↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
14/28

「静かな増幅」

森の奥は、いつもより静かだった。


風は弱く、葉の揺れる音さえ遠く感じるほど、空気が落ち着いている。


その中に、小さな開けた空間があった。


そこには、いくつかの木製の機材が並べられている。


内部には金属枠と魔力導線が組み込まれ、淡い魔力が通る準備が整っていた。


トワはそれらを一つずつ確認していた。


「通電チェック完了。スピーカーも問題なし」


短く、機械的な声。


リュナはその言葉に首をかしげる。


「……すぴーかー?」


トワは木箱のひとつを軽く見やった。


それを指で示す。


リュナの視線がそちらに移る。


「へぇ……スピーカーって言うんだ」


納得というより、「そういう名前なんだ」という受け入れ方だった。


すぐに疑問が浮かぶ。


「なんでスピーカーって言うの?」


トワは少しだけ間を置いてから答えた。


「よく分からないけど、これが一番しっくりくる」


それ以上の説明はない。


理由も根拠もない。


ただ、そうであるという確信だけがそこにあった。


リュナはその言葉を聞いて、さらに困ったような顔をする。


「なにそれ……」


クロウは少し離れた位置で腕を組んでいた。


この場のすべてが、彼の常識からわずかに外れている。


それでも止めようとはしない。


止めても意味がないことを、経験として理解していた。


リュナが楽器を構える。


弦に指を置き、軽く鳴らす。


ぽろん。


その瞬間、空気が変わる。


音はその場に留まらず、森の奥へと滑るように伸びていく。


地面を伝い、水の気配へと触れながら、消えずに広がっていく。


トワは目を細めた。


「……減衰率、低いな」


独り言のように呟く。


リュナは周囲を見回す。


「なにこれ……いつもと違う」


そのとき、湖の方で水面が不自然に盛り上がった。


ぽこり、と空気を押し返すような波紋。


クロウの視線が湖へ向いた。


その表情がわずかに変わる。


「……嫌な感じがする」


低い声。


次の瞬間だった。


水面が割れる。


そして――


“長い影”が持ち上がった。


首だ。


太く、岩のような質量を持ったそれが、水面からゆっくりと立ち上がる。


湖の縁に近い木々が、上から押されるように軋み、倒れていく。


クロウの声が鋭くなる。


「動くな」


トワは顔を上げた。


そしてそれを見た。


湖竜。


この地域に棲みつくA級指定危険種。


本来なら遭遇した時点で撤退が前提となる存在だ。


その巨体は、湖そのものの一部のようだった。


だが今は、その“顔”がこちらを向いている。


リュナの顔が青ざめる。


「……嘘でしょ」


クロウは構えを取るが、湖竜は動かない。


攻撃の気配はない。


ただ、じっと見ている。


視線はただ一点、音の発生源に向けられていた。


ぽろん。


音が鳴るたびに、水面がわずかに揺れる。


呼吸のように、ゆっくりと。


トワは小さく頷いた。


「聴いてるな」


クロウが短く言う。


「ありえん」


リュナは声を荒げる。


「ありえないって言ってるのよそれ!」


だが湖竜はそこにいた。


動かない。


離れない。


ただ待っている。


次の音を。


トワは少し考えたあと、手を打った。


「あ」


リュナが肩を跳ねさせる。


「今の“あ”は何?」


トワは淡々と言った。


「もう少し出力いける」


クロウが目を細める。


「何をする気だ」


トワは機材へ視線を戻す。


「客が増えたから、音響調整」


「客じゃない!!」


リュナの叫びが森に響く。


トワはすでに動いていた。


スピーカーの角度を変え、地面に魔法で台座を形成する。


音の通り道を整えるように、淡々と配置を修正していく。


湖竜はその様子をじっと見ていた。


まるで、次の音を待っているかのように。


クロウは深く息を吐く。


「止めても無駄だな」


リュナは頭を抱える。


「なんであいつと通じてるのよ……」


トワは振り返る。


「じゃ、もう一曲」


リュナは即答した。


「嫌!!」


そのとき。


森の外側で、枝が折れる音が続いた。


空気が揺れる。


人の気配が一気に増える。


「――いたぞ!!」


騎士団の声が響いた。


クロウの目が細くなる。


「……来たか」


リュナは顔を引きつらせる。


「最悪……」


トワは一瞬だけそちらを見て、すぐに湖竜へ視線を戻した。


「観客、増えすぎだな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。