竜神8
1-061
――竜神8――
しばらくすると旗を掲げた人間が馬に乗ってこちらに走ってくるのが見える。
「見ろ使者が来たぞ。」
「本当だ~」
使者は背中に旗をくくりつけたまま丘に上がる階段を駆け上がってくる。
人々をかき分けて前に出ると使者はリリト達の前に跪く。
「竜神様にあられましてはこの社を訪れていただき光栄の至極でございます、つきましては領主より茶会に招待いたしたいとの事でございます」
軍服の様な服を着た男である、おそらく官邸の警備かなんかであろう。
「わかった、大儀である」
リリトがエルガラの頭の上でふんぞり返って答える。
「そ、その頭におられるちっこい方は……今噂の竜の嫁殿で御座いますか?」
うんコイツに比べればちっこいよ、そのうち大きくなるけどね。
「それで?どこに出向けば良いのか?」
「はっ、あちらに見える丸い塔の有る建物の脇でございます。上空に行けば下で衛士が旗を振りますからそれに従って着陸を願います。」
「わかった、それじゃ行こうか?」
これから交渉に行くのだ、せいぜい大きな顔をしておこう。
「うん、行こう~」
「周りに人がいるからそっと飛び上がれよ」
「そうだね~」
翼を広げると周囲の人々は一斉に後ずさる、周りから離れたのを確認してからそっと飛び上がる。それでも結構な風が起きて人々は髪や帽子を押さえていた。
両手を合わせている人も数多くいる、竜神信仰は健在な様である。
言われた場所に行くと床に赤い円が描かれているのが見える、その横に赤と白の旗を振っている人間が見える。
その周りを一周すると男は旗を使って侵入する方向を示す。
「大丈夫か?」
「あまり水平に動ける場所が無いね~」
周囲の建物を見るとあちこち修理した後が見て取れる。
「あいつ~、結構不器用な奴だったんだな~」
着陸に失敗して噴水を壊すような奴だからな。
エルガラは難なく着陸を行うとすぐに旗をもった男が二人の前に走ってくる。
「ようこそ我がクロアーンへ、領主殿がお待ちでございます。」
広場の横に高さ5メートル位の大きな丸い台が作られておりその半分程がせり出していた。
残りの半分には同心円状に階段が作られている。
要するにテーブルである。
エルガラがその前に立って尻尾を丸めて座るとちょうど良い高さになる。
テーブルの残りの部分には人間用の椅子が何脚か用意されている。
正面の扉が開き熊族の男が出てくるとその後ろから巫女が続き更にクリーネが同行する。
どうやらクリーネはまだクロアーン領主と会談の途中だったらしい。
ようこそ我がクロアーンへ、私はクロアーン領主アニック・クリスタンと申します。
こちらは我が国社の巫女ドワール殿、ドゥング領主付き筆頭事務官のクリーネ殿から話は伺っております。
「出迎え痛み入る。私は竜の嫁リリト現ドゥング領主である。この者はマーリン村在住の竜神のエルガラである。」
「どもっ!」
頭の上で胸を張るリリトの下でにこやかに手を上げるエルガラ。
「おお、やはりあなたが噂の竜の嫁殿で有りましたか、まあとりあえずお茶でもいかがですかな?」
領主が椅子に座るがこの男も2メートル以上有る大男である。
その男に合わせたテーブルであるからクリーネの椅子はかなりの高椅子になっているにもかかわらずクリーネの耳よりも領主の頭の方が高い
無論高椅子とてリリトが座って目線の合う高さでもない。
お茶と一緒に小振りなテーブルが運ばれてきてテーブルの上に重ねられた。
そのテーブルに尻尾を丸めて着席する、これでようやくクリスタン領主と目が合う。
もっともエルガラはそのはるか上に頭が有るので見上げる格好になる。
コイツの頭の上で交渉した方が良かったかな?とも思うリリトである。
「エルドレッドの竜神様は良くこちらにもおいでになりましてな、港で良く魚を食べておりました。さすがにそれでは失礼かと思いましてこちらに茶会のテーブルをご用意させていただいた次第です。」
どうやらこのテーブルはヴェルガの為に用意した物らしい、かなり懇意にしていたのだろうか?
「こちらに来て猟師から魚を横取りしていたのか?」
「いやいやリリト様、港に面する丘の上で昼寝をなさっていましてな、港のみんなが漁の安全を祈願して竜神様に捧げものをしていたのですよ。」
「おいつはあちこちで昼寝をしているのだな」
「いえいえ嵐が来て遭難者が出ると上空から探してくれる事も有りまして、猟師は皆感謝しておりました」
もしかしてここで何か有ったのかとも思ったがこれ以上は聞いても仕方あるまい。
「如何ですかなこちらの住み心地は?お話はクローネ殿からうかがっておりますが未だにエルドレッドの竜神様は行方不明とか?」
クロアーンのクリスタン領主は熊の顔ではあるが親しみやすい笑顔で語りかけて来る。
「ああ、思った以上にごたついた状況でやむを得ず領主になってしまった」
「そのお話は伺っております、何でもエルドレッドの将軍の前で啖呵をお切りになったとか」
「成り行きでこんな事になってしまったが娼婦たちの窮状を見かねてな…あれがこんな大騒ぎの元になるとは思わなかった」
いささか予想外の事態に戸惑っていると言うのが本当の所である。
「いえ、リリト様のお薬は全ての兎族にとっての福音です、どうかその事をそんなに小さな事と捉えないでください」
クロアーンの巫女のドワールがリリトに微笑みかける。
「このエルガラはエルドレッドが私の婿にしようと探してきた竜でマーリン村に巣を作っている」
「それではリリト様はその竜神様と一緒になられるのですか?」
さっきからクリーネが期待に満ちた目で私たちを見ているがそうはならんのだよ。
「いやクリーネ、彼には別の竜の嫁が予定されている筈だ、いくら何でも婿の横取りはまずいだろう」
「ボクはいいよ~、ふたりでも三人でも同じことだから~」
おいっ、話をややこしくする発言をするな。
「なりません!リリト様を横取りするなど言語道断、しかも重婚ですか?幼妻ですか?なんという不道徳な!」
「落ち着けクローネ、私はエルドレッドの竜を見つけるまではまだ結婚する気は無い、それより竜が家出をしてしまうような国の方が問題だろう」
何とか今回の和平交渉を成功させて平和裏に5つの国を統合できれば良いと思っているのだが。
「それでな、ここに来る前にニャゲーティアの社で巫女さんに会って話をしてきた」
「ニャゲーティアに行かれたのですか?あそこの巫女様は元エルドレッド総本山の巫女様だった方ですよ」
なに?あの貧乏社のばあさんそんなえらい人だったの?
「いや…ドワール殿孤児院を社に併設して子供達を育てていたすごい胆力の有るお年寄りだったが」
「以前に本山の権力争いが起きて新しい宮司長が選ばれた時に巫女を追われた方です」
そうか、それであの社には本山からのお布施が下りてきていなかったのか。
「その方をエルドレッドから放り出したのが今の宮司長のヴァトー殿ですのよ。国王に取り入って邪魔な巫女をニャゲーティアに左遷したんです」
「ほう、クリーネも結構詳しいんだな」
「はい、リリト様これでもドゥングの筆頭秘書官ですから」
ドンと胸を突き出すクローネ、やめなさいドワールさんが横目で睨んでいるから。
「その宮司長がエルドレッドの政治に強い発言力を持っているのが一番の問題の様だな」
「大丈夫じゃないんですか?」
やたら突き放した事を言うクリーネ、何か秘策でも有るのかな?
「セレンさんはヴァトーの大先輩だし未だにセレンさんを慕う宮司も大勢おりますから」
あ、そういう事ね、期待しておこう。
程なくお茶が運ばれてくる。
他の全員には優雅な模様の入った茶器を、リリトには厚みのあるごつい茶器を、エルガラには大きな瓶の様な茶器が用意された。
この領主は見かけ以上に竜に対する心遣いが出来ている。
他の人間と同じ茶器を出せば飲む前にリリトの爪で粉々になってしまうだろう。
その心遣いに感謝してぐっと茶をあおる。
「り、リリトさま熱くは無いのですか?」
熱いお茶をそっとすすっていたクローネが尋ねる。
「え?ああ、ブレスを吐く竜の口だぞこの程度は熱くもなんともない」
「はっはっはっ、リリト殿も立派な竜神様でいらっしゃる」
アニック・クリスタンは豪快に笑う、しかしそれは戦士のそれではなく近所の親父の様な笑い方である。
「さて本題に入ろう、既にクリーネから聞き及んでいると思うが現在エルドレッドとニャゲーティアは戦争状態にある。このまま戦端が開かれれば双方に看過できぬ被害が出る」
「竜神様のお心は良く理解できます、竜神様は争いを好まぬものでありますからな」
「それでどうなのだ?貴国としては和平会談に臨むつもりは有るのか?」
「難しい問題ですな、エルドレッドとニャゲーティアは母なる河シュトラードを挟んで発展してきました。我が国はその川を挟んだ海辺に出来た国で双方の国とも国境を接しているのですよ。
ニャゲーティアは水運事業に力を入れていますが農業政策は魔獣対策の失敗の連続で地方は疲弊しています。
マリエンタールは鉄鋼業で収益を上げ、狩人は組織化し採算の高い事業へと変貌させました。しかし農業はやはりあまり芳しくありません。
エルドレッドは獅子族が多く肉を多く欲していますが4方を国に囲まれ魔獣の狩猟を他国に遠征してまで行って賄っています。
ドゥングは兎族が多く農業を主体としていますがそれ故魔獣の狩猟はエルドレッドに頼まざるをえません。
皆それぞれに問題を抱えていたのですが、竜の存在のお陰でその問題点が封印されてきたのです」
リリトも同じ感想を持っていた。
「わかった、それで貴国の立場を率直にお話し願いたい」
「我が国は海に面し、国民は熊族の多いので非常に高い労働力があり食物は輸出できる程に豊かです」
「であれば戦争が無い方が良いのではありませんか?」
おそらく既にこの辺りはクリーネが交渉をしていく上で話し合った事なのだろう。
「リリト殿、我が国は我が国だけで食っていけるのですよ。したがってどの国が戦争をしようとも我が国には関係が無いのです」
「そうか?戦火が拡大すれば難民がこの国に押し寄せるぞ、いくら豊かでも何万人もの難民を食わせられるのか?」
「まあその時は畑を開墾すれば良いのですし治水事業は今でも人手不足でして」
「両国が疲弊してくれれば最後には両方とも併合すると言うつもりか?」
「我が国は覇権を望みません、自分たちが食っていければそれで良いのです」
だめだ、こいつは自国一国主義なのだ、他国の戦争には関わりたくないのだろう。
クリスタン領主はそこでお茶を口に含む。
「しかし……ですが、難民が押し寄せれば食べさせない訳にもいきません、我が国の国民の努力の結晶の食料、財産を他国の戦争の為に失う訳にはいきません」
「む、それでは?」
「一切の武力協力は致しませんが和平提案だけはさせていただきましょう。」
「そうか、助かる。それぞれの和平の方針は有るだろうがこれが最初の一歩なのだ」
「いいえ、多分違うでしょうこれは和平提案ではなく統一国家の枠組みを話し合う会議になると思います」
これまでの話の流れからは一気に変わる発言がクリスタン領主から提案された。
「本気で行っておられるのか?」
「各自治政府は段階的に領主制度を廃止してゆき連合国家が各国の仕事を代行する連邦制国家に移行していく時期に来ています」
「しかしそんな事をすればあなたの領主としての立場が無くなりますよ」
「我が国もドゥング同様に領主職は持ち回りなのですよ。ドゥングは監視機構が有りませんから領主のやりたい放題ですが我が国は憲法を持ち領主の監視機構を設けております。それ故に領主の采配で何でもできると言う訳では無いのです」
クリスタンは中立国家として和平会談の日程調整を引き受ける事を了承してくれた。
これでまた一つリリトの目的に近づいてきた。
登場人物
アニック・クリスタン クロアーン領主 熊族40歳
デュフェル・ドワール クロアーン巫女 兎族




