第1話:ニコイチの闇
はじめまして、またはお越しいただきありがとうございます。
本作は「もしも、静かに、そして技術的に侵略される日本があったら?」という仮定から生まれたミリタリー・サイバーサスペンスです。
舞台は、埼玉県河口市の片隅に広がる実体不明の“ヤード”。
鉄と油の匂いが漂う現場で、急逝した父親の会社を継ぐことになった主人公・朝倉誠が、父の遺した「ある規格外の遺産」とともに、街の裏側に潜む恐るべき侵略構造へと巻き込まれていきます。
陰謀論と切り捨てられないようなリアルな現場の違和感と、サイバネティクスやAIが織りなすSFアクションの融合をお楽しみいただければ幸いです。
※本作は完全なフィクションであり、実在の人物・団体・国家等とは一切関係ありません。
河口市の外れ。
高速道路の高架下に広がる一帯は、地図にも正式な名称が載らない。
地元の人間はただ「ヤード」と呼ぶ。
朝倉誠は、薄曇りの空を見上げながら、鉄と油、そして焦げたプラスチックの匂いが充満するその場所へ足を踏み入れた。
誠の着ている作業服の胸元には、小さな刺繍がある。
『朝倉電子精密』。
社員20名、パート17名。計37名の泥臭い零細企業だ。
だが、誠の経歴は泥臭さとは程遠い。ほんの半年前まで、彼は巨大軍産テック企業で量子情報処理と生体インプラントを研究する主任研究員だった。金権主義と倫理観の欠如した開発競争に疲弊していた頃、突如として舞い込んだのが父の訃報だった。
『朝倉電子精密』社長・朝倉勝、享年65。
病死として処理されたが、父の技術一本で成り立っていたコアパーツ供給企業への「何らかの圧力」と「急すぎる死」には、胡散臭い影がつきまとっていた。
そして、誠が実家の地下作業場で発見した、父の古いデスクの引き出し。
そこに遺されていた1本の暗号化ドライブと、殴り書きのメモ。
『オペレーション基本コード「アスカ」:ネガティブエントロピー量子AIメインフレーム開発資料』
軍産テックの最前線にいた誠ですら息を呑む、人知を超えたアーキテクチャ。
「親父……一体、何と戦おうとしていたんだ?」
誠は大手企業を退職し、自宅地下に組み上げた専用クリーンルームでその量子AI《ASUKA》を完成させ、自らの脳幹と視神経へダイレクトにインプラントした。
今、誠がヤードにいるのは、父の代から納品していたヤード内のプラント機器――排気・切断用自動デバイスの定期メンテナンスのためだった。
「……今日も、相変わらず不気味な空気だな」
午前五時。街はまだ眠っているはずなのに、ヤード内は異質な熱を帯びていた。
フォークリフトの唸り声、溶接の火花、聞き慣れない外国語の怒号。
誠の目を引いたのは、敷地の端に置かれた一台の乗用車だった。
昨日の夕方、フロントが大破し、フレームまで歪んでいたはずの事故車。
だが今、そこにあるのは――傷一つないピカピカの“合法中古車”だった。
誠は歩み寄り、ボンネットを開ける。
エンジンも、フレームも、シリアルナンバーも、昨日とは全く違う。
盗難車のパーツと事故車の書類を組み合わせ、一夜で“完品”に仕立て上げる犯罪――「ニコイチ」。だが、作業の精度とスピードが人間の手作業の領域を明らかに超えていた。
「マコト、あまり見つめるな」
低い声に振り返ると、大柄な男が立っていた。
ナヴァル人のまとめ役、アズだ。彫りの深い顔には深い疲労が刻まれている。
誠は父の整備カバンを持ち直し、アズに向き合った。
「また徹夜か、アズ。お前たちのプラント機器の調子を見に来たんだが……この車の組み替え、どう見てもおかしいぞ」
「……俺たちがやってるんじゃない」
アズは周囲の監視カメラを警戒するように声を潜め、ヤードの奥に鎮座する巨大なコンテナを指差した。
コンテナの隙間から、ぬらりと光る金属アームが伸び、車体を持ち上げてパーツを吸い込むように接合していく。作業というより、巨大な鉄の肉食獣が車を貪り、吐き出しているような異光景。
「中京からの“機械”だ。俺たちナヴァル人は、ただの目くらまし……日本人の目を誤魔化すための監視員にすぎない」
その時――誠の脳内で、心地よい電子音が鳴った。
――ピッ。
《誠。視覚および電磁波情報の同期完了》
誠の視界に、AR透過データが重なる。自分だけに聞こえる《ASUKA》の静かな声。
《このヤードにおける車のニコイチ作業は、単なる資金源確保の闇ビジネスではないわ。中京集団による“侵略プロトコル”の第一段階……精密度と自動化ラインの運用テストよ》
誠は眉をひそめた。
(侵略プロトコル……?)
《ええ。そして誠、注意して。このヤードには“車以外のもの”も大量に運び込まれているわ》
誠の脳裏に、昨日コンテナの物陰で見かけた日本人女性の姿が蘇る。
虚ろな瞳、乾いた唇。自らの意志を失ったかのような立ち姿。
アズが苦い顔で呟いた。
「マコト……気づいているんだろ。あれは“戸籍を売らされた日本人”だ。だが、それだけじゃない。ここは車の墓場じゃない……俺たちの、そして“日本の墓場”なんだ」
「アズ……お前たちは、なぜこんな無茶に従うんだ?」
アズの拳が硬く握り締められ、震えた。
「逃げられない。俺たちナヴァル人の家族は、中京の本国にある『人間畑』という収容集落に捕らわれている。従うしかないんだ。……だが、マコト。お前がそのバッグ(整備資材)だけじゃない“何か”を持っていることを、俺は知っている。お前の親父さんも、俺たちを人として扱ってくれた。だから……頼む。俺たちを、そしてこの街を助けてくれ」
アズの瞳には、絶望の奥に燃える「悲痛な希望」が宿っていた。
誠は静かに胸の奥で誓った。
親父の急死、ヤードの異変、ナヴァル人の人質、そしてすり替えられる日本人。
すべては一つの不気味な巨大システムへと繋がっている。
「……わかった、アズ。親父の残したこの力で、必ず暴いてみせる」
その瞬間――ヤードの奥深くから、重い金属の軋み音が響いた。
暗がりの中から、ゆっくりと姿を現す“影”。
人間の歩幅でありながら、一切の人間的揺らぎを持たない滑らかな動作。
カメラレンズのような無機質な光を放つ瞳が、まっすぐに誠を捉えた。
《誠、警戒を。対象は中京の生体侵略兵器――“フェイ・シェル”の初期候補生よ》
ASUKAの警告とともに、誠とアズの前に、最初の“鋼の悪夢”が立ちはだかる。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
リメイク第1話では、誠が《ASUKA》を手にするに至った「父の遺産」というミステリーと、元・軍産テック研究者というバックボーン、そしてヤードで蠢く「ニコイチ」から「フェイ・シェル(生体兵器)」へと繋がる侵略の序曲を描きました。
誠が手にしたたった一つの武器《ASUKA》が、人質を取られたナヴァル人や、心と身体を切り刻まれたフェイ・シェル候補生たちをいかに救い出し、味方へと変えていくのか。
次話「フェイ・シェルの記憶」も、どうぞお楽しみに!
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