竜神6
1-059
――竜神6――
エルガラの巣の整備が終わりリリトは帰る事にした。
無論リリト一人では帰れないのでエルガラに送ってもらう。
出発の日には社の人間と村長達が見送ってくれた。
竜の夫婦に期待を寄せていたメユールはものすごく残念そうな顔をしていた。
それでもやはりエルドレッドの事で気になるのはサビーヌの事である。
無事ではあろうがあの後彼女の事が国同士の紛争の中心になりそうな感じがして気にはなっていたのだ。
エルガラは夫の竜ヴェルガとも親交が有りたまに会ってはいたらしい。
そんな中でいくつか亭主の気になる話を教えてくれた。
ドゥングにある花街の話もその一つだがニャゲーティアにも同じように行く場所が有ったらしい。
クロアーンとの親交が有ったとも聞いていたらしいがこれはどちらかと言えば領主との話らしい。
いずれにせよ今はニャゲーティアとの関係が焦点になっているのでそちらに顔を出して様子を調べてみる事にした。
話を聞くとニャゲーティアの社はリリトが遭遇した大型魔獣の飼育施設からさほど遠くない場所の様だ。
ニャゲーティアの社は元々は河から離れた場所に有ったのだが水運が盛んになるに従って河に近いニャンガに行政が集中してゆき竜の巣のある町ははさびれて行ってしまったらしい。
それでもまだ町そのものは多少の大きさはあり魔獣狩りの諸点としての機能は有る。
畑も有るが周囲を山に囲まれておりあまり盛んでは無いようだ。
町としては周辺の狩人の諸点に過ぎず社その物の重要性を失ってしまったので国からも本山からも見捨てられているみたいだ。
したがって檀家の数も減ってゆき台所事情はあまり良くないようだ。
「なんだかマーリンの村に似た感じに聞こえるが?」
「そうだね~、ただその町は狩人の諸点となっているだけに魔獣による被害も多くてねかなりの孤児が出ているらしいんだよ~」
「マリエンタールの様な組織化された狩人組織は作られていないのか?」
「詳しくは知らないけど農繁期以外は狩人をやっている2男3男が多いって聞いているよ、それで巫女さんが孤児院を開いているんだけどお金が無くてずいぶん苦労していると言っていたよ~」
竜の背中で寝転びながらリリトはエルガラの話を聞いていた。
「あ、ちょっと待って」
いきなりエルガラは高度を下げると大型魔獣の背中に飛び降りる。
音もたてずに飛来する竜の攻撃に魔獣はなすすべもない。
グキッと音をさせて首をへし折るとそのまま魔獣を捕まえて飛び上がった。
「なんだ?腹でも減ったのか?」
「ううん、その孤児院をやっている社はすごく貧乏なんだよね~。だから彼は時々大型魔獣を狩っては持って行ったみたいなんだよ~」
「あいつそんな事もやっていたのか?」
「うん、あれから1年以上経っているからまだ孤児院を続けていれば手土産位は持って行かなくちゃね~」
「お主も意外と几帳面な奴だったんだな」
やがて竜の巣が見えてくる、もっともこちらの竜の巣は単に小高い丘の上の空き地に過ぎない。
ただその空き地もそれなりに整備されており雑草は短く刈り込まれていた。
竜が住んでいないにも関わらずちゃんと手入れがなされているのが見て取れる。
竜の巣の近くには社の建物がありその横には大きめの建物も有った、おそらく孤児院か学校なのだろう。
エルガラが降りるとそれを見ていたのだろう、建物から子どもたちが走り出して来る。
「お主は前にもここに来たことはあるのか?」
「ううん、ヴェルガと一緒に飛んだことは有るけど降りるのは初めてだよ~」
エルガラは獲物を横に置くと地面に寝そべる。りりとはその頭に座ったままだ。
「竜神様ーっ!」
子どもたちが叫びながら階段を駆け上がってくる、流石に子供は元気だわ。
後ろの方から年を取った兎族の巫女がゆっくり階段を登ってくるのが見える。
「竜神様……?」
駆け上がって来た子供たちがエルガラを見て戸惑ったような顔をする。
「竜神様……竜神様なの?」
子供たちはエルガラの周りを取り囲むがどうしたものかと距離を取っている。
「残念ながらボクは君たちの知っている竜神とは違うよ~、ボクの名はエルガラと言うんだよ」
「あ、小さな竜の子供だ!」
子供たちが背中に乗っているリリトを見つけたようだ。
「竜神のエルガラ様は子供を作って来られたのですか?」
「ふむ、それは違うぞ。私は竜の嫁であって断じてこの竜の子供では無い」
ぐぐっと胸を張ってピンと尻尾を伸ばすリリトである。
「わっ、喋った!」
「知恵の有る竜だ!喋れるんだ」
リリトの頭からピキピキと音がする。
「あ、あのねこの子は本当に竜のお嫁さんなんだよ~」
慌ててエルガラが訂正する。
「ふん、お主らは竜の嫁など見たことがないから仕方有るまい」
そう言ってリリトは子供たちの前に降り立つ。
ふん!と胸を張るが居並ぶ子供たちより背が低い。
「「「かっわいい~~~っ」」」
リリトは子供たちに抱きつかれムチャクチャ頭を撫でられ頬ずりまでされてしまう。
「ま、まて!私は竜の嫁で大人なんだぞ」
「うっそだ~い、俺らよりちっちゃいじゃないか~っ」
「こんなに大きさの違う夫婦なんているわけ無いじゃないか~」
完全にペット扱いである、大きな熊族の男の子に抱かれてブンブンと振り回されてしまった。
「はにゃにゃにゃ~~~っ」
「あらあら皆さん楽しそうね~」
目を回してくてっとなったリリトを見てかなり年を取った兎族の巫女が笑っている。
「ようこそエレーヌの社へ私は巫女のセレンと申します」
「初めまして~、あなたがこの竜の巣の巫女さんですね~」
エルガラがにこやかに巫女さんに挨拶をする、コイツ結構人懐っこいんだな~。
「初めてお目にかかる竜神様ですね、こちらに降臨していただけるのでしょうか?」
「いえ、ボクはマリーン村のエルガラと言います、ヴェルガとは友達で~す」
「ヴェルガ様のお友達でしたか、もしかしてその小さな竜神様は今噂の竜のお嫁さんですか?」
「そのとおり、私が竜の嫁のリリトだ!」
いきなり復活したリリトが飛び上がってエルガラの頭の上でそっくり返る。
リリト様?なんてかわいらしいお名前のお嫁さんかしら?
お嫁さん?そういえば可愛いとは言われたがお嫁さんと言われたことは無かったな。
いささかじ~んとなるリリトであった。
「ああ~っ、でもせっかくいらしてくださったのにヴェルガ様は失踪してしまって…追いかけて来られたのでしょうか?」
コテッと落下するリリト。
「そ、そうなのだ、そういう訳で今は情報を集めている、お主何か知っておるか?ああ、そうだこれは手土産だが下に持っていこうか?」
リリトは持ってきた魔獣を示す。
「ああ~っ、ありがとうございます、今は社も大変に苦しい状況でして…これで久しぶりに子供たちにお肉を食べさせてあげられますわ。」
巫女は心底嬉しそうであった、周りでは子供たちが大喜びではしゃいでいた。
「ここではなんですから下でお茶でもいかがですか?」
落ち着いて子供たちや巫女の服装を見るとかなりくたびれて継ぎがあたっている、相当に経営状態が悪いのだろう。
社の方もかなり痛んでおり併設されている孤児院も同様であった。
魔獣を持って下に降りると巫女がテーブルを用意する。
粗末なものしかありませんが、そう言いながらリリトと竜にお茶を出す。
エルガラの方は人が座れるほどの大きな樽を先ほどの熊族の子供が持ってきた。
周囲を見ると少し離れた所に屋根が焼け落ちた石造りの家が見える。
あれ?とリリトは思った。
「あそこは火事が有ったのですか?」
「ああ、はい。しばらく前に火事が有りまして魔獣が逃げ出してきて大変だったんですよ」
その時になって気が付いた、この間リリトが暴れた魔獣の飼育小屋だ。
やばいっ!どうしよう。
「なんでも魔獣を飼育していたようなんですけど火事になりましてね魔獣が逃げ出したんですよ」
「そ、それは大変でしたね~、何か被害は出ませんでしたか~?」
いささか声が震えているリリトである。
「いえ、大体は山の方に逃げましたが一頭だけこちらの孤児院の方にやってきましてね、この子がスコップで追い払ってくれたんですよ」
先ほどリリトを振り回した熊族の子供である。
「子供が魔獣をスコップでですか?」
「普段は大人しい子なんですが孤児院の子供達が危ないと思ったのでしょう飛び出していきまして…熊族は家族に対する思いやりが強いですから」
あれか~あの時の子供か~するとあの時の兎族の人は……このおばあさん?
ニコニコ笑ってお茶を飲む、ただの優しそうな年寄りである。
魔獣を前にして子供の前に立ちはだかれる程の胆力が有るようにはとても見えなかった。
しかしこれだけ貧乏をしながら子供たちの事を育てている巫女である、確かに只者では無いのだろう。
――今更だし。うん、黙っていよう。――そう決心するリリトである。
「ヴェルガは失踪前はよくこちらに来ていたのでしょうか?」
「そうですねえ、月に1、2度でしょうか?あの竜の巣で昼寝をされていました。」
子供たちが麦わら帽子の熊族の男二人を連れてくる、近所の農家の人間らしい、エルガラが手伝って魔獣を大きな木の枝から吊るす。
何しろ大型魔獣である体重も1トン以上有りとても人の手では吊るすことは出来ない。
「いつも子供たちの為にありがとうごぜえますだ」
熊族の農夫は帽子を取ってエルガラに挨拶をする。
子供たちは樽と塩を用意している、肉を保存食に加工するのだろう。
魔獣の首を切ると下に桶を置いて血を集める、大型魔獣であるから血の量も半端ではない。
この後くず肉をひき肉にして小麦粉と一緒に混ぜて腸に詰めるそうだ。
ブラッドソーセージである。おそらくこれだけで孤児院の一週間分位の食料にはなるだろう。
エルガラは庭に寝そべると話をするのに丁度よい高さになる。
そうやってお茶を飲みながら巫女さんと話をした。
「ここには子供たちはどのくらいおられるのですか?」
「2歳から15歳までの子供が15人です」
「それは大変ですね、やはり魔獣の被害とか?」
「はい、猫族が多いので狩りの途中で大型魔獣に出会うとどうしても被害が出まして、孤児になったりあるいは親に捨てられたりとか。」
昔はこの近くに領主邸が有ったのでそこそこ賑わっていたらしいが水運業に主軸を移すと共に遷都を行ってしまったそうだ。
それからはこの辺は狩猟の為の基地として利用される位であとの産業は農業だけらしい。
狩猟の方も以前は獅子族の猟師が多く来ていたそうだがこの数年はそれも少なくなってそれが衰退の原因だとか。
「国の方からの補助は無いのですか?」
「多少は有りますがやはりお布施のほうが中心になります。元々あまり豊かではありませんから」
食べさせるだけで精一杯なのかもしれない、社の本部からの支援は無いのだろうか?
「それでもヴェルガ様が時々魔獣を狩ってこられるので子供達が飢えずに済んでおりましたがこの一年はそれも……」
「あいつが失踪した理由に心当たりは有りますか?」
「ああ……竜神様は子供たちに好かれておりましてね、巣の方で昼寝をされていると子供たちが竜神様のところで遊んでおりました」
ヴェルガは狩りに来た帰りに良くこの巣で休んでいたそうで、近寄ってくる孤児院の子供達と遊んでくれたらしい。
むろん子供達は次々と孤児院を巣立ってしまうのでごく一時的な付き合いでしかなかった。
そんな中で一人幼い時に両親を亡くした兎族の少女が特にヴェルガになついていたらしい。
少女とよく話をしたり一緒に本を読んだりしていたらしい。
「その娘が丈夫な娘であれば巫女としての教育をして巫女にしてあげたかったんですがねえ。」
しかしその娘は病気を患っておりだんだん体が弱っていった。
力をつけるようにと竜は魔獣を狩っては孤児院に送り届けるようになった。
しかし兎族の少女にそれを口にすることは出来なかった。
巣に登ることができなくなると竜は孤児院に降りてきて少女の寝ている部屋の前に立ち何時間も少女を眺めていたという。
「実際の所ヴェルガ様には何かが出来るわけではございませんでした。ただ狩ってきた魔獣の肉や革を売り彼女に良い治療をさせてやることが出来ました。とても感謝しております」
少女の体はだんだん悪くなって行き竜神様に窓の外から見守られながら他界したそうである。
その時ヴェルガは国中に響くような慟哭の叫びを上げ天に向かって大きなブレスを吹き上げたとの事である。
「その後ヴェルガ様は2度とこちらには来られませんでした。そしてしばらくしてからこの国から竜神様が消えたという噂が流れました。」
「うううう~~~~む」
リリトは頭をかきむしる、まあ竜の頭に毛は生えていませんけど。
「リリトどうしたの?」
「いや、あまりにもドゥングの花街の時と状況がかぶるのでな。」
「ドゥングで何か御座いましたのでしょうか?」
「あいつ花街の真ん中で昼寝をするのが趣味だったらしい」
「はあ?何をご覧になっていたのでしょうか?」
思いっきり誤解を招く発言を慌てて訂正するリリト。
………………………………
「ふうう~~ん、そんな事が有ったんだ~」
「その時の娘は私が作った薬で良くなった、だからもう少し早ければその娘も助かったものを。」
「仕方ございません、それも運命でございますから」
あきらめる様に巫女はつぶやく。
そうだ人には身に余る事は出来はしない。
その時は運命を受け入れて全てをあきらめるのが地を這う人々の生き方なのだ。
だがしかし!それは人の生き方でも国の在り方でもない。
「何を言うか国は弱い国民を守るために有る、強い者、富める者を助ける必要は無いのだ。私はその薬をそれぞれの社で作れるようにしたいと考えているのだ。にも関わらず……」
「リリト様は竜神様の無念の思いを晴らしたいとお考えですか?」
「当たり前だ、私の夫となる者がその程度の竜でどうするというのだ。」
決然とした表情で断ずるリリト、流石は竜の嫁である。
((この嫁の夫となる竜のヴェルガは絶対尻に敷かれるな。))
奇しくも巫女とエルガラは同時にその様に思った。
登場人物
セレン ニャゲーティアの巫女 兎族 68歳




