13:here today , gone tomorrow
ワタシは彼のすぐ後ろを歩いた。その最中思ったことは『やはりこの空間には何もない』だった。只々真っ白な皓々とした空間である。有機物の影も形も気配もない。だが、ワタシはそれを不気味だとは思わなかった。単にこの空間特有の暖かな空気が手助けしてくれている、というのも十分理由として挙げられるが、それ以上に前を歩く『彼』の存在は大きかったのだ。
百メートル程であろうか。少し歩いたところで彼は足を止めた。
「時計を見てごらん」
ワタシは左腕に着けた赤い腕時計の時針を見つめた。時刻は十一時五十分過ぎであった。
「十二時前……ですか」
「そっか。もう今日は終わりだね」
彼は軽く一度頷いて答えた。今日が終わり……。と言っても、この空間は明るいのだ。とても一日の暮れには見えない。
「午後ってことですか」
「そう。この歪んだ世界の時間軸は真っ直ぐじゃない。一日はもう二十四時間ではないからね」
「ということは、一日が短くなったんですか」
彼は少し笑った。
「違うよ。君が前に進まないと、時間が進めないんだ」
「ワタシが、前に」
「世界は君に合わせて進む。そして君のやることは一つ。『神』、つまり君が世界を創造するかどうかを四日後に決めるんだ」
神がどうとか、どうだっていい。けれど、壊れてしまった『セカイ』を直せるのなら。たとえ壊れてしまった心が治らなかったとしても、もう一度生きてみてもいいかもしれない、そう思った。
「分かりました」
私は大きく頷いた。
「そこが、明日への通路だよ」
彼は目の前の地面を指差し、言った。そこには複雑な記号や文字やらが刻まれた魔法陣があった。まるで角の生えた悪魔でも出てきそうな完成度だ。それほど大層なものを、ワタシは頭の中を整理するのにいっぱいいっぱいで、見逃していたようだった。
「さぁ、そこに立って」
あの魔法陣の中に立つと『明日』へ進める。彼はそう言っているのだろう。もう彼とは別れてしまうのだろうか。
「ここで、お別れですか」
「もう会うことはないだろうね。最後に訊きたいことがあったら訊いておいて」
彼ともう別れてしまうのか……。意味の分からない話も多かったけれど、ここまで人と話したのは初めてだ。物寂しさが心に募る。だが、それより今は質問を優先するべきだろう。寂しさを心の奥底へと無理やり沈め込んだ。
訊きたいことは正直山ほどある。というか、疑問しかない。でも、一々訊いていたって仕方がないので一番分からないことを訊くことにした。
「その、修斗さんの言う『世界』は今どうなっているんですか。『昨日』から、三角形に囲まれたり、骸骨が降ってきたり、銃で撃たれたり……正直訳が分からないです」
彼の瞳孔が僅かに開いた。
「ごめん。それを最初に言っておくべきだったか。この世界の全ては抽象的に収束しているんだ。恐らく君が見たの三角形は人の命だろうね」
「命……」
「そうさ。三つの角を持つのが何よりの証拠だよ。この世界の感覚、状況、心境、事象全てが『何か』に収束している。世界に存在しているモノも、していなかったモノも、する筈だったモノも、する筈のなかったモノも。ボクもその一部と言えるかもね。なんたって今は君以外に『確かなモノ』がないんだから」
宙を漂っていた無数の三角形が命だとするのなら、あの時割れた三角形はワタシだったのだろうか。
「さぁ、もう時間だ。ぐずぐずしていると、七日間が終わる前に、時間が進む前に、世界が消えてしまうから」
「はっ、はい」
ワタシは魔法陣の中に歩いていった。瞬時体が無数の光の粒に包まれ、視界が徐々に薄くなってゆく。
「あの……。あのっ! あ、ありがとうございました」
何故か私の目から雫か溢れた。しまい込んだ筈の寂しさが胸までせり上がってくる。
「元気でね」
彼が最後に放ったその言葉は、ワタシの耳の中のエコーと共に暫く消えなかった。




