竜神10
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――竜神10――
エルドレッド王国を南北に走る大河シュトラード。
古くから南北の交易に使用されてきたが近年はニャゲーティアの水運事業の拡大で多くの船が河を行き来している。
ガングにある大きな湖は河の水量の調整に役立ちその流れは安定している。
河には6本の橋がかかっている、鉱山町ガング、工業都市ジャマル、港町リバティのマリエンタール側、同じくリバティのクロアーン側、そしてクロアーン国内に2箇所。
橋は船の運行を妨げないように両岸が高い場所に作られている。
5本は木造橋であるがリバティのマリエンタール側のノースリバティ橋は近年掛け替えられ幅が20メートル以上有る鉄橋となっており物流の大動脈となっている。
ジャマルの製鉄業の初期の段階では鉄の輸出が思うに任せず鉄を多く使用する鉄橋の建設をニャゲーティアとの共同で行ったのである。
これにより東西の交易が広がりそれに伴ってリバティの荷物の取引量は飛躍的に増えたのである。
それを苦々しい思いで見ていたのは他ならぬエルドレッドである。
港の整備が遅れ殆どの貨物がリバティ経由で行われている。
今そのノースリバティ橋を挟んでエルドレッド軍とニャゲーティア軍が対峙している。
2つの国を繋ぐ橋は既に通行が禁じられ物流の大動脈は停止していた今使用できるのはクロアーン側のサウスリバティだけである。
両軍とも自軍の陣地を固め橋を挟んでの戦争の準備は着々と進んでいる。
エルドレッド軍は5000名以上の人間を集め一方ニャゲーティアは3000人程度である。
戦争は軍人だけが行うのではなく陣地の設営や食料の運搬など後方支援の厚さが重要である。
人員をドゥングとマリエンタールから供出出来るエルドレッドはその点で有利であった。
もっともドゥングでは領主であるリリト不在のため長老会による独断決定であり、マリエンタールもエルドレッドの圧力で渋々供出しているのである。
したがって両国とも人夫としての供出のみで戦闘員は出してはいない。
そう考えれば戦闘を行える人員は両国とも2000人位でありさほどの戦力差は無い。
しかしエルドレッド側の兵士の半数は獅子族であり、軍としての火力はエルドレッド側の方が圧倒的に大きかった。
しかし物流を河で行えるニャゲーティアは陣地の設営に有利であり水運を押さえられているエルドレッドは陸運での補給であり不利は免れなかった。
今そのノースリバティの橋の真ん中に机が並べられ日よけのテントが設営されている。
各国の巫女達の努力によって和平会談が執り行われる手配になっていた。
ニャゲーティア領主の説得も成功した様で自軍の陣地に待機していた。
クロアーン領主も船でリバティに到着しておりマリエンタール領主はラングがエルドレッド側の陣地で待機していた。
しかし肝心のドゥング領主は到着しておらず秘書のクリーネと巫女のドロールが待機していた。
「どうしたのだ?ドゥングの領主殿は嫌に遅いではないか。」
ガジス・ゲルハルト・ガウアー エルドレッド領主はドロールに問いただす。
その後ろには巫女のメランダ、将軍と何故かレランドが控えている。その更に後ろには神官のヴァトーの顔も見える。
「大丈夫でございますよ、いい女は遅れて到着するものでございますから。」
シレッと答えるクリーネ、会談の予定は既に無線と早馬で伝えてある。
今頃は竜のエルガラと共にこちらに向かっている筈である。
リリトにはせいぜい派手な登場をしてくださいと伝えてある。
正装は用意しておきましたが…着替えはどこでいたしましょう?女の子ですし…等と考える有能な秘書である。
会談の時間になると橋の袂に控えていた軍が橋から100メートル程下がる、これで会談の場所から300メートル以内には誰も立ち入れなくなる、安全上の配慮である。
会談における出席者は各国の領主と巫女であるがその後方に事務官数名と護衛の兵士1名の同行が認められていた。
出席者は全員武装をチェックされていたが、護衛のみは刀による武装を認められていた。
着席するのは巫女と領主のみ、護衛は領主の背後に立ちそれ以外の人間は後方で立ったまま待機である。
時間になるとガウアーが巫女を連れてテーブルの所までやってくる。その後ろからは数名の人間がついてくる。
「エルドレッド国王、ガジス・ゲルハルト・ガウアー殿、並びにメランダ殿」
名前が告げられ着席すると将軍のメサジェ・ベンセンが護衛としてが国王の後ろに立つ。
「ニャゲーティア領主ブードアニ・マテュー・フレデリク殿、並びにセレン殿」
同じ様に二人が着席し領主の背後に護衛の人間が立つ。
セレンはエルドレッドの後ろに立っているヴィトーを見るとニコリと笑う。それを見たヴィトーはいきなり顔色が変わる。
「クロアーン領主アニック・クリスタン殿、並びにデュフェル殿」
クロアーン領主は背後に護衛を立たせていない、危機管理がなっていないのか肝が座っているのか?国民がいれば自分はいなくとも国は成り立つとか言ってた。
「マリエンタール領主ラング・ソルティ・アウグスト殿並びにヴィエルニ殿」
マリエンタールには社が無いので巫女はいないその代わりにヴィエルニが座りラングの後ろには護衛の人間が立つ。
「ドゥング領主リリト殿、並びにドロール殿。」
「現領主リリト様は現在こちらに向かっている途中であります、それ故先に会談をお進めください」
クリーネが立ったまま発言する、リリトの席は空席のままガウルがその背後に立つ。
流石に正式の場所であるガウルも国の方で用意した正装に剣をぶら下げており、サビーヌはその後ろの方で待機している。
まずクロアーン領主のクリスタンが口を開く。
「今回はエルドレッド及びニャゲーティア両領地の紛争に関しまして社の巫女様達のご胆力によりこの和平会議が開かれることになりました事に感謝いたします。我がクロアーンはこれまでも各領土に関しましては完全中立の立場を貫いてまいりました。そこで今回の会談に関しましては私が司会を仰せつかりましたが、各領主様はそれでご異議は御座いませんか?」
この提案は了承されクロアーンが司会を務める事となった。
まあ大体は文官による事前の根回しでこのような事は取り決められるものである。
元よりエルドレッド側としてはこの和平会議をぶち壊した上でニャゲーティアに侵攻するつもりなので最初から強気に出る。
ニャゲーティアとしても正面からの武力衝突ででは勝ち目が無い事はわかっており最後は領内に引き入れた上でのゲリラ戦を目論んでいた。
したがって双方ともに譲る気もなく非難の応酬から始まった。
「貴国が大型魔獣を飼育し我が国周辺に放っていたことは既に報告が入っている」
エルドレッド国王が大声でニャゲーティア領主に迫る。
「その様な施設はございません、そもそも竜に逃げられた事を1年以上もごまかして税を徴収していたのはどなたでしたかニャン?」
「貴様のやっていることは犯罪でしか無い、やっていないと言うなら直ちに検証可能な状態での査察を受け入れろ」
「それは貴国の軍隊が我が国の国内で調査を行うということですか?それは侵攻ということですよ。我が国は独立自治区でありその申し入れは断固拒否をいたしますニャン。それより竜の失踪の原因の調査を要求いたしたいのですが国王は受け入れられますかニャン?」
「何だ?卿のその馬鹿にしたような物言いは?」
「ニャンでございますかニャ?この正式な会談の折りその様な不規則な発言は?」
「子供じゃ有るまいしいちいち語尾にニャンをつけるか?」
「おや?これは失礼ニャン、これは代々ニャゲーティア領主家に伝わる正式な作法でございますぞ、国王ともあられます方がこの程度の宮廷作法をご存知無いのですかニャン?」
「よくそんなふざけた宮廷作法を何十年も続けて来たものじゃニャ」
言ってから慌てて口を押さえるガウアー国王である。
「おや?噛まれましたかニャン」
フレデリク領主はニイッと笑う。
お互いがお互いを非難しあい最終的な落としどころを探るのがこういった会議の常套手段では有る。
しかしエルドレッド側としては元より話し合いをするつもりもなくどの段階で打ち切るかだけを考えていた。
にもかかわらずニャゲーティア領主の挑発にやすやすと乗るのだから結構な単細胞である。
あ~あ、リリトやつまだ来ないのかな?話が進展せんではないか。といささか退屈しているガウルである。
「まあまあお二人共落ち着いて下さい、どうやら我が国の新造船が到着いたしました様でございますから、積んできたワインなどいかがですか?」
上流の方から大きな外輪船がやってきてマリエンタール側に接舷する。ガウルがリリトと共に湖で見た試験航行を行っていたあの外輪船である。
「ほう、これはこれはアウグスト卿立派な船をお作りになったものですな。」
ガウアー国王はやってきた船を見て嬉しそうに言う。
船は2階建てで屋上があり多数の兵士を乗せていた、兵士は短い槍の様な物を袋に入れて肩に担いでいる。
「アウグストめ兵を送って来ないと思ったらこんな演出を考えていたのか、この船を使えば派兵がずいぶん迅速になる」
小舟を使って運ぶより一度に大量の人間を送り込める機動力が大きくなるのだ。
ガジスはこの船の運用方法を考えて内心小躍りしていた
桟橋に着くとすぐに執事らしい男とメイドらしい女が船から降りて荷物をこちらに運んでくる。
橋に上がってきた執事は兵士達が運んできた簡易のテーブルを開くと荷物を開けてテーブルの上に広げ始める。
「我が国で作られたワインで御座います、皆様どうぞご賞味下さい。」
グラスを並べ次々とワインを注いで行くと各自がそれぞれグラスを手にする。
「おお、これはなかなかいいワインではないか?」
ワインを口に含んだガウアー国王が嬉しそうに笑う。
ニャゲーティアのフレデリク領主は苦々しそうな顔をする。
ワインを楽しんでいる間に乗せてきた兵士たちは船を降りてエルドレッド軍の横に並ぶ。
全部で100人程だがこれだけの兵士を一度に運べるのであればこの船もかなり有効だとも言える。
「あの船は貴国が復元に成功したという蒸気機関を使っているのか?」
「はい、我が国の溶鉱炉による鉄の生産が可能にいたしました」
ラングがへりくだって答える。
「まあ、木造船では我が国の兵士のヘル・ファイアに当たればひとたまりも無いだろうが」
「あれは軍船ではありません。輸送と観光の為の船です。」
船の屋上には何やらカバーを掛けた物が置いてあり、数人の兵士と一緒にブラザル・サブリが手を振っていた。
「せっかくの鉄鋼生産国だ、船そのものを鉄で作れば立派な軍船になるぞ」
「いやいや、我が国は平和主義を貫いておりますゆえ」
にこやかに返すラング、いつものことながらしたたかである。
少しゆとりを持つことの出来た後に会議は再開された。
しかしエルドレッド、ニャゲーティアの双方の応酬は変わらず平行線をたどり、双方が査察を主張しそれに変わる第3案を見出すことが出来なかった。
ガウルはすっかり退屈して空の方ばかり見上げている、この二人では解決の緒など見いだせる訳もなかったのである。
やがてヴァトーがガウアー国王の所にやってきて耳打ちをする。
それを受けた国王がうなずく。
「ああら、ヴァトーさん国王様に進言だなんてあなたもずいぶん偉くなったものね~」
それまで沈黙を守ってきたニャゲーティアの巫女のセレンが口を開いた。
「な、なんですか?セレンさん。あなたにその様な事を言われる覚えはありませんぞ」
狼狽してヴァトーが言い返す。
「あなたが社に拾われて来た頃はまだこんなにちっちゃくて素直なかわいい子だったのにね~」
「い、一体何年前の事をおっしゃっておられるのですか?」
「それがいつの間にか社の宮司になったと思ったら急速に力を付けて私を放り出したのよね~。竜神様の利権を手に入れる為に国王様に取り入って…」
ギロリとヴァトーを睨むガジス。
「ね、根も葉も無い!いい加減な事を言うのはやめて下さい。」
「別にあなたのこと恨んでいる訳じゃないのよ、ニャゲーティアじゃ領主様がようやく支援を下さる事になったし周囲の温かい人たちのおかげで孤児院の子供たちを育てられて私は今は幸せなんだから~」
ガジスに向かってニカッと笑うブードアニ、会談前に孤児院への支援の増額を決めたばかりである。
「そ、それは良うございましたね、今はそんな事を語り合う場所ではございませんから」
必死で抗弁するヴァトー。
「いいえねえ、あなたが竜神の利権のかなりの部分を着服して国王様に取り入った事は有名でしてね~、私のお友達がその調査をしてくださったのよ~」
セレネは紙束を取り出してフレデリク領主に渡す。
同じ様にエルドレッドの巫女メランダもガウアー領主に紙束を渡す。
「あなたの周囲にはお友達を集めていたんでしょうけど~、あなたを嫌う人も結構いたみたいね~」
年に似合わない張りの有る声でヴァトーを睨むセレネ。
そう言われたヴィトーは真っ青になっていた。
国王と領主はその紙を眺めていたが、紙を置くとヴィトーに下がるように手で合図を送る。
すごすごと下がるヴィトー宮司長、どうやらメランダにも嫌われていたらしい。
「さて、身内の事でゴタゴタした事は申し訳が無い、しかし我が国としてニャゲーティアの行った事実に関しては譲るつもりは……」
その時誰かが上空を指差す、その視線の先を他の人々も追って見上げる。
上空を悠然と飛行してくるドラゴンの姿が見えた。
「やれやれさんざん待たせおってやっと来おったか、そのうち男に振られるぞ」
ボソッとつぶやくガウル。
ドラゴンはゆっくりと橋の上に降りてくると風が舞い上がり女性はスカートを押さえる。
「おお、これは竜神様良くお帰りで、お待ちしておりましたぞ」
ガウアーが立ち上がって竜神を迎える。
「わっはっは、待たせたな。良い女は最後に登場するものなのだ」
リリトはエルガラの頭の上に片足を掛けて豪快に見栄を切る。
「あのバカ」ガウルは頭が痛くなった。




