恋の自覚4
アスターがシルヴィアの横顔をみつめる。
「好きなんです。あなたのことが」
シルヴィアは前を見据え、歩みを止めようとはしなかった。
「だから、死んでほしくないんです」
束の間の沈黙ののち、顔を背けたアスターは短く吐き捨てた。
「馬鹿が……」
その言葉にシルヴィアは笑う。
「そうですね」
本当に、その言葉通り自分は馬鹿な女だ。仇を愛してしまうなど。愛してしまう要素など何一つなかったはずだ。自分を苦しめ、さいなむことはしても優しくされたことなど、ほとんどなかったのに…。
「俺は…お前を愛しているわけではない。俺には、そんな感情などない」
「はい。それでもいいのです。わたしが勝手にあなたをお慕いしてしまっただけですから」
そんなシルヴィアの見返りを期待しない無償の愛にアスターは、どう答えていいか分からなかった。一途なシルヴィアの愛に返せるものなど何一つ持っていない己には……。
「いたぞーー! こっちだ!」
追っ手の声に二人はハッと後ろを振り返った。右からも左からも追っ手が迫る。彼らの手には剣が握られていた。アスターを連れ、シルヴィアはさらに森の奥へと逃げようとした。
が、立ち止まる。そこは坂になっていたからだ。進めば転がり落ちてしまう坂が。
「逃げ道はないようだな」
追っ手が二人を取り囲む。前方には追っ手。後方は急斜面。最早、逃げ道などどこにもなかった。追っ手たちが徐々に近づく。薄気味悪い笑みで。シルヴィアは両手をひろげアスターをかばい、追っ手たちの前に立ちはだかる。
「シルヴィア様。そこをどいてくださいませんか?」
追っ手の一人が話しかけてくる。
「一応、あなたはシェファーズの姫ですから殺したくはありません。ローザリオンからもできればと言われていますからね」
『ローザリオン!』
長年の敵国の名にアスターは顔をゆがめる。
『奴らがひそかに動いていたとは、うかつだった』
なんとしても、この危機を乗り越え王城に戻らねばならない。アスターはじっと隙をうかがう。
「さぁ、そこをどいてください」
顔から表情を消し去ると、剣を強く握り歩み寄ってきた。その場に殺気が満ち溢れる。
気圧されるそうになるがシルヴィアは、追っ手をにらみつけ、ぐっとその場に留まった。
「はぁ~。仕方がありませんね」
片手で顔を覆うと追っ手はため息をついた。
「では、鬼神共々あの世に行っていただく」
追っ手の一人がシルヴィアに向け剣を振り上げた。シルヴィアは覚悟を決め、目を瞑る。
ザシュッ
肉が切られる音がしたかと思うと強い血のにおいがたちこめた。しかし、シルヴィアの体に痛みはない。あるのは温かい腕と胸板の感触。
シルヴィアはそーっと眼を開けた。
「アスター…様」
かばっていたはずのアスターに逆にかばわれていた。アスターの体が崩れ落ちる。
それを支えきれず彼の背に手をやり、シルヴィアは膝をついた。手にアスターの流した血がつく。
「アスター様! アスター様! しっかりしてください」
シルヴィアは必死に声をかける。意識はまだある。アスターは力を振り絞るとシルヴィアの体を横に突き飛ばした。
「あっ」
身を起こしたシルヴィアが次に見たのは信じられない光景だった。アスターの脇腹に剣が吸い込まれていく。シルヴィアは両手をこめかみにあてると絶叫した。
「いやーーーーー!」
そして、アスターは脇腹に剣が刺さった状態のまま坂を転がり落ちていく。そのとき一瞬、アスターが微笑んだように見えた。しかし、シルヴィアの精神が耐えられたのはそこまでだった。シルヴィアは涙を流したまま意識を失う。追っ手たちの歓喜の声を遠くにかんじながら。
「やった! とうとうやったぞ。鬼神を倒した!」
興奮気味に語る兵士。
「ところで、シルヴィア姫はどうする?」
「ローザリオンに引き渡せばいいだろう?」
「そうだな。できればシルヴィア姫も取り込みたいようだったしな」
「ふん。気にいらねぇな。国を鬼に売り渡した売国奴など殺してしまえばいい」
「俺たちにとって邪魔になれば、あの方がうまく始末してくださるさぁ」
その言葉に男は頷く。
「そうだな。あの方にすべてお任せすればいい。シェファーズの正統な王位継承者であるディアナ様の母君。アルグリア様にな」
追っ手たちは剣をおさめると、意識のないシルヴィアに近づいた。彼女の閉じられた瞳からは幾筋もの涙が流れ落ちていた。




