10:What was it that caused you to change your mind ?
僕は耳を疑った。彼が日本語を発したのだ。片言ではなく、しっかりとした発音だった。聞き慣れた言語が彼の透き通る美声を一層際立てた。呆気にとられながらも、僕は言葉を紡ぐことにした。
「あ、あの……。日本語しゃ、喋れるんです、ね」
彼は明るくこう答えた。
「君が喋れると思ったから、願ったから、喋るようになったんだ」
脳中には無数のクエスチョンマーク。ふざけているのだろうか。思わず彼を睨んでしまった。
「まぁ、そう怒らないで。私は単純に君が日本人だと思わなかったんだ。国際言語が英語だってことは数時間で『勉強』していたんだけどね」
疑問符は尽きない。一体何から質問すべきだろうか。
「あの、貴方はだ、誰ですか。ここは……。ここは、何処なんですか」
衝動的な質問が考えるより先に口から飛び出ていった。
「私の名前はシュ、シュー……」
彼はどうやら困っているようだ。
「しゅ、修斗さん、ですか」
思いつく名前を挙げた。
「そうだ。私の名前はシュート。生まれはね……。何処に住んでそうだい」
彼はずっと微笑んでいる。彼の質問に付き合っていてもいいのだが、少し苛ついてきたのもあってストレートに質問で返してみるのことにした。
「イ、イギリスに、住んでそ……あっ、あのっ、どうして僕に訊くんですか」
「それが私の答えだからさ」
即答だった。
「ふっ、ふざけているんですか」
苛立ちは怒りへと変わりかけていた。語尾も自然と荒くなった。
「落ち着いて。この世界は酷く不安定なんだ。そして今、世界は在るべき姿を模索している。今日のようにね」
彼の言っていることは僕の理解の範疇を越えている、というより馬鹿げている。僕の怪訝な顔に気づいたのか、彼は慌てて言葉を続ける。
「君は、その……自殺したよね」
何故知っているのだろうか。僕は顔を引きつらせながら彼から視線を逸らした。彼は尚追い打ちをかける。
「だけど、死んでない。どうしてだと思う」
答えることができない。僕は記憶を辿りながらこう言った。
「重力が反転して……三、三角形みたいなモノが……」
「そう。結果的に自殺したのは君じゃない。世界そのものだ。だから君は神と同化したんだ」
神……。世界……。訳が分からない。
「えっとね、分かり易く言うと……。どう説明したものか。君達人間は何故生まれたと思う」
そんなこと、分かる訳がない。僕は静かに首を振った。それを見て彼は言った。
「それは、この世界が誕生したから。ビッグバンを起点とした宇宙が存在するから」
未だ不審がる僕の気持ちは顔に現れていたようで、彼は苦笑いをしながら話を続けた。
「少し長い話になると思うけれど、落ち着いてしっかり聞いて欲しい。後から好きなだけ質問して貰って構わないから。それじゃあ本題に入るけど、まず世界が在る前に神がいたんだ。その神とは、完全なる虚無だった。宇宙には存在しない『全てがない』空間。『全てを含んだ』空間。完全で絶対的な無。しかし、神はあるとき、明確な意思を持った。何を考えていたのかは私も知らないが、大きな目的があったらしい。そして神はビッグバンを起こし世界に成った。宇宙が誕生したんだ。そこまでは別に問題はなかったんだけれどね。世界と成った神、つまり世界そのものと世界に成る以前の神、神そのものとでは考え方の相違があったんだ。恐らく実体そのものが変わってしまったからだと思う。そうしてこの世界には常に世界とは相容れない『無』が『有』に内包されて存在しているんだ。要するに神と世界は常時対立している。互いに敵対関係にあるんだ」
情報量は既に僕のキャパシティを超過している。たが彼が口を止める様子はない。
「ここで、力の差がなければこの世界は安定するんだけれど、実際は内包された存在である『神』の方が強いんだ。だからいつもこの世界の大部分が壊される。万物は輪廻転生するんだ。この世界はもう数という人間の概念では数えられない程の繰り返し、ループの中にある。ループといっても全く同じ世界ができるのではなくて、毎回若干の変動が誤差レベルであるんだけどね。そして数え切れぬ輪廻の末、今、君はこのループを断ち切るチャンスを持ってるんだ」
衝撃的なトンデモ理論は児戯に等しく感じたが、まあ、これがこの世界の真相らしい。普通、こんな電波な話を信じようとは思わないが、何しろ非日常な体験をし過ぎた。信じたくないが信じざるを得ないのだ。それにしても最後の部分がよく分からなかったので、早速質問してみることにした。
「えっ、えっと、さ、最後の部分が、ちょっと。ループって」
立ち続けることに疲れてきた僕は地面に腰を下ろしながら言った。
「ごめんね。詳しい理由は私も知らないんだ。私の知識の範囲は限られていらからね。でも、分かる範囲で説明するなら、神は意図的に世界をループさせているんだ。やはり『目的』と関係があるんだろうと僕は睨んでいるんだけどね」
益々分からない。それが僕と本当に関係があるのだろうか。
「あの、ループを断つ? 断ち切るって」
彼は少し申し訳なさそうな顔をして、こう言った。
「おっと失敬。最初からそれを訊いていたのかな。この世界に存在する神、厳密に言うと『有』に内包された『無』は、小さな粒子となって宇宙のあちこちを漂っているんだ。『神気』という名前なんだけどね。それらは粒子単体では文字通り『無』に等しく殆ど力を持たない。けれど『神気』は集まれば集まるほど力を増し、神へと近くんだ。そして偶然か、それとも必然か、一定の『神気』が君の体内に蓄積していた。だから、世界は賭けに出たんだ。君だけを残して世界は『自殺』した。結果、世界の思惑通り神は世界の存在の崩壊を許して君を守った。これは奇跡に等しいよ。今までのどのループでもこんなことは起こらなかった。だからこそ、もしかすると神と成った君がループを解く鍵になるのではないかと私は踏んでいるんだ」
もう意味不明だ。僕が『神』とでも言いたいのだろうか。もう付き合いきれない。正直うんざりしてきた。兎に角、死んでいないのなら早くこの訳の分からない空間から、状況から逃げ出したい。
「あの……僕は、何をすれば」
「君に世界を再建してほしい。今はその為の猶予期間だからね」
「再建って言われても」
「大丈夫。『神』の力、世界に干渉をもたらす神気を使えば造作もないことだから。望んだだけで実現する筈だよ。ほら、僕が日本語を喋れるようになったようにね」
納得の……いくようないかないような、妙な感覚。
「僕の意志が、その……『世界』に干渉するですか」
「そう。今私達のいるこの世界は崩壊へと向かっている。七日間かけて完全に消滅するんだ。その間に君は答えを出さないといけない。世界の再建を望むか否か。今日は二日目。あと五日間で答えを出すんだ。君の意志で全てが決まる筈だから」
どうして、どうして僕なんかがこんな大役を任されたのだろう。いや……逆に、生きていても仕方のない僕だからこそスケープゴートにされたのかもしれない。今、心の中で答えは決まっている。僕はやや緊張気味に口を開いた。
「もし……こんな世界……いらないって言ったら」




