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花霞の鬼神、嫁入りに参ります。  作者: 半月叶依
屍喰らい編
13/21

屍喰らい


「屍喰らい?」

「そそ」

 昼飯代わりのカップヌードル(醬油味)をすすりながら、アルカイダ帝国が皇帝陛下はおっしゃった。

 一応、鬼狩りの部隊長らしく休めの姿勢のまま気を張っていたレミリア・ヴィク・アルカイダは、本格的に皇帝陛下の暗殺計画を脳内で立案していた。ざっと考えただけでも4通りの殺害方法が浮かんだ。ここは無難に密室殺人がいいかもしれない。

「鬼の討伐でしょう?だったらわざわざ呼び出さなくてもいいのでは」

 鬼。

 それは、大陸に住まう化け物。

 出現位置に規則性はない。時間帯もまばら。しかしながら、確かにそいつらは黒い影をまとって現れ、人々を蹂躙していく。

 ある個体は人の数倍の巨体をもち、中には高度な術式を用いる奴もいた。鬼が現れた大地には死臭と荒野しか残らず、ただれた土地は二度と潤うことはない。虐殺だけでもありあまる被害をもたらすのに、母なる大地まで穢していく悪鬼羅刹。

 我々は、奴らに畏怖と憎悪を込めて『鬼』と名をつけた。そして、その鬼を狩るのがレミリアの仕事だ。

 今この瞬間にも、鬼に住処を奪われ、泣いている者たちがいる。だというのに、皇帝陛下はのんきにラーメンをすすっていた。我が父親ながら、非情かつ奥底の見えない男だ。

「んー、それがね。なーんか訳アリらしくて」

 ずぞぞぞ。また麵をすする。インスタントの化学調味料マシマシの香りが室内に充満する。

「その鬼、雪絵さんに討伐されてるはずなんだよね」

「は?」

 ずい、と資料が差し出された。パラパラとめくりつつ要点を確認していく。

「……確かに、花霞からの報告書だけど。どうせガセじゃないの?あの国、口が軽いというか信用できないのよ」

 鬼とは、大陸に住まう災害だ。

 故に、各国には鬼の出現と、討伐の記録をした報告書を提出することが義務付けられている。もちろん、アルカイダ帝国も例外ではなく。鬼が度々現れた去年の年末なんかは、レミリアとて報告書作成に忙殺されものだ。

 提出された報告書は大陸鬼狩り機構に保存され、世界共通の情報網として保存されている。

 かくして、大陸国の一員たる花霞からも報告書は提出されている。が、如何せん書き方が大仰なのだ。簡潔に事実だけを述べれば良いものを、物語チックに長々と書くものだから、読む度に辟易する。ドラスティックな物語はどこまでが嘘で誇張かも見分けがつかず、ほとんどパチモンも同然だった。アルカイダの鬼狩りの間では、花霞の報告書ほど当てにならないものはないとされている。

「それもそうなんんだけどねぇ。一応報告は上がってるわけだし、さすがに確認しないのもまずいかなぁって」

「……討伐した鬼が復活するなんて、聞いたことがない」

 通常、討伐された鬼は黒い塵となって消え失せる。姿形残さず消えてしまうのだ。鬼狩りにとっては周知の事実だ。

 だから、討伐後の報告が義務付けられている。証拠が残らない代わりの代替措置だ。

 だからこそレミリアは疑念を抱く。

 陛下の目がスっ、と細められた。

「前例がないだけで、鬼側に何か変化が起きたのかもしれない。だとすれば、これは予兆だよ。見逃す訳にはいかんでしょ?」

 異を唱えがたい空気を纏う姿は、アルカイダ帝国皇帝陛下に相応しい威厳に満ちている。

「……引き受けます」

 資料を手に取り、手早く敬礼。そのまま踵を返し、部屋を後にしようとした。

「あ、そうそう。ついでと言っちゃなんだけど」

 如何にも胡散臭い、シルヴィアを思わせる笑みで告げる。

「雪絵さんも連れてってよ。花霞の鬼神――居た方が楽でしょ?」



「なるほど。それで隊長に白羽の矢が立ったと」

「なんでお前ここにいんの?」

 時しばらくしてレミリア乗った執務室。当たり前のように雪絵の傍に居座る弟――もといシルヴィア。

 選抜試験から数日経ち。霜月雪絵、早くも隊員達の和に混じり稽古に勤しんでいた。挑んでくる勇猛果敢な男共をちぎって投げちぎっては投げ、時に術式で一掃し。幾度となくぶっ飛ばされてなお立ち上がる隊員たちは、いっその事見ていて清々しいほどに無様だった。しかし心が折れる者は一人もいない。我が部下ながら誇らしい限りだ、と内心鼻が高かったりする。

 簡素な作りの執務室には、最低限の家具とレミリアの机しか置かれていない。その机の向こうでにこにこ笑ってやがる弟は、雪絵肩に手を置きながら言った。

「そりゃ、俺は仮にも婚約者ですから。妻の傍に控えるのは当然でしょ?」

「婚約者"候補"だろ」

「それはなかったことにしてください」

 雪絵の正式入隊が決まった翌日、シルヴィアの婚約者候補のお布施が出された。

 国内の反応は多方予想通りで、「まぁた皇太子殿下が好き勝手やってるよ」という呆れの声が半分を占めた。後は花霞との対立を懸念するもの、いくら何でも急が過ぎると異を唱えるもの、様々だ。雪絵に対する否定的な意見もかなり挙がっている。

 敵対的な声もいくつも見られるが、それを何とかするのがシルヴィアの腕の見せどころだろう。

 それを自覚しているのかいないのか、シルヴィアはやる気のなさそうにへにゃりと笑う。

「……でも、ここで隊長に任務が下るのはありがたい限りですよ」

 雪絵が戦果を上げれば、それだけ好感度も上がる――とでも思っているのだろうか。真意の読めない表情で一心に雪絵を見つめ、思い切り目を逸らされている。

「屍喰らい――隊長の処刑前に討伐された鬼ですね」

「……」

 雪絵は頑なに目線を合わせようとしない。

「話を聞く限り、相当に力を持った鬼だったようで。最後に討伐されたのは、花霞との国境沿いの村でしたよね。どっちにしろ隊長の敵ではなかったでしょうけど」

「……弱くはなかった。でも、変な感触の鬼だったわ」

「と言うと?」

 レミリアに促され、雪絵は渋々語り出す。

「形状からしておかしかった。頭部が複数あって、他の鬼と融合してる形跡があった。……食欲も異常。生きた人間だけでなく、人の死体まで食らう」

「……なるほど。それで『屍喰らい』ってわけか」

 雪絵の話を聞きつつ、花霞の報告書を眺める。出現位置と大まかな特徴は一致するが、他の鬼と融合しているとは書かれていない。やはり花霞は当てにならん、と紙束を机に投げ置く。

「群れるタイプではなさそうだから、数と連携でどうにかできそうね。……参考までに聞きたいんだけど、雪絵さんはどうやって倒したの?」

「圧縮術式で」

「聞いた私が馬鹿だったわ」

 これではまるで参考にならない。レミリアは突発的な頭痛に顔を顰めた。2つ名のある鬼を一撃で葬るなど、並の鬼狩りができる技ではない。

 シルヴィアが誇らしそうにムフフと笑っている。

「……出立は明後日。馬車で近くの村まで向かうわ。メンバーは私と雪絵さん……あとシルヴィア。それとうちの隊員から雪絵さんの教育係がつくから、覚えておいて」

「教育係?」

 不思議そうに小首を傾げる雪絵。花霞には勝手が違うのだろうか、などと思いつつ答える。

「うちの部隊では、新人には先輩の隊員から教育係をつけるのが恒例でね。……まぁ、悪い奴じゃないわよ」

 シルヴィアがこちらを見やり、にんまりと笑う。

「そうですよ隊長。めっちゃ良い奴ですから、安心してください」

「……華じゃ、だめ?」

 レミリアは少しだけ驚いた。身の回りの世話をさせているとはいえ、雪絵がここまで懐くとは思わなかったのだ。

「あの子は正式な隊員じゃないから」

「……分かった」

 最終的に雪絵が折れ、屍喰らい討伐の内容は決まった。馬車の手配はもう済んでいるし、やることはないだろう。

 皇帝陛下直々の急な任務だが、戦力的には何も問題は無い。雪絵がいる分、討伐は余裕だろう。

 しかし。

 模擬戦の折。最後にトドメを刺される瞬間の、彼女の笑みが焼き付いて離れない。仄かな桜色に彩られた唇が、狂気を伴って釣り上がる。あの美しくも背筋の凍る光景は、そうそう忘れられるものではない。

 (……霜月雪絵。つくづく分からない人間だわ)

 一礼してそそくさと踵を返す後ろ姿を眺める。見た目はやや大人びた少女だが、その背に背負う力はあまりに膨大だ。それを受け止める心の内は、如何なるものかと勘ぐりたくもなるだろう。

 レミリアを殺す瞬間の、あの狂気じみた雰囲気。普段の大人しく人見知りな少女。どちらが本物の彼女なのか、レミリアには分からない。

 パタン。静かに扉が閉じられた。中にはレミリアとシルヴィアだけが残される。

「今回の任務、隊長を差し向けたのは父上の意向ですか?」

「察しが良くて何よりね」

「どうも」

 シルヴィアの表情から笑みが消える。透き通るような透明な肌が、窓から差し込む陽光に照らされる。紺碧の瞳は探るようにこちらを見ていた。

 氷のような冷たさは、どこか陛下と似たものを感じる。

 この雰囲気が少しだけ苦手だ。シルヴィアのはずなのに、シルヴィアではないような。研ぎ澄まされた理性のみを相手にしている気分になる。

「父上が何を考えているかは分かりませんが、あの人は簡単に利用できる人じゃないですよ」

「私に言われても困るわ」

「ごもっともな返しで」

 自嘲気味に目を伏せる。

「……あの人が何か企んでるのは想像がつく。けど腹の中真っ黒なのはあんたも同じでしょ」

 少しだけ、部屋の気温が下がった心地がした。氷の塊のような視線がレミリアに突き刺さる。久しく感じたことのない、体の芯まで凍えてしまう冷気だ。

「……父上はこの国の主です。いざとなれば、俺のわがままよりも国益を優先する」

「当然ね」

 元より、レミリア達の父はそういう人間だ。個々人の意思など関係なく、常に大局を見ている。目の前の10の犠牲より、未来の100の利益を取る男だ。

 シルヴィアは誰よりも分かっているはずだ。実の息子であり、あの父のもとで育ったのだから。

 呼吸をするのさえ重苦しい空気。一度深呼吸をして、目の前の弟を見据えた。放つ殺気は戦場の兵を凌駕するのに、なぜか一抹の寂しさを感じさせる。その瞳が、少しだけ揺れているように見えたからだろうか。

「もし……父が隊長を使い潰すようなことがあれば、」

 一拍。

「殺します」

「……」

 レミリアには、恋や愛というものが分からない。

 背中を預けられる安心感、弱さを見せられる信頼というのなら、まだ理解できよう。ただ、無条件で相手に尽くす、全てを敵に回してまで守りきるとか、そういう感情は理解できなかった。人間の本質とは利己であり、他人と関わるのも所詮は己を満たす手段に過ぎないからだ。

 だから不思議だった。自分と血の繋がった弟が、たった一人の少女にこれほど執着するとは。

 レミリアの知るシルヴィアは、常に冷たい目をしていた。こいつは将来、父のように冷酷かつ合理的な男になるに違いない、と思っていたのに。

「……何があなたを、そこまで突き動かすの?」

「やだなぁ。純粋無垢な恋心ですよ」

 ちゅ。投げキッスを残して、シルヴィアは去っていった。

 後には、頭を抱えるレミリアと、穏やかに射し込む西日だけが残される。 明後日の任務、人選間違えたかな……などと、もうどうにもならないことを考えたりした。

 

 

 

 

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