もう、この辺りには来ないので勘弁して下さい…………」



 身体を震えさせながら謝罪する老人だが、主婦から怒りは消えない。



「確か前にも言ってなかった? 口ばっかりで、ちっとも約束を守ってないじゃないの!!」


「あああ、すみませんすみません!」


 老人がその場に(ひざま)ずいて土下座をした。



「謝れば何でも許されると思ってんの!? ホームレスだか何だか知らないけど、調子にのるんじゃないよ!」


 土下座を続ける老人へ、主婦は容赦なく手に持っていたホウキを叩きつけた。



「あ、ぐぅっ」


「本当に(けが)らわしい! アンタなんか居なくなればいいのよ!」



 バシッ、バシッと何度もホウキを叩きつける主婦。




 そんな2人のやり取りを見て、内河にある提案が浮かんだ。



「いくら何でもやり過ぎだよな……ここで俺が止めれば、俺は暴力を止めた善人になる訳だよな……そしてその話が広まって橘の耳に入れば、橘も見直してくれる!」



 不純な動機で老人を助けることにした内河は、主婦のホウキを降り下ろす手を掴んで止めた。




「まあまあ落ち着いて奥さん! どんな理由があっても、暴力はよくないよ!」


「ハア? 何よアンタ?」


「通りすがりの正義感が強い学生です」


 かっこつけながら言う内河。



「……っしゃあ、決まった! これで、このオバハンを何とか撃退(げきたい)してオッサンに感謝されれば……」


 心の声を呟きながら老人に振り向く内河。



 が――



 先程まで土下座をしていた老人は、忽然(こつぜん)と姿を消していた。



「は……オッサン? おーい、暴力から助けてやった俺への感謝はー?」


 あんぐりと口を開けたまま立ち尽くす内河。



「アンタのせいで逃げられたじゃない! 今日こそ、お(きゅう)を据えてやろうと思ったのにっ!!」


「ご、ごめんなさーい! アイムソーリー!!」



 怒りの矛を向けられた主婦によって、内河はこってりと絞られるのだった。




******




「……と、言う訳なんだよ!」


 エヘン、と咳払いをしながら内河は遅れた原因を説明し終えた。



「ハア…………ま、まあ間違ったことはしてないな」


 確かに内河は暴力を(いさ)めるという良いことをしてるのだが、動機が動機だけに素直に誉められず、鈴は言葉を(にご)した。



「だろっ、だろ? 俺のこと見直した? 惚れた!?」


「あ、いや……惚れてはないけど、まあ見直した……かな?」


 さりげなく放れた“惚れてない”発言に、内河がピシリと効果音でもつきそうな固まり方をした。





「はーい、朝礼始めま……って内河くん、入口で立ち止まってるんじゃないわよ! 皆の邪魔でしょーが!」


「ふわあああい!!」


 佐々木に怒鳴られ、内河と鈴は慌てて自分の席に向かった。



「はい、皆も静かにしなさい! 先生が入ってきたら黙ろうと思わないの!?」


 怒鳴り散らす佐々木に生徒達も騒ぐことを一斉に止め、無言で席に座っていった。



 普段から佐々木はキツい物言いだが、今日は特にキツい。


 機嫌が悪いことが明らかな担任に、いつも無礼な生徒達もこれ以上怒らせないように押し黙る。


 触らぬ神に祟りなし、というヤツだ。




 しかし、こうやって人が集まっている場所には大体1人くらいは災いを招く人物が居るものである。


 当然、このクラスにも。




「何だよー、佐々木のヤツ機嫌悪すぎだろ。彼氏にでも振られたか? まあ、こんなアバズレじゃあ嫁の貰い手が無いわなあ」


 心の声を口に出してしまうという悪癖(あくへき)を最悪のタイミングで発動してしまった内河。




(あーあー…………)




 クラス全員が心の中で溜め息を漏らした。


 そして、火の粉が自分に降りかからないように誰もが佐々木から目を反らす。




 ビシュン




 凄まじい速さで、内河の額にチョークが飛んで行った。




 ガツッ




「ぎゃひん!」


 机に倒れ伏す内河。


 そんな彼に大股で近づく佐々木。



「貴方みたいに不真面目な生徒がいるから、先生の指導が悪いって嫌みを言われるのよっ! 廊下に立ってなさあい!」


 どうやら佐々木の機嫌が悪い理由は、指導についての嫌みを言われたかららしい。


 ビシッと教室の外を指差すと、内河は額を押さえながら廊下に向かう。



「……あと、先生は既に結婚してますっ! アバズレでも嫁に貰ってくれる人が居るんだからねっ!!」


 内河の背中に向かって佐々木は彼の言葉を訂正するのだった。




「ふう……さあ、朝礼を…………」


 教室を見渡す佐々木の目に、机に突っ伏して寝ている黒斗の姿が映った。



「ごらああああああっ!!」


 ぶちギレた佐々木が黒斗の頭にチョップをくらわせる。




「いってえな……このアバズレ教師……」


「アンタまでアバズレ言うなああ!! 廊下に直行!!」


「へーい」



 気の抜けた返事をすると、黒斗はアクビをしながら教室を出ていった。




(……絶対、廊下で居眠りするでクロちゃん…………はあ、今日は先生に逆らわん方が良さそうやな……)


 教師の怒りを買わぬよう、いつもより気を張りつめる鈴であった。




******




 その頃、のばら公園にて




「ほら、今日は沢山取れたぞ!」


 そう言ってゴミ袋を逆さまにして、中に入っている空き缶や缶詰を出す老人は今朝、内河が庇った男性だった。



 彼が出した缶を見て、ボロボロの衣服を(まと)っている老人老婆達が笑みを浮かべた。



「スゴいじゃないかウシオさん!」


「これで少しは楽になるわねえ」


 ウシオがゴミ袋から取ってきた缶を手に取った人々が歓喜の声をあげる。



 彼らは様々な事情があって、住む家が無い老人達だ。


 のばら公園は、遊具も錆び付いていて狭い為か滅多に人が寄り付かない。


 その為、彼らのような者達が住み着いているのだ。




「……うるせえな、人が寝てるってのに……静かにしやがれ」



 公園の奥で新聞紙を被って寝ていた老人が起き上がり、ワイワイ騒いでいる仲間達を睨みつけた。


 生え際が後退しているシワだらけの老人は明らかに不機嫌な表情だ。



「あっ、シローさん。見てください、ウシオさんがたくさん缶を集めたんですよ」


 茶色い手拭いを顔に巻いている老婆が指差した物を見るシロー。



「ほう、ウスノロの割には頑張った方じゃないか」


 どこか刺のある誉め言葉に、ウシオが肩を落とす。



「何処で手に入れてきた? 言ってみろよウシオ」


「いつもの三丁目です。あの主婦に見つかったけど、変な学生のおかげで逃げられました」


「あの主婦って言うと、前にも言っていた奴か」



 ウシオが頷くと、シローは舌打ちをした。



「逃げてきた、ねえ。情けない……お前は昔、警官だったんだろう? あんなクソ女、一発ぶん殴ってやりゃあいいものを」


「そ、そんなこと出来ませんよ」


「かー、情けねえ! そんなんだから舐められるんだ! 一発も食らわせないとかよお、良い子ちゃんにも程があるぜ!」



 暴力的な思考を持つシローに仲間達が冷ややかな視線を送るが、彼は全く気にも留めずに元居た場所に戻り、寝直した。




「はあ……またシローさんに怒られちゃったよ……」


「まあまあ、気にするなウシオさん」


 落ち込むウシオの肩を、白髪の老人が叩いて励ます。



「シローさん、あの主婦には異常な反応を示すねえ」


「……まあ、妻の面影(おもかげ)があるんだろ」


 シローについて語る老人達。




(……ケッ。好きに言ってろ)



 狸寝入りをしていたシローは、彼らの言葉を盗み聞きしていた。




******




 その日の夜――




「あら、奈美子(なみこ)さん。素敵なお召し物ねえ」


「ウフフ。旦那に おねだりしたのよ」



 住宅街の角先で、真っ赤なドレスを着た奈美子という名の中年女性と買い物袋を持った年若い主婦が会話をしている。


 奈美子は今朝ウシオに暴力を振るっていた主婦であり、その時の地味な格好とはうって変わってスリット入りの派手なドレスを着用していた。



「旦那さん、大手企業の課長ですものねえ。羨ましいわ」


「まあねえ。やっぱり夫はバリバリ稼いでくれる有能な男じゃなきゃねえ」


 ホホホ、と笑いながら言う奈美子。




 そんな彼女を電柱に隠れて見つめる影が1人――




「それじゃあ、楽しんできて下さいね」


「ええ、ありがとう」



 会話を終えて、奈美子は1人で歩き始めた。


 向かう場所は会員制の高級クラブだ。




(……バリバリ稼げる有能な夫ねえ…………やっぱり、コイツは男を金の成る木としか思っちゃいねえんだ……)


 電柱に隠れていた人物――シローは手に持つ大きな石を強く握り締める。




(ムカつくぜ……ああいう女のせいで俺は落ちぶれたんだ…………)


 歯軋りをしながら、奈美子を覗き見るシロー。




(ぶっ殺してやる)


 周囲に人が居ないことを確認して、シローは電柱から飛び出し奈美子の元へ走り寄る。






 ───何度目だ?






 だが、突然声が聞こえてシローは足を止めた。




(だ、誰だ!?)


 辺りを見渡すが、誰も居なければ気配も無い。



(気のせいか…………チッ、俺としたことが……)


 気を取り直して奈美子の居る方へ振り向くシロー。




 だが、視界に入ったのは奈美子の後ろ姿ではなく髑髏(どくろ)だった。




「うわあああああっ!!」


 シローは思わず悲鳴をあげ、尻餅をついてしまった。




「だ、だ、誰だ!? 何なんだテメエはっ! そのヘンテコな格好……死神にでもなったつもりか!?」


 シローは震える指でドクロの仮面の人物を指差す。



 死神になったつもりではなく、正真正銘の死神なのだが世間のニュースに興味が無いシローには、死神が起こしている事件など知らなかった。


 身体が震えているのも死神に対する恐怖ではなく、心底驚いたからである。



 一方、死神はシローの問いには答えずに、ゆっくり仮面を外して素顔を晒した。



「あ…………子供?」


 死神――黒斗の顔を見て、シローは呆気にとられる。




「何度目だ?」


「あん? 何か言ったかガキんちょ」


 相手が子供だと分かり、シローは余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)だ。



「人を殴り殺したのは何度目だ?」


「なっ……何でテメエが知ってやがる!」


 黒斗が誰も知らない筈の秘密を知っていることに驚き、先程までの余裕が消え失せて冷や汗を流すシロー。



「…………答えられないのか?」


「う、うるせえ!! テメエには関係ねえことだろうが!」



 動揺を隠す為に、シローは虚勢(きょせい)を張った。


 だが黒斗は無表情のままシローへ近づいてくる。



「お前が人を殴り殺したのは、昨日で三度目だ。一度目は老婆。二度目は学生。三度目は会社員……」


「…………っ」



 自分が犯した罪、殺した人物――それら全てを知っている黒斗に対するシローの印象は、単なるガキから得体の知れない人物へと変わっていた。


 冷や汗を流すシローに黒斗は続ける。



「3人の被害者とお前には接点は無い。……あえて言うなら、この3人はお前にとっての“理想”を絵に描いたような存在だった。だから嫉妬したんだろう? お前が憧れた家庭を持つ彼らを……」


「黙れ! テメエに何が分かるっ!!」



 図星を突かれて頭に血がのぼったシローは持っていた石を振り上げて、目の前に立つ黒斗の額を殴りつけた。




 鈍い音と共に黒斗の額の皮膚(ひふ)が裂け、傷口から血が流れ落ちるが、彼は痛みに表情を歪めるどころか、(あざけ)るように笑っている。


 血で真っ赤に染まった顔で笑みを浮かべる黒斗の姿は、悪魔のように恐ろしいものだった。



「……自分が理想を実現出来なかったから、他人を(ねた)んで八つ当たりか……見苦しい」


 黒斗が喋っている間に額の傷は塞がっていき、顔を流れていた血、凶器の石に付着した血液も一瞬で消え去った。



「なっ…………」


 瞬時に傷が回復した黒斗を見たシローは言葉を失う。




「お前はやりすぎた。犯した罪に対する罰を受けてもらう」


 黒斗は冷酷に呟くと右手を挙げ、黒い穴からデスサイズを取りだし構える。




「うっ…………うあああああああ!!」


 鎌を持つ黒斗を見た途端にシローは悲鳴をあげながら逃げ出した。



「愚かな奴だ……逃げられる訳が無いというのに」


 慌てることなく、シローをゆっくり追いかけていく。

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