耳まで共寝
「ミレイさん、数学教えて!」
テスト前のステラが切実な顔でやってきた。
他の科目は苦手な僕も数学だけは余裕の顔をしていられる。なにしろこの学校の数学は簡単なので、記号に慣れてしまったら後はわからないところがない。でもそれは自分がわかるというだけだ。
「人に教えられるような体系的な知識は持ってないんだけど」
「でも、誰よりできるじゃない」
「できるだけさ」
「それはできる人のセリフよ! 私もそんなセリフ、言ってみたい!」
「お褒めの言葉はありがたいけどね」
前世では大学受験のための勉強をやっていたのに中学生レベルの内容で持ち上げられても嬉しくない。
押し問答していたら教科書で顔を半分隠しながらカリンがやってきた。
「私もー……」
「……私もお願いするわ」
セレナもだ。どことなく悔しそうな顔をしている。数学はセレナの弱点だ。
まあね。実はこの前から「夏休みはみんなで旅行しましょう」なんて相談をしていたんだけど、この学校では期末考査で落第点を取ると休暇中に補講を受けなければならないことになっている。そんなことになったら旅行どころじゃない。
僕は相変わらず文系科目が怪しい。何とかギリギリクリアできるんじゃないかなという手ごたえはあるんだけど、もう少し追い込んでおきたい。で、この三人は、というよりクラスメイトの大半は数学を苦手としていた。それこそ落第点を取りかねないほどに。
やれやれだ。三人に囲まれて僕は降参した。
「いいよ、いつも教えてもらっているし。僕にできる範囲で良ければ、だけど」
そういうわけで僕たちは教えたり教えられたりしながら夏季休暇前の試験に備えた。
……という状況だったにもかかわらず、今朝のセレナは突然「今夜は勉強会をしないから」と言い出した。テストを三日後に控えてるんだけど。
「なんで?」
「それは……その……」
尋ねたらセレナは口ごもって頬を染めた。それでようやく思い当たった。
「ああ」
その時期か。思わずクスッと笑うとセレナはムッと押し黙って睨んできた。別に馬鹿にしたわけじゃないんだけどな。
「そんな可愛い顔で凄んでみても駄目だよ。あの時の君がどんなに素敵か、僕だけは知っているんだからね」
「なっ……」
怒りのためかそれとも羞恥心のためか、頬がまた赤く染まった。そんなセレナが可愛くてまた笑ってしまった。
「その時はまた会いに行くからね。鍵を開けておいてよ」
その夜の勉強会は宣言通りお休みとなった。そして翌日、セレナは部屋に閉じこもって姿を見せなかった。
夕食後の懇談の時が過ぎてシャワータイムも終わって、皆自分の部屋に戻った。消灯前の静寂の廊下を僕は一人歩いて、セレナの部屋の前で足を止めた。
ドアを軽くノックして小さな声で呼びかける。
「ミレイだよ」
返事がない。ノブを動かしてみたけど鍵がかかっていた。僕はもう一回ノックして、待った。でもやっぱり何の反応もない。
「帰るよ」
もう一回声を掛けて、しばらく待つとためらいがちにロックの開く音がした。
ノブが動いて、ドアが内側に開いた。
初めて見る部屋着のセレナがそこにいた。
相当我慢したんだろう。いつも以上に呼吸が荒い。目が潤みきっている。その目に溜めた涙は情欲のためなのか、敗北感のためなのか。
……ヤバイ、ゾクゾクする。発情が誘発されたからだけじゃない。心の底から愉悦が湧いてくる。
自分の勝利を感じ取った僕は部屋に押し入って鍵を掛けた。
セレナの声は震えていた。
「どんなに自分を強く持とうと決意しても、結局はあなたの思い通りになる……。浅ましい自分が惨めで、悔しい……」
「でも期待もしてるだろ?」
「あっ」
僕はそっとセレナを抱きしめて、静かに背中を撫でた。密着して、頬をすり寄せて。
しばらくそうしていたら突然体を押された。と言っても突き放されたわけじゃない。顔が見える距離になっただけだ。
唇が襲い掛かってきた。舌が僕の口をこじ開けて入ってくる。僕の舌を力強くむさぼる。セレナが心の中で恃んでいるに違いない理性が情欲の前に無様に溶けて流れて、本能のままのとろけた顔を晒している。正直、そそる。
僕はキスに応えながら背中を撫で、撫でる手をそのまま下へと向けた。背中から腰へ、そしてしっぽへ。
「んっ」
毛並みに沿ってしっぽを撫でるとセレナは切なそうに太ももをすり合わせた。
「んんっ!」
毛を逆立てるようにしごくと背中が反った。
しっぽの上でボタンが手に触れた。スカートを留めるボタンだ。左手でしっぽを撫でながら僕はボタンを外した。スカートが床の上にストンと落ちた。
液体みたいにグニャグニャなセレナはスカートに足を取られてバランスを崩した。僕は背中と頭を支えてベッドに押し倒した。
身体を起こす。セレナは物欲しげな顔だ。僕はそんなセレナのシャツのボタンに手を掛けた。下から順に、一つ一つ外していく。セレナは目をそらしたけど抵抗しない。ついにボタンを全部外してしまって前をはだけたら下にまだ長い肌着を重ね着していた。僕はシュミーズをそっとめくり上げた。黒い下着があらわになった。さらに上へ、セレナは腰を浮かせて手伝ってくれる。白いお腹が見えた。皮膚の下に浮き出た肋骨が見えた。そこで背中に引っかかってしまってそれ以上めくれなくなったので手のひらで押し上げた。その下にもう一つ違う布地の感触があった。構わずカップごとずらすとめくれ上がったシュミーズの裾の下にお腹と胸との境目が見えていた。
……うん、駄目だ。これ以上は絶対に理性がもたない。
僕は肌の白さから無理に視線を切って、セレナに覆いかぶさるようにキスした。キスしながら下腹部、へそから下の辺りを右手のひらで円を描くように、撫でるのではなく少し力を込めて押さえた。
「ん、やめっ……やっ、んっ! はっ、はっ、はぁっ」
キスの合間を縫うように裏返った声が耳を貫く。歓喜の戦慄が走った。今の彼女はもう人間じゃない。僕の操る指に従って馬鹿みたいな鳴き声を上げる一個の楽器だ。
「聞こえるよ。隣の部屋に」
耳元で囁くとセレナはビクリと体を硬くした。
「いつも凍れるほどに冷静なセレナお嬢様の情熱的な声が聞こえたらみんなびっくりしてしまうよ。明日には学校中の噂になっているだろうね」
「~~~~~~っ!」
セレナは袖の端をギュッと噛んで声を抑えた。そのくらいの理性は残っていたようだ。
まあ僕も相当呼吸が荒いんだけどね。無言で袖を払いのけて、キスしながらのしかかる。セレナの素肌と僕の布地がこすれ合う。自分の服が邪魔だ。素肌で触れたい。けど脱いだら駄目だ。絶対に我慢できない。
くそっ、これが限界だ、せめてこれくらいはいいだろう? 僕はしっぽを股の間から前に回してガードした。そして体全体で体重を掛けて、全身のストロークでセレナの感触を楽しんだ。
「駄目、死んじゃう! 助けて……」
セレナは逃れようとするけれど、僕の体重の下で身動きが取れない。そんなことを言いつつも足は開きっぱなしだし。胸の辺りに二つ、硬いところがあってシュミーズの下でこすれ続けてるし。夢中になって動き続けていたら不意にくてっとセレナは動かなくなった。
「セレナ……?」
揺すってみたけれど全然反応がない。セレナは体中から力が抜けきっていた。調子に乗り過ぎたか。
今日はここまでだな。僕はトイレに行って、またシャワー室へ向かった。そして濡れおしぼりを作って前と同じようにしてあげた。それからベッドに潜り込んで、同じ毛布にくるまった。
目の前にセレナの顔があった。
「今夜は一緒にいよう」
そういうとセレナはすっと目を閉じたので、唇で触れるだけのキスをした。
……さわやかな眠りの果てに僕は目を覚ました。セレナは先に起きていたみたいだ。目を開けるとすぐに目が合った。寝顔を観察されていたかな?
「おはよう、セレナ」
そう言ってまた軽くキスするとセレナは手を上げた。
「もう」
ピシャリと叩かれた。力は全然入ってなかったけどね。ポーズだけだ。発情はほとんど収まったみたいだ。顔は真っ赤だけど。
それに耳が横を向いて倒れていた。僕たちは嬉しいときにこうなる。慣用句で言うところの『耳も寝ている』というやつだ。




