57,少女は協力をする
誤字報告ありがとうございました!!
あの後、アギーとはあまり話すこともなく、放課後になった。バッグに教科書を仕舞ったソラが、テルの背中を転びそうになるほど強く押し出す。
「引っかかることがあるなら、早めに越したことはない。そうだろ、テル?」
「ううう…」
帰り支度しているテルは、ずっとアギーの様子を窺っていたが、ソラに背中を押されても次の一歩が難しかった。なかなか動かないテルに、眉間にシワを寄せるソラは、耳打ちをする。
「難しいなら、今ひとっ走りしてディオンを連れてこい。」
「そ、ソラは間に入ってくれないの…?」
震えた声で縋るテルは、今にも泣きそうな顔を向けてくるが、ソラはふるふると顔を横に振る。
「て、テル君。」
「はい!?」
ソラに両腕伸ばして縋りつこうとしていたテルに後ろから声をかけてきたのは、アギーだった。テルは体全身に力が入り、返事をした声を裏返しながらもアギーを振り返った。そこには、放心していたアギーでも、怯えていたアギーでもなく、穏やかな表情を浮かべたアギーが立っている。
「突然、話しかけてごめんね。」
「あ、あ、あ、その…怖がらせてごめんなさい!!」
アギーの話が始まるよりも早く、テルの上体は鍬が振り下ろされるように勢いよく直角に曲がり、周りの生徒がこちらに注目していた。テルの行動に動じていないソラは、気を利かせてテルのバッグに教科書をあと2冊入れようとバッグを持ったら、今度はチーターが襲いかかるようにバッグの上に覆い被さるテル。結構な涙目で、のけ反ったソラに訴える。
「ソラ、お願い。秘密の園は覗かないで…」
「はっ?」
訳が分からないソラの口が大きく開き、暫しの沈黙が走る。数拍経ってから、変な沈黙に耐えられなくなったテルが、バッグを抱えてアギーに向き直った。
「…。アギー君、本当にごめん。」
「こちらこそごめんね。テル君が怒った理由をハルド先生から教えてもらって…。テル君に嫌な思いさせてしまったみたいで…。」
「ハルド先生が?」
怒った理由をハルドが知っているとは思えない為、きょとんとするテルに気が付かずにアギーは嬉しそうに続ける。
「先生曰く、今後は聖者様からご教授を受けた人からヒーリングを受けられるようにしてくれるらしいんだ。だから、もう大丈夫だと思う。」
心配かけてごめんねと、手を振ってアギーは教室を後にする。その場に2人は取り残され、
「…」
無言で顔を見合わせた。
ハルドから珈琲を貰って椅子に座っているリティアは、自分の見たもの以外にセイリンから夕食時に聞いた話を昨夜のうちに記入した紙を、ハルドに手渡した。ハルドは素早く引き出しに仕舞い、クッキー缶を広げてお茶会を始めようとしたタイミングで、扉が開く。失礼しますと、テルが入ってきた。
「てっきりグラウンドに向かったと思っていたよ!リティちゃんもハルド先生に用事?」
テルの腰に小型犬のしっぽが見える気がするほどに、満面の笑みでリティアの隣に座ると、笑顔のテルに向けてリティアは柔らかく微笑んだ。
「はい、昨日のことを詳しくお話してました。」
「あ!本当に昨日のリティちゃんはかっこよくて!!どうしたらあんなふうに動けるの!?」
目を輝かせたテルは胸の前で両手で拳を作り、リティアの方に身を乗り出すと、リティアは片頬に人差し指を当てて首を傾げる。
「え、えーっと…?テルさんの方が安定して走られていましたよ?」
「あああ!褒めてくれてくれてありがとう!嬉しい!嬉しいんだけど!」
高ぶる感情と共に拳を机にぶつけて、顔を突っ伏すテルに驚いて、リティアの身体は少しだけハルドのいる右に傾く。テルの珈琲を淹れていたハルドは、リティアの身体が傾いたことでできた空間から上体を左に傾け手を伸ばし、テルの背中を叩いた。
「テル君は何しに来たんだっけ…?」
「それはハルド先生に呼ばれて!」
「良く出来ました。じゃあ、リティと一緒に珈琲と茶菓子食べながら先生の話を聞いてくれるかな?」
「はーい!」
バッと顔を上げたテルに歯を溢して、ハルドは引き出しから紙を2枚取り出して、本題に入る。
「見たことは絶対にアギー君に言わないこと。これには聖者様に治療してもらってから、今日までにアギー君の周りで起きたことが書かれているんだ。」
「あ、でもリティちゃんはアギー君のことあまり知ら…」
テルは、自分より先に来て座っていたリティアに戸惑いの視線を送ると、ハルドが代わりに説明をする。
「リティは、幼い頃に魂喰いセイレーンに数回も遭遇して逃げ切っている。彼女の経験からくる知識も重要なんだ。だから同席を頼んだんだよ。」
「皆さんからアギーさんのお話は聞いておりましたし、私の記憶がお役に立てば喜ばしい限りです…。」
リティアの言葉はどんどん小さくなり、言い終わるときに俯いてしまい、ハルドがその頭を優しく撫でる。
「リティ、このメンバーで緊張しなくていいよー。」
「リティちゃん、昔のことで自信がないかもしれないけれど、俺にとっては大事な情報になると思う!」
リティアの左手を両手で包み込んで瞳を覗くテルに、リティアは小さく頷いて微笑んだ。
「では、始めようか。治療が終わっているアギー君に何があったのかについて、まず2人も知っているかな?額の痣の有無は。」
「今日見た感じではなかったんですが…」
ハルドからの質問にテルが今日の記憶を辿り、それを聞いてリティアはサラサラと考えを述べていく。
「アギーさんにお会いはしてませんが、テルの話から考えられることは、痣は見えなくても存在しているということですね。顕在的痣、潜在的痣があることは本にも書いてありましたし、今回潜在的痣かと。」
「この手の話だとリティは饒舌だね。今回は顕在から潜在に移行したんだろうね。」
ハルドにクスッと笑われると、耳まで赤くするリティアだが、答えられることはしっかり答えていく。
「あああ…すみません。しかし、そうであるというなら、セイレーン本体が生きていることが前提で、治療が不完全であること、または再度マーキングされる条件を揃えたことになりますよ。」
「うー。聖者様の治療で、アギーから魔石中毒者のような症状がなくなったんだよ。不完全ではないんだと思うから、多分…ここには書いていないけど、アギー君は再びあの魔獣に近づいて歌を聞いたんだと思う。カルファスさんが倒したはずなのに。」
「本人からも報告を受けたけれども、あれを倒しきれてないんだ。魔石の回収が出来なかったということは、本体は生きている。ただ、どこに潜んでいるか分からなくてね。」
小さく唸りながら頭を抱えるテルを見ながら、ハルドはアギーの文章に書いてあるおかしな事が起きたとされるグラウンド、体育館傍、玄関前、中庭など複数の場所の記載を順番に指差していくと、それを静かにリティアの目が追っていた。
「わ、私が遭遇したセイレーンの話になりますが、大きい音や声が響くとスポンって土の中に潜ったのを見たことあるんですよ。読んだ本には記載はなかったのですが…」
「…」
リティアの発言で、テルは抱えていた頭から手を離し、ハルドも目を大きく開いてリティアを見つめた。2人からの視線に戸惑いつつも、
「恐らくですが、ネナシカズラの派生でもある魂喰いセイレーンは、植物に巻き付く以外に土の中に潜ることが出来て、今回が一個体とするなら…更には土の中を移動できるのだと思います。」
「そうか!!リティちゃんサイコーすぎるでしょ!ハルド先生!」
バンと机を叩き、跳ぶように立ち上がるテルは期待に満ちた眼差しをハルドに向けると、ハルドも目を細めながら、
「アギー君の示した場所には全て土がある。移動経路さえ掴めれば先回りにして倒せるはずだね!」
立ち上がって、2人の頭を同時に撫でた。