恋の自覚3
「こっちに逃げたぞー! 追えーーーー!」
追っ手たちの声が聞こえる。手綱を握るアスターの手に力がこもる。
ハッと現実に引き戻されたシルヴィアは、頭を軽く左右に振り、余計な考えを振り払った。今はそんなことを考えている暇など無い。
「しっかり掴まってろ! シルヴィア。振り落とされるなよ!」
「はい」
シルヴィアの返事を聞くや否や、アスターはさらにスピードを上げた。
だが、二人乗りの馬では追っ手を撒くほどのスピードは望めない。このままでは追いつかれてしまう。そのとき追っ手たちから矢が放たれた。
ビュッビュッビュッ
「きゃーっ」
「くっ」
アスターは馬を巧みに操り、矢を避ける。先ほどのように剣で矢を払いのけられればいいのだが、シルヴィアがいるので、そういうわけにもいかない。剣を抜き、振り回せば、誤ってシルヴィアを傷つけかねない。
『くそっ』
アスターは唇を噛み締める。そのとき、遅れて放たれた一矢がアスター目掛けてとんできた。しかし、対策を講じていたために気がそれ、背後の注意を怠ってしまったため反応が遅れる。
ドスッ
「ぐっ…」
「アスター様っ!」
その矢はアスターの背を正確に射抜いた。
ビュッ
再び第二矢が飛んでくる。
ドスッ
「ヒヒーン」
すると、今度は二人が乗っている馬の足に刺さった。馬はそのまま走り続けることも、止まることもできず倒れこむ。
「きゃーー!」
その勢いで二人は草むらの中に放り出された。
「いたっ」
シルヴィアは身を起こし、後ろを振り返る。
そこには矢が突き刺さった肩を押さえ、うずくまっているアスターの姿があった。
「アスター様!」
急いでアスターのもとへ駆け寄る。だが、アスターは駆け寄ったシルヴィアを無言で突き飛ばした。
「きゃあ」
シルヴィアはアスターを見つめる。
「アスター様……」
肩を押さえたアスターはシルヴィアを睨み付け、言った。
「行け……」
低い声でアスターは叫ぶ。
「行け。シルヴィア!」
有無を言わさぬ強い口調。アスターの決意と覚悟を感じた。シルヴィアは青ざめながら首を横に振る。
「いいから。行け!」
シルヴィアは再度首を横に振り、その場から立ち去ろうとは決してしなかった。むしろ震えながらもアスターの傍へと舞い戻る。
そして、シルヴィアはアスターの無傷の方の肩の下に体をいれ、アスターを立ち上がらせようとした。
「やめろ」
シルヴィアは無言でアスターの体を支え、そのまま森の中を進んでいく。
「やめろ……」
アスターの言葉に耳を貸さない。
「やめろ! シルヴィア!」
小柄なシルヴィアが自分をつれ、逃げるなど不可能だ。だが、奴らの狙いはシルヴィアではない。自分だ。シルヴィアだけなら逃げ切れる可能性が高い。
「もう、やめろ! 一人で行け!」
アスターが怒鳴る。
「いやっ!」
負けじとシルヴィアも叫ぶ。自分の思い通りにならないシルヴィアにアスターは苛立った。
「お前がいても何も変わらん! 行け!」
「いやよ!」
なおも拒絶するシルヴィア。
「見殺しになんて……できない。」
口から搾り出すように声を出す。
そのとき、アスターの心になんとも言えない感情が芽生えた。
「俺は……。お前の国を滅ぼした張本人だぞ」
シルヴィアは額に汗を浮かべ、微笑みながら答えた。
「ええ」
「俺は、お前の父を殺した人間だ」
「分かっています」
苛立つアスターは激昂した。
「シェファーズを滅ぼすよう進言したのは、この俺なんだぞ!シェファーズが気に入らないという理由だけで!」
「それでも!」
シルヴィアがアスターの言葉を遮る。
「それでも……放っておけないんです」
「…どうして」
アスターはぽつりと呟く。その言葉にシルヴィアは唐突に自覚した。もうごまかすことはできなかった。アスターを見殺しにできないのは何故なのか。これが自分の気持ちを伝える最後の機会かもしれない。そう思ったら、今の自分の感情を素直に受け入れることができた。怨みも憎しみも悲しみもすべて取り払ったあと最後に残った自分の思い。それを告げる。
「…好きなんです」