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71,少女は意識する

 リティアは、3日置いて乾燥しきっているオレンジの皮の一部を大きな乳鉢をディオンに押さえてもらいながら砕いている。セイリン達も椅子に腰掛けてその姿をまったりと観察していた。

「ごめんね、会議が長引いてしまって。」

ハルドがセイリン達より少し遅れて入ってきて、双子ににこやかに手を振った。双子は同時に同じ角度でペコッと頭を下げる。セイリンは、鋭い目つきになりながら見比べては肩を落とす。

「ハルド先生は、ソラとテルの見分けつきますか?」

「うん、分かるよ。え、分からないのかい?」

いつもの席に座りながら、引き出しから紙を取り出すハルドにセイリンは問う。

「…恥ずかしながら。ディオンは?」

「自分は、ここで変装していたのを見たのですが、帰ってこられた時は分からなかったです。この前も気が付かれたリティアさんは分かるんですよね?」

ディオンは乳鉢を固定したままで首を横に振り、リティアに確認をすれば、

「はい、先程扉を開けていたセイリンちゃんの左に座っているのがテルさんです。」

リティアは悩む素振りもなく即答して、セイリンはキッと左に座っている男子を睨んだ。

「テル!」

「えっへん!どうだ、すごいでしょ!言葉遣いはディッ君を真似ました!」

片手でシュルシュルとリボンを外せば、いつもの笑顔のテルが座っていて、小さく息を吐いたセイリンは、ポンポンとテルの頭を撫でる。

「ああ、すごいな。まあ助かったから礼を言う。」

「従者っぽくできたかな!?」

「すみません、テルがやりたいって言い始めたもので。」

ご機嫌なテルを横目に、代わりにソラが頭を下げると、セイリンは目を細めながらテルの頭をまだ撫で続け、テルは嬉しそうに目を閉じている。

「いいさ、楽しかったのだろう?私は害を与えられたわけではないしな。」

「うん、楽しかった!」

その光景を見ながら書き物をしているハルドは、コホンと咳払いをしてから、

「セイリン君、君が頭を撫でているテル君は同い年か、年上だよ。弟のように扱わないんだよ。」

「あ、すまない…。」

「撫でてくれても良いよ!だって、撫でてくれるってことは俺のことを嫌いではないってことでしょ?」

セイリンがハッとして手を離すと、縋るように上目遣いするテルに、セイリンは柔らかく微笑んだ。

「ああ、かわいい弟のように思っている。」

「…テルはセイリンさんの弟ではなく、自分の兄弟です。」

「それなら、セイリンさんとソラが結婚すれば、俺は弟になれる!」

ソラからの控えめな指摘に、テルがニィと笑顔を作ったら、ディオンは乳鉢から手を離し、指をゴキッと鳴らしてからテルへ鉄壁の微笑を向ける。

「テル、私の大切なセイリン様に失礼な発言はよしてくださいね?」

「ディッ君、目が笑ってない。こわっ。」

圧力をかけられているように、若干身体が縮こまったテルをよそにセイリンはブツブツと呟いている。

「皆、同世代…。ディオンも本当は年上だろうし…。リティも同い年か。」

「セイリンさん、別に良くない?年齢がいくつであれ、問題ないよ?」

テルが可愛らしく小首を傾げてみると、セイリンは目を伏せながら顔を横に振る。

「問題大ありなんだよ。貴族たる者が、同年代の異性と距離が近いのはスキャンダルの元だ。」

セイリンの手が彼女の膝に戻ることを見届けたテルは、異様なほどに陽気に笑いながら、

「じゃあ、仕方ないのかー!ハルド先生は男だから、頭を撫でてくれるよね!?」

「まあ、年齢も10以上は異なるからね?」

さあ、撫でて!と言わんばかりに、ハルドの横にくっつくテルの姿は、幼い子どもが愛情を求めるようだ。ハルドも、幼い子どもを撫でるように撫でてから、そのテルの姿を仏頂面で見ているソラへ近づいてポンポンと撫でると、ソラは満月のような瞳を向けてきた。

「ほら、テル君だけ撫でるなんて不公平だからね?セイリン君も今日はよく頑張りました。」

ハルドはそう言うと、下を向いているセイリンの頭も優しく撫でて、再び乳鉢を押さえているディオンの頭も撫でると、驚いて顔を上げたセイリンと、豆鉄砲を食らったような顔のディオンが同時に口を開く。

「ハルド先生…?」

「なかなかこの年齢になると頭を撫でてくれる人も少なくなるだろうけど、愛情を素直に求めるのは子どもの特権だよ。ね、リティ。君達を大切に思っているよ。」

2人とゆったりとした顔の動きで目を合わせるハルドは、真剣に分厚い皮を砕いているリティアの頭を右腕で包み込むように撫でると、その手から乳棒が離れていく。じーっとハルドを見上げるリティアが、ガシッと頭の上にある右手を捕まえた。

「ハルさん、また怪我しましたね?」

たったその一言で、笑顔だったハルドの表情が石のように固まった。


 リティアは、自分の部屋の机に一生懸命粉砕したオレンジの皮の粉を詰めた複数の小瓶を1列に並べている。その真剣な姿を空いているベッドに座りながら見ているのは、セパレートタイプの水色の寝間着で長い髪を下ろしているセイリンだ。リティアは、更に机の引き出しから他の色の粉が入った小瓶も何種類か出して並べていく。

「それは今から調合するのか?」

「いえ、しません。明日持っていくことを忘れないように並べているんです。それにしても、セイリンちゃんが私に相談だなんて、如何しました?」

小瓶を並べ終わったリティアは、白いネグリジェの裾を揺らしながらセイリンが座っているベッドに腰掛けた。

「誰に相談するかは悩んだけど、リティが適任な気がしてな。」

「?私でよければ。」

きょとんとしているリティアに、セイリンは一度目を伏せてから、意を決したように話し始める。

「リティは、ハルド先生と知り合いだよな…リティの知る限りではどんな人なんだ?」

「ハルさんのこと?えっと、お兄ちゃんと同じ仕事を…魔獣討伐をしていて、休憩するために家に寄ってくれてただけでしたが…本当に物静かで。」

リティアは、兄とハルドの関係をぼかしながら慎重に説明をすると、セイリンは眉をひそめる。

「え、あんなに話さないと言うことか?」

「再会したとき、ハルさんとは分かりませんでした。今までは仮面をつけて仕事なさっていたから顔も知らなかったのですが。」

「仮面をつけて魔獣討伐するのか?」

怪訝そうな顔をしたセイリンと対照に、リティアは目を輝かせる。

「はい、そうですよ!顔を真似する魔獣に翻弄されたり、利用されないようにするため、そして顔に直接攻撃を当てられても防げるように!」

「…な、なるほど。」

なかなかお目にかかることのないリティアの迫力に、セイリンの身体が自然と身体が引き気味になると、ハッとしたリティアは縮こまって赤面していく。

「あ…すみません。えっと、ハルさんはあまり話さない方でしたが、王都でしか購入できないお茶や焼き菓子を私のために持ってきてくれてました。」

「そうか…、その、ハルド先生は恋人とかいるかは知っているか?」

もごもごと話すリティアに、本題に斬り込みにかかった。

「…」

「り、リティ?」

セイリンが考えていた反応とは異なり、リティアはしかめっ面になり、そのまま沈黙する。

「ハルさんからもお兄ちゃん達からもそんな話を聞いたことはない…ですね。ただ。」

「ただ?」

しかめっ面のまま頭を捻ると、セイリンは用心深く次の言葉を待つ。

「私がレザーブレスレットをお渡しするまでは、女性物のチェーンブレスレットを身につけてました。」

「うむ。外せるということは過去の女のものか?」

「そこまでは。」

セイリンもその重要そうな情報に頭を悩ませ、リティアもこれ以上は知らないと顔を横に振った。

「それでリティは、ハルド先生を異性として好ましいと思っているか?」

これ以上は聞き出せないと悟ったセイリンは、剣先を突き刺すような鋭い瞳を向けてきて、リティアは反射的に身構えてしまった。

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