×舞踏会〇武闘会
何階建てかも想像つかないシルクの邸宅。
窓から柱のひとつに至るまで事細かに彫刻が施されている。
有り体に言って、豪邸というやつだった。
(貴族って、どこの国も似たようなものね)
自分の地位を主張するためか、国の権力者というやつはとにかく大きく派手なものが好きらしい。
(……息が詰まる)
雪絵が巫になってからも、こういった機会は何回かあった。が、大抵は途中で抜けるかシルヴィアに押し付けていたので、雪絵自身が参加したことはほとんどない。加えて、今回は皇族とほぼ同じ位置に立つ。当然、周囲からは注目を集めることだろう。
細い鉄製の門の中を、ぞろぞろと馬車が通っていく。さも動物の群れの集団を窓からちらりと伺い見つつ、雪絵は手を握る。手汗を拭いたいが服を汚す訳にもいかず、静かに息を吐く。
「大丈夫ですか?」
シルヴィアが心配そうに覗き込んできた。大きく深呼吸をして答える。
「……ええ。少し、コルセットがきつくて」
「我慢しなさい」
正面に座るレミリアが腕を組み、目を伏せた。
「そういうレミーだって辛いくせに」
「うっさいわね」
ステラが茶化すと、レミリアは不機嫌そうに目を背ける。
「ドレスって嫌いなの。……動きずらいし、蹴りが出せない」
「はははは……」
シルヴィアが苦笑する。舞踏会ということで、やはり女性の正装はドレス。それも皇族となれば、中途半端なものは身につけられない。
様式美、というやつなのだろう。如何にアルカイダの人々が戦闘狂ばかりとはいえ、昔から伝わる慣習は重視する傾向にあるようだった。
「表門から入らないの?」
他の貴族たちは表門から続々と入ってく中、雪絵達を乗せた馬車は門を迂回して進む。
雪絵が尋ねると、ステラが和かに答えてくれた。
「私たちが正面から入ると、そこで渋滞ができちゃうから。裏門から入って、それからローゼンベルク家の当主にご挨拶するの」
「面倒ね」
レミリアがバッサリと切り捨てる。雪絵も内心同意だった。
「お父様は先に行かれているようだから、私たちは軽い挨拶だけで大丈夫。でも、失礼はないようにね」
「チッ……あのクソジジイ。何企んでることやら」
いつにも増して機嫌が悪いらしく、レミリアの口調はとても皇族とは思えぬ荒らさだ。眉間の皺がえらいことになっている。
「なーにー?またお父様と何かあったの?」
「別に」
レミリアがそっぽを向く。ステラはやれやれとばかりに肩を竦め、雪絵に向き直った。
「雪絵さんは見ていてくれればいいわ。あとは、私たちが教えた通りに振る舞うのよ」
※
「ご機嫌麗しゅうございますわ、ローゼンベルク卿」
誰だこいつ。
失礼を承知の上で、雪絵は突っ込まざるにはいられなかった。
淑やかにドレスの端を摘んで挨拶をしてみせる淑女、もといレミリア。さっきまでの悪態と不機嫌はどこえやら。整った顔に相応しい綺麗な笑みを称え、華麗に挨拶をしてみせる。
「おお、これはレミリア様。わざわざ御足労頂き、誠に感謝致します」
紺色の派手な軍服を着た紳士。ローゼンベルク家当主、アイザック・ローゼンベルク。燕尾色の髪にちょび髭を生やした、見た目だけ言えば陽気そうな人だった。
「この度は娘のわがままに付き合わせて申し訳ありません」
「いえいえ。ローゼンベルクの皆様には、先々代からお世話になっておりますから」
「ははは。そう言っていただけると助かります」
少し困ったように笑ってみせる。セレフィーナにかなり甘い親だと聞いていたが、底意地が悪いようには見えない。どちらかと言えば、わがまま娘に振り回される父親のようだ。
しばらくローゼンベルク卿と談笑していると、「コホン」とわざとらしい咳払いが聞こえてきた。
「……私も、いるのだが」
赤の重厚なマントを纏い、冠を戴く陛下。さすがに場を弁えているのか、普段より表情が引き締まっている。
「あらお父様。予定よりもお早いお着きですのね」
すかさずレミリアが皮肉を返す。
「ああ……少し、卿と話したいことがあってな」
きっちりと整えた顎髭を撫でる。しかし視線は右往左往しているので、レミリアの圧には気づいているのだろう。内心冷や汗がたえないに違いない。
ふふふ、と無言で笑みを浮かべるレミリア。険悪な空気を読み取ったのか、ローゼンベルク卿が助け舟を出す。
「さ、さて皆様。時間も迫っていますし、そろそろ移動すると致しましょう」
ローゼンベルク卿が先導し、一行は舞踏会会場へと向かう。
事前の打ち合わせによると、会場はローゼンベルク家の大広間で行われるらしい。既に招待した貴族や知識人は到着しているらしく、各々談笑を楽しんでいるという。
大広間で一等目立つ、お立ち台よろしく造られた場所。そこから皇帝陛下及び主役の面々が堂々と登場、そのまま開会を宣言する、というのが流れだそうだ。
ローゼンベルクが主催とはいえ、主賓は陛下と皇族の皆様。陛下が中心に祭り上げられるのは当然だろう。
広い廊下を歩く。一定間隔に衛兵が配置されていた。
(警備も磐石、か……。そういえば、レオも駆り出されてたわね)
貴族や要人が集まる場所であり、さすがに警備も抜かりはない。鬼狩り部隊からも何人か連れてこられたらしく、レミリアの右腕のノクスをはじめ、有用な隊員が警備に参加している。下手な軍隊よりもよっぽどな戦力だ。
余計な思考をしている間に、目の前の扉が開かれる。
案内された部屋は、いかにも舞台裏といった風体だった。一際大きな扉の前に、化粧品やら替えのドレスが丁寧に並べられている。
そして、見覚えのある後ろ姿。
「セレフィーナ」
ローゼンベルク卿が声をかけると、赤のドレスがひらりと舞う。
艶やかな紅がひかれた唇。レースがふんだんに使われた真っ赤なドレスに赤の瞳が重なり、さらなる美しさを醸し出す。
膝を曲げ、優雅に一礼。
「ごきげんよう皆様。改めて、招待をお受け頂きましたこと、誠に感謝申し上げます」
伏せられた眼が開く。いつにも増して勝気な光を宿す瞳が、一瞬雪絵を見た。
ニヤリ。
ほんの少し、だが確かに不敵な笑みを浮かべた。言うまでもなく、雪絵に対する明らかな挑発だ。
「ごきげんようセレフィーナ嬢。こちらこそ、お招き感謝する」
皇帝陛下が手を差し出し、2人が軽く握手した。ローゼンベルク卿が安心したように胸を撫で下ろしている。
「私たちはここから出ればいいのですか?」
シルヴィアが大扉を横目に尋ねると、セレフィーナはにこやかに答える。
「そうですわ。タイミングはこちらで合わせますので、それまでしばしお待ちを」
その瞬間、チリンとベルの音が鳴った。どうやら時間のようだ。
「来たようですわね」
使用人が扉に手をかける。
いざ登場、となるとさすがに緊張するものだ。全身に針金が巻き付けられたような切迫感を呼気に混ぜて吐き出す。
ゆっくり、ゆっくりと扉が開かれていく。隙間から流れ込むシャンデリアの明かりが目を貫いた。
扉を開け放たれた瞬間。会場全体の視線が一斉に注がれる。
轟音のような歓声と共に、舞踏会の幕は開かれた。
――はずだった。
雪絵は勘違いをしていた。
舞踏会、という名の先入観だろうか。はたまた、アルカイダの格式というものを完全に理解できていなかった弊害だろうか。豪華な家に着飾った貴族たち。何より、あのレミリアでさえ足元まで隠れるドレスを着ていたのだ。そうそう派手なことは起きないであろうと思い込んでいた。
穏やかなワルツに合わせて、男女が華麗なステップを踏む。美酒に舌鼓を打ちつつ、知り合いの貴族と談笑。
そのような華があるのが、舞踏会というものだろう、と。
階上から会場を見下ろす。中央には即席の闘技場が作られ、周囲に観客が群がっていた。
「おぉっとーーー!?ここでミネルヴァ選手のアッパーが刺さる!対するロード選手!飛びつき三角締めだァァァ!!!」
「うむ。攻撃直後の隙を利用した、見事なカウンターじゃ」
カンカンカン!ゴングの音が鳴り響き、男たちの戦いに決着がつく。勝ち上がった男が勝利のスタンディングを決めると、たちまち会場は歓声に包まれた。
「いやー今回も熱い試合でしたね。解説の国王陛下、いかがでしたか?」
主催から実況へとジョブチェンジしたローゼンベルク卿。ハンドマイクを片手にフガフガと鼻息を荒立てる。
「両選手の身体能力の高さが存分に発揮された試合じゃった。最後まで諦めなかったロード選手に拍手じゃな」
解説の椅子に収まる国王陛下。冷静に試合の感想を述べ、選手(?)達を賞賛する。
おい待てどういうことだ、と隣に座るシルヴィアを睨みつけるも、思いっきり目を逸らされた。
反対側のステラに視線を送る。にっこりと微笑まれたあと、ひらひらと手を振られた。「あんた絶対知ってただろ」悪態を理性をもって呑み込む。
「チッ……今のは油断してなきゃいけただろ。蹴り入れてりゃ間に合った」
レミリアが舌打ち混じりに毒を吐いた。最早つっこみとかそういう次元じゃない。
「まぁレミーったら。自分が参加できないからってへそ曲げちゃって」
「あーーークソ!なんで私も参加できないんだよコノヤロー!!!」
あ、レミリアが機嫌悪かったのって、そういう理由?
膝から崩れ落ちそうになる身体を何とか奮い立たせる。
今まで積んできたレッスンは?マナー講座は?カトラリーの使い方からダンスまで教え込まれたあの時間は?
あの1ヶ月の猛特訓は、一体何のために?
愕然とする雪絵を他所に、カンカンカン!と再びゴングが鳴った。沸き立つ歓声がピタリと止む。
照明が落とされ、会場は暗闇に包まれた。
打って変わって静寂に包まれた空気は、しかしながら確かな熱を孕む。
コホン。ローゼンベルク卿が咳払いをした。観客たちは今か今かと、その時を待ち望む。
「さぁさぁ皆様お待ちかね!本日のメインイベントォ!最強の名を欲しいままにする鬼と、我らがローゼンベルク家が誇る、茨の魔女の登場だァァァ!!!」
瞬間、雪絵にスポットライトが当たった。
闘技場の上には、同じく光を纏うセレフィーナ。2筋の眩い明かりが会場を支配する。
スポットライトの下に佇むセレフィーナは、さもそれが当たり前であるかのように不敵に笑みを浮かべる。赤色のドレスを掴み、思い切り剥ぎ取った。
ワァアアア!会場が熱気に包まれる。
「おっとぉ!ここでセレフィーナ選手、衣装チェンジです!我が娘ながら大胆!」
「ほっほっほ」
装いを新たにしたセレフィーナは、雰囲気がまるで違っていた。
黒のミニスカートに、白のワイシャツ。黄金の刺繍が入ったネクタイを巻き、赤色のジャケットを羽織っている。靴はヒールなしのパンプスで、髪はひとつに束ねられていた。
そして何より、腰には一対の細剣が収められている。完全なる戦闘形態というわけだ。
(……これ、このままやるの?)
いやいや無理だろ、と視線だけでシルヴィアに助けを求める。力強く頷き返された。まったくもって、何の役にも立たない皇太子である。
ステラとレミリアも多方同じ反応だ。レミリアに至ってはニヤニヤ笑っている。絶対楽しんでるだろあんた。
最早逃げ場はない。
数多の視線が雪絵に注がれる。試合が始まるその時を、誰もが固唾をのんで見守っている。この大勢の前で逃げ出すのは、負けを認めるも同然。
(やるしか、ない!)
首元の術式を起動。現れた首輪と周囲を回転する結晶体に、会場がどよめく。
そのまま浮遊術式で闘技場まで降り立つ。ふわっ、と音もなく着地。目の前に迫ったセレフィーナが、鋭い眼差しで睨みつけてくる。
「さぁさぁ皆様お立ち会い!2人の華麗なる少女の戦いが――今、幕をあけます!」
そこではたと気づいた。
これ、舞踏会じゃなくて――武闘会か。




