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18,教師は明かす

 ディオン以外の生徒は、すでに説明があったのだろう。あのテルでさえ、落ち着きを払っていた。布を巻いた棒状の物を小脇に抱えるラドは、ハルドの隣に割り込み、その隣りにいたソラは身体が当たらないようテル側へ避ける。

「友人思いで勇敢な君に。」

そう言うとラドは、包んでいた布を外し、ディオンに見えるよう顔の前まで持ち上げる。

「ファルシオンですか…?」

緩やかに湾曲する広い剣身が特徴の剣だ。元々は叩き割ることが可能であるため、重量がかなりある。夕陽が刃に反射すると、鱗のようなもようが浮かび上がる。

「この剣は、古代魔獣金剛龍の鱗から鍛えられたもので、この国で所有しているのは限られた者達だけだ。これは今から君のものとなる。」

「え!?そんな悪いですよ!そんな大層なもの!」

目の前にそんな国宝級の剣が掲げられていることに血の気が引く。普通に生きていれば、まず見ることのないような代物だ。

「我らが友の大切な妹を身を挺して守ってくれてありがとう。君がいなければ、今頃彼女は…と思うと肝が冷える。」

「ディオン君、本当にありがとう。勝てない相手でも立ち向かってくれたから、リティも今がある。」

ラド、ハルドと続けざまに礼を言われる。それでもっと断ると、リティアが深く頭を下げた。

「どうか受け取って欲しいのです。ディオンさんのおかげで助かりました。ありがとうございました。」

「受け取りなさい、ディオン。これは貴方の功績なのだから。リティもディオンも本当に生きていて私は嬉しいよ。」

セイリンは、隣のリティアをぬいぐるみを抱きしめるみたいに抱き締めた。突然のことにリティアの目は大きく開いたまま瞬きもせず固まっている。

「セイリン君、リティア君を離しなさい。困っているではないか。」

「!申し訳ございません。リティ、嫌だったか…?」

ギューッと徐々に力を込めて抱き締めていたセイリンは、ラドに指摘され、すぐに開放して顔を覗く。フルフルとゆっくり横に顔を振るが少し距離を取るリティアを目の当たりにして、頭の中で鐘が鳴った。

「では、ありがたく頂戴いたします。動けるようになり次第、これまで以上に鍛錬に励みます。」

ベッドの上からディオンは、動きが制約されている身体を限界まで動かし、頭を下げた。顔を上げると、ラドとハルドが同時に全く同じ角度まで頭を下げる。セイリンの目が一瞬開かれ、すぐに普段を装う。リティアの頭は、2人の動きに少し遅れて下がった。終始、ソラとテルは静かに見ているだけだ。2人の礼が終わると、まずラドはベッドの外側を回り、セイリンに布に戻した剣を預ける。ハルドは、リティアを手招きして彼女が十分に近づいたら何かを耳打ちする。真剣そうにコクコクと小さく何度も頷く。リティアの耳元から顔が離れると、ニコニコと笑顔を浮かべるハルドが視界に入った。それに比べて、リティアは顔面に力が入り、口角がへの字に下がっている。恐る恐る彼女の白い手が伸びてきて、

「ディ、ディオンさん、失礼します…」

女性特有の柔らかい指を持つ両手で手を握られた。これは一体何が起きているんだ…?

「ごめんなさい…!」

リティアは、すぐに手が熱くなってバッと慌てて離す。それを見ていたラドは、額に手を当てため息をついた。

「あー…リティア君、10秒は数えなさい。ハルド、しっかり教えてあげなきゃ駄目だろう。」

「あはは、それはリティが感覚で覚えることだと思うんだよね。ディオン君も何とは聞かず、暫く付き合ってあげてほしいんだ。」

アルバイト代は後日渡すねーと手を振り、ハルドは軽い足取りで出ていく。

「リティア君に聞いても何をしているのかは分からないと思うが。では、失礼する。」

ラドもまた部屋を後にした。扉が閉まった途端、真っ赤になったままのリティアは空っぽな手を顔に押し当て、しゃがみ込んだ。


 教師達は、夕暮れ時の薄暗い調合室に珈琲の香りを充満させる。カップを揺らしながら、ハルドはテノールの声を潜めていた。

「ラド、生徒達は驚いていたと思うよ。どこ行った爽やかな体育教師は。」

「それはそのままお前に返そう。人見知り調合士の設定はどうした?」

ラドは目も向けない。足を組みながら、沈みゆく太陽の明かりで報告書をサラサラと記載していく。

「ああ、それは一昨年の就任して数分で消えた。無理過ぎだよ。ラドは普段しっかり騙せているだろ。」

今の性格だってやりづらいのだからと自嘲混じりに笑って、カップに口をつけては一定のリズムで揺らす。

「人聞きが悪い。礼は人となりが出る。真剣に向き合うつもりだった。ハルが単騎で挑まなければ、リティア様は怖い思いをすることはなかっただろうに。ほら。」

書きかけの報告書をハルドの前にある机に置き、ハルドが揺らしていたカップを取り上げて一口だけ飲む。ハルドはペンを持ち、悩むことなく、流れ作業で報告箇所を埋めていく。

「ディオン君には感謝だね。さて、どこの家から謝礼状を贈るべきか。最悪の場合、リルに地獄送りにされたかも。」

出来上がった報告書を手慣れた手つきで、その紙より大きい封筒に差し込んで、引き出しから便箋を取り出し、ひらひらと紙を振る。

「隊長の妹君がお怪我なさったら可能性はあると思うが。しかし、下手するとリティア様の一族が公になるから、お前が教師としてだな。」

「だなー。ああ、それと。リティの魔法特性について分かったから、リルに教えようと考えているけど、これがまた珍しくて。」

宛先はルーシェ家で書き始めた。滑らせるようにペンを動かし、表情を変えることなく、定型文を書き込んでいく。

「珍しい…?」

「聖女ルナ様のような、精霊の流れを読み、精霊が自ずと手助けする魔法。これについてはまだ憶測の域を出ないけど、遠からずではないかな…」

書きながらも、言葉は続ける。ラドは、話を聞きながら一度瞼を閉じて思案するように俯いたが、数秒で目を開ける。

「ならば、寧ろ報告しない方が彼女の平穏のためだろうな。」

「稀有な存在と知らないほうが幸せか、その考え方は嫌いじゃない。でもまあ、ルーナ教の鳥籠に詰められても可哀想だけど。」

信者であるはずのハルドが、聖女としてリティアを迎えることに積極的ではなかった。ラドはもう一口味わって珈琲が冷めたことを確認してから、手持ち無沙汰になっていたハルドの手に返しながら、ため息をつく。

「お前が言うか。」

「仕方ないだろう?ルナ様は、ここに君臨さなっているのだから。」

トントンと机を指で叩き、星空が降りつつある中庭に視線を流した。


 最終下校時間になる頃には、ディオンの身体は自由になった。治療専門の魔術教師ゴーフルは、骨が繋がっているかを老いた手で触れながら最終確認をして、医務室から送り出す。医務室の外には、4人共が立っていた。セイリンは、ディオンが持つべき剣を手渡す。先程は、持てなかったので重量感は分からなかったが、実際に持ってみたら、結構ズシッとくる。これで素振りすることは少し危険かと思いながらも好奇心には抗えず、距離を取って振り上げようとすると、セイリンの制止の手が上がる。

「背骨はまだ完治ではないようだ。ラド先生から1週間は安静にするよう言われている。」

とっとと歩き出せと、肩を軽く押されながら、階段を降りる。

「ゴーフル先生はもう大丈夫だと仰っておりましたが…」

「日常生活を送ることと、それを振り上げることは異なるということだ。残念だが、当分お預けだ。」

納得したディオンは、渋々と小脇に抱える。完治するまでは、他の筋肉を鍛えなければ。と密かに考えつつ。

「ああ、その!早く良くなりますようにと祈らせてください。」

ディオンのゴツゴツしている手を両手で控えめに包み込む。1,2,3…と小声で数えている姿が何とも。セイリンは微笑ましそうに見ているが、2回目を見せられたソラは呆れ返っている。テルはというと、

「じゃあ、俺も!」

勢いよくリティアの両手をガシッと包む。ニィと白い歯をこぼせば、頬を染めているリティアも釣られて微笑む。このやり取りを見ているだけならば、まるで妹と弟のようだ。

「微笑ましいかい?これって念を送るっていうまじないだよー。」

「わざわざ、そういう眉唾ものを公言する?」

セイリンは、テルの耳たぶをグリッと引っ張る。顔を少し歪ませながらも、

「いやー、多分普通の人なら何の効力もなくても、魔術士の卵なら力になるんじゃない?治癒前のゴーフル先生も驚いていただろ?」

皆を見渡して一呼吸おいてから話を続けた。

「背骨は確実に折れているはずだが、見るからに『繋がっている』って。」

それを聞いたディオンは、ゴクリと喉を鳴らす。この話を知らなかったのだ。折れた骨がくっついて回復するなんて、普通の状態ではあり得ない。

「これってさ、奇跡じゃないんじゃないかな?」

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