54,少女は贈る
街に帰ってきたリティア達はハルドと出会い、学校前の大通りにある白茶色の喫茶店で昼食を取ることになった。客は他には居なくて、店主が2つのテーブルをくっつけて6人がけにしてくれる。
「ここがリティちゃんとディッ君が」
「とてもオムライス美味しかったですよ!」
テルが変なことを言う前に、ディオンが言葉を被せて、メニューをテルに強引に手渡した。セイリンもソラも2人のやり取りを気にすることなく食べるものを選ぶ。
「リファラルさん、アイスコーヒー6つと、チキンバーガーで。」
ハルドは軽く手を上げると、カウンターでグラスを拭いていた店主、リファラルはキッチンへと入っていく。
「ええ!俺達もアイスコーヒーなんですか!」
「だって、見るからに決まらなそうだから。」
ぶーぶーと不満をぶつけるテルに、ヘラッと笑って軽くあしらうハルドを横目にリティアは、昨日も食べたオムライスにするか、ホットサンドにするかを悩んでいた。キッチンから颯爽と出てきたリファラルは、トレーに乗せた6人分のアイスコーヒーをテーブルのメニューの上に乗らないように配慮しながら置いてくれる。メニューを置いたリティアが少し手を上げて、
「ホットサンドを…」
「承知いたしました。スインキーが作ったというスモークチキンとレタス、トマトのホットサンドをご用意しましょうか?」
リファラルが目尻にシワを寄せて提案すると、リティアの表情がパァッと明るくなり、力強く頷いた。
「すみません、煮込みハンバーグ2つお願いします。」
「わ、私はオムライスを頂きたい。」
「私も彼女と同じホットサンドをお願いします。」
ソラはテルの分を含めて2人分注文し、続いてセイリン、ディオンと注文をしていくと、サラサラと注文用紙にメモを取り、メニューを下げてキッチンに戻っていった。ハルドは、アイスコーヒーで喉を潤すと本題に入る。
「君達は何故、聖者様の馬車に乗っていたのかな?彼は旧聖教会に向かっていたのだけど。」
「ハルド先生からの課題をこなすべく、事前に目的地近辺まで走っていたら、郡民?コオロギというのに襲われました。」
セイリンは背筋をピンと伸ばして、簡潔に答え始めるが、昨日も走っていることは故意的に伏せた。
「郡民コオロギがあの森にいたのかい?確か、かなりの数が討伐されたはずだけど。」
「戦っていた私もディオンも奴らの波に飲まれましたし、逃げたリティ達もおびただしい数が追われました。」
にわかに信じられないと顔に出ているハルドに見たままに伝えると、ハルドは一度だけ瞬きをして視線をリティアへと変える。
「…そうか、セイリン君説明ありがとう。リティ、森に詳しい君から教えてほしい。」
「えっ…。追いかけてきた郡民コオロギの中にキングは見当たらなかったですね。恐らく他のところに巣穴があるかと。湖に誘い込んだら結構な数が体内にハリガネムシを飼っていたので、集団は1つだけなのでしょうが、数だけで見るなら3つの集団が合わさるくらいです。ハリガネムシを持たないコオロギは湖から飛び出てきた岩泉オオガエルに一飲みされましたし。」
自分の分かる範囲で答えてから、リティアは瞼を閉じて考え込む。ハルドはその説明を用心深く聞いてから、
「リティ、ありがとうね。また後で討伐依頼書を学校から提出してみることにするよ。」
リファラルが運んできたチキンバーガーを片手で受け取ってから、トレーに乗っている2人分のホットサンドもハルドの手からテーブルに運ばれる。リファラルの手からはオムライスがセイリンの前に置かれた。空になったトレーを持ってもう一度キッチンへと戻り、ハンバーグを2つ乗せてくる。居ても立っても居られないテルは、勢いよく立ち上がってリファラルへと近づき、トレーごと貰ってきた。座っているリティアから、テルにトレーを手渡したリファラルの顔は綻んで見える。
「それでソラ君は、しっかり走れたのかい?」
ハンバーガーにかぶりついたハルドが、テルから皿を受け取ったソラに話題を振る。
「はい、コオロギに追われながらも湖まで走れました。」
「上出来じゃないか!おめでとう!」
ハルドは飲み込んでから、力強く言い切ったソラを歯を溢して褒める。
「ありがとうございます…!」
努力が認められて頬が紅潮するソラをセイリンもディオンも目を細めながら見ている。リティアは、皆の表情を盗み見しながら一口サイズに切ってあるホットサイズを口に運んだ。
「ハルド先生、ディッ君かっこよかったんだよ!でっかいカエルを頭から叩き割って!」
「へぇ、ディオン君が倒したのかい?本職騎士顔負けだね。」
「そんなそんな」
テルが楽しそうにディオンの武勇を報告し、ハルドは目を細めてその話に乗ると、ディオンが慌てて手を横に振っていた。
学校に帰ってきたら、ハルドは職員用玄関に向かう前にリティアに耳打ちをする。
「サインもらったから、この後でも調合室においで。」
リティアは、大輪の花を咲かせて顔が落ちるぐらい大きく縦に振って、女子寮まで大慌てで戻っていく。
「リティ、この後は勉強会でもしないか??」
「んと、調合室に行く用事があって…」
皆を追い抜かして寮の扉に手をかけると、後ろから来ていたセイリンに呼び止められた。リティアは口をもごもごさせながら、断る理由を早口で言うと、
「じゃあ皆、この後は差し入れ持って調合室に集合だ。」
「承知いたしました。」
「はーい。」
断られたとは微塵も思っていないセイリンの一声で、ディオンとテルは返事をして、ソラは静かに頷いてから男子寮へ戻り、リティアはギョッと目を大きく開いたが、とりあえず寮室へ急ぐ。部屋で制服に着替えて、昨日購入した二重巻きのレザーブレスレットをバッグに仕舞ったら、セイリンが出てくるより早く、階段を駆け下りて寮から飛び出す。サインして貰った本は誰にも見せられない!その一心で接続通路を走る。今日も噴水の周りには精霊が多く浮遊していたが、それも気にならないほど渡りきって、職員室傍の階段を駆け上っていった。
「し、失礼します…。」
「どうぞー、早かったね。今日の出来事をこれに書いてほしいんだけど、とりあえず。」
調合室の扉を開けると、私服姿のハルドが珈琲を用意して椅子に座っていて、引き出しから目撃情報を記入する紙を1枚取り出し、その奥からリティアのお目当ての本を机の上に置いた。サササッとリティアは机に近づき、本を手に取ると、『スインキー』とサインが書いてある。緩んだ顔になり、両手でその本を力いっぱい抱きしめ、
「ありがとうございます!その…こちら、お礼の品です!」
バッグに先程仕舞ったブレスレットをハルドに手渡すとすぐに本を仕舞う。ハルドは豆鉄砲でも食らったかのように目を見開いたが、嬉しそうに左手首のチェーンブレスレットとつけ変えて、リティアが見やすいように手を上げてくれた。
「こんなに素敵なお守りをプレゼントしてくれてありがとうね。」
「失礼します。」
リティアにハルドが微笑みかけると同時に、調合室の扉がディオンによって開かれる。その後ろから元気よく歩いてきたテルが、掲げているハルドの左手を指差す。
「あ!ハルド先生、さっきまでつけてなかったブレスレットつけてる!」
「良いでしょう、リティからの贈り物だよ。」
「ディッ君もハルド先生も貰ってて、羨ましい…」
ハルドが、テルに見せつけるように手首を軽く動かし、ブレスレットを様々な角度から見えるようにすると、ぷるぷると震えだしたテルは地を這うような声を出し、ソラから頭を押さえられて怒られる。
「こらっ、テル!」
「す、すみません…お2人にはお礼としてですので。」
リティアが慌てて、ぺこぺこと頭を下げて謝ると、
「リティは悪くないからな!」
セイリンまでもがテルの頭を叩きにいった。