その音は、王都まで届いた
初投稿です。
音響で異世界の音楽文化を変えていく話です。ゆるめに読んでもらえると嬉しいです。
追記:改めて読み返したらかなり気になったので修正いれました。
見渡す限りの平原だった。
風がゆっくりと草を撫で、空には薄い雲が流れている。柔らかな陽光が大地へ降り注ぎ、どこまでも続く草原を淡く照らしていた。
高い木もなく、険しい崖もない。魔物の気配も薄く、人の姿など当然見当たらない。
何かを試すには最高の場所。
少なくとも、本人はそう思っていた。
「うん、やっぱここだな」
男は満足そうに頷いた。
年齢は若い。しかしその目には妙な落ち着きがあり、同時に抑えきれない好奇心がぎらぎらと輝いている。
にやりと笑う。
子供のような無邪気さと、世界を試そうとする悪戯っぽさが同居した顔だった。
何か面白い遊びを思いついた時の顔。
そして大抵の場合、その遊びに周囲が巻き込まれる顔でもある。
「よしっ!」
男は拳を握りしめた。
「それじゃあ早速、テストといきますか!」
声が弾んでいる。
ワクワクをまるで隠せていなかった。
男は軽く両手を叩く。
「土台、お願いしまーす」
次の瞬間、地面が大きく揺れた。
ゴゴゴゴゴ……
静かだった平原に重低音が響く。
土魔法。
平原の土が盛り上がり、みるみる形を変えていく。
長方形の巨大な土台がせり上がり、その周囲には階段と段差が形成されていく。まるで観客席を備えた野外劇場のような奇妙な高台だった。
男は腕を組みながら眺めた。
「うーん、横もうちょい広げるか」
少し考え、指を鳴らす。
「ゴーレム、追加ー」
再び土が盛り上がった。
そこから現れたのは無骨な土人形たちだった。
のっそりとした動き。
だが手際は妙に良い。
慣れている。
どう見ても慣れすぎている。
「じゃ、設営よろしく!」
ゴーレムたちが一斉に動き出した。
男は腰に下げた収納魔法――マジックボックスへ手を突っ込む。
ゴトン。
現れたのは巨大な木箱だった。
さらに一台。
もう一台。
次々と取り出された木箱が左右へ積み上げられていく。
普通の人間が見れば、まず兵器を疑うサイズ感だった。
本人いわく。
「スピーカー」らしい。
さらに鉄と銅でできた巨大な金属箱。
複雑に絡み合う配線。
見慣れない操作盤。
つまみだらけの奇妙な装置。
そして――異様に馬鹿でかいアンプ。
男は腕を組み、それらを見上げた。
「やっぱアンプでかいよなー……」
軽く蹴る。
ゴン、と重たい音が響いた。
「重いし、運ぶのめんどくさいし。ここはまだ改良の余地あるなあ」
言っていることは完全に職人だった。
しかし顔は楽しそうで仕方がない。
研究者というより、趣味に全力投球している変人に見える。
しばらくして設営が完了した。
平原のど真ん中に、どう見ても異質な“何か”が完成する。
巨大な木箱が左右に鎮座し、中央には奇妙な操作卓。
後方には馬車ほどもある異様に馬鹿でかいアンプ。
無数の配線が蜘蛛の巣のように張り巡らされている。
本人以外には完全に意味不明な代物だった。
男は満足そうに頷く。
「うん。だいぶそれっぽくなってきた」
誰もいない平原で。
男は一本の棒のような器具を取り出した。
先端には小さな金属の輪が付いている。
そこを青白い雷光が細かく走っていた。
「さて」
満面の笑み。
「通電」
バチッ――!!
雷魔法が走った。
巨大装置が低く唸りを上げる。
ブゥゥゥン……
空気が微かに震えた。
足元の草が揺れる。
男の目がさらに輝いた。
「おお……いい感じ」
軽く咳払いをする。
器具を口元へ近づけた。
「それじゃあ早速――」
嬉しそうに笑い、
「あー、テステス」
次の瞬間。
ドゴォォォォォン!!!!
世界が揺れた。
爆音というより衝撃だった。
空気そのものが押し潰され、草原が波打つ。
近くにいた小動物たちはその場で失神し、鳥たちは悲鳴を上げながら空から落ちた。
遠くの森では魔物たちが一斉に逃げ出していく。
大地が震え、空気が唸り、世界そのものが悲鳴を上げているようだった。
その中心で。
男だけが目を輝かせていた。
「うわっ!! デカっ!!」
数秒後。
「……あ」
固まる。
少し考える。
そして首を傾げた。
「ゲイン、盛りすぎた?」
◇
その頃、遥か遠く離れた王都。
平和な昼下がりだったはずの市場は、突然の異変に包まれていた。
ゴゴゴ……
窓が激しく震える。
空気が遅れて揺れる。
腹の底まで響くような低い音が王都全体を包み込んだ。
「な、何事だ!?」
騎士たちが顔を上げる。
宮廷魔導士たちが空を見上げる。
市場の人々が不安げにざわめき始めた。
「魔物か!?」
「警鐘を鳴らせ!!」
王都中が一瞬にして騒然となる。
その少し外れ。
森の奥に建つ静かな家。
一人の女性が本を読んでいた――はずだった。
カタン。
茶器が小さく震える。
窓ガラスが揺れた。
そして低い振動が遅れて届く。
女の手がぴたりと止まった。
カタン。
茶器が小さく震える。
窓ガラスが揺れた。
そして低い振動が遅れて届く。
女の手がぴたりと止まった。
……沈黙。
部屋の中には静寂だけが残る。
数秒後。
「……嫌な予感がする」
かなり嫌な予感だった。
経験上、こういう時は大抵ろくでもない。
そして原因は、ほぼ一人に決まっている。
『ちょっと平原行ってきます!』
『広い場所じゃないと試せないんですよね!』
今朝の記憶が脳裏によみがえる。
朝。
あいつは満面の笑みだった。
それはもう、何かをやらかす気満々の笑顔だった。
女は静かに本を閉じる。
立ち上がり、ローブを羽織り、壁に立て掛けてあった杖を掴んだ。
「……まさか」
低く呟く。
だが胸の中では、ほぼ確信に変わりつつあった。
もう一度。
ゴゴゴ……と遠くで空気が震える。
女は額を押さえた。
「あいつか……!!」
表情が消える。
怒っているわけではない。
驚いているわけでもない。
完全に呆れ果てた顔だった。
「緊急事態だ……放っておけば被害が広がる」
小さく、本音が漏れる。
「……もう師匠を辞めたい」
切実だった。
実に切実だった。
だが弟子が弟子である以上、放置するわけにもいかない。
女は深くため息を吐くと、風魔法を身に纏った。
窓を開け放つ。
そして次の瞬間には、弾かれた矢のように外へ飛び出していた。
(頼む)
(まだ平原だけで済んでいてくれ)
師としては極めて慎ましい願いだった。
しかし。
この時の願いは数十分後。
あっさりと裏切られることになる。
まだ何が起きているのか、よく分からない話だったと思います。
ただ一つだけ確かなのは、静かな世界ではないということです。
たぶん次から、少しずつ騒がしくなっていきます。




