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私が聖女として召喚された世界は、幸福の国と言う。
文字通り、人々が幸福でないとうまく世界が回らないと、私をこの世界に連れてきた女神が説明してくれた。
人やそれに準ずる生き物が、あまりにも深い絶望や恨み、憎しみを抱くと、それは世界を苦しめる瘴気となって蔓延して、世界を滅ぼす元となるんだそうな。
そんな私の世界を救った? 後の話
タイトル適当なの思い浮かびませんでしたので無駄に長いです。
タグ:ファンタジー・恋愛どこ行った・ほのぼの?・ある意味殺伐・ある意味テンプレ・コメディったらコメディ
私が聖女として召喚された世界は、幸福の国と言う。
文字通り、人々が幸福でないとうまく世界が回らないと、私をこの世界に連れてきた女神が説明してくれた。
人やそれに準ずる生き物が、あまりにも深い絶望や恨み、憎しみを抱くと、それは世界を苦しめる瘴気となって蔓延して、世界を滅ぼす元となるんだそうな。
で、それが世界に住む者たちでもどうにもならなくなった時に、聖女が召喚される。
正確にはいくつかある国が持ち回りで女神に願い奉り、女神はその仲介って感じらしいけど、良くも悪くもこの世界の生き物って悪い方にも良い方にも染まりやすいので、耐性がある異世界の人間に浄化して貰おうって魂胆らしい。
異世界の人間は瘴気耐性の他に不幸耐性もあって、なおかつ本人が幸せを感じると、こちらの人よりもより多くの瘴気を浄化できるからなんだとか。
勝手に召喚しておいて何を言うかと思うかもしれないけど、この辺はものすごく慎重に人選されている。
まあ、普通は誘拐犯の言う事を何で聞かなきゃならんのよとか、それなんてストックホルム症候群とか思うだろうけど、本人の同意なく連れて行って恨まれたりすると世界の消滅フラグが立つので、大前提として死ぬ寸前の人間を選んでいるんだって。
あれだよ、事件とか事故で死ぬ寸前の相手をこちらに召喚してるってやつ。異世界行きを拒否するならそのまま死ぬけど、こっちに来たら、やることやった後は幸せな一生を暮らせますよ、っていうのが謳い文句。
借金苦とかいじめとかで自殺しようとしていた人だと、異世界に行っただけで救われるわけでしょ。それでもの凄く効率的に、瘴気に侵されて魔獣になっちゃった生き物を浄化できたっていうんで、女神はあえてなるべく悲惨な人生を歩んできた人を選んでるらしい。
……私?
自殺じゃないよ。あの時は石に齧りついても生きたかったよ! 聖女候補を探してた女神が、私の境遇を見て号泣してくれたくらいなんだからね。どう頑張っても生きる道がなかったから、余生と思ってこっちに来たんだもの。
「……ちょっと、聞いてる?」
金色の目をあらぬ方へ向けている男を私がじろりと睨むと、男はこれ見よがしに大きな吐息をついた。
頑丈そうな大きな体をしているくせに、疲労感たっぷりな様子がちょっと癪に障る。無駄に顔も良いので、憂い顔をされるとこちらがいじめたように見られるのが更に腹立たしいけど、現状、私の話を真摯に受け止めてくれるのはこの男だけなので、寛大な心で許したいと思う。
「聞いてるが……それ、お茶で、酒じゃないだろうな」
「アルフレートが出してくれたんでしょ、これ」
私が持っているティーカップに入っているのは、正真正銘ただの紅茶だ。お茶の葉は私が前回来た時に持って来た物だから、間違いない。
それにしても失礼だな。私が酔っぱらっているようにでも見えるの?
「紅茶にブランデー落としているアルフレートに言われたくはないわね。……っていうか、あなたの場合、ブランデーの紅茶割りか、へたするとブランデーの紅茶風味とかいうやつじゃない?」
最早アイリッシュティーじゃない。さっきからだぼだぼと結構な勢いで瓶を傾けている男にそう言ったら、素面で聞けるか、と吐き捨てられた。
「愚痴だろう?」
「そうよ、愚痴よ。私が余生と思っていた聖女稼業で、どんだけ苦労したかっていう愚痴に決まってるでしょう」
「そういうのは、素面では聞きにくいものだ。この程度の酒では酔わんが、多少の気休めになるだろうよ」
「ああ、リラックス効果ね」
「……それもあるが、感覚を鈍くすれは色々耐えられる」
何それ酷い。
「さっきから私の扱い酷くない? 私、救世の聖女なんだよ。アルフレートの事も何度も助けてあげたのに、なにこの仕打ちは」
ばしばしとテーブルを叩くと、アルフレートは心外だと呟いた。
「だから追い返しもせず、こうやって歓待して話を聞く態勢を作っているだろう! だが、この状況自体に物申したくなるのは仕方があるまい。私も魔王とか、元凶とか、瘴気の王とか言われたが、ここまで心労が祟ったことはなかったぞ」
私は肩をすくめた。
「仕方ないじゃない、私が愚痴を言えるのってアルフレートしかいないんだから。元々アルフレートの具合を見に来たんだし、あなたに愚痴言った結果、瘴気がダダ漏れしても、私がいる限り何もしなくても浄化できるんだから別に構わないでしょ」
これぞ、WIN-WIN。
そう言ったら、アルフレートはまたふかーい溜息を付いて、紅茶割りのブランデーをぐびりと飲んだ。
「この世界のどこに元凶と茶飲み友達になる聖女がいるんだ」
「いるでしょ、ここに」
胸を張ったらまた深い溜息を着かれた。
*******
この世界の人は幸福でないとうまく世界が回らない。即ち、日々暮らしていると、ごく普通に感じるちょっとしたストレスに、とても弱い。
誰かに叱られた、ただそれだけで瘴気が生まれるのだ。逆に誰かに褒めてもらった、ちょっと嬉しいことがあった程度で瘴気が弱まる。人が亡くなった時にはそりゃあもう連鎖的に瘴気が生まれると分かり切っているので、寿命以外で死ぬことがないように、医療及び医療魔法はものすごく発達しているらしい。おかげで、不慮の事故や故意の殺人の様な本当に特別な事以外では死なないんだそうな。老衰だと心構えができるから、天寿を全うした場合はそんなに瘴気は出ないんだって。
でも、瘴気によってネガティブ思考に陥ると、嬉しいと感じる心が弱くなってしまう。瘴気が瘴気を生むデススパイラルに陥るのだ。体も変調し始めて瘴気に完全に侵されると、周囲に害悪をまき散らすようになる。
これは人間に限らず、程度の差こそあれども、全ての生き物がそういう理の中で生きているのだけど、食事を取らず破壊活動を行ったり、逆に廃人のように動かなくなり、ただ瘴気をまき散らす存在になったりと、様々な変化を起こして最後は体そのものが瘴気と化してしまうのだそうだ。
私が女神に依頼されたのは、ただ「この世界で幸せに暮らしてほしい」だけだった。私の境遇に号泣しながら「そのための助力は惜しまない」の言葉付きで。
「あなたが居るだけで瘴気は勝手に浄化されるだろうけど、それまでに死ぬ人の事を考えて、保護者予定の王国の人間は、あなたに旅に出て積極的に瘴気を浄化してほしいと言う可能性が高い。でも、それもあなたの意志を優先して構わないわ。嫌なら嫌と言えばそれでいい。ただ、強要される恐れがあるから、対抗するための手段を与えておくわね」
そう言って女神の涙 (笑)という恩寵をくれて、その他に様々な注意点や情報をくれて送り出してくれた。
瘴気の元凶と呼ばれる存在がいるが、それは逆に瘴気の浄化の一助を担っているので、何を言われても決して害してはいけない、とも言って。
「そなたの様な者が聖女とは、僥倖であったのか不幸であったのか私には分からない」
当の本人はそんなことを言いながら私の前で頭を抱えているけど、私にとって愚痴を言える茶飲み友達の確保はとても──非常にありがたかった。
因みに、酒飲み友達じゃなくて茶飲み友達になったのは、単に年齢の問題だったりする。精神年齢はともかく、私の外見年齢は十五歳。日本人は若く見えるのテンプレが適用するらしく、いわゆる西洋人の容貌を持つ彼等にとって、私は十五歳以下に見えるみたい。
前の世界ではいける口であったので、普通にアイリッシュティーに付き合おうとしたら、年齢を理由に止められたのだ。ちょっとたらした位じゃ酔わないって言っても無駄だった。
「アルフレートって意外と常識人だよね」
「以外は余計だ」
「常識人だから、瘴気の王になったのかもね。……まあまあ、とにかく聞いてよ」
にっこりと笑ってみせると、それでも付き合いのいいアルフレートは、聞く気になってくれたようだ。また溜息を着かれたけど。
「そなたが聖女の務めに倦んでしまったら困るのは私だからな」
「ありがとう。こっちの人に愚痴なんて言った日には、自殺しそうな勢いで落ち込んだ挙句に瘴気の塊になっちゃうだろうからさ。なんでああもストレスに弱いんだろうね、白羽族の人って」
こちらの世界の人は、背中に羽が生えている。白い羽を持つ白羽族と黒い羽を持つ黒羽族で、どちらも鳥の羽っぽい。
こちらに来た時、私を保護してくれたのは、背中に白い羽が生えた白羽族の人だった。
初めて彼等、彼女等を見た時、まるっきり天使だと思ったんだよね。金髪銀髪が多くて淡い青や緑の目をしている人が多くて、ほとんど例外なく美男美女だから、とんでもなく場違い感があったのを覚えてる。
更に天使っぽい思ったのは、魔法のあるこの世界で、魔力が強い人には二対以上の羽が生えていること、羽が多くなれば多くなるほど地位と能力が上がること。そして、やたら規律正しい性格をしていること。
仕事を務めだと言うのもさることながら、規律というか掟がやたら色々決まっていて、破った時の罰則がまた厳しい。
それで瘴気を生んでいれば本末転倒でしょ? ちょっと規則を緩めればいいんじゃないのって助言をしたことが有るんだけど、示しがつかなくなるという多くの意見がありますので、だって。
自分の首を自分で締めていると思うんだけど、自業自得とはいえ迷惑かけられる可能性があるのは私なので、今では改変できる部分を少しずつ緩くしているところだ。
「黒羽族の人達と足して二で割れればいいんだけどね~」
「全くだな」
黒羽族の王であるアルフレートは深く頷いた。
魔力が強いと羽が増えるのと、美形なのは同じだけど方向性が正反対。高慢とか高圧的とかが似合うきつい顔立ちで、髪や瞳の色も真っ黒とか真っ青といった濃い色合いをしている。
性質も正反対で、享楽的で規則が嫌い。最低限度のルール……例えば貨幣と物を交換する程度の規則は守るけど、お店の営業時間は守らないみたいな感じ。良くも悪くも能天気で自分の好きな事しかやりたくない。白羽族の人よりも多少瘴気に強いけど、好きな事が出来ないとすぐに瘴気が出ると言う厄介な性質だ。
そんな状態なので、白羽族と黒羽族は一緒の地域に住んでいない。というか、性質上、一緒に暮らすのは無理。お互い憎み合っているわけじゃないけど、話しただけでどっちも瘴気を生むくらいに相容れないから、当然お互いがお互いの一族のみで国を作っている。
ここで多分、突っ込みを入れると思う。実は私も女神の元で勉強した時に突っ込んだものだ。
白羽族はともかく、黒羽族の一族はどうやって国の運営をしているの? と。
国の運営なんて一番規律正しく行わないといけないのに、黒羽族の治める土地は、白羽族に比べればそりゃあ乱れてはいるけど、混沌とはしていない。
で、これこそがアルフレートが瘴気の王と呼ばれる所以だった。
今、目の前に座っているアルフレートは、典型的な高位の黒羽族の容姿をしている。
綺麗だけどきつい顔立ち。長くまっすぐな黒髪と吊り上った切れ長の金色の目は、涼やかと言うよりは冷気を放っているように見えるし、薄い唇も色が薄いせいか冷血漢に見える上に普段は皮肉気に歪んでいることが多いので、本人もさっき言ったように、私の感覚からしてもザ・魔王様という感じだ。
真っ黒な羽は、並み居る白羽族の国王の標である三対の羽よりも更に多い六対。白羽族の人がどうあがいても太刀打ちできない魔力量の持ち主であることは間違いない。羽の多さは白黒共通して瘴気への抵抗力の高さを表している。
つまり、黒羽族の誰かが采配を振るわないといけない国の運営を……縛られるのは嫌なのに、おそらくこの世界で一番耐性を持っているが故にしなければならない不合理さ。
ストレスで瘴気を放つ破目になっても、彼以外が行えば遠からず瘴気と化すために辞めることもできず、白羽族の人はいくら黒羽族が嫌いとはいえ、何の罪も犯していない相手を害することを禁じている。まして、戦争を吹っ掛けるのは論外。規律に反したという自覚で、また瘴気を生みかねないし、戦争が原因で誰かが死んだらそこから連鎖式に瘴気が生まれかねない。
彼の王が世界で一番瘴気を生んでいることは間違いがないのだから、やはり排除するのがこの世界にとっては良いことだろう。しかし、規律に反するから自分達ではできない。
だったら、私に……召喚した聖女に始末して貰おう、と白羽族の人は考えた。
「なんか最初から少数精鋭とか言って、二対以上の羽持ちの人をお付きとして選んでくるのは良いにしても、今の私に似合う位の若い年頃の男ばっかりを寄越すのはどうかと思うんだよね~。なんか、目的が透けて見える」
大体ニ十歳に満たない子ばかりじゃ、護衛という理屈は通らないでしょ。そういう意味で寄越すなら、もっと腕の立つ人は男も女もいっぱいいたんだし。
「仲良くなりたいって主張しつつも、世界の情勢を説明して来るのは白羽族の立場から見た事だけだったし」
女神に聞いたら、白羽族の人は当然黒羽族の情勢を知ってたんだって。王が死んだら、多分、黒羽族の人達は段々瘴気によって数を減らしていったと思われるのに。土地が離れている上に、瘴気を浄化する聖女がいるから自分たちは大丈夫って思っていたみたい。
女神は、白黒両方の一族にそれぞれ加護を与えているのにもかかわらず、自分たちの方がより沢山受けているようなことを口にしつつ、偏った思想を垂れ流す。……それって洗脳って言わない?
「そなたは女神の神託を受けられるのか?」
「神託っていうか、連絡したい時に会話ができるね」
神託っていうと、一方的みたいじゃない。どっちかって言うと、電話感覚?
そう言うとアルフレートは絶句したけど、気にしないで続ける。
「因みに、女神の涙って恩寵は、私の体に降りかかった涙の数だけ便利機能が使えるっていうので、女神は私の為に号泣してくれたんで、女神曰く、史上最強の聖女って言ってたよ」
三十路女だった私が現在十五歳なのも、その恩寵の一つだったりする。若くなりたいって言うよりは、こっちに来る直前のトラブルですっかり男嫌いになったので、男除けのつもりだった。女神に細かな調整はお願いしたけど、私の外見年齢から、婚姻不可能な年齢と判断されたのは本当に良かった。
「お付きの人を引き連れて五人で瘴気の濃い場所を巡る旅に出ることになったけど、なんかあからさまにちやほやして来るし、どいつもこいつも四つある白羽族の王室につながる血筋の持ち主ばっかりだったし、水面下で誰かに恋愛感情をもったらその国に私が移住する約束がされているみたいだし、ほんとどうしてくれようかと思ったよ」
聖女として召喚された世界で魔王を倒すって、テンプレ中のテンプレなんだよね。
与えられた試練、艱難辛苦を乗り越え、心を通わせた二人は恋に落ちて、王子であった相手の国へと移り住んだあとは幸せに暮らしました──って、吊り橋効果で恋に落ちやすいとはいえ、マジで洗脳だし、ハニートラップだと思うよ。一方的な情報でしか判断できない環境を作って、良いように操るには良い環境だよね。
私が小娘だと思って若造ばっかりだったから、避けるのはそんなに難しくなかったのは幸いだったけどね。
「恩寵のおかげで私の愛武器、『一撃ミンチ君』はぴこぴこハンマーみたいな重さで振るえたし、おかげで瘴気が獣に宿って襲ってきても一撃必殺の無双状態だったよ」
アルフレートが頭を抱えたようだったけど、気にしない気にしない。
「夜這いかけられたら鬱陶しいんで、結界術もちゃんと使えるようにしてもらったし、実際、この城に着くまでの野宿ではかなりお世話になったしね。すごいよねー青カンまでは考えていなかったのかもしれないけど、野宿の最中に盛るんだよ? というか、盛れるんだよ? 死にそうになると種の本能が刺激されるってよく言うけどさー」
良く見たら、アルフレートは頭を抱えているんじゃなくて、耳を塞いでいた。
「ダメじゃん、話をちゃんと聞いていないと!」
「いや、改めて、そなたの様な者が聖女とは、僥倖であったのか不幸であったのか私には分からない」
「その台詞、さっきも聞いた」
「……とりあえずあの巨大棘付きハンマーが私に振り下ろされなくて良かった、と心の底から思う」
青い顔をしたアルフレートが、ふかーい安堵の溜息を着いた。他にもぶつぶつ恐ろしいとか怒らせないようにしないと、なんて言ってたけど、まあ、聞かなかったことにするよ。
アルフレートと初めて会った時、説明するのが面倒くさかったんで、敵味方全員意識を刈り取ってからの強制浄化だったから、武器の威力を知らないままだったんだね。
全員が目を覚ました時にはもう浄化済みで、
「なぜ殺さない?」
って、白羽族のお供に言われたのに
「なんで殺さなきゃいけないの?」
って、普通に返して。
目を覚ましたアルフレートには、
「殺されていた方が楽だったかもしれぬな」
なんて言われた事を思い出したよ。
黒羽族の王はブラック企業も真っ青な労働時間だし、これからもアルフレートは頑張らないといけないんだから、死んでもらったら困るの。
そんなことを考えていたら、
「そんな輩に囲まれていると心が休まらんだろう」
と、アルフレートから同情の言葉をいただいた。
「うん。だから、段々と意識改革をしている所なんだ」
白羽族の選民的なところは、直接女神の声を聞かせることで叩き直したから、後はそれを継続しつつ範囲を広げて行くことを目指している。それでも聞く耳持たないようなのは、物理でお話しするようにしたらちょっとはマシになった。
ここまで苦労しても、暮らしやすいのは白羽族のところなんだよね。女神も私を白羽族の国に下したのは、黒羽族の人のいる地域が住みにくいというか、他人のための労力を割く気持ちがない一族だからで、王に従うのは巡り巡って自分の首を絞めることだって分かっているから。
そんな中、瘴気を浄化する聖女なんてものが来たらどうする?
生来の怠け者の彼らの事だ。アルフレートの傍に私を縛り付けて、今以上に働かせるに違いない。
私も社畜人生をずっと歩んできた身だからして、全くお手伝いが出来ない訳じゃないので、同情で手を出さざるを得ない状況になっていた可能性が高いんだよね。
数人を犠牲にして回っていく国っていうのは、その数人の内の一人でも欠ければお終いになる可能性が高く、事実、今まで何とかなったのは奇跡に近いそうなので、アルフレートを直接手伝わないという前提で助言をする予定なのだ。
好きこそものの上手なれを地で行けば何とかなる部分もあると思うんだけどね。自分が欲しいから作る、っていうのはストレスにはならんのです。
いま紅茶に入れているブランデーは黒羽族が作ったもの。飲みたい人が頑張れば、これだけの物が作れるのよって証しでもあるんだから。
で、休憩もしないでひたすら仕事をした挙句にまた瘴気を生み出しているアルフレートには、効率を上げるには適度な休憩が不可欠と、白羽族が作った紅茶を差し入れて、瘴気の浄化と言う名目で強制的に休憩時間を取らせているのです。
「そなたが外見年齢通りの子供ではないと分かっているが、なぜそこまでしてくれるのだ?」
「うーん、一方的に情報入れられて信じた相手に裏切られたから、かなぁ。黒羽族は責任の分散が出来れば、実は結構何とかなりそうだなと思ったから、まあいいとして……白羽族の人がやらかしたやり方だと、その方が国に便利だから聖女を籠絡する為だけに集められたメンバーが、義務感だけで聖女を娶った挙句に二心がバレて聖女が瘴気を吐く存在になって世界が滅ぶ未来が来ないとも限らないなーと思ったんだよねー」
そう言ったら、アルフレートは長い黒髪をかきむしり始めた。
「お、恐ろしいことを言わないでくれ! そなたがそんなことを言うと、本当に起りそうな気がするのだ。……それとも何か、女神の恩寵で予見の能力でもあるのか? そうなのか?」
「いやいやいや、違うよ、そんな能力はないない。だけど……」
「だけど?」
「ありそうだと思わない?」
元々顔色が良くないのに、青を通り越して白い顔色をしたアルフレートががくがくと震えながら頷く。
「だからさ、私も頑張るからアルフレートも適当に頑張ってよ。少なくとも、この次の聖女が召喚されるまでの期間が延びる様にしたいもの」
「……なんだ、その適当とは?」
虚をつかれた様な顔をした瘴気の王に、堪らず私は吹き出してしまった。
「アルフレートはもう頑張っているでしょ。ちょうどいいくらいって意味の適当で、好い加減って事だよ。最善はもう聖女に頼らないで何とかなると良いよね。女神がいくら人選を頑張っていたって、絶対はないと思うからねー」
私はよくある交通事故による転移だったけど、タイミングとしては基本的に異世界の神は余所の世界に手を出せないから、魂と体が切れる瞬間を狙って交渉を持ちかけるって言ってたよ。
自殺する人はどうなのかって? まあ、本人の意志で死を選んだにしろ、万が一踏みとどまる可能性もあるにはあるけどさ。一応、もう絶対死ぬって分かっている人にしか手を出さないって。所謂、死神に取りつかれた状態の人だけ。そういう人は、死ぬことしか考えないから踏みとどまらないんだって。生きているけど確実に死ぬ運命だから、手を出してもOKってことなんでしょ。そこをうまく丸め込むのがテクって言ってたもん。
でも、そう言う人が立ち直った後裏切られたら……あ、ごめん。これ以上は言わないから。
また紙のような顔色になってしまったアルフレートが胸を押さえている。
「一応聞くのだが……。そなたは大丈夫なのだな? 嫌な事をある程度許容できると言っても、限度があるだろう?」
やりたくもないことをやってストレスが溜まって瘴気を生むくらいなら、そなたも無理をしないで休むのだぞ、と倒れる寸前まで働いていた王様が言う。
……基本的にすごく優しいんだよね。良い男は前の世界のトラウマで嫌いなんだけど、いい人過ぎて私のサド心には引っかからない。それが良かった。
だから──私は優しく微笑んだ。
「気にしなくていいよ。やりたいことをやっているだけだから。前居た場所で裏切られた相手に報復できなかった憂さを晴らしている分もあるし、同じ様な事をやらかそうとしやがりました元お付きの四人は、徹底的に鍛え直すことを国本からしっかり許可貰ってるし」
うーふーふーと微笑むと、またアルフレートが震え出した。……根深いストレスがあるのかしらん。
私を裏切った相手は私の元夫だった男だ。
アラサーになってちょっと結婚願望が頭を擡げたところに、あまりにもタイミング良く口説いて来た男に、すっかりのぼせてしまったのが始まり。……あんなハイスペック男が私みたいな地味女を口説くなんて、何かあるんじゃないって思わないといけなかったのに。
元夫のハイスペック加減はすごかった。三十にもなっていないのに、一流企業の課長で年収一千万越え、身長も高くて外見も極上。医者の家系だけどお兄さんが後を継いでいるので、長男の嫁的な苦労は無し。
結婚前から浮気をされていたんだよね、私。
……うん。今思い出しても腹が立つ。
最初からそっちと結婚すりゃあいいじゃないって思うでしょ。
それが、結婚できない相手だったんだよ。
浮気の相手は男。それも同じ会社の部下だった。
結婚前からも、結婚後も、忙しいからって言うのを理由に手を出してこないのに、あれー?とは思っていましたよ。
戯れなのか何なのか、男同士で名前を記入してある婚姻届の下に、元夫の名前だけ記入してあった離婚届があったので、即確保して浮気の証拠を集めまくり、どうも仕事はそんなに忙しくないみたいで、忙しいと言っていたその間は部下と一緒に過ごしていたこと、会社の営業中に楽しんでいたことがあるみたいだということを突き止めた。残念ながら映像は確保できなかったけど、メールのやり取りと音声データはゲットして、結婚期間も短かったから慰謝料よりも私自身が気が済む方法を選んだ。
証拠物件を全てコピーして、元夫の会社、元夫の実家、元夫の兄(既婚)の家、私の実家に送ったんだよ。元夫の会社には、営業時間中にホテルに行ったようですよ、の注意文付きで。
まともな会社なら馘首にすると思うけど、結果を見届ける前に車に轢かれちゃった。離婚届を提出後で良かったと本当に思う。私の財産なんて大したものじゃないけど、私が汗水たらして稼いだお金が遺産として回るなんて許せない。
隠れ蓑にするなら、契約結婚でもすればいいじゃない。
それを本人に面と向かって言いたかった。……女神が号泣してくれた私の身の上である。
「無理なら無理って言うから、アルフレートもちゃんと言ってね」
黒羽族の執政官のみ、週休二日の定休制度を導入したらどうかなと助言するつもりでそう続けると、アルフレートは高速で頷いた。
「うむ、分かった。ちょうどいい加減の適当だな?」
「そう、その調子」
今度来るときは、お茶菓子を持って来よう。それまでに、もうちょっと白羽族の調教を進めておかないとね。
今後の予定を組みながら、冷めかけの紅茶を飲んだのだった。
元夫の下りを入れるか入れまいか迷いましたし、長いので二話に分けるか考えましたが、ちょうど良い切れ目がないのでそのまま投下します。
連載予定でしたが、ストレスマッハの時に書いたのは真っ黒だったので方向転換。
コメディのつもりです(異論は認める)