41,少女は食す
生憎の大雨でグラウンドは使うことができず、放課後だけではプールをするにも時間が厳しかったが、普段通り3組の教室前の通路に集まる。
「あ、もし可能でしたら、今から調合室に行きたいのです。」
どこで自習をするかを話し合い始めると、リティアがそう言って控えめに微笑んだ。その両手には可愛らしいリボンが結ばれているチェック柄の缶を抱えている。セイリンだけは、今朝の寮内で中身を見させてもらっていた。
「私は勉強できればどこでも良いし、あのハルド先生なら断らないだろうよ、可愛いリティからのお誘い。」
なっ?と、セイリン最大級の笑みでリティアに賛同する。誤解を招くようなセイリンの発言に顔を大きく横に振って応戦するリティア。
「わわっ、セイリンちゃん!違いますっ!」
「セイリン様、ご嫉妬なさってますか?」
ディオンが、セイリンの普段と異なる笑みの中にある含みを考えた結論を提示したら、
「してないぞ!大体誰にしっ」
セイリンの身体に瞬間的に力が入る。その3人を横目に見ながら、双子は調合室に向かっていく。
「置いてくぞー。」
「俺が一番乗りするっ!」
ノリノリのテルがくるんと回転して、遅れを取っている3人にVサインを向ける。
「一番乗りなら、指は2本ではなく、1本立てておけば良いのでは?」
やっと歩き出したセイリンが陽気に笑うと、
「おお!セイリンさん、あたま良いー!」
テルもニカッと笑った。そのやり取りを愛おしそうに目を細めるのはソラとディオンだ。リティアがちょこちょことソラの隣に並び、
「ソラさん、初めてお会いした頃よりも表情が柔らかくなりましたね。」
素敵なお顔をなさってますよと、微笑みかけると、ソラはポリポリと頬をかき、はにかみながら笑みを溢す。
「あ、ありがとう。…その、後でリティアさんに伝えたいことがあるんだ。」
「はい、分かりました。」
リティアのくりっとした目とソラの目がかち合うと、パッとソラが目を逸らした。その横をダダダッと接続通路を走り去るテルが通り過ぎ、それをセイリンが軽く追いかけながら叱る。更に後ろからディオンがリティアに追いつき、自然な流れで彼女の持っている缶を預かって、ディオンから手を繋ぐと、ボンと顔を真っ赤に染めていくリティア。
「…やはり別人なんだな。」
ソラは一番後ろを歩きながら、誰にも聞かれないくらいの小声でボソッと呟いた。
調合室の机の上で、リティアが可愛らしい缶の蓋を開けると、その中から更に紙に包まれている食べ物が取り出された。ハルドが、食べやすいようにと平たい皿を4枚を広げて、人数分のカップも用意していた。さらさらとお皿に出された物をセイリンとディオンは物珍しそうに覗いて、ソラとテルは懐かしい!と同時に声を上げて、その光景を見ながらハルドが目を細めながら、野草茶を淹れている。リティアの手によって、左から揚げ大豆、れんこんとかぼちゃの野菜チップス、一口サイズのカルメ焼き、小魚のフライが皿に盛られていく。
「ほー、今朝に少し見させてもらったがこうやって見ると、また違う驚きがあるな。」
皿から小魚を摘み上げて、角度を変えながら眺めるセイリン。
「こちらは全てリティアさんがお作りになさられたんですか!?」
是非レシピを教えて頂きたいですと、にこやかな顔を見せるディオン。
「俺、全部大好物だよ!美味しそう!」
口元が緩みながら目を皿のようにするテル。
「かぼちゃ美味しい…」
ポリポリと食しているソラ。
「ソラ君、勝手に食べ始めないんだよ。」
カップを生徒達の前に置いていくハルド。
「…お茶会できて嬉しく思います。」
ほわぁと桃色に頬を染めるリティア。こうして、皆がノートを開きながら、ささやかなお茶会が始まった。
「以前、カルファス様が1年生の時のノートを貸してくれたという話をしたと思うのですが、昨夜も貸してくださいまして。」
ディオンの鞄から、付箋だらけのノートが1冊取り出される。左端のディオンの手から真ん中に座るセイリンとリティアの前に開くと、基本的な魔術陣の描き方と、初級魔術陣の種類、特定の魔術陣の描き方のコツなどが記載されていた。セイリンが双子も読みやすいようにページをゆっくりとめくっていくと、
「こんなものを貸してくださるご貴族様って優しすぎないか?逆に怖くなる。」
隣のソラがそれを見ながら青ざめた。
「ソラ、気持ちは分かる。カルファス殿にどのような下心があったとしても」
「セイリン様、それは失礼かと。本当にご厚意で貸してくださっております。」
セイリンが言い終わる前に、ディオンが故意的に言葉を被せたため、冷たい視線をセイリンから受けることになる。
「…。」
リティアは口を閉ざしたまま、ノートに書かれた魔術陣におけるポイントを書き写していく。
「魚カリカリして美味しいー!ハルド先生はどれが好きなんですか?」
「そうだね。やっぱり豆かなー。」
「つまみとして?」
「あははっ、そうだね。」
勉強しているのかしていないのか、テルはあれやこれやと手を伸ばして、ハルドと楽しく食べていると、ディオンに勉強の話を振られる。
「テル君、この治癒魔術陣の書き方が反時計回りなのか分かるかい?」
「えー。俺わから」
「そういえば先週、治癒魔術の本をたくさん読まれてましたものね。是非教えて頂ければと思うのですが。」
即座に説明を断ろうとしたテルの言葉の上に、リティアの期待に弾む声が乗ってくる。チラッと見るとキラキラした眼差しが、リティアからテルに向けられていた。
「あー。」
テルはポリポリと頬を掻きながら、セイリンに指さされている該当の魔術陣の書き方を覗き込んで見る。通常は時計回りに円を描いてその中に必要なものを描き込んでいく。ノートに書かれた初級治癒魔術陣は反時計回り2周と描かれていた。それの中に入れる文字を見て1人納得する。
「これは治癒魔術や補助魔術で行うことなんだ。攻撃魔術なら自分の傍に精霊を集めて発動をさせるんだけど、治癒や補助魔術を受ける人に集めるんだ。だからこっちに精霊が集めないように反対に回す。」
全員がテルの説明を真剣に聞いている中、セイリンのみが眉をひそめていて、テルの視界に飛び込んでくる。
「えっとね、轟牙の森でハルド先生がゲンゴロウの近くにいた精霊を集めて水玉作った時に、時計回りに渦を描いたと思うんだけど、それの反対の渦を描くと精霊は向こうに行ってしまうんだけど…セイリンさん分かる?」
「…あ、ああ!ふむ、そういうことか。精霊を傍に集めた後にまた魔術陣を描くということかな?」
「そうそう、これは魔術陣を2段発動させるんだよ。」
こうやってーと、テルは空中で指をくるくると反時計回りに回した後に、ノートに載っている治癒魔術を描いていくと、セイリンの顔はどんどん険しくなる。
「に、にだん?」
「セイリンさんはこのノートの前に基礎をやったほうがいいかも。まだ授業でやってないところだし。」
セイリンは頭を抱えて、リティアに視線を送る。
「リティは、分かるか?」
リティアは静かにコクリと頷き、セイリンがバッとソラを見るとそちらも頷く。ため息をつきながらガクンとセイリンの頭が下がる。
「そ、そうなのか…テル、説明ありがとうな。」
「どういたしましてー。よく近所のおばあちゃんが魚食べると頭が良くなるって言ってたし、リティちゃんの美味しいから食べなよ!」
テルは小魚を一匹つまんで、ソラの前に腕を通してセイリンの口にあーんと小魚を差し出す。その行動に誰もが目を点にする。セイリンは、差し出された魚と笑顔を向けるテルを何度も見比べる。青ざめていくソラが慌ててテルの腕を掴み、
「バカッ!何やってるんだ!セイリンさん、申し訳ござ」
「いや、頂こう。」
ぱくん。テルの指先に柔らかい唇が軽く触れた。ディオンの口がポカンと開き、やった当人は何度も瞬きして頬を染めていった。ソラは何度も謝り、ハルドは吹き出して愉快そうに笑う。リティアはキョロキョロと表情が忙しそうな皆を不思議そうに見る。
「何だい?リティもやってもらいたいのかな?」
笑い疲れたハルドが、カルメ焼きを口に運んでいる。リティアの隣でコホンと咳き込んだディオンが、
「リティアさんがお望みとあらば。」
れんこんの野菜チップスをリティアの下唇に触れさせる。ディオンの方に顔を向けて瞬きが止まらないリティア。
「あーん…です。」
言っているディオンの頬が赤くなり、手が震えてくる。
「リティちゃん、あーんて口を開けるんだよ!」
テルの説明で自分の目の前で何が起きているか理解できたリティアの顔はゆでダコだ。意を決してぎゅっと目を瞑りながら食べたら、チップスではない物に触れた。恐る恐る目を開けると、ディオンの指を唇で咥えている。
「すみませんっ!」
バッと後ろに仰け反り、ディオンの指から離れる。
「いえ…こちらこそ申し訳ございませんでした。」
ディオンは気まずそうに、リティアから目を逸らした。




