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48,少女は誘われる

 土曜日の午前中は、ディオンとリティアの2人きりで泳ぎの練習となっていた。リティアはセパレートタイプの紺色の水着を着用して、あまりにも広いプールに浸かっている。潜ってみれば、青色の精霊達が楽しそうに踊っていて、中にはリティアの動いている足にくっつき、一度に押し出せる水の量を増やしてくれる精霊までいる。ディオンが着替えてくるまでの間だけ、精霊と一緒に楽しく潜水をする。

「お待たせしました!」

水中の中まで届くくらい大きな声を張り上げたディオンは、準備体操をしてからプールに入る。すぅーっとリティアが水面から顔を出し、手を使って体のバランスを保ちつつ、ディオンの隣まで近づく。

「早速ですが、ディオンさんの足の使い方を見たいので、プールの縁を掴んでもらっても良いですか?」

「はい!」

良い返事をしてから、言われた通りにバタ足を見せるのだが、どんどん身体が沈んでいく。パシャンとリティアが水面を一蹴すれば、ディオンの足の方へ移動でき、水面より上に出てこないディオンの足を持ち上げて、

「膝を曲げないように、足の付け根から真っ直ぐ蹴り下ろしてください。」

ディオンの姿勢を水面に平行になるようにサポートする。

「つま先までピンと伸ばして、一本の棒になった足で水を下に蹴るイメージをしてください。後ろに蹴っても上手く進まないので。」

リティアの教授を受けながら、ディオンは意識して足の動かし方を前後から上下へ移行していく。足を意識するあまり、ディオンの全身に力が入って、動きが硬かった。それを見たリティアはもう一度隣に動き、

「ディオンさん、一度足を動かすことをやめて休んでください。そして、私の足の動きを見てくれますか?」

「わ、分かりました。」

リティアは軽く縁を掴んで、足の動かし方を見せて見る。力を抜くときは足を柔らかく使って、水を蹴るときは一本の線のように足を使う。数回蹴り方を見せてから、ディオンの方を改めて振り向くと、口角が下がった状態で口が結ばれた顔が赤くなっているディオンが目に飛び込んでくる。

「ディオンさん…?だ、大丈夫ですか?」

「あああ…すみません。大丈夫です…やってみます。」

顔を赤く染めたままでディオンが練習を再開する。先程よりも身体の力が抜けている。縁を掴んでいる腕は筋肉が盛り上がるほどに力を入れているようではあったが、最初に比べると雲泥の差だった。

「すごいです!ディオンさん、出来てますよ!」

「あ、ありがとうございます!」

水中で立つような姿勢に戻ったリティアは、笑顔でパチパチと手をたたく。ディオンも縁に身体を寄せたので水中で立つかと思ったが、手を離して壁を蹴り、水底が深い方へと進んで行った。慌ててリティアが追いかければ、手で水をかき、足で蹴り、真っ直ぐと泳げるようになっていた。ディオンはある程度泳いだところで、手を広げて動かしながらバランスを取りながら水中で立って息を大きく吸い、ゼェゼェと言いながらも少しずつ息を整える。

「テルに息継ぎの仕方を習ったのですが、実際にやるとなると難しいですね。」

「息継ぎなしに、ここまで泳げたディオンさんは本当に凄いですよ!多分50mは泳げています!」

近くを泳いでいたリティアもその場で立って、両手をパチンと合わせる。

「本当ですか、それは良かった!リティアさん、大変申し訳ないんですが、息継ぎの実演をお願いしても?」

「はい、やります!この調子ですと、ディオンさんなら午前中だけで泳げそうですよ!頑張ってください!」

こうやって…と、ディオンから少し離れたところで泳いでみせる。真剣な目つきでリティアを動きを確認して、ディオンも真似ながら泳いだ。


 泳ぐ練習を終わりにした昼下がり。ディオンに街で昼食を摂ろうと誘われて、寮室に一度戻って兄が贈ってくれた服に袖を通すリティアがいた。純白のフリルブラウスは、肩を覆うほど大きな襟がついていて、それを引き立てるように灰色をメインカラーとしたグレンチェックのジャンパースカートを履く。大きな襟に見合うサイズのすみれ色のリボンタイを襟の下につけて、学校指定のブーツを履いた。普段のようなハーフアップもやめて、右の前髪にリボンタイと同じ色のヘアピンを留める。

「服のサイズぴったりですごい…」

小さめの黒いショルダーバッグをたすき掛けにして寮を出ると、サラッとした白縹色の長袖シャツと、濃藍色のテーパードパンツを身につけたディオンは既に玄関で待っていて、爽やかに手を振ってくれる。その手には編み込みを施されたパンツと同じ色のレザーバンドがちらつく。

「お待たせしました!」

パタパタと、リティアが急ぎ足で近づくと、優雅に一礼するディオン。

「さほど待っておりませんので、お気になさらないでください。2人分の外出許可は取ってありますよ。」

ディオンは自然な動きで手を差し伸べてきて、リティアと軽く手を繋ぎ、ニコッと笑いかけてくる。

「リティアさんの普段の印象とはまた異なり、とても可愛らしいですね。」

「あ、ありがとうございます…。ディオンさんも、手入れの行き届いたレザーバンドを身につけられてて、その…」

リティアはポッと頬を染めて、言葉を返そうとしたが詰まってしまう。一瞬、ディオンの目が大きく開いたがすぐに元に戻り、校門へと誘う。

「学校の近くにパンケーキが美味しいカフェがあるそうで、そちらは如何なと思っております。」

向こうに見える赤い煉瓦の店ですと、校門までの大通り内にある店を指差す。その指の先には、ディオンによく寄り添っている黄色い精霊が浮遊していて、リティアの目の前を通り過ぎ、赤い煉瓦の店より2軒先にある白茶色の年季の入った小さな喫茶店に飛び込んでは、リティアに猛進してくる。リティアが反応を示さないと、何度も繰り返していた。…もしかして、ディオンさんはあちらのお店の方が気になっているってことかな?と、精霊の動きから考えていると、ディオンは心配そうに顔を覗き込んでくる。

「あ、ディオンさん、その…向こうの白茶色のお店はどうでしょうか?オムライスの絵が描いてあって気になります。」

「本当ですか!私も前々から気になっていましたので、是非!」

リティアの提案に、ディオンは満開の笑顔を咲かせた。正解だったようで、ディオンのフットワークが軽くなるのを握っている手から感じられた。こうやって手を繋いでいる時も、リティアは精霊達に祈っていて、以前ほど精霊が集まってこないことにも気がついていた。多分、殆ど完治しているってことですよね…。

「いらっしゃいませ。」

店の扉をディオンが率先して開けると、深みのある声が耳に届く。奥から、黒色のシンプルなエプロンの下に立て襟のシャツの袖を捲り上げた白髪を一本に束ねた古希を迎えているであろう男性が出てきた。リティアはキョロキョロと周りを確認するが、自分達以外に客は見当たらない。

「ランチ利用したいのですが、大丈夫でしょうか?」

ディオンが笑顔で前に出ると、店主らしき男性は目尻にシワを寄せて、

「もちろん、どうぞ。こちらの席にでも。」

カウンター傍のテーブル席へ案内される。店主は、1人ずつ手書きのメニューを手渡し、コースターを丁寧に敷いてお冷を置いて、注文用紙をエプロンのポケットから取り出した。ディオンは、メニューに穴が開きそうなくらい真剣に悩んでいる。リティアはその姿に顔を綻ばせ、自らもメニューに視線を落とす。前菜、メイン、サブ、デザート、ドリンクが順番に記載されていて、リティアはディオンに公言したようにオムライスにする。ドリンクは何にしようかと眺めていると、月光香草茶と言う名前が飛び込んでくる。注文を取っている店主に、リティアはメニューの該当部分を指差す。

「このお茶って…」

「月光香草茶は、当店オリジナルとなります。一風変わった香りで口当たりは優しいものとなります。」

「では、そちらお願いします!」

リティアの心臓がドキドキと高揚して、口元も少し緩み、リティアは慌てて意識して唇に力を入れる。リティアが注文してから、改めてディオンもメニューのドリンクを確認し、

「私も一杯頂いてもよろしいですか?」

「勿論。」

顔を綻ばせた店主が、キッチンへと入っていった後、ディオンもリティアも落ち着いた空間の内装をぐるっと見渡す。カウンターや、テーブル、椅子のどれもが茶褐色で統一されていて、ウォールナットではないかと憶測する。壁には壁紙を貼っていない為、外から見えていた白茶色の煉瓦が剥き出しになっている。ディオンは一度見たら満足したのか、再度メニューに視線を通していて、まだリティアは物珍しそうにぐるぐると見渡していた。カウンターの奥に卓上本棚が見え、気になったリティアは立ち上がって何の本が置かれているのかを確認しに行った。こちらから見える本の背には記載がなく、横からつづりひもが垂れている。

「お嬢さん、その本が気になるかい?」

オムライスを運んできた店主が目を細めながら、リティアに声をかけた。

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