80,教師は肘鉄をくらう
祝80話!ハルドのことを結構書いているので、そろそろラドも書ければよいのですが…頃合いを見て書いていきます。
笑顔になったリティアを寮まで送った後は、調合室へ急ぐ。ハルドがケルベロスを実験的に飼うことを職員室のボードに貼り付けた後、教師として仕事をしているラドに無理やり、報告書とケルベロスを押し付けてリティアとの外食に行った為、仲間としてのラドは内心怒っていると理解している。だからこそできるだけ早くと、扉を開けたら、ラドは静かに報告書を読んでいて、隣の椅子の上でケルベロスはぐっすり眠っていた。
「ラド、ただいま。」
「ああ…。」
目を向けることなく、報告書に視線を落としているラドを横目に見ながら、そろーっとケルベロスに近づき、幸せそうな3頭の寝顔を眺める。
「ケルベロス、寝てるんだね…何か話し合いしたかい?」
「犬とどう会話をするんだ。この報告書には、お前もリティア様も話したと記載されているから、声をかけたが、吠えられたくらいだ。」
ラドは、ケルベロスが起きないように声を抑えて話し、複数の報告書からケルベロスに関して書かれている報告書を取り出す。
「あ、これを身に着ければ話せるはず。」
着替えたときに鱗ベストの胸ポケットからズボンのポケットに移動させたチェーンブレスレットを思い出して、報告書の該当箇所を指差していたラドの右手の甲に乗せると、
「お前は…!」
無防備な溝内に、ラドの左肘鉄を思いっきりくらう。
「いっ…!」
ハルドはラドの馬鹿力による激痛に耐えられず、ケルベロスが寝ている椅子にぶつかって床に崩れ落ちた。
《煩いぞ、飛龍。》
「…っ。ケルベロス、区別してほしい。俺はハルドって言うんだ。」
3頭の顔がタイミングのずれた欠伸をしながら脳内に話しかけてくるケルベロスに、ハルドは手で腹部を抑えながらも軽く自己紹介をしておいた。
「ああ、本当だ。聞こえたな。お前はこれなしに話せるのか?」
暴行を加えたラドはチェーンブレスレットを指で摘んで、ハルドを視界に入れることなく、疑問を投げかけると、答えはケルベロスから返ってくる。
《そいつは飛龍が中にいるんだ。そのブレスレットなしに俺と話せているだろう。またそいつを通して飛龍が話せば、自然と波長が合って聞こえるようになる。》
「なるほど。これを持っていないリティは何で話せるんだい?」
今までラドが飛龍の言葉を聞こえていたことについての理由を知ることができたハルドは、ケルベロスに身を乗り出すように更に質問を投げかける。
《あの娘は、お前達とは異なる。あの血筋の者は意思の疎通が可能だろう。》
それを聞いたラドが、報告書にサラサラと書き足している。考えたことは同じだろうと、ラドと付き合いの長いハルドは確信した。
「教えてくれてありがとう。ここに来たばかりで悪いんだけど、この学校の地面下にある旧校舎で俺達と一緒に魔獣退治をしてくれないかな?」
ふぅーと鼻を鳴らすケルベロスに感謝を伝えつつ、ハルドは本題に入った。
《断る。》
「まあ、そうだよねー。…聖女ルナ様が旧校舎に居るらしいんけどね。」
聖女ルナがこの学校にいることは分かっていた。目撃情報は新校舎ばかりだが、ハルドもラドも旧校舎で声を聞いていて、今回のリティアからの情報で、5年前にシャーヌが旧校舎で出会ったリティアというのはルナであると断言でき、旧校舎からこちらに働きかけてきている可能性が高いと見た。やっと痛みが引いてきたハルドは、椅子の背に手をかけて立ち上がり、わざと明るい声で話して、ケルベロスの主従関係にあるルナの話を出して揺さぶりをかける。
《聖女…か。懐かしいとは思うが、わざわざこちらから会ってやる必要はないな。》
「そ、そうなんだ…。飛龍は彼女を探しているのに。」
ケルベロスの素っ気ない返事に、大きく揺さぶられたのはハルドの方だった。
《飛龍くらいだろうよ、他の者達も今は己の道を歩んでいるだろう。》
「…あの聖堂にいたケルベロスがそういうこと言うとは思わなかったな。」
《あれは聖女に望みを聞かれたときに、誰にも邪魔されずに眠れるところが欲しいと望んだだけだ。》
ルナ縁のマクナム聖堂は、ただ寝るための建物だったのかと、ハルドは堪らず額に手を当てて眉間にシワを寄せて瞼を瞑ると、ラドがガタッと椅子を引いて、ゆったりと椅子に寝転ぶケルベロスに跪き、
「今回はリティア様の為に起きてくださったようですが、あの方はここの魔獣に命を狙われております。どうか、あの方をお守りするために、偉大なるケルベロス様のお力添えをお願いします。」
恭しく頭を下げる。それを見たケルベロスは、両端の頭を傾げ、
《う…む。あの娘は、魔術を使っていたところを見ると、満足に力を行使出来ないのか?》
「まさにそのとおりでございます。幼い頃から魔法が使えないとレッテルを貼られ続けた為に、御本人自ら素質がないと思い込まれており、この学校で懸命に魔術を習得しようと努力されております。」
ラドは頭を下げたまま、リティアが置かれている状況を説明をして、ハルドもうんうんと頷いた。
《…。なんて哀れな。致し方ない。お前らは喜ぶといい、我らが魔獣退治を請け負ってやる。》
立ち上がってキリッとしたケルベロスは小型犬そのもので、ハルドはその可愛らしい姿に吹き出しそうになるのを慌てて抑える。
「ありがとうございます!」
「ありがとう、ケルベロス!」
バッと頭を上げて礼を言うラドと、ケルベロスをぬいぐるみのように強く抱きしめるハルド。苦しそうなケルベロスは、3つの顔でハルドの腕と肩に噛みつき、
《人間はすぐ小さいものを抱きたがる!やめろ、抱きつくな!》
噛みつかれても離さないハルドは、ラドからもう一発肘鉄をうけてから、渋々と椅子に戻した。途端に合計6つの耳がピンと立ち、同時に女子寮の方向に顔を動かす。
《娘が寂しがっているようだ、ではまた会おう。》
「明日からよろしくお願い致します。」
精霊を身体に集めて姿を消すケルベロスに、ラドは垂直になるほど頭を下げた。ケルベロスの気配が完全になくなってから、ラドから本日3回目の肘鉄をくらいそうになり、身体を反ってバク転しながら避ける。
「全く。お前は交渉が下手すぎる。」
ラドから刺すような視線を受けつつも、敢えて目を合わせないで、いつものように机の下から隠しているトランクケースを取り出し、団服と装備を2人分用意する。
「いやいや、そこまで下手じゃないよ。」
ハルドは、ラドに背中を向けながら私服のシャツを脱ぎ、団服へと着替えていくと、ラドの方からも布が擦れる音が聞こえる。
「日中の戦闘では怪我をしてないようだな。それとも治して頂いたのか?」
「怪我するような相手とは戦っていないから。」
後ろで着替えているラドから投げられた質問に、ハルドは肘当てを装着しながら即答する。恐らく、肌を晒したときに目視したのだろう。
「そうか。」
息を吐くような呟きだった。ラドなりに心配してくれているのだろうが、魔獣との戦闘以上に日々のラドからの暴行の方が脅威だと言うことは、口が裂けても言えない。一番隊の他のメンバーとも喧嘩を勃発させていたラドは、団長や副団長から見たら物静かな任務に忠実な魔法士だ。単に言葉が足りない男で、以前は常時仮面を外さなかったハルドと共に無口な一番隊隊員と称された。ハルドはそんな事を思い出しながら、マントを身につけてから戦闘用の仮面をはめると、ギィィィと扉が開き、
「お取り込み中、すみませんね…。」
「いえいえ、お待ちしておりました。リファラルさん、今夜もよろしくお願い致します。」
武装を隠すように黒いトレンチコートに袖を通したリファラルに、2人同時に挨拶をする。
「今夜こそ魂喰いセイレーンが見つけられれば良いのですが…」
リファラルは顎を掻きながら呟くと、2人よりも先に窓から飛び降りた。ハルドは飛龍牙を、ラドは焔龍号を携えて、光り輝く噴水へと飛び込んでいった。




