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50,少年は自覚する

祝50話です。リティアはスミレをイメージしてますが、セイリンはカンガルーです。

 今日は早朝からプールに入る。ディオンは、リティアから贈られたレザーブレスレットだけを身につけたまま、昨日の成果をセイリンとテルに見てもらっていた。

「昨日だけでここまでできるようになるって何事だ?」

息継ぎは多少失敗するが、何度も目標距離まで泳げるようになったディオンに驚きながら、セイリンはプールの縁まで戻る。

「リティアさんのご教授のおかげです。」

「リティちゃん、何したの!?」

縁から勢いよく飛び跳ねるテルに、ビクッと身体を縮こまるリティアは、

「え…ちょっとした身体の使い方をアドバイスしただけですよ。」

読んでいた本を隣に置いて、プールサイドに上がってきた3人に甘い蜂蜜入りレモンジュースのコップを手渡すと、練習を終えた3人は地べたに座る。

「それで、その後は可愛いリティとデートしたと。」

「セイリン様そういうわけでは…!」

昨日お伝えした通りです!と顔を小さく横に振り、否定するディオンを横目に、目を細めたセイリンはリティアの頭をポンポンと軽く触れる。

「昨日は本当に驚いたぞ。帰宅したら、リティが可愛いワンピース着てロビーで本を読んでいたんだから。」

「何それ見たかった…!」

テルの真剣な顔が、ぐいっと上体ごとリティアの顔に近づき、リティアの隣で本を読んでいたソラが、無理やり押し返す。リティアは更に縮こまる。

「お兄ちゃんからが買ってくれた洋服を着ていただけです…。」

「ほら、ディオンがもう出来るようになったのなら、走りに行くぞ。」

騒々しそうにしているソラは、中身の入っているガラスポットを持ち上げ、リティアにも立ち上がるように促す。テルもジュースを一気に飲み干して立ち上がって、ソラに笑顔を向ける。

「おお!ソラもやる気で嬉しいよ!」

「同じところを走れるのは週末しかない。再来週が本番なのだから。」

「ここ数週間でソラもよく頑張っているな。」

セイリン達も立ち上がり、セイリンのコップはディオンが受け取り、自分のコップと重ねる。

「ありがとうございます。セイリンさんのおかげで、かなり走りやすくなりました。」

ソラはセイリンに頭を下げて、片付けをしているディオンに根掘り葉掘りと聞いているテルの腕を掴み、プールから退場していった。

「リティ、この後走るぞ。しっかり案内するからな。」

「はい!」

セイリンとリティアも仲良くプールを後にする。1人遅れたディオンは、顔を綻ばせながら水に濡れたブレスレットをタオルで優しく拭き、次の支度の為に着替えに戻った。


 女子寮前で待っていたテルは、リュックの中身の再確認をしている。水筒、タオル以外に、塗り薬、包帯、ハサミにと応急手当が出来るようにと様々な物を詰め込んでいた。その近くでディオンも小さめのショルダーバッグに必要なものを詰め込み、更には新しい相棒の金剛ファルシオンを携えていて、ブレスレットの輪郭をなぞっていた。

「ディッ君、嬉しそうだよねー。」

「え?」

「そのレザーをまるで猫を撫でるように撫でてるし、顔はニヤけてるし。」

荷物の確認が終わったテルが、きょとんと首を傾げるディオンを軽くどついてきて、準備体操を念入りにやっているソラもこの話題に入ってくる。

「良かったんじゃないか、相当嬉しかったんだろうから。」

「ソラまで…。でもそうですね、恐らくは。」

ディオンも昨日から何となくブレスレットを弄っていることに気がついていた。ディオンはブレスレットに視線を落とし、セイリンから与えられる称賛から生まれる感情とは異なる今の感情をどう形容すれば良いか悩む。そうこうしている間に軽装備でレイピアを携帯しているセイリンと、オピネルナイフと小瓶をレザー生地のウエストポーチのポケットに仕舞うリティアと合流して、学校前で馬車を捕まえて街の外へ出て、セイリンが先導して街道を全員でランニングをする。

「道は開けているから、それほど迷わなかったよ!」

「嘘言え、テルが率先して迷っただろうよ!」

テルが楽しそうにリティアに説明を始めると、1番前のセイリンがツッコミを入れた。ソラはただやり取りを聞いているだけで、その斜め後ろからディオンが殿を務める。

「とりあえずちゃんと戻ったもん!」

「お前が何処か行く度に、ソラに立ち止まってもらって、追いかけたんだぞ!」

ソラに申し訳ないことをしたと、セイリンが軽く謝ると、フフッと口元を隠しながらリティアが笑った。

「やっぱりテルさんは優しいですね。ソラさんが休憩できるように時間を作ったのでしょう?」

「なるほど。リティアさんの言う通りだと思う。俺がきついなと思う頃に、脱走していたし。」

「…テル、他のやり方はなかったのか?」

リティアの説明で納得がいった2人は、同時にテルに視線を送ると、テルはニコニコと大きく口を開ける。

「何言ってるのー!そんなわけないじゃん!」

「照れ隠しだな。」

すぐにセイリンとソラの言葉が重なる。陽気に笑っていたテルの視線は、宙を漂っていく。

「ディッ君は、昨日は何して遊んだの!?」

「遊んでいませんよ。素敵な雰囲気の喫茶店で、美味しいオムライスを食べましたよ。」

体力に自信のあるディオンは、息を上げることなく落ち着いた声で話す。

「へー!その喫茶店はどういう流れで行ったの?ディッ君が誘った?」

「それは勿論、ディオンがデートに誘ったとしか思えないが?」

「セイリン様もテルも、私をいじろうとしてますね?」

間入れずに話を投げてくる2人に、その手には乗りませんと意思表示を兼ねて鉄壁の笑顔をお見舞いするディオンの前で、リティアがもごもごと話し出す。

「オムライスが気になったのは私です…。あのお店に行けて本当に良かったと思います。」

「ええ、私も。前々から気になっていたので。珍しいお茶も飲めましたし、また行きましょうね。」

「是非…!」

楽しそうに話す2人を振り返ることなく、1番前を走るセイリンは、誰にも聞こえないように小声で呟いた。

「昨日1日で距離が縮んだようだな。良いことだ。」

王都までの街道から少し逸れると、旧聖教会の跡地への道が見えてくる。昔は、信仰の場であっただけあり、幅広い石畳の道になっていたが、長年使われていないだけあって、足元を隠すくらいの低い雑草の無法地帯と化していた。セイリンは、ここで一度立ち止まらせる。

「昨日も小物ではあったが、魔獣がいた。見つけ次第、声をかけてくれ。」

「皆様、離れないように。」

ディオンも真ん中に挟まれている3人に頼み、皆がコクリと頷けば、ランニングを再開する。ディオンは、時折後方を振り返ったり、常に左右を警戒したり、できるだけ魔獣を早めに発見できるように努めていて、左右を見た後に視界を前方に戻すと、ブラッドオレンジの2人の髪よりも先に太陽の光に輝く銀髪が目に飛び込んでくる。それも一度ではなく、何度も繰り返していた。瞬きをしても結果は同じ。最前列を走るセイリンの髪は、双子の身長によって見えづらいのは分かっている。けれども、こんなに鮮やかな橙色よりも空に溶け込みそうな銀髪が目に入るものなのかと、密かに考える。自分の視界はまるで恋を錯覚して周りが見えなくなる女性のようだ。彼女と関わって、自分の感情が高揚したときはいつであるかを思い出す。初めて彼女に驚いたのは、棚に書かれた文字が読めるということ、次はセイリンに怒られたときの身のこなし、そして轟牙の森でのこと。嬉しいと感じたのは、セイリンに弁当を殆ど食べられてしまったときにパンを分けてくれたこと。大切にしていたブレスレットのお守りに気がついてくれたこと。自分が行きたかった喫茶店を選んでくれたこと。これは気になっていた喫茶店に視線がいったことに彼女は気がついたのだろうと思う。そして、同系のブレスレットのお守りを贈ってくれたこと。彼女は、セイリン、ソラやテルなど誰でも他人の細かいところを見ていると思う。そしてそれが俺は嬉しかったんだ。きっとテルもこんな気持ちなんだろうなと憶測できる。自分を見てくれている人がいることを知ることで、こんなに幸せになれるなんて知らなかった。彼女の恋心を利用して、カルファス様が近づかないようにするはずだったのに、自分が彼女に惹かれるなんて思いもしなかった。ディオンは、誰にも気が付かれないように離れて走る彼女に手を伸ばし、すぐに手を引っ込めるのであった。

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