1ー5『盗賊退治の褒賞金』
翌朝になってからエーロッツォ、それにパルフェとリスティの三人はサレンの街への移動を開始し正午頃には街の外門へと到達出来ていた。
結局、昨晩の問答についてはリスティは気にしない方向で考える事にした。流石に恋人云々は熟考するまでも無く否しか言えない。
変な魔術云々というよりは良く知りもしない男と恋人がどうたらという関係になるのがものすごい忌避感をもたらすからというのが理由で、エーロッツォにもそう説明した。
「な、ならお友達から! まずは友人関係からお願いしまァす!!」とか言いつつ再び地面に顔がめり込みそうな土下座を始めるエーロッツォにはだいぶドン引きしたが。
そんな感じで完全否定した訳だが、エーロッツォのリスティへの態度が一変するとかそういう事も無く、起床後にはわりとけろっとしていたので、リスティの方も気にしないように接する事にしたのだった。
ちなみにエーロッツォが用意した折り畳み式愛の巣はかなり上質な造りで寝心地は正直実家の自室よりも良かったリスティだった。
パルフェと同じベッドで眠る事になったのだが、その辺りは別に気にならないというか、自分は床でも問題無いぐらいに思っていたので上等な弾力性がすごいフカフカのベッドに眠れたのは、正直一生の内何度も経験出来るとは思えない程だ。
そんなベッドをリスティに譲り、焚き火の前で不寝番をしていたエーロッツォには、対価無しで色々してもらっているのに罪悪感を感じる程ではあるのだが……流石に恋人はちょっと。
リスティは自身にそこまで価値があるとか自惚れている訳でもないが、それでもそういう事はキチンと好いた人としたいのだ。
彼女はわりと夢見がちな乙女だった。
「さて、到着ですね、早速盗賊達の処理を頼んでしまいましょうか」
エーロッツォが縄を持って引き摺るように連行してきた盗賊達。
街に駐在する兵士へ引き渡せはひとり頭幾らかで褒賞が貰える為に生きたまま連れてきたのだ。
一応、殺した盗賊についても首だけにして持ってきているが、此方は賞金首でもない限り褒賞は出ない。
生きた盗賊ならば犯罪奴隷として運用が出来る為、その売買金から褒賞が出される仕組みになっているのだ。
また、生きたままの盗賊で、その盗賊が賞金首だった場合は褒賞が跳ね上がるが、こちらは見せしめ用の公開処刑をするためなので奴隷関連とはまた違う所から金銭が発生する。
「門兵さん、見ての通り盗賊を生け捕りにしたので手続きの方を」
「ああ、少ない人数なのによくこれだけの数の盗賊を捕まえられたな」
外門を警備する兵士へとエーロッツォが声を掛け、手続きを頼む。
すぐ近くにある詰所から数人の兵士が呼び出しに応じて出て来て、二三やり取りをした後に縛られた盗賊を連行して行った。
エーロッツォ達もそれを追うようにして付いていく。
兵士の詰所は外門からすぐの場所にあり、内部はあまり広いとは言えないが複数の兵士が仕事で詰めているのには十分なのだろう。
木製のベンチにエーロッツォ、パルフェ、リスティの順で座りながら、事務処理……捕まえた盗賊が幾らになるのか勘定されるのを待つ。
「ね、ねぇ……捕まえた盗賊って、幾らぐらいになるの?」
リスティがエーロッツォとパルフェ、どちらにでもなく問い掛ける。リスティは冒険者ではあるが駆け出しも良いところで、そういう情報にはまだまだ疎いらしかった。
「んん……パルフェ、どうだったかな?」
「地域によっても違うし賞金首が居るかによっても違うからなんとも言えない。けど、最低でもひとりあたり銀貨一枚ぐらいにはなる」
「……銀貨一枚……思ったより安い……ええと、捕まえたのが十一人、首が二つだよね、ええと……」
「首は賞金首でもない限りお金にならない、残念」
「え、そ、そっか……じゃあ最低でもええと……」
「まあまあ、細かい勘定は待っていれば解りますから」
奴隷や首で金勘定は酷いとも言えなくもないが、そもそも前提条件として盗賊という存在は、場所によっては魔物以下とまでされる存在だったりする。
盗賊に身をやつした人間は、基本的に人間扱いはされない。犯罪奴隷として扱う為に一応は生け捕りを推奨されるものの、人として生まれた身で、人の害悪となった存在にはこの世界は厳しかった。
エーロッツォも前世の知識からくる価値観の違いには違和感を持ったものだが、現在はわりと馴染んでいた。
盗賊は大抵男であり基本的にエーロッツォの不倶戴天の敵なので容赦の必要が無いのだ。
女盗賊とか幻想だったと気付かされたのもある。
「……ふぅ、絶対居ると思って探しまわったりもしたんですけどねぇ、ふぅ」
「……なんの話?」
「どうせ女の事。気にしなくていい」
エーロッツォが思うよりも盗賊稼業というのは女の身では過酷なのだった。当たり前と言えば当たり前だが。
「キミたち、待たせたね」
それからしばらく待ちぼうけした後、捕まえた盗賊達をあらためて貰っていた兵士に呼ばれ、褒賞の受け取りの為に事務室のような雑多な部屋へと入室する三人。
これまで兵の詰所のような場所には縁の無かったリスティは若干挙動不審気味だったが、エーロッツォはのほほんとした緊張感の無い顔で、パルフェも普段通りというべきか感情が判りづらいすまし顔のまま。
リスティと違い、二人は特に緊張していたりなどはしていないようだった。
部屋の中では無意味に緊張していたリスティだったが、そこで何が起こる訳でも無く事務官と思われる鎧ではなく制服姿の中年の男性に、軽い説明と貨幣が入った袋を手渡されるだけで退室を命じられるのだった。
「……ふぅ、緊張した……」
「別に悪い事をした訳じゃない。緊張する意味が無い」
「そうだけどっ、なんとなくソワソワするじゃん!」
「……する? にいさま」
「んー、リスティさんの気持ちは痛い程解るかなー、ははは」
「……? そう、なの?」
「いやぁ、悪い事しているつもりはなくてもねぇ、国家権力にお前が悪いと言われて不当な扱いを受ける事も多々あるしね? はっはっはっ……」
「いや、あたしはそこまで思ってないけどさ……」
「にいさま、やたら実感の籠った言い方」
エーロッツォの言い分は前世での経験談なので実感籠ってて当たり前だったりする。
彼は逮捕歴こそ無いがおまわりさんにはしょっちゅうお世話になっていたのだ。
「それはともかくパルフェ、褒賞を分配しちゃおうか。リスティさんの分を渡さなくちゃ」
「っ……、あたしの分か、えと……」
「お金の事ですし、きっちりとしておかないといけませんから」
「そ、そう……」
「にいさま、なら道端で話すよりは何処か落ち着いて話せる所が良い」
「分かった、なら向こうの何処か、食堂にでも入ろうか、リスティさんもそれで良いですよね?」
「う、うんっまかせるわ!」
三人は街の表通りを進んで、昼食から時間がずれている為か客が居ない店を見つけそこへ入る。
「あいよ、いらっしゃい!」
「三人……あ、リスティさんはどうします? 食べていきますか?」
「えと、そうね、もうお昼過ぎてるし、丁度良いし食べ終わるまではご一緒するわ」
「そうですか、なら三人分の昼食を」
「はいよっ、お酒は?」
「水で大丈夫です」
「お酒……あ、あたしはお酒で!」
適当に奥のテーブル席に腰を落ち着けながら、店の女将らしき女性へ注文をしていく。
一応、エーロッツォ達とリスティはここまで同行はしていても仲間という訳でも無くした無い状態だし、金銭のやり取りが終われば別れる間柄なので食事を共にするかをエーロッツォは確認した。
エーロッツォとしてはこれでお別れは寂しく思うが、女性に対してがっつくと嫌われる。という考えがあるので配慮しているのだ。
配慮する部分を根本的に間違っているのには本人は気付いていない。
「はいよ、すぐに持ってくるから待ってておくれ!」
「お願いします、綺麗なお姉さん」
「嫌だねぇこんな樽みたいなおばさんにそんな事言って、食事代まけたりとかはしないよっ!」
「いえいえ、本心からですって」
「あっはっはっ、最近の子は変な事言うねぇ~」
「……この人、いつもこんななの?」
「うん、手当たり次第。そしてだいたい相手にされない」
食堂のおばちゃんまで目の前で口説こうとしたエーロッツォに呆れつつ、となりに無表情で座っているパルフェへと質問してみるリスティ。
いつも一緒らしい人物が手当たり次第と言うのだから、実際そうなのだろう。
ないわ。やっぱ恋人云々は無理。と、改めて思いながら、リスティの興味は再び盗賊捕縛の褒賞へと移っていく。
(……助けて貰った身分でみみっちいけど、あたし、お金無いし……今日の寝床にすら困るぐらい……はぁ……)
リスティは金欠だった。ぶっちゃけお金を分けて貰えないとこの店での昼食代すら払えるか怪しいぐらいにお金が無かった。
リスティは冒険者である。そして冒険者とは請け負った仕事を出来高払いでこなす職業である。
しかし、リスティは冒険者のくせに仕事を選り好みして依頼のひとつもこなした事が無い口だけ冒険者だった。
理由はあるものの、その理由は自身の能力を過信していたからというだけなので、あまり誉められた理由でもない。
あの森を突っ切る街道を一人で進んでいたのも、このサレンの街では稼げないと判断して冒険者らしい仕事にありつきたかったからなのだ。
正直、バカな考えだったと言わざる負えない。流石にうかつ過ぎた。
危うく盗賊達の慰み物か物言わぬ死体になりかけた訳で、自分の剣の腕があれば大抵の事は切り抜けられると息巻いていた自信は粉砕されてしまった訳である。
流石に次は大丈夫。とまた同じ行動をするつもりは無いが、それでも青銅級で請け負える依頼なんて、ギリギリその日暮らしが出来るかどうかなのは変わらない。
(……上手くいかないわね、もっと、冒険者って面白いと思ったんだけどな……)
自身の剣の腕なら、すぐにでも昇級して、国でも有数の強者として……とか、昨日までは考えていた訳だが、そんなに上手くいく訳が無かった。
(……とはいえ、実家には啖呵切って出てきちゃったから戻れない訳だし、もっと考えて行動しなきゃなぁ、はぁ……)
そんな訳で、盗賊捕縛に対するリスティの分け前というのは、彼女にとって死活問題だった。
「パルフェ、食べる前にお金分けちゃおう」
「!!」
そこで、リスティが無言で何やらソワソワしているのを察したのか、エーロッツォが彼女が期待する通りの事を切り出して来た。
「ん……」
それに応え、パルフェが隣の椅子に乗せていた彼女が普段背負っている赤い革製の背負い鞄を開け、中から褒賞金が詰まった袋を取り出す。
「捕まえた盗賊は十一人、首だけ持っていったのはふたつ、勘定は聴いてきた通りで受け取ったお金も過不足無い」
パルフェはそう説明しながら袋の口を結んである紐をほどき、テーブルの上で複数枚の銀貨を丁寧に重ね始める。
「まず、賞金首は居なかった。全部無名の傭兵崩れ、首の方も同様」
言いながら、パチッパチッと音を立てて銀貨をふたつに分ける。
「で、生け捕りにした盗賊は一律銀貨二枚。計二十二枚が褒賞だった」
「…………えと……」
パルフェは自身の手元に銀貨を二枚、それ以外をエーロッツォの手元に移動させ、配布は終了とばかりにふぅ、と息を吐いた。
「あの、パルフェ、リスティさんには?」
「ない。おつかれ」
「……」
盗賊を生け捕りにしたのは全てエーロッツォで、リスティは大立ち回りの末に二人仕留めているが、持ち帰った首に褒賞は付かなかった。
パルフェはエーロッツォの指示で色々と働いていたが、リスティは助けられただけで生け捕りにはまったく寄与していない。
結果、リスティの分け前は存在しなかった。
「……ほえあっ」
リスティは頭が真っ白になった。
【設定解説】
人造宝具『エロさん印のランドセル』
真っ赤な革製の背負い鞄で、パルフェが移動中は常に身に付けている。
製作は当然の如くエロであり、曰く『誰がなんと言おうが少女には赤いランドセルが必須だ。文句は言わせない』との事である。
本来のランドセルは児童を転倒等から守る意味合いを合わせ持っており、当然の如くエロ製ランドセルも同じく防御力が高い。
メイン素材に赤竜の皮膜を用い、金属部分はミスリルを使用していて、更には軽量化の術式も組まれている為に、見た目に反して羽のように軽く、そして強靭。
さらに内部は亜空間術式が組み込まれており、容量は中規模の街がそっくりそのまま収納出来る程に大きい。