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デスサイズ  作者: LALA
Episode5 連鎖
19/118

連鎖4



40分程度の時間が経過した頃――




恵太郎の自室には、部屋の主の他に黒斗と鈴の姿があった。




「……で、俺達に何の用だ? こんなメールを送ってきて……」


不機嫌そうに黒斗は、恵太郎に向けてズイッと画面を突き出した。



画面に表示されているのは、恵太郎が送信したメールの文章。


『学校が終わり次第 至急、我が家に来られたし』と書かれている。



小野寺の事件があって学校が午前中に終わり、黒斗も鈴も暇を持て余していた所に、このメールが届き、恵太郎の家にやって来たのだ。



「……ああ……実は……頼みたいことがあるんだ」


恵太郎の真剣な表情から、ただ事では無い空気を感じとり、無意識に黒斗と鈴の身体が強張る。



すぅっ、と恵太郎が息を吸い込み、そして唇を動かした。






「……頼む、一生のお願いだ。兄ちゃんをストーカーしてくれっ!」




「………………………………は?」






恵太郎の口から放たれた爆弾発言に、思考がフリーズする黒斗と鈴。


開いた口が塞がらない2人とは対称的に、何故か恵太郎は仕事をやり遂げた職人のような清々しい顔をしていた。




「あの……ケイちゃん? ストーカーって何やの?」


どうにか言葉を発することが出来た鈴だが、恵太郎は信じられないと言わんばかりの表情で彼女を見つめている。



「お前ストーカーも知らねーの!? よくソレで女をやってられるな!」


「ストーカーの意味が分からんっちゅう訳やない! 何でウチらが伸也さんのストーカーにならなアカンねんって意味や!」


的外れな恵太郎の言葉に、鈴がキレがあるツッコミを入れた。



さすがは関西人、ツッコミさせたら一流――と、黒斗は関係ないことを思いながら2人のやり取りをボンヤリ見つめている。



「分かった分かった、言い方を変えるよ。……つまり、兄ちゃんをストーキングしてほしいんだ」


「……………………」



本当に言い方が違うだけの訂正に、黒斗は呆れたような溜め息を吐いた。


「って、何溜め息なんかしてんだよ月影! 俺のことバカだと思ってるような目で見てきやがって!」


「思ってるような、じゃない。思っているんだ」


「にゃにおー!」



睨みあう黒斗と恵太郎。



そんな2人の間に鈴が入り、手をかざして止めに入る。



「はいはい、話が進まんからケンカはやめときや。ストーカー云々(うんぬん)はともかく、一体どないしたんよケイちゃん」


「あ、ああ……実は……兄ちゃんに…………女が出来たかもしれないんだ!」


「……………………………………」




─だからどうした




それが、いかにも重大そうに発せられた言葉へ2人が抱いた率直かつ素直な感想であった。




「……えっと、伸也さんに彼女さんが出来たってこと? 良かったやん。な、クロちゃん」


「ああ、そうだな、良かったな、実にめでたいな」


「ちょっと待て! 適当すぎる反応だろ! それと月影、お前は棒読みやめろ!」



関わりたくないというオーラを微塵(みじん)も隠そうとしない黒斗に恵太郎がツッコミを入れる。




(……あれ? 伸也さん、小野寺さんが好きやなかったんか?)



小野寺の死を聞いた時の伸也の反応を思い出し、首を傾げる鈴。


伸也のあの様子や口振りから、鈴はそう思っていたのだが、勘違いだったのだろうか。



「……だから、お前の兄貴に女が出来たからって、何で俺達がストーキングしなくちゃいけないんだ」



うーん、と唸る鈴を尻目に、黒斗はやる気のなさそうな顔で呟いた。



「……兄ちゃんは、弟の俺が言うのも何だけど、顔も性格もイケメンだし、相当モテると思う」


「自慢か……ブラコンめ」


「真面目に聞けよ!」



茶々を入れる黒斗を一喝(いっかつ)し、真剣な眼差しの恵太郎は言葉を続ける。



「……周りからも、よくお兄ちゃんっ子って言われるし、俺自身も兄ちゃんにベッタリくっついて甘えすぎだとは思う。いい加減に兄ちゃんから自立しなくちゃとは思ってんだけど、なかなか出来なくてさ……」


自嘲(じちょう)気味に恵太郎が笑う。



「だから、兄ちゃんに女が出来たということは俺にとっては自立のチャンスなんだ。兄ちゃんには心に決めた人と幸せになってほしい。ただ…………」


「ただ……?」



鈴が復唱し、恵太郎の言葉を待つ。




「その女が、兄ちゃんに相応しい奴じゃなきゃ俺は結婚を許さねえんだ! 兄ちゃんの容姿だけに惚れただとか、兄ちゃんの人の良さにつけこんだだとか、そんな性根(しょうね)の腐った女に兄ちゃんをくれてやる訳にはいかねえっ!!」


グッ、と拳を握り締めて力説する恵太郎。


そんな彼を、生温かい目で見つめる黒斗と鈴。



「だから! だから、お前達に兄ちゃんをストーキングしてもらって、相手がどんな女か確かめてほしいんだよ! 俺は足がこんなだから、コッソリつけるとか出来ないし、他に頼める信頼ある奴なんか、お前ら2人しか居ない……頼む!」




深々と頭を下げる恵太郎。


プライドが高い彼が、他人に頭を下げてまで何かを頼むことなど、今回が初めてだった。


理由はともかく、あの恵太郎が精一杯の誠意を見せたのだ。


ここまで頼み込まれて、断ることなど出来ようか。



黒斗と鈴は顔を見合わせて頷き、鈴が口を開いた。




「分かったわケイちゃん。そのお願い、きいたるわ」


「ほ、本当か! 恩にきるぜ!」




いくら友人の家族とはいえ、人のプライベートを覗き見するのは気が進まなかったが、恵太郎の自立の為にと鈴は自分に言い聞かせた。


それに、伸也の小野寺に関する言動に覚えた引っかかりも解消されるかもしれないという考えもあった。




「じゃあ早速、作戦を練ろうぜ! まず、兄貴が出かける時間は…………」



モヤモヤとした気持ちを抱える鈴とは逆に、恵太郎はイキイキとした様子で作戦会議を始めた。




******




時刻は16時前




ガチャ




事前に教えられた通り、伸也が自宅から外に出てきた。


そんな彼を、ブロック塀に隠れて見つめる影が3つ――




「こちら玲二。ターゲットを発見した、これよりスニーキングミッションに入る」


「うむ。良いか玲二、くれぐれも我々の痕跡(こんせき)を残してはならない、見つからないことを最優先とするのだ、良いな」



携帯を耳に当て、妙な会話をする鈴と玲二。


ちなみに携帯は通話中になっていないし、そもそも携帯など使わなくとも2人は至近距離に居て、会話だって普通に出来る。



「……お前ら、ふざけてんのか?」


「ヒィッ、すいません!」



黒斗がギロリと睨むと、2人は慌てて携帯を閉まった。


気を取り直して、黒斗達は伸也の監視を続ける。



ちなみに玲二が居るのは、人手が多い方が良いという鈴の提案を恵太郎が了承し、ヘルプとして呼んだからだ。


むしろ、人が多いと見つかりやすくなるのでは――というツッコミを黒斗は飲み込み、玲二も交えて作戦を開始した。




「……いいか佐々木、くれぐれも騒いだりするなよ?」


真っ先にヘマをしそうな玲二に黒斗が釘を刺しておく。



「大丈夫だって兄貴! オレ、ステルスゲームをノーアラートでクリアしたことあるんだから!」


「ホンマに!? スッゴいなあレイちゃん!」


「……現実とゲームを一緒にするな」



現実のステルスを甘く見ている玲二の言動に、黒斗は頭を抱えた。



「もう、兄貴は心配しすぎだよ。オレに任せて! こんなミッション、インポッシブルだよ!」


「レイちゃん、インポッシブルって“不可能”っちゅう意味やで」


「ウソ!?」




(…………不安だ。不安しか無い…………)



心配要素が盛り沢山の玲二に、黒斗は頭痛を覚えるのだった。




数十分後――




何とか伸也に見つからずに、順調に尾行を続けていく黒斗達3人組。



しかし、伸也は商店街や店の中をブラブラしているだけで、一向に女と会う気配は無い。


そんなこんなで、今、伸也と黒斗達は人気の無い寂れた商店街に居る。



ボリボリ


「歩き回っているだけじゃないか……本当に女と会うのか?」


ボリボリ


「せやな……まあ、ケイちゃんが勝手に女が出来たって騒いどるだけかもしれへんし……」


ボリボリ


「ブラコンが暴走しただけの妄想だろ」


ボリボリ


「証拠もあらへんしな」


ボリボリ


「………………………………」


同時に背後を振り向く黒斗と鈴。


そこに居るのは、チップス菓子をボリボリと耳障りな音をたてながら(むさぼ)る玲二だ。


ボリボリ



「…………うるせえ!」



我慢の限界に達した黒斗が玲二から菓子袋を取り上げた。



「ふわっ!? か、返してよ兄貴ー!」


「うるさい。大体、菓子をボリボリ食いながら尾行するバカがいるか!」


「だって、お腹が減ったんだもん……」



肩を落として落ち込む玲二。



「あっ、誰か来たで!」



鈴の声を聞いて、黒斗と玲二は伸也に注目する。




1人の若い美女が、伸也に駆け寄ってきた。




腰まで伸ばされた長く艶やかな黒髪。


白い長袖のシャツに、鮮やかな赤色のロングスカートを組み合わせた服装がよく似合っており、清楚(せいそ)な雰囲気を(かも)し出していた。



「ごめんなさい、遅れてしまって……」


「大丈夫だよ、僕も今来たばかりだから」



美女は伸也に頭を下げると、胸を押さえて呼吸を整え始めた。


そんな何気ない動作の1つ1つが優雅かつ上品で、彼女の美しさを一層引き立てる。




「あ、あの人が伸也って人の彼女!? めちゃくちゃ綺麗な人じゃん!」


荒い鼻息の玲二が身を乗り出して、感想を述べる。


「ふむふむ、清楚系ですな。他に男性と付き合ったことが無いのでしょう、いやあ初々しい仕草がまた男心にキュンキュン来ますなあ!」



「うるさい、会話が聞こえない」



バシッ



「レイちゃん、黙っとき。あと言うてることがオヤジ臭いで」



ドゴッ



「ぷぎゃっ!」


黒斗の張り手を頭に、鈴の肘鉄砲を腹にくらった玲二がダウンした。




「じゃあ……行こうか」


「は、はい……」



伸也が差し出した手を、美女は頬を赤らめながら取り、2人は手を繋いで歩き出した。



合わせて黒斗達も、伸也と美女の後を追う。




「……さあ、やろうか」


「はい……あの……初めてだから……優しくして下さいね……」




寂れたラブホテルの前で、そんな会話を交わすと、2人は中に入って行った――





「し……初夜だあああ! 濡れ場だあああああ!!」


興奮した様子で、とんでもないことを叫ぶ玲二に商店街を行き交う人々の視線が集まった。



「アホー!」



鈴が咄嗟に玲二の口を塞ぎ、黙らせる。



「すんませーん、この子アホやから気にせんといたって下さいね」


ニコッと笑いながら鈴が言うと、人々は視線を外し、去って行った。




「あれが恋人か。見たところ、悪女でも無さそうだな」


「せやな……ケイちゃんも、あんな良い人なら文句言えへんやろ……帰ろか」



黒斗は頷き、鈴が口を塞いでいた玲二の首ねっこを掴んで歩き出した。



「ちょ、兄貴、痛いってばああ……」


ズルズルと引き摺られていく玲二。



一歩遅れた位置から、鈴も2人の後に続く。




(……伸也さんにとって、小野寺先生って何だったんやろ? 恋人が居るなら、僕と小野寺さんじゃ釣り合わないとか、言わなそうやのにな……)



モヤモヤは解消される所か更に深まってしまい、鈴は疑問に頭を悩ませるが、答えは見つからない――




******




その頃、寂れたラブホテルの一室にて――




「……じゃあ、(ひかり)ちゃん。先にシャワーを浴びてきなよ」


伸也の言葉に、光と呼ばれた美女が控えめに頷き、部屋に備え付けられているシャワールームへ小走りで向かって行った。



バタン



扉が閉められ、しばらくした後にシャワーが流れる音が鳴った。




それを確かに聞き取った伸也は黒い手袋を嵌め、ベッドの上に置かれたままの光のバッグを開けた。



(戻ってくるまでに、やっとかないと)



化粧品やナプキン等、女性らしい小物が詰められた鞄を慎重かつ大胆に(あさ)っていく。


ガチャ、ガチャと中の物をどかしていくと、黒い小瓶が見えた。


「これだ……」



小瓶を手に取り、蓋を開けて中を確認すると透明な液体が入っていた。


芽衣から教えられた通りの情報に、思わず伸也はほくそ笑む。




今回のターゲット、山根(やまね) (ひかり)は麻薬中毒者である。


清楚な見た目と上品な立ち振舞いから、おしとやかで可憐なお嬢様を連想させるが、その実態は股の緩い――いわゆるビッチな女だ。


とにかく、己の性欲という名の欲求に忠実であり、それを満たす為に日夜、相手を探して徘徊(はいかい)している。


伸也に声をかけてきたのも光の方だった。


光と出会ったのは、ほんの3日前であり、2人は今日初めて身体を重ね合う。



もちろん、伸也は光に愛情など無い。


光がシャワーを浴びている間、彼女の麻薬と芽衣から貰った麻薬を混ぜて、やることをやって帰るだけ――




「……よし、と」


麻薬を溶かした液体と液体を混ぜ合わせ、何事も無かったようにバッグへ小瓶を戻した。




「あの……伸也さん」


全てをやり終えた後、バスタオルを身体に巻き付けた光が戻ってきた。



「やあ、お帰り」


そう言って伸也が微笑むと、光が嬉しそうに抱きついてきた。


鼻歌交じりで、ご機嫌な様子だ。



「どうしたの? いつもより積極的だね」


「ウフフ……だって、もうすぐ大金が手に入るんです。だから嬉しくて」


「大金? どこから入ってくるんだい?」


「友達からですよ」


不思議そうな表情の伸也に、光は己のスベスベな頬を擦り寄せながら事情を説明を始めた。



「その子と私、小さな頃からずっと一緒に居た幼馴染みなんです。でも彼女すごくワガママで、人を平気で傷つけるような子でした」


「…………そうなんだ、酷い奴だね」



光が言う“幼馴染み”が、芽衣のことだと分かっている伸也は適当に相槌(あいづち)を打つ。



「高校生の時、彼女は1人の同級生の将来を潰しました。今まで話したことも無く、恨みや何かの感情がある訳でも無い人を、“暇つぶし”の為だけに(おとしい)れた」


「……………………」



伸也は黙って聞いている。


「周りの人は何も知らないけど、彼女のやったことを私だけは知っています。だから、それをネタに揺すりをかけて、お金を貰おうとしてる途中なんです。このことが知られては彼女の両親も本人も、評判がガタ落ちですからね」


ふう、と光はやりきったような清々しい顔で息を吐いた。




今の話通り、光は金稼ぎの為に芽衣を恐喝(きょうかつ)している。


それ故、芽衣は光の始末を伸也に頼んだのだ。




「ごめんなさい、長話してしまって。伸さん、シャワーをどうぞ」


「……ああ、じゃあ待っててね」



腰に回されていた腕がほどかれ、自由になった伸也はゆっくりと立ち上がり、シャワールームに入って行った。




ジャアアアア




勢いよく流れ落ちる水の音が、静かな室内にBGMのように響く。



どこか心地よい音を聴きながら、光は鞄を開けて小瓶と注射器を取り出した。




光は、いつもセックスの前に麻薬を接種する。


より感じ、よりイキやすくする為に。




注射器に液体を入れると、光は二の腕辺りの血管に針を刺した――





シャアアア




身体の汚れを気分良く落としていく伸也。


降ってくるお湯は、汚れだけでなく疲れも落としてくれているような気がした。




ドンドン、ドン




(……?)



シャワールームの扉を勢いよく、しかしリズム悪く叩く音が耳に届く。



(…………山根か?)


光の姿を思い浮かべ、伸也はシャワーを止めると脱衣場に向かい、メガネだけを掛けて扉を開いた。




「じ、んざっ!! だずげ、で!」


扉が開かれると同時に、濡れたままの伸也の足を這いつくばっている光が鷲掴みにした。



「ひ、光ちゃん?」


不意討ちに驚いた伸也が足下の光を見下ろす。



「だず、で、ぐるじい、ぐるじのおおぉ…………」



瞳孔(どうこう)を大きく開き、焦点の合わない光。


目からは涙を、鼻からは血混じりの鼻水を、口からは泡とよだれを流しながら、必死に伸也にすがっていた。




───この状態、もしや――




冷静に光の状態を分析した伸也は、ゆっくりと口を開く。



「……もしかして、麻薬を打ったの?」


ブンブン、と首がちぎれそうな勢いで光が首を振った。



「あーあ……やっちゃったのかあ。まあ別に大丈夫か」


そう呟くと、伸也は足に(まと)わりつく光を振り払い、脱衣場に戻って身体を拭き、衣服を纏った。



「だずげっ、が、じんじゃ、っう!」



なお助けを求める光だが、伸也は無視して出口に向かう。



「まっ、べぼ!!」




そんな伸也を、光は動かない下半身を引き摺り、震える両手の爪を床のじゅうたんに引っ掻けながら追いかけた。


聡明(そうめい)そうで、美しかった顔は今やヌルヌルした液体と鼻血、ゴポゴポと零れる泡でぐちゃぐちゃに汚れていて目も当てられない。


全身をビクンビクンと震わせて、ズルズルとにじり寄ってくる光の姿は、まるでゾンビのようだった。




「……ごめんね。君に恨みがある訳じゃないけど……仕方ないんだ」



爽やかに笑う伸也。



いつもと同じ紳士的で優しい笑みなのに、今はその笑顔が冷たく、悪魔のように見えた。




「や、じん、ざっ」




バタン




必死に伸ばした手は届くこと無く、無情な音と共に扉と光の未来は閉ざされた。




******




夕陽も沈み始めた頃、恵太郎は自室のベッドで仰向けに転がり、グラビアモデルのポスターが張られた天井を(あお)いでいた。




(…………そうか。兄ちゃんは、もう俺だけの兄ちゃんじゃないんだ)




黒斗達から連絡を受け、伸也に恋人が居ることを知らされた恵太郎は酷く落ち込んだ。



普通なら兄に恋人が出来たことを喜ばしく思い、祝福の言葉を送るべきなのだろう。


しかし、恵太郎は大好きな兄が急に遠い存在になったような気がして素直に喜ぶことが出来なかった。



伸也は面倒見の良い兄だった。



普段は優しく、一緒に遊んだりふざけたりしてくれるが、恵太郎が間違ったことを言ったりやったりすれば、面と向かって叱ってくれる。



友達のような父親のような兄。



いつかは自分も兄も結婚して自分の家庭を持ち、子供の頃と同じようにベッタリくっつくことが出来なくなる時が来るとは分かっていたが、いざその時が来るとヘコむものである。




(…………落ち込んでばかりいられねえ。兄ちゃんが幸せなら俺も幸せなんだから)



頬を叩いて気合いを入れ、上半身を起こす。




コンコン




すると扉をノックする音が響き、恵太郎は「誰だ?」と思いつつも返事をして、部屋に入るよう促した。




ガチャ




扉を開いて現れたのは伸也。


どうやら恵太郎が沈んでいる間に帰って来ていたようだ。



「に、兄ちゃん!?」


思わぬ訪問に驚き、つい姿勢を正す。



「昼間、様子がおかしかったから大丈夫かと思って……何か悩みでもあるの?」


「だ、大丈夫だって! 兄ちゃんが気にすることじゃないし!」


「…………そう?」



自分こそが弟の悩みの種であることも知らず、伸也は首を傾げる。



「……なら、いいけど。何かあったら、ちゃんと言うんだよ」



そう言い残し、伸也は恵太郎の部屋を出ていった。


扉が閉まり、足音が遠ざかっていくのを確認すると恵太郎は深い溜め息を吐くのだった。





自室に戻った伸也は、先ほど芽衣から届いたメールを確認した。



「……なるほど、明日か」



光に麻薬を接種させることに成功したという(むね)を伝える伸也のメールの返信内容は、「今日は忙しくて会えない。明日の夜、詳しく話しましょう」というものだった。




「…………明日。これで全てが終わる」




自分自身にも聞こえないような小さな声で、伸也は呟いた。







「……ふう」



いかにも少女趣味なピンクを基調とした装飾と大量のヌイグルミが置かれた自室にて、芽衣は溜め息をしながらベッドに転がり、横にデコレーション過多な携帯を放り出した。



(伸の奴、成功したのね。これでアイツとの付き合いもおしまいだわ)



好きでもない男へ愛想を振り撒かなくてもよくなり、邪魔だった2人の友人も今や亡き者。


全てが自分の思い通りに進み、芽衣の顔が思わず(ほころ)ぶ。



「明日ね、明日でぜーんぶおしまいよっ! アハハハッ!」



テンションが上がって笑いを(こら)えきれなくなった芽衣は1人、笑い続けた。

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