竜神2
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――竜神2――
「リリトがいなくなったじゃと?」
「はい、今朝様子を見に来ましたら既にお姿は無く……。」
ガウルは頭をかかえた。
あのじゃじゃ馬めどうせサビーヌを救出に行ったに違いない。
「リリト殿がいなくなられたと聞きました。」
ラングとヴィエルニも飛び込んでくる。
「ああ、夕べ動けない位たらふく飯を食わせておいたのだが一晩で消化して飛んで行ったわ。」
トイレにこんもりと山が出来ていたらしい。
「ど、どうなるのでしょうか?」
「どうにもなるまい今頃はニャゲーティアの領主邸をぶっ壊しておるかもしれん、死人が出なきゃええんじゃが。」
物騒な発言をするガウルである。
だが実際はそれ以上に物騒なことになっているやも知れなかった。
「どちらにせよワシらに出来る事は無い、一晩経てば頭を冷やしてラング殿に迎えに行ってもらえば良かったんじゃ」
サビーヌを誘拐しておきながらリリトが一緒にいたと言う事はサビーヌに差し迫った危険が無い事を意味していた。
連れて帰られて一番驚いたのはリリトであろう。
どういう訳か知らんが領主邸の庭でヘル・ファイアをぶっ放して意識を無くしていた所を強引に引っさらわれてきたのだ。
このじゃじゃ馬巨乳兎のせいである。
「大丈夫でございますよ、リリト様は最強の竜の嫁、きっとサビーヌ様を無事に奪還いたしてまいりますよ、オーッホッホッ」
コイツこれでもドゥングの秘書長なのか?こっちに来てからだいぶ舞い上がっておるようだ。
もしかしたら日ごろから鬱積したものが有ったのかもしれない。
リリトにしてみれば自分がいなくなったことによってサビーヌに危険が迫ることを案じたのであろう。
そんな訳がなかろうとガウルは思うがリリトはまだ子供である、政治の駆け引きがわかってはおらん。
むこうで誰かがリリトに応戦すればそれこそ屋敷ごと焼き払いかねない。
その時警備の人間がラングの元に駆け寄って来る。
「ニャゲーティアからの早馬です。ラング様へのお目通りを願っております」
「ニャゲーティアから私にだと?」
「ああ~っ?リリトに逃げられたので何とか取り繕うつもりなんだろう。多分サビーヌ殿をこちらに連れて来るという話じゃないのか?」
ラングが早馬の使者から伝言を受け取るとまさにガウルの言う通りであった。
リリトとサビーヌを誘拐したと思われる族と国境警備隊が交戦を行い二人を保護したとの事である。
サビーヌはその時のショックが大きくまだ寝たままだそうである。
しかしリリトは無断でどこかに飛んで行ってしまったそうで、こちらに帰還されているのではないかと言う事である。
ガウル達の脱出劇は無視されて状況を取り繕っているだけの様である。
こちらもニャゲーティアに押し入ってリリトを奪還したわけであるからそれを認める訳にはいかない。
結局リリトの自由意思で逃げ出したと言う事に無理やりさせられてしまった訳だ。
サビーヌは回復し次第こちらに送り届けると言う事でお互い納める事にしたのである。
「どういうことだ?リリトはまだ向こうに着いていないのか?」
リリトが夕べの内に抜けだしたのであればあの伝令が出発する前にひと悶着あってもおかしくはない。
つまり竜の嫁が行方不明になったのだ。
サビーヌは次の日にニャゲーティアの馬車で送り届けられた。
領主別荘宅の前で専用馬車から降り立ったサビーヌは特に異常もなく元気に見えた。
ラングが出迎えクリーネとガウルが同行した。
「お疲れではありませんでしたか?」
「はい、あちらでは十分な待遇をしていただきましたから、それよりリリト様はどうされたのでしょうか?」
あの時窓の前で見たヘル・ファイアの光はサビーぬにも強烈な印象を与えていた。
何が起きたのかわからないまま部屋に飛び込んできた護衛の獣人に抱きかかえられると屋敷の奥の方まで連れて行かれた。
その後何か戦うような音や悲鳴が聞こえてきたが数人の護衛がサビーヌの周りを取り囲んで周囲を警戒していた。
しばらくして静かになると領主のフレデリクがやってきて状況を説明してくれる。
最初にサビーヌを見たフレデリクは彼女に怪我が無いことに安堵の表情を浮かべていた。
言葉通り彼女の安全に対しては本気で配慮をしていた様であった。
当然ではあろう、サビーヌに怪我でもされたら竜の嫁に屋敷を燃やされかねないのだ。
説明によると官邸の庭で何者かがヘル・ファイアを撃ちそこに倒れていたリリトをさらって行ったと言われたそうである。
その後のリリトの安否についてはわからないとの事であった。
サビーヌは倒れたまま空に向かってヘル・ファイアを打ち上げるリリトの姿を見ていたのである。
フレデリクの発言に嘘は無かった。
同時にそれまで気が付かなかったが事態が起きると間髪を入れずに護衛が突入してきたという事である。
つまりサビーヌは自分が厳重に警護されていたと言うことにその時初めて気がついたのだ。
それ故にその後に何が起きたのかは全くわからない状態ではあった。
しかしリリトがさらわれたと言うことに非常な違和感を覚えるサビーヌである。
一人で逃げるのであればいつでも簡単に逃げられるた筈で、幼いとは言えリリトは竜の嫁である。
結局その疑問に答えたのはクリーネであった。
「リリト様はヘル・ファイアの魔法をお使いになって倒れられました、しかし私どもが介抱致しましたところすぐに回復されました。」
自分たちがリリトをかっぱらってきたとは言わないクリーネである、これも外交上の配慮である。
幼いとはいえサビーヌも社の巫女補である、その程度の察しはついた。
「それではこちらの方にいらっしゃるのですか?」
「いやそれがのう、腹一杯食って元気が出たらお主を取り返すつもりじゃったのだろう寝室から消えてしまったのだ、そちらにはいかなかったのか?」
リリトがサビーヌを置いて逃げる訳がない、必要とあれば官邸を火の海にしてでもサビーヌを守る筈だ。
それが不覚を取りこちらに拉致されて来たとしても必ずサビーヌの救出に戻るはずである、それがリリトと言う竜であるのだから。
それ故にリリトが消えた翌日間髪を入れずに使者を立てサビーヌの事を伝えに来たのである。
流石にニャゲーティアの領主も人を見る目は有るようだ。
「私を取り返しに?いいえ、こちらにはおいでになっておりません」
「そうか、やはり行方不明になっておるのか」
リリトに何かが起きたらしい事は予想がついていた。
「しばらくは様子を見てみたほうが良いだろう、腹が空いたら帰ってくるかもしれんからのう。」
ガウルにかかれば竜の嫁も幼い子供扱いである、少し微笑ましいとサビーヌは思った。
◆
その頃エルドレッドの国王ガジス・ゲルハルト・ガウアーの元に軍のメサジェ・ベンセン将軍がレランドとグレイを同伴して訪れる。
「ベンセン今日はどの様な報告だ?」
ガウアーが憂鬱そうな顔で尋ねる、隣には社の宮司長であるヴァトーが寄り添っている。
社の人間が政治に介入してくることをベンセンは快く思ってはいなかった。
竜を守りきれなかった社の人間がその尻拭いを領主に押し付けているのである。
勇猛で脳筋と思われているベンセンでは有るが決して馬鹿では無い。
ドゥングで竜の嫁にこっぴどい恥をかかされた事は未だに一生の不覚であると思ってはいるが、実は竜の嫁の意外なほどの知力に痛く感銘していたのである。
「2つございます、一つは竜の嫁であるリリト様がニャゲーティアに拉致されていたことが発覚いたしました。」
「なに?竜の嫁を拉致と?それはなんと言う不敬なる行い、ガウアー殿直ちにニャゲーティアに使者を送りリリト殿の開放の交渉を」
ヴァトーの言葉にいささかうんざりしながらもベンセンは続ける。
いつからヴァトーの様な輩が王と席を列するようになったのか?
「ただその事に関しましては昨日マリエンタールの手のものによって奪還がされたと言う情報も入ってきております」
隣に立っているグレイがその一味に加わっていたなどと言うことはおくびにも出さない。
問題はもう一つのニュースの方である。
「ニャゲーティアが大型魔獣の飼育を行っている事実が判明いたしました」
大型魔獣の飼育は禁忌である、以前より疑われてはいたが施設の場所と規模が今回判明したおである。
「以前よりマリエンタールに潜入させておりましたこの者の部下が遂にその場所を突き止めております」
王の前で優雅に頭を下げるレランド、相変わらず部下の功績を横取りする事には長けていた。
獅子族の多いエルドレッド領は他の領地に比べて多くの魔獣の肉を必要としている。
しかし周囲を燐国によって塞がれていたエルドレッドは狩人を遠征させてでも魔獣の肉の確保に躍起にいなっていた。
竜がいた時はエルドレッド自身が大型魔獣を作り国境付近に放していた。
大型魔獣は魔獣を食い尽くしてくれるタイミングを見計らいながら竜に頼んで狩ってもらっていたのだ。
その結果国境付近の魔獣被害はほとんどなくなり穀物の生産量は伸びたのである。
穀物を輸出しそれを原資に周辺諸国から魔獣の肉を輸入していたのである。
しかしその後竜に失踪されそれが出来なくなってしまった。
仕方なくエルドレッドは軍部の力を借りながら国境周辺の大型魔獣を狩っていった。
今度は国境周辺で魔獣狩りを行うつもりでいたからに他ならない。
軍隊は狩人ではないのでそれなりの損害を出しながらもそれなりの数を狩ったのである。
外部から入ってくるにせよ国境にいる大型魔獣はそう増える筈も無かった。
それにも関わらず大型魔獣はいなくならなかったのである。
そこでどこかの国が大型魔獣を飼育して国境沿いに放しているのだろうと考える様になった。
クロアーンは熊族の国であり農業国であるからそんな事を行う必然性が無かった。
疑われたのはマリエンタールとニャゲーティアであった、マリエンタールには圧力を強めレランドをスパイとして送り込んだ。
しかしニャゲーティアは川を挟んでいる事もあり十分な情報収集が出来ずにいたのだ。
今回そのマリエンタールに送り込んでいたレランドが部下を使ってニャゲーティア側の証拠を掴んだと言うのだ。
その飼育施設の場所と規模の報告を受けたのであるからその施設を破壊しなくてはならない。
「国王殿、この証拠を持ってまずは使者を立て査察の申し入れを行い検証可能な方法での破壊を申し入れるのです。見つかれば良し、ニャゲーティアが査察を断ればそれこそ開戦の口実に出来ます」
ヴァトーの言葉である。
簡単に戦争等と口にするものではない、国家予算の多くを浪費し国民の命を消耗させる行為である。
この男は他人の金と命で自分の地位を上げる算段をしているのである。
安全な国の奥の院で戦争を煽る唾棄すべき人間であるとベンセンは考えていた。
ニャゲーティアにしても査察を受け入れるということはエルドレッド国における自らの自治を放棄する行為であり受け入れられる事ではない。
「わかった、使者を立てよう。」
国王の決定である、やはり戦争は避けられないのだろうか?
勇猛で知られるベンセンでは有るが実は隠れ反戦主義者であった。
エルドレッドがニャゲーティアに使者を送った事はすぐに各国の知れる事となる。
ニャゲーテイアがエルドレッドの申し入れを拒否した為1週間以内に査察を受け入れなければ実力を行使するとエルドレッドは宣言した。
ドゥングとマリエンタールは事実上エルドレッドの衛星国であり、ニャゲーティアを制圧してもクロアーンはその立場上不干渉を決め込むと思われていた。
それ故にニャゲーティアがエルドレッドに制圧されればこの5か国はエルドレッドによって平定される事になる。
国軍というものを持つのはエルドレッドだけであり他の国には対抗する軍を持っていない。
マリエンタールにはエルドレッドから出兵の要請が有り仕方なく狩猟軍の準備を始めた。
1週間などと言う時間は出兵までの準備としては短すぎ補給そのものが成り立つ時間ではない。
陣を張るにもまず食料と水の備蓄が必要である。
エルドレッドは国軍なので常に食料の備蓄などはなされていた。
しかしマリエンタールは狩猟軍であり侵攻するための軍事組織では無い。
したがって戦争の準備などたやすく出来るものでは無い。
それでも災害用の食料備蓄倉庫からの搬出によりなんとか食料の調達を行う事が出来た。
兵士を国中から招集し出発まで待機を行うのであるがその間も食料と水の補給は必要なのである。
元より国軍と言うものは兵の中のごく一部である。
残りの一般兵というものは普段は農業などに従事し各村から供出させるのが普通である。
比較的狭いエリアからの供出なのでそれなりに数は集まるが練度と言う意味においてはひどく低いものになる。
仕事の合間に戦争をやらされる身にしてみればたまったものではない。
戦争で手柄を立てて国に取り立ててもらおうとする人間もいるが大半の人間は怪我をせずに家に帰りたいと思っている。
戦闘を行うのであれば農民より狩人の方が良いのであろうが、実際のところ国境を超えて各地に散らばっている狩人を集めるのは難しく土着の農家からの供出のほうが確実なのである。
結局数が集まっても所詮は烏合の衆である場合が多い。
地形的に言えばシュトラード河を挟んでエルドレッドとニャゲーティアが対峙する格好になる。
ニャゲーティアは元々山側に首都を設けていたのでは有るが水運業に軸足を置くために川の近くまで首都を移したのである。
シュトラードの流れはマリエンタールからエルドレッド、ニャゲーティアを挟んで海の有るクロアーンまでつながっている川河である。
河で有るから水深は浅く大型の帆船は入れないので大量の小型の運搬船が物資の運搬に従事していた。
ドゥングだけがこの川の恩恵に預かれず地の恵みである温泉と花街で外貨を稼いでいる。
エルドレッド軍はマリエンタール側にあるノースリバティ橋の手前で先遣隊が陣を築いてニャゲーティアと対峙していた。
そもそも戦争というのは槍や刀で殺し合うばかりでは無い。
多くの場合は塹壕を掘り陣地を固める土木作業が欠かせない。
供出された兵士の仕事はこういった土木作業に従事し実際の戦闘に関わるのは最後の最後である。
勝てば進軍、負ければ撤退である。無駄と言えばこれ程無駄な行為は無いであろう。
クロアーンは今回の戦いには参加していない、熊族の多い農業国であり海に面して海運も行われており魚を食うため狩人は少ない。
戦えば熊族の多いこの国は強力な力を持つだろうが領土的な野心は持っておらずエルドレッドからの狩人を大量に受け入れて魔獣の肉の持ち出しを認めている。
地味に開梱を続け徴収した税金を基盤整備に振り向けているこの国は、おそらくこの5カ国の中では最も豊かな国になっているだろう。
登場人物
ヴァトー エルドレッドの 社の宮司長 猫族 48歳




