序幕
胸を貫く剣の感触は、凍るような冷たさもあれば、燃え滾るような熱さもあった。痛みは不思議と感じない。それまでに既にボロボロだったからか。
いずれにせよ、魔王は玉座に座ったまま力尽きようとしていた。息も絶え絶えに穴の開いた腹を押え、流れる血を指の隙間から滝のように零して、苦しみながらなお笑みを浮かべて今の際に立った。幸福に満ちた顔だった。
「儂は人間を知らぬ。ゆえに、ただそなたが羨ましい」
人間に近い姿をしていながら明確に異なる存在。血と欲に塗れた殺し合いの世界で生きながら、その存在を疎ましいとまで言われて命を狙われる。なんとも馬鹿げた生き方だと魔王は微笑む。
玉座を満たす長い黒髪が体と一緒に力なく垂れ、宝石のように美しかった赤い瞳は、原石に立ち戻っていく。
「勇者よ。よくもまあ、儂を殺してくれたものぞ」
「……お前はどうして人間と争ったんだ?」
悲しそうな顔。勇者は剣を突き立てておきながら、魔王を哀れんだ。
「カカカ……さてのう。きっかけはなんじゃったか。もはや思い出せもせぬ。ただ生きるためだったか、あるいは憂さ晴らしだったかも……」
すう、と優しく息を吸い込むだけでも全身に激痛が走る。
これまでかと瞳は諦観の色に染まった。
「儂も人間であれば、そなたのように牙を剥いた者にさえ涙を浮かべられたのかのう。実に口惜しいのう。そなたの幸福が、今はただ眩しい」
「そうかな。お前も人間に生まれ変われば分かるよ。そんなに────」




