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40,少年は少年を覗く

祝!40話です。

√分けして書きたいという気持ちを抑えることが大変です。ちゃんとメイン√あるので、変えないで進むしかないですね。

 雪が降りそうなくらいに寒い日の事だった。枯れかけた木々が轟々と燃え上がり、山を住処にしていた動物達が逃げ遅れて火の海に落ちていく。炎の魔獣は、恵みの雨と踊り狂う。幼い少年は、何もできずに海の中にいた。

「テル、テル。テルどこぉ…」

少年は泣きながら、いつも一緒にいた兄弟の名前を呼び続ける。今日に限って隣にいない。今日は、テルは近所の爺ちゃんの手伝いで、豆を煮ているんだ。それでも、呼ぶことをやめられなかった。

「…テルどこ…」

どこに行けば良いのか、どこに行けるのかが全くわからないまま、ふらふらと歩き続ける。後ろは火の海が広がり、その中から魔獣が躍り出てきた。少年を喰らうために。大人と大きさはあまり変わらない。しかし、異常に手が大きかった。毛むくじゃらで、その毛を炎で燃やして。

「ギイイイ!」

でかい歯を剥き出しにして追いかけてくる。捕まりたくない一心で、がむしゃらに走った。大粒の涙を流し、鼻水を垂れ流し、もう二度と会えないんじゃないかって、そんな思いが心を掠める。たまたま少年と魔獣の間を通り抜けようとした小鹿が、魔獣に捕まり、バリバリと生きたまま肉を食い千切られていく。少年は怖くて怖くて、振り返ることなく走れるだけ走った。火の粉が飛び散り、着ていた服を燃やしていく。脱ぎたくても脱ぎ方すら思い出せなかった。燃えながら、走ることしかできない。炎の波はもう隣まで来ている。けれど、これ以上は速く走れない。もう間に合わないと思ったときに、地面から出ていた何かに躓いて斜面を転がっていく。その後ろからまた魔獣の雄叫びが響く。斜面が終わって、何とか立ち上がってふらふらとでも走るが、魔獣の手が頭の上にあった。捕まる…!反射的に屈んでみるが、その抵抗は虚しく、大きな手の檻に捕らえられた。

「て、てる…」

出てくる言葉は、兄弟の名前だけ。大口を開けて、長い舌を泳がした魔獣の顔が迫ってくる。ギュッと目を瞑り、見える景色は、一緒に遊んで楽しそうに笑っているテルだ。2人で色々なことをした。お父さんの白衣を被って、オバケだー!って患者さんを喜ばせてみたり、近所の狩人のおじさんに川に連れて行ってもらって、2人で魚を釣ってみたり、お母さんの化粧品をひっくり返して床を粉まみれにして一緒に怒られたり…。もうできないんだと言うことは幼心に理解してしまった。臭い息が身体にかかる。


ゴン


何かがぶつかる音がすると、魔獣の手が離れて、地面に投げ出された。恐る恐る目を開けると、大粒の石を小さい腕にたくさん持って投げる同じ髪色の兄弟が後ろにいた。更に後ろには狩人のおじさん達もいる。ブワッと涙が溢れる。

「ソラぁ!!!」

お父さんの怒号も聞こえてくる。手に持っている石を無くなるまで投げ続けるテルは、本当にかっこよかった。何度も魔獣の顔に当たり、それが時間稼ぎとなり、お父さんが抱きかかえてくれる。


ここまでは良かった。


ソラは理解する。この後を。テルを残したまま、お父さんが離れていく。ソラが泣きじゃくっても、もう届かない。大事な兄弟はまだ石を投げている。もうやめて!帰ってきて!と叫んでも届かない。他の大人達も皆。皆、皆、皆がテルを置いていく。守ってくれていたテルはそのまま炎の波に飲まれて…


《本当に?》


え…?


《テル君は君の隣に今もいるよね?》


…。


脳内に少女の声が鈴のように響くと、目の前の光景が変化する。ソラは、たしかに父親に抱きかかえられているが、それより離れたところでソラが見ている。今の自分は、第三者だ。まるで芝居でも見せられている気分になってくる。なんだコレ。


《本当はどうだったの?》


少女の問いに自然と口が開く。

「この後、テルは!テルは、仲の良い狩人のおじさんに抱きかかえられて、一緒に!一緒に!帰ってきた!」


《よく頑張りました。》


パリン


目の前で硝子が砕けた。砕けた先は、何も見えないくらい暗い通路だ。真横から手を引っ張られて、走らされる。

《まだ鬼ごっこは終わっていないからね。》

混乱する頭で、光る少女と共に走り続ける。クスクスと笑う声が耳を掠め、人間の頭が口を開けて落ちてくる。こんな悪夢は二度と御免だ。何で、魔術士の学校に魔獣なんて居るんだよ。おかしいだろうよ。

《夢だったら本当に良かったんだけどね。》

心の中を覗かれたのかと、ソラは唾を飲み込み、顔を見せない少女は、ただ走り続けるだけだった。どこまで走れば終わるのかが分からない。けれど、子どもの頃の記憶のように今は走らなくてはいけない。息を切らしながらも足を動かす。上から降ってくる頭は、繋いでいない左腕で薙ぎ払った。グチャッと音が聞こえたが、そちらは目に入らないように、少女だけを視界に入れる。

「に、逃げる以外の対処方法はっ!ないのか!?」

《今の貴方にはできない。魔術を使うにもスティックないでしょう。》

「ああ、そうだなっ!さっきから落ちてくる頭を鬼に投げつけるのはどうだ!?」

《そんなので倒せたら苦労しないよ。》

「そうかっ!それは残念だ!」

とりあえず逃げる以外の方法を聞いてはみたが、やれることはないと言うことか。ソラは走り慣れてきたからか、会話を続けようと思えた。彼女が現れてから何となく感じていた疑問を投げかけてみる。

「それで、リティアさんは!どうして光りながら走っているんだ?」

《私、あの子じゃないよ?この前も間違えられたけど。》

「そうなのかっ!間違えてすまない!」

じゃあ何て呼べばいい?と聞きながらも足はひたすら動かす。

《ルナ。そう呼ばれていたよ。》

「そうか、ルナさんと言うんだな!逃げ切ったら何をすればいい!?」

《リティアに伝えて。》

真っ直ぐだと思っていた通路をルナに手を引かれながら右に曲がっていくと、前方にボワァと光が見える気がする。そしてそれは、徐々にルナの放つ光よりも大きくなっていく。

「何て!」

《今度こそ私の元へたどり着いてねって。》

「よく分からないが伝えておこう!」

グイッと、女性が引っ張っているとは思えないほど力強く手を引っ張られて、ルナよりも前に放り出された。ゴロンと前転して、身体が段差に落ちた。

「イテッ…」

仰向けになったソラの目には、眩しいほどの照明の明かりが飛び込んでくる。勢いよく上体を起こして見渡すと、後方に職員室の扉や、階段がある。どうも、ソラは職員用の玄関に座り込んでいたが、一緒に走っていたルナの姿が見当たらない。飛び起きて、通路に戻ってみる。どこを見ても彼女の姿はおろか、あの落ちてくる頭も、蝙蝠の気味の悪い笑い声もなにもない。いつもと何も変わらない接続通路を歩いて帰る。本を借りることは明日でも別に大丈夫だ。本当に夢だったんじゃないかって。

《夢だったら本当に良かったんだけどね。》

あの時、聞いた言葉が頭の中でこだまする。ぼーっと、薄暗くなった噴水を眺めながら、もと来た道を進んでいき、寮の扉に辿り着いた。普段から重い扉を押し開ければ、先程までずっと探してやまなかったテルが、ロビーのソファからこちらに身体を向けて座っている。ソラの堰き止めている気持ちも知らないで、テルは茶色の紙袋抱えて陽気に手を振っている。そのテルの隣のソファにドスンと倒れると、背中をポンポンと軽く叩いてくれる。

「結構頑張ったんだね、お疲れ様!夕食時間は終わっちゃったから、残り物をおばちゃん達にお願いしておいたよ。」

「ありがとう…ありがとう、テル。」

ソラの為に夕食まで都合をつけてくれたテルにお礼を言いながら身体を起こすと、いつもと変わらないテルが、ソラに向かってニカッと笑ってくれる。

「どういたしましてー!寮室で待っているからシャワー浴びておいでよ。」

「ああ。」


ありがとう 助けてくれて。

ありがとう 生きていてくれて。


口にはしなかったが、あの頃のテルに言いたかった言葉が、今になって洪水のように溢れ出す。言葉の代わりに涙で前が見えなくなるほどに。突然むせび泣くソラを驚きながらも慌てて抱きしめてくれるテル。軽く背中を叩いてくれて、どうしたんだーと笑ってくれて。ソラは、この当たり前の日々が幸せなのかもしれないと、改めて思うことができた。


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