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93,少女は落とす

 ハルドがソラを運び終わって帰ってきた時には、テルとリティアは揃ってコンパクトナイフと瓶をウエストポーチから取り出していて、他の2人含め全員が軍手をつけていた。ハルドはニコッと笑みを浮かべながらそれを見渡し、

「…皆やる気があって良い子達だね。さてさて、まずはこれを渡すから、取り出しやすいところに入れておいて。絶対に落としてはいけないよ。」

一番前に出ていたテルから、1人ずつスティックを手渡し、最後はリティアだった。リティアの手の上に置くと、そのまま屈み込んでケルベロスと見つめ合う。ハルドが自分の顔の前に両手を合わせればケルベロスが頷いて前足を差し出して、ハルドはその前足を両手で優しく握った。その光景は上司に媚びを売る平社員に見えなくもない。

「先生はケルベロスよりも立場が低いのでしょうか?」

「セイリン君、親しき仲にも礼儀ありだよ。凄く親しいかと言われると違うけどね。結構昔からの付き合いだからね。」

セイリンは見下ろしながら疑問をぶつけると、ハルドは眉を下げながら微笑んだ。

「それでケルベロスの言葉が分かるのですか?」

「それは、以心伝心かな?」

ニィと白い歯を溢しながら笑顔を見せて立ち上がれば、メンバーを置いて先に森の奥へと歩いていき、何かを思い出したように立ち止まってから振り返る。

「あ、そうだ。テル君は後でソラ君に謝っておくんだよ。いくら兄弟のソラ君だからってやりすぎだ。揺さぶりは下手すると人が亡くなるんだから。」

「ええ!?ソラが死んだら俺のせいだ…」

それを聞いた途端、テルは地面に座り込んでガタガタと震え始めた為、ディオンとリティアが傍に屈んで心配していたら、

「まあ、揺さぶりで亡くなるのは大体生後6ヶ月くらいまでだけど。」

ハルドがその姿を見ながら肩を竦めると、むかっとしたセイリンは睨みつけながら大股でハルドに迫る。

「…。先生、悪ふざけにも程があります。」

「セイリン君、そうではないんだ。こういう知識は知ると知らないでは、大きな違いが生まれる。今回の件はテル君が謝るべきことだと思うし、それに関連付けて、教えただけ。テル君は生涯忘れられない知識になるはずだ。」

怒ったセイリンと目を逸らすことなく、ハルドは自分の考えを真剣な表情で述べた。

「せんせーい!俺の心臓が止まっちゃうよ!」

「テル君、これに懲りたら今後やらないこと。いいね?」

地面に座り込んでいたテルがぶわぁと大粒の涙を流しながらハルドを見上げると、ハルドは飛龍牙をセイリンに渡してからテルの目元をハンカチで軽く拭った。

「はい…。」

萎れたテルはふらふらと立ち上がって、そのままハルドの腰に手を回して抱きつく。眉をひそめたハルドはポンポンとテルの背中を叩いてから、テルの両腕を掴んで自分から引き離すと、セイリンに渡した飛龍牙を受け取った。返却した飛龍牙はそれなりに重みがあって、鍛えているセイリンでも持ち上げることが難しそうで、

「セイリン君、飛龍牙に熱い視線を送りすぎ。これを見るより向こうに見える魔女茸を採取して。」

「え…あれってこの前採取した虫にまた生えているのか?」

走れば少しの時間で目的地に到着するだろうが、肉眼で魔女茸を捉えるにはかなり目を凝らさないと判別できないほどには距離があった。

「そうそう。きのこの類はいくらでも生えてくるよ。折角だし、魔術での採取方法を教えるよ。」

魔女茸のところまで歩きながら、ハルドがスティックで魔術陣を描くと、小さな風の刃が目の前から飛び出し、手を伸ばせば届く距離で消滅する。

「小さな刃が作れる魔術陣で、二段発動すると至近距離で木製の扉を壊せるくらいの威力は出る。人に向けないように練習してみなよ。」

「槍よりも魔術陣の構造が簡単なんですね。」

リティアは指揮棒でも振るかのように滑らかな動きで風の刃を発動させる。一回でディオンもテルも発動させて、セイリンは模様が書ききれずに手が止まり、書き終わらなかった魔術陣にハルドが打ち消しの魔術を上書きさせていく。

「…大丈夫、やれるようになります。」

「セイリン君ならできるよ。腕の力を抜けばもう少し早く描けるはず。」

セイリンは描けるまで何度も練習していて、その姿を見てアドバイスをくれるハルド。

「俺はー?」

「テル君は出来ていただろう?えらいえらい。」

セイリンとハルドが話しているところに顔を出してニィと笑うテルに、ハルドは若干眉を下げながら簡単に褒めるとテルは頬を淡く染めた。子どものように構ってほしいテルを横目にセイリンは魔術陣を描く練習をし続けると、不意に後ろからディオンがセイリンの手を掴み、リードするように完成まで描くと風の刃が発動する。セイリンは礼を言うとまた練習を再開するが、書き終わらなかった時より断然描けるようになった。角々していた模様も、滑らかに風を象徴する記号も描きやすくなり、1人でも発動することができた。よしっ!と左手でガッツポーズを取ると、控えめな向日葵の笑顔を浮かべるリティアがパチパチと小さく拍手をしてくれる。

「ありがとう。」

リティアに微笑みかけると、更に花が大きく咲いた。セイリンは再度練習を再開すると、

「先生、早朝からこの近辺の魔獣倒されました?血の匂いが風に乗って鼻を掠めることがあるのですが。」

「流石だね、ディオン君。結構な数を討伐したよ。そうしないと、落ち着いて採取ができないからね。」

ディオンがハルドに顔を近づけて小声で問えば涼しい顔をしているハルド。

「私も倒せますし…」

「魔術の勉強に来てる生徒が武器を使わないで済むように配慮しただけだよ。ある程度発動出来るようになったら、順番に魔女茸を採取しておいで。」

もごもごするディオンから視線を外したハルドは、パンパンと手を叩き、メンバーに声をかける。目を輝かせたテルは、誰よりも先に駆け出して魔女茸の根元と平行になるようにポジション取りして発動させると、ところ狭しに生えていた魔女茸が、テルの位置から見て横列2つと縦列4つの四角を作るように一気に外れる。少し離れたところにハルドが折りたたんでいた麻袋を広げると、テルはそこまで大切そうに抱えながら持っていき、頭を帽子の上から撫でてもらう。セイリンは、ディオンに促されて他の2人よりも先に採取をさせてもらう。先程の通りに描けば、手前の魔女茸を3つだけ落下した。

「これだけか…」

セイリンはガクッと肩を落として拾おうと屈むと、ケルベロスが1つずつ軽く咥えてハルドの元へ駆けて、来いと言わんばかりに麻袋の前でセイリンを見つめながら3本の尻尾をぶんぶんと振っていた。小さく息を吐いたセイリンは、ケルベロスから魔女茸を返してもらい、麻袋の中へと落とすと上機嫌なテルがニコニコしていて、

「ナイフで削るよりも簡単にできるね!時間短縮になるよ!」

「ああ、そうかもな。しかし、位置取りを気をつけなければ死骸か傘に当たるぞ。」

くるくるとコマのように回るテルに、セイリンが気になったことを言ってみるが、彼から同意の声は得られなかった。

「ディオンさん、私は大丈夫ですのでお先にどうぞ。」

蛾の死骸を振り返ると、残りの2人が譲り合っていたようで、リティアが慌ててセイリンの元へと駆け寄ってきた。

「ディオン君、やりなよ。リティはその後で良いって言うのだから。」

「わ、分かりました。気のせいでなければ恐らく全部落としてしまいます。」

ハルドに促されて、ディオンが魔術陣を発動させるとディオンの身長より大きな風の刃が発生し、二段発動なしに蛾に生えている魔女茸を全て落とすと、テルとリティアから歓声が上がり、ハルドも目を細めている中、

「…どうしてだ?」

セイリンの声が震えた。テルだけでなく、ディオンも自分とは比べ物にならないほど強力な魔術を使っている。こんなにも弱い魔術しか発動できない私は魔術士に本当になれるのか…?と、考えれば手からスティックが滑り落ちていった。

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