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神の娘


第五章神の娘


「いやーーー。アスター様!」


叫ぶのと同時にシルヴィアは跳ね起きた。ハアハアハアと息が荒い。汗で前髪が額に張り付いていた。


「夢?」


「夢じゃないさ。お姫様」


鉄格子越しにひげもじゃのおじさん看守がシルヴィアに答えた。見たこともない男が突然目の前に現れ、シルヴィアは驚きのあまり声も出ない。


ジャラ


鎖がこすれる音。手首を見ると手枷がはめられていた。足枷の次は手枷。自分はよほどこういう目に遭いやすいのだろうか。


「ここは、一体」


シルヴィアが尋ねるとおじさんは憐れむような眼差しでシルヴィアを見る。


「ここは、ローザリオン。シェファーズとの国境近くの場所だ」


「ロー…ザリオン…」


確か誰かがローザリオンの話をしていたと、シルヴィアは己の記憶の糸を手繰り寄せた。


『一応、あなたはシェファーズの姫ですから殺したくはありません。ローザリオンからもできればと言われていますからね』


そう言っていたのはシェファーズ近衛軍の兵士たちだった。自分は利用されたのだ。アスターを亡き者にしたいローザリオンによって。

アスターの最後の姿がまぶたに焼き付いて離れない。


「アスター様」


小声で呟く。


「アスター? 鬼神アスターのことか?」


おじさんが彼の名に反応した。シルヴィアは牢屋の粗末なベッドから飛び出すと鉄格子にかじりつく。


「おじさん。アスター様を知っているのですか?」


「おじっ…」


少女におじさんと呼ばれたのが相当ショックだったのか顔をひくつかせていた。


「知っているのなら教えてください。アスター様はどうなったのですか?」


おじさんは表情を引き締めると鉄格子に歩み寄り、床であぐらをかいた。


「お前さんを運んできたやつらは死んだと言っていた」


「!」


シルヴィアの顔が強張る。


「自分たちの手で鬼神を殺したと」


「…そんな」


唇を噛み締め静かに泣くシルヴィアの頭をおじさんが優しくなでる。


「ここには、俺しかいねぇ。我慢するこたねぇ。思いっきり泣け」


その言葉が張り詰めていたシルヴィアの精神の糸を断ち切る。


「うううぅぅぅ。あああぁぁぁぁぁ。ああああぁぁぁぁ」


涙が後から後から溢れてくる。苦しくて息がうまく吸えない。痛い。胸も頭も心も痛い。


「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


シルヴィアは言葉にならない声をあげ、泣き続けた。そしておじさんは格子越しにシルヴィアの涙が枯れ

果てるまで彼女の頭をよしよしとなで続ける。


「うっ、うっ、うっ……。ひく。ひっく。ひっく」


しゃくりあげながら涙するシルヴィアにおじさんは静かな口調で言った。


「姫さん、おまえさんは、鬼神アスターが本当に死んだと思うか?」


少しの沈黙の後、シルヴィアは口を開いた。


「わかりません。身体に剣を突き立てられたまま坂を転げ落ちていってしまいました。可能性は低いことはわかっています。でも認めたくないんです。奇跡を信じたい。生きていらっしゃると…、信じたいんです……」


「そうか。なら、誰がなんと言おうと、信じ続ければいいさ」


「おじさん」


「姫さんは、鬼神アスターに会いたいんだろ?」


こくりとシルヴィアは頷く。


「だったら、この状況を打開してシェファーズに戻らんとな」


シルヴィアはハッとした。今まで、自分はその場の状況に流されてきただけ。

そのせいでアスターは窮地に立たされたのだ。すべては自分の弱さが招いた結果。

自分から動かなければ、また同じことの繰り返し。それだけは嫌だ。少しの沈黙の後、

シルヴィアはスーハースーハーと深呼吸をするとおじさんの顔を真剣な表情で見つめる。


「おじさん。ここはローザリオンの監獄なのですか?」


行動を起こすためにはまず自分の置かれている状況を把握しなければならない。

シルヴィアはおじさんからできるかぎりの情報を得ることにした。


「いや? 監獄じゃない。ここはローザリオンの有力貴族が所有する別荘だ」


『ローザリオンの有力貴族! まさかっ!』


シルヴィアの脳裏にローザリオン屈指の名家の名前が浮かんだ。


「マルリオーザ侯爵家」


おじさんは驚いた顔をした。


「そうだ。ここはマルリオーザ侯爵家の別荘だ」


シルヴィアの推測を肯定する言葉が耳に入った途端、雷に打たれたような衝撃がはしった。


「ここにいらっしゃるのですか?」


「誰が?」


「シェファーズ王妃アルグリア様です」


「…ああ」


シルヴィアは自らの胸元を握り締めた。


「すべては、アルグリア様が仕組んだことなのですね」


「……」


おじさんは肯定も否定もせずただただシルヴィアの言葉を聞いていた。


「アルグリア様がローザリオンを動かして」


握り締めた拳から血が滴り落ちる。


「っ」


初めてだった。こんなにも憎いと思ったのは。どんなに殴られようとも。どんなに蹴られようとも。憎いと思ったことはなかった。どんなに罵倒されても、悲しいとしか感じなかったのに。怒りに身体全体が震える。焼け焦げた大地。濁った湖。絶命した兵士たち。

お父様。歓喜の声をあげた国民たち。そして…。


「やっと、戦が終わったのに…。己の欲望のために、また踏みにじるというの? シェファーズの大地を。そして民たちを」


しかも、今度はそこにリリィアード人たちも加わるのだ。


「止めなければ…。なんとしても、止めなければ」


もう見たくなかった。誰かが死ぬところなど。そんな悲しい思いは、二度としたくなかった。そして誰にも味合わせたくなかった。シルヴィアの瞳に強い光が宿る。彼女の変化を黙って見守っていたおじさんは驚きに目を見張る。そして一瞬で彼はその瞳に射抜かれた。

そのとき、コツコツコツと階段を降り、こちらへと近づいてくる複数の足音が聞こえてきた。体中に駆け巡った衝撃から意識を取り戻したおじさんは立ち上がり、シルヴィアを激励した。


「姫さんよ。勝負のときが来たようだぜ」


シルヴィアは無邪気に笑うとおじさんに尋ねた。


「いろいろ、教えてくれてありがとうございます。あなたのお名前を伺ってもよろしいですか?」


おじさんはきょとんする。


「俺なんかの名前を聞いてどうすんだ?」


「恩人のお名前を聞くのは当然のことです」


彼は照れたようにガシガシと頭をかく。


「恩人なんて、たいしたことはしてねぇさ」


シルヴィアはくすっと笑い、再度尋ねた。


「お名前をお聞かせ願えますか?」


おじさんもフッと笑うと初めて自分の名を口にした。


「俺の名はモシャスだ。シルヴィア姫」


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