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竜神9

1-062

 

――竜神9――

 

 リリトがクロアーンに飛び去った後、ガウルはサビーヌの馬車にセレンを乗せてニャンガまで送っていく事になった。

 セレンは出発前にモニクと言う娘を巫女の後継者としてみんなに紹介をしたのである。

 その事にガウルは強い印象を受ける。

 

 今回の会議が場合によっては自らの命を懸ける事になるかもしれないと言う予感が有ったのかもしれない。

 それ故の行動であればこの巫女も只者では無いとガウルは思った。

 確かにこの巫女は戦士並みの胆力が見える、クローネの様な残念兎とは違う本物の胆力である。

 

「ニャゲーティア領主との面識はおありなのか?」

「はい、遷都の前はブードアニ様も良く社に遊びに来ていたものでした。大きな学校もありましたしエレーヌも今よりはずっと賑やかでしたから」

 

 セレンによると彼女はエルドレッドの正巫女であったらしい、竜神ヴェルガとも非常に仲が良かったらしいが当時の宮司であったヴァトーの姦計によってニャゲーティアに追放された様だ。

 ヴァトーはその追放の責任を当時の宮司長に押し付け新しい巫女を擁立して自らが宮司長の地位についたそうだ。

 その当時の巫女もまた結婚して引退したので現在の巫女はその2代目らしい。

 

 竜神ヴェルガにも相当嘘を吹き込んだらしいく一時セレンとは非常に疎遠にさせられたと言っていた。

 ヴァトーは追放したセレンに対しては布施の金額を絞り経済的に疲弊するようにした。

 彼女はエルドレッドにおいても孤児院活動や教育活動に熱心でそれはニャゲーティアにおいても変わっていない。

 最初の内はニャゲーティアも彼女に対して支援を行ってくれていた、その為かなり頻繁にフレデリク家を訪れ現領主のブートニアとの親交もあったようだ。

 

 しかし遷都をきっかけにその親交も経たれる事になる。

 

 エレーヌはさびれてゆき街としての活気は失われる、しかし孤児となる者は経済的疲弊と共に増える傾向にあった。

 その頃竜神ヴェルガと再会したそうである。

 彼女は変わらずヴェルガを愛しヴェルガもまた再会を喜こんでくれたようで、孤児院を経営する彼女の為に大型魔獣を狩ってきてくれるようになった。

 

「それも一年前まででした。彼は人間と共に過ごす事の悲しみに耐えられなくなったのかもしれません」

「セレン様、今の巫女のメランダ様はエルドレッドの社の状態を憂いておられましたしセレン様の事もご存知でした。必ずお力になっていただけると思います。」

「サビーヌさんあなたはとても聡明な方なのですね、竜神様もきっとあなたの事を好きになってくださると思いますよ。」

 セレンは嬉しそうにサビーヌの頭を撫でる。

 

 しかし問題は有る、そもそもブードアニがセレンとの面会を受け入れるであろうか?

 敵国エルドレッドから派遣された巫女なのである、疑ってかかるのが当然であろう。

 そう思いながらも領主邸に到着すが、その心配は杞憂に終わる事となった。

 

「エレーヌの社の巫女セレンと申します。ブードアニ・マテュー・フレデリク ニャゲーティア領主様にお目通りを願いたく存じます」

 なんの予定も伝えずにいきなりの訪問である、門前払いされるかと思いきやすんなりと面会がかなった。

 なんやかんや言って巫女の権威はそれなりに高いようである。

 

「ワシはここで失礼いたします」

 ガウルはこれからサビーヌをドゥングに届けなくてはならないのだ。

 

「そうですね、獅子族のあなたが私と一緒にいるのはあまり良い状況では有りませんものね」

 今は戦時下で有る、獅子族はエルドレッドの間者である可能性が高いと見られても仕方がないのである。

 そんな人間が巫女の護衛として同行するのは如何にもまずいであろう。

 ガウルはそのままサビーヌを乗せた馬車と共にジャマルへ向かう。

 

   ◆

 

 ガウルはニャゲーティアの巫女セレンをニャンガに送った後にジャマルで一泊してドゥングに向かう事にしていた。

 ラングに会う為である。

 幸いラングはキャニスからこちらに戻ってきておりガウルも面会する機会を得た。

 

「今回の騒動でガウル殿にはずいぶんご胆力なされた様ですね」

 ラングもヴィエルニから今の状況を聞いて十分に承知していたようだ。

 サビーヌは旅の疲れが出ていたので先に休ませておいた、今はラングとガウルの二人きりである。

 

「ワシではない、あの巫女のサビーヌの努力によるものだ。ワシはただの護衛に過ぎんからな、それよりニャゲーティアでリリト殿に会う事が出来たが亭主ではない竜を連れて来ておった」

「おお、ではリリト様はその竜と婚姻を結ばれるのですか?」

「いや、その竜には別の嫁の予定が有るそうだ。この騒動が終わればリリトは亭主を探しに行くつもりらしい」

 

 ガウルの言葉に一瞬期待を膨らませたラングではあったがその後の言葉に失望の色を隠せなかった。

「左様で御座いますか、竜神様がお戻りになればすべてが丸く収まると思いましたのですが」

「その考えその物が竜神を失踪させた原因であると気付くべきであったな」

 

 ガウルは懐から拳銃を出しラングの前に置く。

 

「お主の国で作られた物であろう、お主はこれをどうするつもりだったのだ?」

 見せられた拳銃を前にラングは言葉を失っていた。

 

「い、いつの間にこんな物を?」

「リリトが持ってきた。あの娘はこの武器の事を十分に理解していたぞ、旧世代の武器だからな」

 わかっていながらラングもまた竜を侮っていたのだ。

 

「国同士の戦争はワシには関係のない事だ、領主同士は好きに殺し合えばよい。だがリリトはそうは考えていないようだ」

「リリト殿はどのようにおっしゃられておいでなのですか?」

「竜は不死身の生き物だ、その孤独故に人の死には敏感なのだ。友人が戦争で死ぬことには耐えられないのだ、ヴィエルニやサビーヌが戦争で死ねばリリトは泣くぞ」

 

「………………………………」

 リリトが泣く?竜神が人の死に対して涙を流すと言うのか?

 

 竜とは不可侵の肉体を持つ力の象徴である筈だった。それ故に人の運命など路傍の石としかか考えない超然とした生き方をする者だと思っていた。

 しかしリリト様はやたら愛らしい。確かにあの竜であれば泣くかもしれないとラングは思った。

 にへらっとラングの口元が緩んでしまう。

 

「お主、今考えが少し斜めにずれなかったか?」

「は?……な、何のことでしょうか?」

 

 図星を突かれて狼狽するラングである。

 

「まあいい…お主がこの様な武器を作ったと言う事はエルドレッドとの戦争を考えての事だろう。だがお主が為すべきことはそんな事なのか?」

「我が国は今エルドレッドの属国になるか独立を保つかの岐路に立たされています。そうした中で武力が無ければ自らの行く末すら決められはしません」

 領土を守る事が領主に与えられた最大限の責務である、領地を守れない領主にその存在価値は無いのだ。

 

「武力が無ければ交渉が出来ないなどと言うのは領主が自らの無能を認めた様な物だ。重要なのは国を導くビジョンだ。それが無ければ交渉の方向性すら示せんではないか」

 ガウルがラングの言葉を一蹴の元に切り捨てる。

 

「理想論はそうですが現実には武力こそが国を守ります」

「国とはなんだ?領主か?国民か?領主が殺されても国民は生き残るぞ。国民にとってどちらの領主の方が自分達に取って良いか?そんな選択にしか過ぎん。領主の為に殺された国民は領主を憎むぞ」

 武力とは兵士の事であり兵士とは国民の事なのである、領土を守る為に国民にいくさをさせる事が領主の取るべき最適な道なのかとガウルは問うていたのだ。

 

「領主は領地有っての領主です。国民の繁栄こそが領主の存在価値なのです」

 かすれるような声でラングは答えた。

 

 建前で有る、本当は領主が自らの安泰の為に国民を兵士として戦いを行わせるのである。

 それを理解しない領主がいるとでも思っているのか?

 家の為、子々孫々の為に国民に犠牲となってもらう、さもなければ自らの命を差し出さねばならないのも領主である。

 

「領土、国民の為と言う大義の元に国民を死地に赴かせることのどこに大義が有るのか?」

 

 真正面から問い詰められたラングは言葉を失う。

 わかり切った事である、出来ればオベールにもそんな事を言わせたくはない。

 しかしそれを言って恥じぬのが領主であり支配者なのだ。

 やはり自分は領主には向いていないとラングは思う。

 

「そうであれば如何に戦争を回避すべきかを考えるのが領主の仕事であろう。武力で戦争は回避できん、お主も自分の妻と子供を戦争で失いたくは無かろう」

 ラングを見つめるガウルの瞳は深い悲しみに満ちていた。

 

「ガウル殿……あなたは……?」

 

 その晩ラングとガウルは今回の和平会議について長い時間をかけて語り合った。

 

   ◆

 

 クロアーンの領主との会談を終えたリリト達はマーリン村の巣に戻って来ていた。

 どうせ和平会議の開催が決まるのにしばらく時間がかかると踏んでいるのだ。

 

 決まるまで竜はその場にいないほうが良いのだ。

 

 何か頼る術があればそれを利用しようとする輩が現れることは明白だからである。

 マーリン村にも通信機は有る、馬を使えば2日程かかる場所では有るがサビーヌに言って通信機で通信を送るようにしてもらった。

 

 巣に帰る途中で大型魔獣を一頭狩って帰る、今日の夕食である。

 帰ると鳥居に魔獣を吊るして解体をしてもらう。

 

「石か何かで台を作ってもらったほうが作業がしやすいかもしれないな。」

 解体した肉を古い皮の上に並べて行くのを見てリリトは思った。

 

 床に石が貼れるのはまだまだ先のことである。

 檀家が増え社の収入が安定するまではしばらく時間がかかるだろう。

 とりあえず大きめの一枚岩を持ってきて鳥居の横に置くことにした。

 

 相当な重量にもかかわらずエルガラは軽々とそれを持って飛んでくる。

 魔獣細胞のエネルギーは恐ろしいものが有る。

 解体した肉を岩のオーブンに突っ込んで焼いて食べる。

 クロアーンのお土産に塩をもらってきたので一層肉が美味しくなる。

 

「社に余裕が出来たらソースを作ってもらおう。」

 竜の文化生活は徐々に進んでいく。

 

 残飯を捨てなくったので周囲の獣に餌が行かなくなってしまった。

 その連中が食い残しを狙って壊した巣の壁の隙間から顔を出すようになってきた。

 仕方がないのでブレスを吹き付ける、ハエハエカカカ、キ○チョールの感覚である。

 

「だいぶ住みやすくなってきたね~、お嫁さん来てくれるかな~?」

「まあ気長に待つことだ、予定では年50人づつ21年間かけて送り出されるらしい、ちなみに私は3期生だ」

「リリトも旦那が見つからなかったらボクのところにおいでよ~、いつでも歓迎するからね~」

 

「相手の竜の嫁がどう思うかだろうな」

「大丈夫だよ~、どちらもボクにとっては子供見たいな物だから~」

 まあ、実際に結婚出来るのはリリトが育つ4~500年先だから気の長い話である。

 

 確かにニンゲンの中で育ってきたとは言えリリトは15歳、エルガラは500歳である。

 どんなに突っ張ってみてもリリトは所詮子供でしか無い。

 

 竜は優しい性格の者が多いと聞かされてきた、確かにこのエルガラを見るととても人が良い。

 それ故に周囲で人が争うのを見るのが嫌で逃げ出してきてここに引きこもってしまった。

 リリトの亭主のヴェルガも親しくなった獣人の死に耐えられなかったのか現実から逃げてしまっている。

 

 リリトのなすべきことは政情を安定させ人々が竜神そのものを隣人として受け入れてくれる社会の整備であろう。

 それは人間から離れ怪物となってしまっている竜神よりは人間に近い大きさのリリトがなすべき事なのだと思っている。

 

 いや、本当はそれは社の仕事なのだが政情が不安定になれば社の発言は無視される事になる。

 短命な獣人は所詮刹那的に生きるものであり死ぬことのない竜の孤独など推し量る事は出来ないのである。

 それにしても現在のこの国の状況は良くない。

 5つの国がまとまって一つの国になっているがそれをまとめ支配した国が衰退して全体が混乱状態に至っている。

 

 早急に国としての成り立ちを改めなくてはならない。問題は誰が?どうやってそれを行いうるのか?ということである。

 良くも悪くも竜の存在がその乱れた現状を維持してきてしまっている。

 それ故に今回の竜の失踪はそれだけで国の根幹を揺るがしてしまっているのだ。

 

 全ては竜を抜きにして人間だけで解決しなくてはならないのだ。

 だが?どうやって?

 

 その答えはまだ見つかっていない。


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