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19,少女は会いに行く

 ベッドの上に転がりながら、鞘に仕舞われた金剛の剣を撫でるディオンは、今日を何度も振り返る。魔術教師は、魔獣の倒し方を披露した。テルとリティアに教えてもらいながら皆で採取した。大蛇に襲われてリティアを庇った。いつの間にかベッドで寝かされていた。治療前の骨が治癒しつつあったとはどういうことなのか。

「何故、リティアさんは大蛇の接近に気が付いた?俺は気がつけなかったというのに。」

彼女があれ程緊張の糸を張ったからこそ、その違和感に触れられた。彼女が俺の目を見て訴えてきたからこそ、理由を聞かずに走った。逃げ惑っている様子はなかった。全てが分岐の木の間を迷いなく駆けていた。違和感がすぐ後ろまで迫ってきた時の彼女の言葉は、

「すみません、追いつかれてしまいました…か。」

追われていることに気がついていた。いくら森で採取をよくやっていたと言っても、音も匂いもしないソレにあれ程早くから気がつけるものか。草原で生きていた幼い頃の記憶を辿っても、その特有の匂い、様々な音を目印に接近していることを理解していた。守るしか動くことが出来なかった俺にとって、地面で伏せていた彼女が目の前に座っていたことも不思議だ。攻撃を避けるために上体を起こせるほど、冷静であったという証拠だ。自然と自分の拳に力を入れる。要は俺は、

「圧倒的に戦闘経験が足りていないということか。」

冷静な状況把握、判断が出来なければ戦いの中で生き残れない。今までセイリン様と共に鍛錬してきたはずの自分が、どこかの気弱な『令嬢』よりも劣っているということになる。恐らく倒したのは、先生だろうとは考えられるし、特殊な武器を違和感なく携帯している時点で戦い慣れていることはよく分かった。あとは、何故骨が治癒しつつあったか、テルの言い分には同意できない。でもこれに別の力が働いていたとしたら…

「精霊か…」

言葉は口の中へと消えていき、そこで眠りについた。


 昨日のことがありながら迎えた日曜日。いつもと同じ時間に起床する。セイリンと何か予定を入れることもしていなかったため、今日1日は好きに過ごせる。実家に居た頃は、必要最低限のこと以外は侍女がやっていて、『お人形』みたく扱われていた。家を追い出されてからもう一度連れ戻されるまでの期間は祖母の家で暮らしていて、2人で過ごす時間が多く、朝早くから家のこともよく手伝った。どちらであっても他人の目があることが窮屈と感じることがあり、本を読むことすらもままならない時期もあった。それでも、連れ戻させた時期は、部屋に閉じ込められていたから本をひたすら読みふけた。

「ご飯を食べたら、ハルさんにお会いして…その後は、森の魔獣の生態が詳しく載っている本を探して。」

んー!と背伸びしてから、制服に着替える。基本的に洗濯は寮母さんがやってくれるので、それほどの服は要らないと思っている。

「…あの剣、何でラド先生が持っていたのかしら?」

ふと湧いた疑問は、空へと消える。兄から、今認知されている金剛龍製の剣は、どこかの大きな教会で安置されているって聞いたことがある。頭を捻っても、そこの物ではない剣としか思えなかった。謝礼の品を渡したいと言われて、あの剣を見た時は、声も出なかったが、今更聞くほどのことでもないかと思い直し、食堂へ向かった。休みの日の朝早くの食堂は空席が目立つ。朝食時間ぎりぎり慌ててくる生徒が多いのかもしれない。配膳係の中年女性が、朝早いわねーと、ニコニコしながら朝食プレートを席まで持ってきてくれる。軽くお辞儀してから、食事を頂く。マーマレードジャムが乗った小さいテーブルロールが2つ、サニーレタスとスライスビーツ、くるみのサラダ、チーズオムレツ、りんごジャム入りヨーグルトだ。普段はパンを2つで事足りるリティアには、少し多い食事だ。残すわけにはいかず、サラダから口に運ぶ。

「わぁ!美味しそう!私、オムレツ大好きよ!おばちゃんありがとう!」

明るい声で話す女子が、こんなにガラガラの食堂で、隣に座ってきた。目でも合わせたら声をかけられるかもしれないと、反対側を少し向きながら食堂を進める。

「リティアさんだよね。話しかけるタイミングを見計らっていたんだよ。いつも姫騎士様が大切そうに守られているからね。」

「…?」

反応して振り返ってしまった。隣に座った彼女は、黄金色の瞳を持ち、漆黒の髪色で左肩に三編みした髪が垂れている。そして、服の代わりに精霊を身にまとっているように見えた。振り返ったリティアに無邪気に笑いかけると、瞬く間に精霊が居なくなり、制服姿がはっきりと視界に入る。見間違いかと思うほどに、異様な光景だった。ディオンのように精霊が1つくっついていることは珍しくない。けれど、先程の彼女は数えられる数ではなかった。

「私、シャーヌって言うの。リティアさん、今幸せ?」

「え…?」

「私は、幸せよ。こんなに美味しいものを食べる瞬間とか。考えてみてほしいの、どんなときが幸せ?今すぐ返事をくれなくて大丈夫。この学校にいる間に教えてね!」

頂きます!と元気よく食事を始めたシャーヌ。大きな口を開けて、パンを頬張り、垂れたジャムを指で掬い、口に入れる。オムレツにナイフを入れるときは、恍惚と見つめている。

「…。」

リティアは、目の前で繰り広げられている光景から目を逸らし、自分のオムレツとヨーグルトを平らげようと努めた。結果から言うと、パンを残すことになり、配膳係の人に紙袋に包んでもらって、昼食にすることにした。そんなこんなやっている時には既に、一方的に話しかけてきたシャーヌは居なくなっていた。


 ハルドに会うために、休日でも仕事をしている職員室の扉をノックして、

「1年2組リティア・サンディと申します。ハルド先生はいらっしゃいますか?」

と、名前と要件を言えば、ラドが扉を開けてくれた。

「おはようございます、リティア君。ハルド先生でしたら、調合室におられるかと思いますよ。」

昨日のラド先生の口調が嘘のようだ。体育の授業時と変わらない柔らかい口調で話している。

「あ、ありがとうございました!」

ペコリと頭を下げる。聞き慣れている大きな声が職員室内に響き、仕事をしている教師が、注目する先には、

「では、いつならば個人演習室を貸して頂けるのですか!去年から既に他学年が予約しているのであれば、我々1年生はどうすればよいのですか!予約表はあるんですよね?出してください!」

セイリンが仁王立ちして、椅子に腰掛けたままの男性教師に迫っていた。その隣にはいつものごとくディオンがにこやかに立っている。

「ああ、1時間以上前からセイリン君が演習担当の教師に真っ向から戦いを挑んでいるんだよ。個人練習したい生徒は多いのに、上級貴族の特定の生徒にしか貸出してないとのことで、まあ今後…。」

「もしかして…」

すかさずシィーと口元に人差し指を当てられた。癒着はどこにでもあるのかと飲み込む。声を小さくしながら謝ると、セイリンがこちらへ向かってきた。

「リティ!!おはよう!」

セイリンの表情は清々しいものではなかった。それでも決着はついたのか、縮こまった男性教師がぼたぼたと汗を流す。半歩後ろからディオンさんも頭を下げた。

「おはようございます、リティアさん。」

「おはようございます…あ、ではもう行きますので、失礼いたします。」

2人には挨拶を軽く返し、ラドに一礼して、扉から離れる。

「何処に?」

2人も一緒に出てきた。質問してきたセイリンは、リティアの用事を知らないが、ついてくるつもりでいるようだった。リティアの横に並び、顔を覗いてくる。

「調合室にいるハルド先生に会いに。」

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