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72,少女はガールズトークを試みる

 「んと、セイリンちゃんが何を考えているのか分かりませんが、私には恋愛をすることを許されておりません。」

「だ、誰にだ?」

セイリンから向けられた、視線という剣先をリティアは怖じけずに見据えた。

「両親や親族からです。私は幼い頃から婚約者候補が数人いたと聞いております。この学校を卒業したら、その相手の誰かの元に嫁ぐことになります。それはセイリンちゃんも同じかと思ってましたが?」

「許嫁の話か…そうだな、とりあえずはいるが、それを拒否する権利は私達、女にもあるはずだ。自分の心を殺してまで、嫌いな相手に寝取られるつもりはない。」

リティアの話を聞いたセイリンは、貴族令嬢には有りがちだなと内心思いながらも、自分の意見をお構いなしにぶつける。実際にその状況になったら、相手を殴り飛ばして蹴り飛ばすつもりでいる。

「…強いですね。私は拒否した後が怖くて。」

「なに、人間なんぞ魔獣よりも弱いだろうよ!女だから何だ!親が決めた許嫁が何だ!そんなくだらない括りで縛り付ける輩は親だろうが上流貴族だろうが、捻り潰してやる!」

ブルッと身震いをするリティアの背中をバンと強めに叩き、セイリンの揺るぎない強い意志を怖がるリティアにぶつけると、再び沈黙が流れる。やりすぎたかと不安になったセイリンが、髪で隠れるリティアの顔を覗き込もうとした瞬間、

「…ふっ、あははは!!」

リティアは目尻に涙を一滴滲ませ、腹を抱えて大笑いし始め、一変したリティアの姿に、セイリンはひどく困惑し、

「り、リティ…そんなに笑うことか?」

「だ、大好き!大好きです、セイリンちゃん!」

おどおどとするセイリンに、リティアはギュッと首に手を回して抱きつく。リティアの成長途中の柔らかい物が、薄いネグリジェの上からセイリンに触れ、セイリンはピキッと身を固くするが、そのような事は全く知らないリティアは、本当に絵に描いたような笑顔を浮かべている。そんなリティアの髪を優しく梳くように撫でながら、微笑んだ。

「…ありがとう。私もだ。」

「あはは…。そっか、そうですね。あの魔獣をどう倒せば良いかを考えている私が、人に怯えてて不思議ですね。」

少し落ち着いてきたリティアは、首に回した手を離し、それに合わせてセイリンも撫でることをやめる。

「魔獣の方が遥かに脅威だからな。」

「はい。…そうですね、ハルさんに限らず、男性をどうって考えたことはあまりないのですが。」

自分で言いながら、魔獣による様々な被害を思い返し、唇をきつく噛むセイリンを見つめるリティアは、自ら話題を戻して…考え込む。

「ないのか…ディオンに関してもか?」

「ディオンさんの第一印象は、本当に綺麗な夜空だなと思いました。あのような髪色は一族にも少なかったので。」

本当に色恋沙汰に興味がないことが伺える発言をするリティアに、セイリンは頭を片手で抱える。

「傍から見たら、2人とも仲良く見えるぞ?ディオンが微笑むと、リティは嬉しそうにしている。」

「んー、ディオンさんに限ったことではないのですが、私に向けて好意的な表情を見せてくれると、心がふわふわするんですよね。恐らく嬉しいんだと思います。」

ハルさんでもテルさんでも、と付け足すリティアに、妙に納得する。

「あー、そうか。確かに!テルが笑顔を向けると、リティも笑顔を返していたな。私にもそうだ。」

「はい、その表情を見せてもらえることが好きなのです。私が好きなら皆様も好むかと。」

エヘヘと、はにかむリティアに、これは自分が先導しなくてはとセイリンは、一歩踏み出す発言をする。

「うむ。では、私が彼らをどう見ているかを言うけど、本人達に言うなよ?」

「は、はい。」

きょとんとしながら小首を傾げるリティアにセイリンは、人差し指で彼女の鼻をツンとつつく。

「リティ、これはガールズトークだ。今度、この話をするときまでにもう少し勉強してくれよ。」

「は、はあ?」

「まずはディオンな。従者の格好のあいつはなかなか格好良いぞ。茶会に連れていけば、周りの貴族令嬢から黄色い悲鳴が飛ぶことも多々ある。あの長身でいつもの態度を取ると、卒倒する令嬢もいる。」

セイリンは少しだけ従者自慢をしつつ、リティアにディオンを推してみるが、

「…。」

「リティ、何かこう、思うことないのか?似合いそうとか、見てみたいとか…」

丸い目を向けて無言のリティアに、ディオンについて色々と言うつもりだったセイリンは、次の話題が出せなくなり、自分の眉間をトントンと指で叩く。返答を求められたリティアは少し焦りが見えたが、次の瞬間には可愛らしい笑顔を浮かべ、

「え、はい。ディオンさんもテルさんもソラさんもスタイルが良いので、燕尾服はお似合いだと思います。」

「そ、そうだな。その2人も今日みたいに髪型まで同じにして、令嬢の左右に控えたら絵になるな。」

セイリンは同意しながらも頭を抱える。それに比べ、リティアは楽しそうに自らの顎に人差し指を当てて、目だけが上を向く。

「でも、ディオンさんは騎士団の鎧も似合うと思います!テルさんはエプロンをつけてカフェの店員さんとかパティシエさんとか、ソラさんは研究者さんとか学芸員の制服が似合いそうです!セイリンちゃんは空色でビスチェでプリンセスラインのドレスが」

「わ、私はどうでもいいんだ!」

リティアの豊かな想像力が炸裂し、セイリンが大慌てで待ったをかける。

「え、絶対にお似合いだと思います!!」

セイリンの右手をギュッと両手で包み込み、リティアは熱のこもった眼差しを向けてくる。まだまだ夜は終わらないようだ。


 翌日の放課後は、リティアはオレンジの皮やその粉を加工するために調合室に行き、テルはソラの走り込み練習に付き合ってグラウンドへ向かった為、久々にセイリンとディオンは2人きりになる。キャーキャーと黄色い悲鳴が上がるような生徒の多い場所を避けて、見つかりにくい実習棟の4階へ移動して、静まり返った通路の開いている窓から街の城壁を眺めながら、セイリンは話を切り出す。

「ディオン、ごめんな。リティアにはまだ恋愛は早いらしい。」

「いえ、謝らないで下さい。元はと言えば、カルファス様のアタックから守るための方便です。ただ私へのリティアさんの反応は、他の御令嬢とそうは変わらなく感じていたので、不思議な印象を受けました。」

窓枠に肘を乗せているセイリンに、手を後ろで組んで背筋を伸ばしているディオンは、顔を横に振った。

「昨夜は結婚を過剰なほどに怖がっているように見受けたが、普段ディオンが微笑むと頬を染めているんだよな。あれはなんだ?」

「リティアさんにとっての交際と結婚は恐らく別物なのです。平民の多くは交際から結婚へステップアップしますが、リティアさんは最初から親の決めた相手との結婚なのだと思います。昨日のハルド先生との会話を聞いていても、交際とは何かは理解していると考えます。」

誰かを好きになる気持ちはあっても、交際から結婚には発展しづらいということか、とセイリンも理解した。

「あの子も難儀だな…。」

ため息をつきながら呟いてから、ディオンにニィと白い歯を見せる。

「まあ、魔獣の方が人間よりも遥かに怖いと伝えたら、何かから吹っ切れる感じはあったし。」

「…何をしたんですか?」

若干呆れ顔のディオンに、簡単にだが得意げに説明をする。

「え、ああ。嫌いな輩と寝てやる必要はないと伝えたつもりだが?」

「…実にお嬢様らしい発言ですね。」

ディオンは後ろに回していた右手で、目尻寄りの眉を触れてヤレヤレと顔を振ってみせる。

「そりゃあそうだろ。リティアにも、ディオンにも、私は幸せになってほしいのだから。」

「わ、私とリティアさんはまだそういう関係にな、なるとは言っておりません!そういうことは順序立てて」

セイリンからの爆弾発言に、耳までブワァと赤くなっていくディオンは、慌ててセイリンの両肩を置いた。その慌てっぷりを見たセイリンの片眉が少し上がる素振りを見せてから、ニタァと口角が上がり始めた。

「あ?別に2人を無理やりくっつけようとまでは考えてないぞ…?…さてはディオン…」

「わ、私はお嬢様の従者であることが幸福でございます!」

「あはは、そういうことにしておいてやろう。」

いつも作っている微笑が崩れて必死なディオンに、セイリンは珍しい彼の動揺を目で見て楽しんでいた。

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