「もう一回」
朝の森は、柔らかな光に包まれていた。
木々の葉が朝露を光らせ、鳥のさえずりが静かに響く。
――石造りの家の裏庭だけが、その穏やかな朝の空気をぶち壊していた。
リュナは変な音で目が覚めた。
ギュイィィィン
バチッ
ボフッ
「うわっ!?」
トワの声が続く。
少し間を置いて、
「いや今の惜しかったな……」
リュナは布団の中で真顔になった。
寝起き数秒で状況を理解する。
(また何かやってる……)
ため息をつきながら着替え、家の裏へ出た。
朝の澄んだ空気と森の匂いが心地よい――はずなのに。
家の裏庭だけが、異様な熱気と騒音に包まれていた。
そこにトワがいた。
木箱がいくつも並び、複雑に絡まった線、金属部品、輝く魔法陣、散らばった工具。
意味不明な装置が所狭しと並んでいる。
「何してるの」
リュナが呆れ気味に声をかけると、トワが振り向いた。
「おっ、おはよー」
眠そうな顔をしていたが、目だけが異様に輝いている。
「昨日の改良!」
「朝から?」
「朝だから!」
意味が分からない。
トワは小さな木箱を軽々と持ち上げ、ニコニコしながら説明を始めた。
「昨日さ、後ろまで音届いたでしょ?」
リュナは一瞬言葉を止めた。
広場の光景が脳裏に蘇る。
遠くまで届いた自分の演奏。
止まる人々。
大きくなった拍手。
「……まあ」
「でもまだ足りない」
トワは珍しく真面目な顔になった。
「もっと綺麗に、ちゃんと届くはずなんだよなー」
「そんなに変わるの?」
「変わる!」
即答だった。
トワは木箱を軽く叩きながら続ける。
「遠くまで届いても、音が潰れたら意味ないし」
「近くで聴くのと、後ろで聴くのが別物みたいになるの、なんか嫌なんだよ」
少し考えてから、トワは空を見た。
「たとえばさ。めっちゃ綺麗な景色があるのに、前の人しかちゃんと見えませんって嫌じゃない?」
リュナは少し考えて、
「……まあ」
と、小さく頷く。
「音も一緒」
トワは木箱の上に軽く腰掛ける。
「せっかく良い演奏なのに、前の人だけで終わるの、なんか嫌なんだよな」
リュナは黙ってトワを見つめた。
いつもの変人顔とは違う。
少し楽しそうで、どこか真剣だった。
「沢山の人が『うわ、すご』ってなった方が絶対楽しいじゃん」
「……変な人」
ぽつりと言った。
「褒めてる?」
「褒めてない」
即答。
トワは気にせず笑った。
「で! 今日もう一回演奏しない?」
「は?」
「昨日、試作品だったから!」
「嫌」
即答だった。
「えぇぇ!?」
「また変なことするでしょ!」
トワは少し考えて、正直に答えた。
「……する」
「正直!!」
その時、後ろから眠そうな声がした。
「やめておけ」
飲み物を片手に持ったクロウが立っていた。
目がまだ少し腫れぼったい。
「昨日で王都の騎士が騒いでいるぞ」
「えぇ……」
「そしてお前は要注意人物だ」
「納得いかない」
「平原」
「うっ」
リュナは思わず小さく笑ってしまった。
すると昨日より少しだけ、この森の家が嫌ではなくなっていることに気づいた。
……本当に、少しだけ。
その時、トワがぽつりと言った。
「そうだ。今度、君の演奏、録ってみたい」
リュナは眉をひそめた。
「……録る?」
ものすごく嫌な予感がした。




