79,教師はディナーを楽しむ
むくれるリティアを連れて、ホテルのレストランに到着した。
「リティ、ゲテモノ料理ではないけど、ほら見て。綺麗にレイアウトさせているでしょ。」
ハルドは、腫れぼったい目のリティアと目線の位置を合わせるように屈み、レストランの中にあるテーブルに複数の小さめの皿に並べられた一口サイズの料理達を見るように促せば、彼女の目が一瞬で輝いた。本当にくるくると表情を変えるのはリルドによく似てると思ったが、うっかり口にしないように気をつけた。
「カラフルな料理を乗せたケーキスタンドがいくつもあります!可愛い!」
「ここの料理はブュッフェスタイルで、席に案内されたら、好きなものをお皿に乗せて食べていいんだよ。」
向日葵の笑顔を咲かせるリティアに説明をしながら、ウエイターの案内を受けてテーブルにつき、氷が揺れるグラスと、銀のカトラリーセットをテーブルに運ばれてから、興味津々のリティアを連れて料理の陳列台へと向かう。ここは陳列台の皿の下に魔術陣が描かれており、時折魔術士スタッフが魔石を触れることで、料理が温まるようになっている。リティアは、テーブルクロスに描かれた魔術陣をまじまじと眺めていた為、ハルドがトレイにお皿を乗せてからリティアに手渡し、自らも左手にトレイを持って、近場のサラダコーナーに連れて行く。リティアに好きなものを少しずつ取るように伝えていると、隣のコーナーの前菜でリティアの足が止まる。彼女の目線の先には、鹿の燻製肉が薄くスライスされて花弁のように並べられていた。
「リティは、鹿肉の燻製食べたことある?」
「いえ、初めて見ました。中が赤いんですけど食べられるのですか…?」
「ちゃんと調理されているから大丈夫だよ。食べてみて。」
スライスされた肉をリティアの皿にトングで1枚乗せると、彼女は何度も首を傾げながらも、目はその肉に釘付けになっている。その姿が好奇心旺盛な子どもにも見えて、微笑ましく思えた。その後も、アクアパッツァ、イカリングフライ、タコの唐揚げ、マグロステーキなど、森で生活していたら口にする機会がないものばかりに彼女の熱い視線が注がれ、次々と皿に盛っていく。
「一度、テーブルに戻って食べようか。」
うんうんと元気に頭を上下に振るリティアに、ハルドは自然と笑みが溢れた。テーブルに戻る途中、ウエイトレスに頼んでテーブルに搾りたての桃のジュースを運んでもらい、リティアと乾杯してから一口飲む。甘ったるい香りが口の中に広がり、せめてワインならと思うが、リティアに合わせるとアルコールは飲むわけにいかなかった。ワクワクしながらマグロステーキの1ピースを口に運び、不思議そうに悩みながら咀嚼するリティアの顔を見ているだけで楽しくなり、次は何を選んで、どう感じるのか、気になってしまう。リティアに合わせて、自分も料理を口に運ぶ。
「どう?美味しい?」
「はい!不思議な香りが口の中に広がって面白いです!」
「美味しいより面白いのか。」
目を輝かせているリティアの素直な感想に、拳で口を押さえつつもクックッと笑ってしまう。笑ったからか、リティアはぷぅと頬を膨らましながらも、
「ちゃんと作れるか分かりませんが、自分で作って皆に食べさせてあげたいです。」
「…それならセイリン君と一緒に作ってみたらどうだろう?あ、でもセイリン君は包丁とか持ったことないかも。ディオン君が作ってるんだもんな。テル君は出来そうだな、ソラ君はどうだ…?」
意気込んでいるリティアが未知の生物を調理して怪我でもしたら…内心焦るハルドは、他の生徒と一緒に作ることを提案すると、嬉々とした表情のリティアは、弾んだ声でパチンと両手を合わせる。
「皆で作ったら楽しそうですね!」
「あ、それならバーベキューがいいなー。」
「バーベキュー?」
一気に生徒達の面倒を見やすい形でもあって、この方がハルドとしては気が楽だったが、リティアは真ん丸お月様の瞳を向けて首を傾げる。
「そう。河辺や海岸で、野菜やお肉を食べやすいサイズに切って串に刺してから、大きな網でたくさん焼いて、タレとかつけて食べるんだ。楽しいよ。」
「や、やってみたいです!」
ハルドの簡単な説明を聞いただけで楽しそうなリティアの前にレストランのサービスで、カスタードプリンが運ばれてきて、リティアは満面の笑みでウエイターにお礼を言う。瞬時に子どもと間違えられたなと思ったが、嬉しそうな彼女に水を差すことは止めておいた。プリンをスプーンですくうリティアに、皿を空にしたハルドは微笑む。
「折角だしやろうよ。時期はそうだな…ちょっと考えさせて。ただ、生徒達はテスト勉強しないといけないから、その後だなー。」
期末テストを疎かにされて中退騒ぎになったらリルドに何言われるか…考えるふりをして、リティアの意識を勉強へ向かわせると、そんな風に誘導されていることに気がつかない純粋な彼女は、天使爛漫の笑顔で答えてくれる。
「分かりました!ハルさん、約束ですよ!」
「ああ、約束ね。」
その笑顔に釣られて、ハルドもニコッと微笑んだ後、デザートを取りに行こうと促す。席を離れると否や、リズム良くスキップしてハルドの先を歩くリティアは、可愛らしい妹のように思えた。
馬車に乗って、上機嫌なリティアと帰路につく。紙とペンが欲しいと言うので、裏表真っ白い紙を渡せば、料理を温めるための魔術陣を思い出しながら書いたり、食べた料理の記憶を辿ってスケッチしたりしている。その姿に、
「楽しんでもらえてよかったよ。」
と笑顔を向ければ、リティアからも嬉しそうな笑顔を返してくれる。
「はい!ありがとうございました!ビーツの紅茶は本当に驚きました!」
リティアがペンを握ったまま、少し興奮気味で話すと、口直しに飲んだカップの底まで透き通る赤紫の紅茶を思い返す。
「あれは、鮮やかだったねー。味はセイロンティだったから、なかなか頭が納得しなかったな。」
「皆様、本当に色んな事を思いつかれますね!」
スケッチを書き終わったのか、紙に殴り書きで料理名を書いていく。それが終わると、
「…こんなに楽しい時間を教えてくださってありがとうございます。」
スッとリティアの笑顔が消えて、真剣な瞳を向けられた。
「いえいえ、どういたしまして。これからもいっぱい不思議なことに出会えると思うよ。」
その瞳と目を合わせながら微笑むと、
「婚姻の為に無理やり実家に戻された私に、ハルさんはいつも幸せな時間をくださいました。何度も身を投げてしまった方が楽なのではないかって頭の中をよぎっても、ハルさんが約束してくれた『今度』に縋って生きられました。」
声のトーンが落ちていくリティアの言葉で、その頃へと引き込まれる。まだリコさんの家で生活している頃は笑顔に溢れていたが、ある日突然一族の男達に馬車に詰められて実家に戻されたリティアは、ずっと部屋に閉じ込められていた。リグレスが、忙しいリルドに代わって土産を持っていきつつ様子を窺っていたが、父親からの命令でそれも難しくなり、代わりにまだ仮面を外すことができない俺が任務の行きがけに、王都で購入した珍しいクッキーとか、新しく発売になったクッキーを持って、会いに行くことになった。元々、幼い日のリティアに命を救われてから、リコさんの家で面識もあった間柄で、リルドと共に『妹』として可愛がっていたし、彼女の為に時間を割くことは苦ではないのだが、リティアはそう思っていたのか。ハルドはそっと目頭を押さえる。
「忙しい仕事の合間に、気にかけてくれたことに改めてお礼を言わねばと思いました。」
「お礼を言うのは俺の方なんだけどな…生きててくれて本当にありがとう。今、こうやって友達と楽しそうに過ごしているリティを見ることができて嬉しく思うよ。」
リティアが頭を下げれば、子どもの頭を撫でるように優しく撫でた。