フェリス家
この学校では学生は名前にさん付けで呼び合って名字は使わない。それはつまり実家の名前に頼らずお互いを見ましょう、という方針なのだと最近気づいた。
だからフェリス家なんて名前にも意味はない、はずだったんだけど。
「──このように、アグーティ朝からマカレル朝への交代に主導的な役割を果たしたのがマイネル・フェリスだったわけだ」
教師は板書した内容をチョークの先でカッカッと示しつつチラリと僕の顔を見た。つられて複数の生徒も。
歴史を勉強しているとフェリス家の名前がたびたび出てくる。そして授業でその名前が呼ばれるたびにみんな僕の方をチラチラ見るわけだ。教師までね。
そんな三百年も昔のことを言われたって知らないよ。
セレナの部屋は物がないわけじゃないけどきちんと整頓されていて居心地がいい。特にジャンルごとに分けられ著作者名順に並べられた本棚にはこだわりが見える。
服装もまたいつもキッチリしていて今夜も変わらず制服姿だ。ジャケットは脱いでシャツと袖なしワンピースで、変化と言えばタイがなくなったくらいかな。
「フェリス家は名門中の名門よ」
定例の勉強会でセレナまでそんなことを言い出した。
「ふーん、そうなんだ」
僕が無感動に答えるとセレナは面食らった様子だった。でも本当に興味がない。
「あなたそんな、他人事みたいに」
「他人事だよ。母の実家だったってだけで、僕はずっと無関係に生きてきたんだから」
「これからはそういうわけにもいかないでしょう。知っておいてもいいんじゃない?」
僕はフンと鼻を鳴らした。
僕は母の実家のことを何も知らない。別に知りたいとも思わない。ババアが死んで財産を相続したら家屋敷は即処分してしまってどこか遠くで暮らすつもりだ。いっそ隣国に行ってしまうのもいいかもしれないな。せっかく言葉を学んでいるわけだし。
「貴族って言ったって、僕の母は家を追い出されていたからね。僕はそんなこと一つも聞かされなかった」
「滅んだ王家よりもよほど古い家系ね。今でも領主権を維持している数少ない貴族よ」
「どんなご大層な歴史があったところで跡取り娘は勘当されて馬車に轢かれて死んじゃって、最後の当主はあのババアってわけだ。落ちぶれるときはあっという間だね」
「あ、あなた……」
僕がそう言うとセレナは返す言葉もないようだった。何だか顔が赤い。
「母の実家のことはいいよ。セレナさん──ああ、どうにも他人行儀だな。ねえ、セレナって呼んでいい?」
「え? 嫌よ。何よ、急に」
「いいじゃないか、知らない仲じゃなし。ステラさんとカリンさんも二人だけの時はさんはつけないって言ってたよ」
「あの二人は子供の頃からの友人だもの。私たちは違うでしょう」
「もう友達だろ。違う?」
「友達……友達かしら」
「もちろん人前では呼び捨てにしたりしないからさ。二人きりの時は僕たちも敬称なしにしよう。いいね、セレナ」
「あなた、距離の詰め方がおかしくない?」
「セレナの家って何をしているの?」
「……政治家よ。祖父は上院議員で総務大臣、父は大統領秘書室長官を務めているわ」
「へー、すごいじゃない。名門だ」
「フェリス家の方にそんなことを言われても……」
セレナは顔が赤かった。僕は手を伸ばしてその頬に触れた。セレナは逃げない。僕はほっぺたのモチモチした感触を楽しんだ。セレナは僕の手に身を任せてされるがままになっている。征服感に酔いしれて僕は──
……うん、確かに。何だか距離感がおかしいぞ? どうしちゃったんだ、僕。
セレナはやっぱり赤い顔で「まだだと思ったのに」と呟いた。
──はい、また発情してるよ、こいつ! これもうわざとやってるだろ。わざとじゃなくても同意があったと見なす。僕ももうおさまりがつかないし。それにセレナが快感に溺れつつも羞恥心との間で悶える姿を見るのは、実のところ嫌いじゃない。
「お、お願い、出て行って」
「本当に出て行っていいの?」
「……。少しだけなら、いてもいいわ」
セレナは頬を撫でていた僕の手を取って、指をきゅっと握った。立ち上がってベッドにいざなうと、セレナは指を握りしめたままついてきて、自分で横になった。
僕はセレナの足の側に回った。
「セレナはここが好きだったよね」
目をみつめながら太ももをさする。
「ん……」
セレナはビクンと身を竦ませた。目を閉じて、太ももの感触に集中している。見えてないならこうしてみようか。スカートをまくって、僕は太ももにほおずりした。柔らかくて暖かくて、ツルツルしている。セレナはやっぱり目を閉じている。冷たい頬に血が通って、長く息を吐いて、短く息を吸って、また長く息を吐いている。
ほおずりしていた太ももにチロリと舌を這わせた。
「あっ」
体が跳ねた。僕は手と頭で体重を掛けてセレナを押さえた。右手で左の太ももを撫でて、左手は膝に添えて足を開かせて、舌で右の太ももを舐めた。
「んんんっ!」
匂いが濃くなった。
発情中の体香は基本的に桃の果実のような甘い匂いだけど、少しずつ個人差があるようだ。セレナのそれは甘さの中に微かにベリー系のニュアンスが混ざって、イチゴのテイストがある。
「ふーっ……ふーっ……」
一瞬セレナの体から力が抜けた。顔を上げると目が合った。瞳はすっかり潤んで物欲しそうに唇を開いていた。
ステラにキスされたことを思い出す。今キスしたら、こいつどうなっちゃうんだろう、そう思った瞬間にキスしていた。
「むっ」
上唇を吸って、下唇を吸って、上唇を吸って、下唇を吸って、唇を交互に吸い続けた。むっ、うっ、むっ、うっ どちらの唇を吸うかで音が違う。
「んっ、あっ……んっ」
涙とよだれで顔がぐちゃぐちゃだ。滅茶苦茶興奮する。僕は手のひらで胸を探った。シャツと下着を通してもわかるほど硬い突起があった。服の上からその先を引っかく。カリカリと爪の先で、執拗に。
「む~~っ!」
口がふさがっていてしゃべれないセレナの手が僕の手に触れた。と言っても抵抗しているわけじゃない。唇も逃げない、むしろ求め続けている。ただ触れていたいだけなのかな?
でもそれは片手でいい。僕はもう片方の手を下に持って行って、太ももで挟み込んだしっぽとの間に突っ込んだ。すぐにセレナは自分で手を動かし始めた。
ピチャピチャとキスの音、その奥から獣みたいな息遣いが響く。
「うぅぅ……フッ!」
一瞬鋭く息を吐いてセレナは全身を硬直させた。そしてすぐにまた唇を求め始めた。
何度か繰り返していたら不意に力が抜けた。セレナはぐてっと伸びている。限界みたいだ。
「少し待ってて」
僕はぐったりしたセレナを置いて部屋を出た。それでまずトイレに行って処理して、次にシャワー室でタオルを濡らした。もうお湯は出なかったけどまだ若干温かかった。
「お待たせ」
部屋に戻った僕はセレナの顔を拭いてあげた。よだれまみれだ。すっかり綺麗になったので、僕はセレナの頭を撫でながら挨拶をした。
「それじゃおやすみ。制服脱いで寝なよ」
立ち上がって手を振るとセレナはすねたように目をそらした。でもドアが閉まる直前に隙間から見えたセレナはまっすぐこちらを見つめていて、目が合うとわずかに微笑んだようだった。
──ああ、スッキリした。今夜はよく眠れそうだ。




