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30,少女は目を回す

祝30話!可愛い生徒5人にはフルマラソンのハーフくらいの距離を頑張ってもらっています。水泳は、泳ぎの練習からだと、当分100mはきついかと。

 朝になった。窓からまだ柔らかい日が入ってくる。グルグル…ベッドから立ち上がったはずだったのに。視界が回ってうまく立てない。今日も練習する約束をしていたから、セイリンが朝食の為に迎えに来てくれていたのが、唯一の救い。トントンと扉を叩いた音を聞いてから、床や、壁をつたい、なんとか扉の鍵を開けて入ってきてもらう。まだ寝間着姿で地べたに座り込むリティアを見て、扉前に立って持ち手を持ったセイリンが、すぐに青ざめる。

「リティ!?どうした!体調悪いのか!?」

倒れ込むようにリティアの前にしゃがみ、リティアの額に手を当ててくる。

「は…はい。視界がぐうんぐうんってしまぅ…。」

リティアのろれつがうまく回らない。セイリンが、慌てて脇の下にガッと腕をくぐらせ、体を持ち上げて、ベッドに座らせる。

「分かった!では、ベッドで休んでいろ!今、朝食持ってこられそうなものを持ってくるから。」

体をゆっくり倒させて、リティアをベッドに寝かし、慌ただしく扉を出ていこうとするセイリンを小さな声で呼び止める。

「あ、あの」

「他に欲しい物あるか?」

リティアの呼びかけに、ぐるんと勢いよく振り返る。コクコクと首だけ動かして、机の上の鍵を指差すと、セイリンはもう一度部屋に入り、鍵を取り、再び扉に手をかける。

「ハルド先生に…お願いだからもっと走るときはゆっくり走ってくださいと、言ってほしいです。」

伝えたいことだけを伝える。セイリンには理由までは言えない。やはり、セイリンは首を傾げている。

「?」

「本人には分かると思うので。調合室の棚にあった酔い止めもほしいです…」

本当は自分で言いに行きたいけれど、動けないのも事実。どんどんセイリンの眉間にシワが寄っていく。

「??あ、ああ。では、朝食持ってきてから、調合室へ誰かを向かわせよう。」

私はここに戻ってくるからと、扉を閉めて出ていった。

「ありがとうございます…」

セイリンが鍵を外から閉めてくれたため、もう一度瞼を閉じて休んだ。


 女子寮前で、2人が出てくるのを待っていた男子達は、セイリンからの指示で、薬に関して少し分かるテルを調合室、あと2人はプールで練習することになった。

「先生、いますー?」

テルは、扉をそろーっと開けると、薬特有のほんのり甘い香りが漂っている。ハルドは紙に何かを書いている最中で、テルが調合室に入ってくると、紙を引き出しに滑り込ませてインクボトルの蓋を閉める。テルにニコニコと笑顔を向ける。その顔には、隈ができている。

「おはよー。テル君どうした?手伝ってくれるのかい?」

ハルドが書き物をしていた机の上には、粉砕された大量の栃の実が、4つの大瓶の中で油に浸かっていた。テルは興味津々に近づき、瓶の中を机の高さから覗き込み、首を振った。

「うー。残念ながら。リティちゃんから伝言を預かったのと、酔い止めの薬が欲しいんです。」

「ん?リティから?」

ハルドは、大きく瞬きして首を傾げた。テルは、セイリンから聞いた伝言を簡潔に伝える。

「走るときはゆっくり走ってって。」

「…。分かった。」

頭を抱えて項垂れたハルドを見て、更に意味が分からないテルは、眉をひそめる。

「これって、どういう意味ですか?」

「テル君、気にしなくていいよ。薬はそこの戸棚にあるよ。」

ハルドは笑いながら、必要分だけ持っていってと、戸棚を指差す。むー…とむくれながらも、お目当ての粉薬を計って薬包紙で包んだ。薬を戸棚に戻そうとして見上げたときに気がついた。この戸棚にあったはずの蒼茸の軟膏がない。

「先生、蒼茸の軟膏は?あれだけ作ったのに。」

「…作ってもらったのにごめんね。昨夜瓶ごと落としてしまったんだ。」

眉を下げながら、手を合わせて謝るハルド。テルは、開いた口が塞がらない。ハッとして首をぶんぶんと横に振った。

「じゃあ、また採取しないとじゃないですか!来週でも行きますか!?手伝いますよ!」

「ありがとう。でも、大丈夫だよ。乾燥終わっているものが家にあるから、今度持ってくる。」

また今度お願いするよと、ハルドはまた微笑む。

「それなら良いのですが…。あ、薬をありがとうございました!リティちゃんに渡してきます!」

じゃあねと、テルは上半身をひねって大きく手を振りながら教室を出ていった。ハルドは、気配がしなくなったことを確認して呟く。

「こういう…勘が良い子は怖いな…?ラド。」

「…。リティア様がいらしてなくてよかったが、迷惑をかけてしまったな。」

大瓶の隣の空間が歪むと、左腕の上腕や胴体が包帯で巻かれたラドが机の上に座っていた。ハルドが手をかざすと大口を開けている傷口が少しだけ塞がる。同じことをラドもやると、もう少しだけ塞がった。それ以上はかざしても塞がらない。ラドは諦めて、右ふくらはぎに軟膏を塗って、その上から包帯を巻いている。

「昨夜は、あいつを倒しきれなかった。今夜こそ。」

ラドは、包帯を巻き終わって机から降りたら、すぐに膝から崩れ落ちた。額から大粒の汗が滴り落ちる。そのラドを見ながら、ハルドが指をクイクイと動かすと、ラドの身体が持ち上がって、ゆっくりと椅子に座る。ハルドは、ため息をつきながら、首を横に振った。

「その身体では無理。俺も足やられているから、動けないし。今夜は休むしかない。リティがまた目を回さなきゃいいのだけど。」

「アレがのたうち回っている間は無理だろう。」

絞り出すような声で話すラドは、忌々しそうに自らの腿を拳で叩いた。歯軋りまで聞こえてくる。

「ああ、仕留め損ねたせいでこんなことになるとは。」

ハルドは、再び引き出しから報告書を取り出して、続きを書き始めた。『多頭デンキナマズの亜種』の討伐続行の意志を。


 リティアの容態ようだいが落ち着いたのは日が暮れてからだった。その間、セイリンはリティアの部屋にある珍しい本を読みながら看病していた。テルからの薬も、寮母さんが心配してリティアの部屋まで持ってきてくれたおかげで、早めに服用できた。配膳係の女性も心配してくれて、昼食は部屋でセイリンと2人で食べた。昼食が終わってからも服用する。リティアもここまで効果が出るのが遅いのはおかしいんじゃないかと思いながらも、休んでいた。それでも夕方には部屋の中を歩けるようになり、夕食は食堂にセイリンと行った。昼の配膳係の女性が、心配したのよ!と強く抱きしめてきて、倒れかけたが。

「本当に大丈夫か?ついていくぞ?」

寮の外で、リティアに目線の高さを合わせながらセイリンが心配している。少し疲労の残った顔ではあるが、それでも精一杯の笑顔を作り、お礼を言った。

「セイリンちゃん、ありがとうございます。でも、ハルド先生と2人で話がしたいのです。」

「せめて調合室の前で待つぞ。」

セイリンも食い下がる。リティアの腕を引いて、強引に寄りかからせる。肩を貸してくれるつもりらしい。彼女のたくましく鍛えられた腕を軽く掴むと、少し安心できたが、リティアは断る。

「ちょっと、声を荒らげるかもしれないので…セイリンちゃんには聞かれなくないというか…。」

「そ、そうなのか?…分かった。では、送り届けるだけはさせてくれ。帰りは先生に送ってもらってくれ。ロビーで待ってる。」

なかなか引き下がらないというか、引き下がる気のないセイリンに根負けしたのは、リティアだ。

「ありがとうございます。」

まだおぼつかない足取りではあるが、セイリンの腕に自分の腕を回せば、安定して歩くことができた。すれ違う生徒達にじろじろと見られながら。

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