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20,少女は練習がしたい

祝20話です。今はソラのキャラが薄いけれど、いつか本領発揮をしてくれるはずと思ってます。

 調合室の扉をノックすると、開いてるよーとテルの明るい声が聞こえてくる。ディオンが驚きつつも、2人の為に扉を開くと、部屋に充満していた甘い香りが顔に当たる。机に本を数冊開いたまま、両手でやっと抱えられるくらいの大きさの乳鉢を抱えて机に置くテルがいた。その隣には、ソラではなく、ハルドが平たい小瓶にヘラで青い軟膏を詰めている。

「おはようございます…。」

さささと、リティアがテルが持っていた乳鉢を置いた机に近づく。ハルドは、片手間に開いているページを指差し、テルが秤を使って材料を計り始めた。

「おはよう。朝からテル君が仕事手伝ってくれてて、助かってるよ。」

リティもありがとうね。と微笑む。

「そうなんですね、朝って何時からですか…?私達も7時前に寮を出たので、結構早いかと思うのですが。」

セイリン達も十分に早くから動いている。ただ、朝早くから教師の首根っこを押さえていたとは言えない。

「5時ー!腹減った!」

「そんな時間に先生居たんですか!?そして、テルさん、非常識ではないでしょうか?」

食い物ないー?と笑うテルと、そんな時間にハルドがいることに驚いていたディオンは、軽く仰け反ったが、少し強い口調でテルをたしなめた。

「仕事終わらなくて、ここで仮眠取ってたからね。」

「あ、あの。テルさんもハルさんもよろしければ。今朝の朝食の残り物ですが…」

乳鉢を離し、バッグから紙袋を取り出す。ぱぁと顔が明るくなったテルは、計った青い粉を机に置いてから、両手でしっかり受け取る。

「ありがとう!女神かな!?」

「リティ、ありがとうね、俺は、後でブランチにするからテル君が食べなー。」

軟膏を詰め終わったハルドが、テルの代わりに計量の続きをやる。次々と乳鉢に入れて、リティアが溢さないように丁寧にかき混ぜる。

「ありがとうございます!頂きます!」

テルは、そこらへんに置いてある適当な椅子に腰掛け、紙袋からパンを取り出したら、目を細めながら平らげる。

「育ち盛りがそんなんじゃ、足りないでしょう。私の軽食も食べなよ。ディオン。」

「承知しました。テルさん、こちらもどうぞ。」

セイリンの指示で、ディオンの腕から下げていた小籠から、ライスボール4つとチェリーが詰まった容器が出てくる。テルは、大きい口を開けてニコッと笑う。

「ありがとう!セイリンさんとディッ君!俺、今すごく幸せだよ!」

「…しあわせ?」

テルの一言が、朝食の時を想起させる。リティアからしたら、そんなことを考える暇はないくらいに目まぐるしく世界は回っていて、必死にしがみついて、そして振り落とされた。

「リティちゃん、そうだよ!友達皆から美味しいもの貰ったからね!」

そう言うとライスボールにかぶり付く。美味しい!と言いながら食べ続けた。セイリンとディオンも、微笑ましそうに食べ終わるのを待つ。

「それで、先生は何を作っているのですか?」

入ってきたときからの疑問を投げかけるディオンに、自然と手伝っていたリティアが代わりに答える。

「蒼茸軟膏と、蒼茸の粉薬だと思います。薬屋さんでも買えるところはあまり多くないかもしれません。」

蒼茸は、採取できる地域が限定されているんだよー!と最後になったチェリーを楽しそうに揺らしながら、テルも補足を入れた。

「そうだね、取りに行くのも結構大変だからね。あと、それに追加で粉砕した柴胡が混合されているよ。学校特製の傷薬で、授業中に怪我した生徒達に使うんだ。」

「そうなんですね。勉強になります。森の中とかで、薬が急遽必要になったときに作れたら、心強いですよね。」

目が爛々と輝くディオンは、前のめりで机に広がっている本を覗く。テルは、容器の蓋を閉めながら、顔を横にゆっくりと振った。

「いやー、無理だよ…。素材を乾燥させたり、粉砕したり、抽出したりするには時間かかる。」

「魔術では短縮出来ないのですか…?」

輝いていた瞳が少し物悲しくなりつつある。ディオンの犬のようにコロコロ変わる表情を知ってか知らぬかハルドは、淡々と説明した。

「魔術では、精霊の力を借りる形だから、素材から効率よく成分を抽出するとか、効果を増幅するとかかな。」

向日葵が頭を垂れるようにディオンも落ち込み、ハルドはそんな彼を振り返りながら、軽く息を吐く。

「魔法だったら、話は別なんだけどね。」

「…。」

リティアは、ハルドの言葉にガコッと持っていた乳棒を乳鉢にぶつけてしまった。その音に皆の視線が降り注ぐ。品定めされるのは慣れている、見下させるのも軽蔑されるのも慣れた。けれど、セイリンとだけは目を合わせたくないと思った。乳棒を持ったまま動けなくなった自分に気がつく。

「リティ、ごめんね。こんな重い物持たせてて。そろそろ握力なくなってきたよね。」

代わろうと、ハルドは立ち上がり、乳棒の先端部分を掴み、リティアの手を離させた。そして、

「まあ、魔法と魔術の違いを理解してこそだよ、ディオン君。魔術だったらどうすれば怪我を治癒できるのか調べてみなよ。折角学校まで来たんだ。吸収できるものは吸収すべきだ。」

何事も無かったようにハルドは、ディオンに投げかけた。この1秒もない時間に恐怖を感じていたリティアは、近くにあった椅子に力なく腰掛けた。

「ハルド先生、知識がどれだけあっても魔術の練習が出来なくては意味がないと思うのですが、どのようにお考えでしょうか!?」

先程まで、それほどの自己主張をしてこなかったセイリンが食って掛かると、乳棒を持ったままのハルドは、軽く顔を上げて彼女を横目で見た。

「セイリン君、妙に口数が少ないから、若干気が立っているのかなとは思っていたけど。さては演習室の枠が取れなかったかな?まだ1年生はスティック貸与ないけれど…」

「なくても魔術陣が書かれた本を持っていけば練習出来ます!本当におかしくないですか!国中の魔術の集大成で更には養成施設なはずなのに!」

話が違うと言わんばかりに、声を荒らげるセイリンを皆が注視する。乳鉢と乳棒から手を離したハルドは、ポリポリと頭をかき、セイリンに向き直る。

「まさか、この3年間だけで魔術を極められるとでも思ったかい?ここはある意味体験場だよ。ここを卒業してから、王国魔術士団への入団や、アカデミー兼研究施設に入学するんだよ。まあ、ここからじゃなきゃ、アカデミーにも行けないんだけど…ね?」

「しかし、他の魔術士養成学校では、スティックを使いこなせる卒業生は皆無だと聞いております!もっと」

「セイリン君、そこに座りなさい。今すぐ。」

ヒートアップするセイリンの上から、静かにけれど高圧的なトーンで言葉を被せる。

「えっ!…はい。」

ディオンが傍まで持ってきた椅子に、セイリンは渋々と腰掛ける。ハルドは着席したことを確認すると、自らも先程まで座っていた席に座り、足を組んだ。

「叱責するのは好きではない、だからその頭で理解しなさい。魔術は簡単に使える便利な力ではない。魔法だろうが魔術だろうが、使用者の身体を貪るものであることが前提だ。だから体作りのために、1年生の後期からは、男子は騎士を、女子は踊り子を招いて体育を行う。」

威勢の良かったセイリンは、空気が変わった今は一言も意見を述べようとはしなかった。隣で真剣な表情でディオンも聞いている。それは、テルもリティアも同じだ。テルが向ける眼差しはまるでソラを想起させ、リティアは若干顔色が悪く見える。

「これについていけない生徒が多数出るため、1年生は中退や退学が多い。その時期に、人を殺せるほどの威力の魔術は教えない。これは覆らない決まりだ。入学して間もない君達が本当に覚えることは魔術じゃない、その危険性と利用価値、そして歴史だ。」

中退や退学した人間がなまじ魔術を使えたら、犯罪を誘発するだろうと、周りに目を向けながら補足する。聞き終わったセイリンは、眉を下げながら項垂れる。

「そうだとしても、私は…魔術騎士になりたくて、でも、リティのようにすらすらと描くことも出来ない。少しでも…少しでも練習がしたいんです…」

じわっと涙が浮かんだセイリンは、膝に置いた指が肉に食い込むほど力を入れている。その必死の訴えに、ハルドは眉間にシワを寄せ、大きなため息をついた。


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