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第17回

予想外のソロ対決。「アイドル異種格闘技」決勝について,ネットにはそんな書き込みが少なくなかった。いろいろ言われても,まだまだアイドルは,グループが中心だ。一時期雑誌で,「これからはソロアイドルがブレイクする」なんて記事を見かけたことがあったけど,状況はほとんど変わってない。やっぱり,グループって強い。わたしだって,何度もソロの孤独を味わってきた。

 でも,目の前の光景は,ソロと言っていいのかわからなかった。もちろん,藤崎さんに言われたように「客席に準メンバーがいる」わたしに非難する権利なんてないけど。

 ステージに立ってたのは,莉世さんだけだ。そう。立ってたのは。でも,莉世さんの横には車椅子のお爺さんがいた。見たところ70歳は超えてる白髪の男性だ。

 莉世さんは…踊ってると言っていいのかわからない。ヘッドセットで歌いながら,歌詞とリンクさせるように手話のようなジェスチャーを見せてる。それが,サビに入ると,車椅子のハンドルを持って移動を始めた。時々,前のほうを軽く浮かせて,車椅子を回転させる。お爺さんは,驚いた顔をしたけど,昔の喜劇映画に出てくるようなとぼけた様子で,会場を沸かせた。

キャリーケースをステージに持ち込むアイドルは知ってるけど,車椅子が小道具?というのは初めてだった。莉世さんは,車椅子の周りを動き回って,お爺さんとアイコンタクトを交わした。その時の2人の笑顔が,なんていうかすごく微笑ましい感じだった。

 歌詞もよかった。実話かどうかはわからない。自分は本物のお祖父ちゃんに孝行できなかった。だから,介護士としてお年寄りの力になりたいという内容だった。ベタと言っちゃうと,それまでなんだけど,やっぱり「いい話」に人は弱い。

 姉ちゃんに言われたことを思い出した。中3の冬のことだ。理由は忘れたけど,高校の推薦入試の面接用に作ったノートを居間に置き忘れた。それを勝手に読んだ姉ちゃんは,いつものドヤ顔で言った。

『あんたバカじゃないの?』

 原因は,「気になる時事問題」という予想質問にわたしが用意した答えだった。詳しくは覚えてないけど,難民問題か何かを書いたと思う。

『こんな複雑に政治や宗教がからむ問題を中坊が論じるなんて無理だって言ってんの。もっと誰が聞いても心温まる話とかを選べば,文句つけられないのに。』

 いつもの秒殺。悔しいけど正論だった。わたしは,何も言えずにノートをひったくって部屋に逃げ込んだ。

 そう。莉世さんが見せてるのは,誰が見ても心温まる光景だった。

 「こんばんは。」

 1曲終わると,莉世さんは深々とお辞儀した。一瞬お爺さんと視線を交わして続ける。

「新潟県秋葉郡栗宮出身。古沢莉世です。今日は,よろしくお願いします。」

「フローレンス!!」

 客席からコールが飛んだ。フローレンスというのは,ナイチンゲールのファーストネームだ。ファンが考えた莉世さんのキャッチフレーズは,「栗宮の天使」だった。それで,ちょっとハーフっぽい顔立ちもあって,ニックネームが「フローレンス」になったみたいだ。

「ありがとうございます。ここまで勝ち進めたのはみなさんの応援のおかげです。今日は,日本中のお爺ちゃん,お婆ちゃんのために歌います。」

 会場からまた拍手が起こる。それが,いったん収まっても,まだ止めない人がいた。わたしは,いつも通り,フロアのいちばん後ろで観てる。だから,よく見えないけど,高齢のファンに違いない。ローティーンのアイドルはファンの年齢層が高い。そう聞くけど,20代後半のアイドルでは珍しいかもしれない。

 プロフィールが本当かは知らない。でも,莉世さんのキャラ設定は完璧だった。まさにロウニャクナンニョどんな層にもアピールできる。アイドルが好きって言うのは,昔ほどじゃないけど,まだちょっと恥ずかしいって人もいると思う。でも,莉世さんのファンだったら,そうでもないかも,って思う。

「では,もう1曲聞いてください。『ロード・トゥ・ハピネス』!」

 そう言うと,莉世さんはお爺さんと笑みを交わして,車椅子からちょっと離れた。ヘッドセットのマイクの位置を直して,スタッフに目で合図を送る。

 音楽が大音量で流れ始める。1曲目と違って,アップテンポな曲だった。莉世さんは,ステージを目いっぱい前まで移動する。

「はいっ!一緒にっ!」

笑顔を振りまいて,頭の上に手を伸ばした。莉世さんは,両手を力強く打ち合わせて,拍手を要求する。

「ありがとうございます。」

前奏が終わると,莉世さんは車椅子の近くに戻った。気遣うようにお爺さんをのぞき込む。そして,優しく肩に手をのせて歌い始めた。2曲目の歌詞は,社会的弱者に進んで手を差し伸べようという呼びかけのようだった。ボランティア活動や介護職の素晴らしさをアピールする内容もあった。

『もう照れてる場合じゃない/だから,その手を伸ばして/ほんの少しだけでいい』

 ケチャが始まり,たくさんの手が挙がる。そのすき間からお爺さんが見えた。孫を見るような眼差しで莉世さんを見てる。

『見つめ合えばそこから始まる/幸せに続く道』

 莉世さんが,フロアに向けて右手を伸ばす。

「はいっ,みなさん!!」

「レッツ・ビー・ハッピーッ!!」

 サビ前のコール・アンド・レスポンスが,ばっちり決まった。莉世さんは,ステージの前方に進んで,1人1人お客さんを指さして歌う。

『何もできない/そんなこと思わないで/小さな一歩から何かが始まる』 

 きっと歌詞だけ読んだら,恥ずかしくなるかもしれない。ここまでストレートに優しさとか幸せとか歌われたら。それを,力強いメロディーと,莉世さんのスキルが,説得力を持たせてた。そういえば,ちょっと前に伯父さんが言ってた。

『ポップスの醍醐味は,妄想とか執着をどれだけポップに響かせられるか,ってことだと思うんだ。』

 確かに,アイドルの曲や昔の歌謡曲って,歌詞だけ見ると,ストーカー的な内容とか,なかにはサイコな感じなものもある。でも,若い女の子が歌うことで,それがキラキラ輝いた世界の一部になったりする。歌詞の方向性は全然違うけど,同じような魔法がかかってるような気がした。

『レッツ・ブリング・ハピネス/そうあなたから/レッツ・シェア・ハピネス/わたしから/そう今すぐ始めよう』

それでも,だけど,って思う。あの「裏アカ」と全然重ならない。笑顔でポジティブなメッセージを伝える莉世さんの姿が。

『エブリバディズ・ガット・ア・ライト・トゥー・ビー・ハッピー!!』

 間奏になると,莉世さんは,車椅子の周りをくるくると回転しながら,お爺さんとハイタッチを繰り返した。その様子も微笑ましかった。精一杯手を伸ばすお爺さんと,腰をちょっとかがめて軽く手を合わせる莉世さん。一瞬のむだもなく笑顔になれるパフォーマンスが展開されてた。

 ふと思い出した。野球部の補欠選手とつき合ってるクラスメイトがいる。別の子が,そのことについて言った。

『彼氏にするなら,ああいう人がいいよね。だって,自分は試合に出れないのに,部活を辞めないで,スタンドから仲間の応援を続けてるんだよ。めちゃめちゃいい人じゃん。』

 口には出さなかったけど,わたしは違った。努力して報われなかったら,マイナスの感情が積み重なってくんじゃないかって。ろくに努力してないわたしが思うんだから,頑張ってる人ならなおさらだ,って。そう思った。

「最後です。一緒に歌ってくれたら,うれしいです。」

 莉世さんの笑顔は変わらない。負の感情が1ミリも感じられないパフォーマンス。普通なら,うそくさくなるところだ。でも,それもない。伯父さんが言うポップスの魔法―そんなものがあるなら―に支配されてるみたいだった。完璧に作られた世界観は揺るぎない。

『レッツ・ブリング・ハピネス/あなただって/レッツ・シェア・ハピネス/わたしだって/そうこのまま続けよう』

 そう。魔法だ。莉世さんは,自分にもマジックをかけたんだと思った。お客さんを夢中にさせる前に,まず自分から,って。

アイドルのインタビューだけで出来てる雑誌がある。読んでみると,明るいイメージのアイドルに暗い過去があることも多い。きっと,それぞれ自分のやり方で折り合いをつけて,ファンを楽しませようとしてる。そういう意味では,莉世さんもプロのアイドルだ。

『エブリバディズ・ガット・ア・ライト・トゥー・ビー・ハッピー!!』

 サビの最後でシャウトされる英語。圭治が好きなバンドの歌詞に似たものがあった。だから,英語は苦手だけど,意味はわかる。

―幸せになる権利は,誰にだってある―

 これはきっと莉世さんの本当の気持ち,というか願望だと思った。だって,それだったら重なるから。あきらめず音楽と向き合ってきた莉世さんの報われたいって気持ちと。ふと思った。このフレーズが「魔法」を支えてるのかもしれない。

 でも,それだけじゃない。この世界観に説得力を持たせてるもの。それは,激しく動いてもぶれない音程と,決めるところで外さない身体の切れだった。アイドルとして身に付けたすべてのスキルを使って,多幸感っていうんだろうか,そんな空気を作り上げてる。 

「ありがとうございました。みなさんと一緒に,笑顔と優しさがあふれる世界のために進んでいきたいと思います。またお会いしましょう。できれば…」

 音が消えると,莉世さんは,子どものような笑みを浮かべた。

「フェスのステージで!」

 言葉の効果を確かめるみたいに,莉世さんはフロアを見回した。そんな必要ないくらい大きな拍手が会場を包んでる。莉世さんは,お爺さんを見て,軽くうなずいて深々と頭を下げた。

「本当にありがとうございました。」

 間違いない。このライブは,莉世さんにとって集大成だったんだ。顔を上げたとき,表情が「やり切った」って語ってた。確かに,一区切りついたって感じに見える。わたしに負けて引退するのを望んでる,っていうのは信じられないけど。

 どう考えても,スキルではかなわない。莉世さんが十代だったら,「福祉アイドル」って設定なしでも「正統派」としてブレイクするかもしれない。そう。莉世さんは本物なんだ。それに比べてわたしは…

「なに弱気になってるんだよ。」

 ステージ前から後方に下がる人たち。肩がぶつかったりして,気を取られてた。声がしたほうに振り返ると,すぐ後ろに伯父さんがいた。

「それはへこむよ。だって,莉世さんは本物だもん。それにひきかえ…」

「そうかもしれない。でも,偽物が本物に負けるとは限らないよ。」

 いつもの先回りだ。少し前なら,くやしいって思った。でも,それが,今は心地よくて,ほっとする。伯父さんは,わたしの横に並んで,左手を伸ばしてきた。

「この指輪だけどね…」

 中指に大きな指輪がはめられてる。その中心で,透明な石が光ってる。わたしは,素直に反応を返した。

「ダイヤモンド?」 

「いや。これは,ジルコニア。人工のダイヤなんだ。」

「そうなんだ。見分けがつかないけど,きれいだね。」

 そう言って,わたしは言葉を待つ。今回の対戦についてのヒントがあるはずだ。伯父さんは,ちょっと笑って,指先を見たまま言う。

「うん。これが意外と高くてね,下手したら本物のダイヤより高いくらい。」

「有名なブランドか何か?」

「ああ。その世界じゃ有名な職人が手作業で作ってる。」

 わかった。ダイヤが莉世さんで,わたしがジルコニア。そういう喩えだ。

「そうか。やり方が大事ってことか。」

「おっ。わかってきたね。」

 伯父さんがこんな話をするのは…。そう。今回の「演出」にも自信があるってことだ。

「あーあ。わたしも,染まってきちゃったね。やだな。隊長と同じコースか。」

「成長したってことだよ。それに…」

「あ。プロレスネタは要らないから。」

 今度は,わたしが先回りする。伯父さんのドヤ顔が引っ込んだ。でも,うれしさを隠せない

ように見える。

「祈様!!祈様!!」

 コールが響き始める。たくさんの背中の向こうで,よく見えない。でも,隊長が先導してるのが,目に浮かぶ。

 伯父さんを見た。しばらく視線を合わせて,どちらからともなくうなずく。もう言葉はいらない,って感じだ。なんて言ったら,かっこつけ過ぎかな。でも,それが「チーム銭ゲバ」なんだと思った。

「祈様!!祈様!!」

 途切れることなくコールが届く。舞台は整ってる。あとは,そう。光と音が交差する渦に飛び込むだけだ。



 ―『原点回帰,天使降臨』―

 数時間前のわたしのツイッター。決勝のパフォーマンスについてそれだけ書かれてた。

 わたしの横には「ミコチャンズ」がいる。1回戦と同じ衣装で左右2人ずつ。でも,メンバーが違う。まさかの総入れ替えだった。一言でいえば,派手になってる。髪の色が,ピンクとか緑とか…

「上場するなら金をくれ!はいっ!」

「上場するなら金をくれ!」

 飛び交うレーザーは,1回戦と変わらない。見た目は違うけど,「ミコチャンズ(仮2)」のダンスも,ユニドルさんに負けてない。一番変わったのは,コールの大きさだった。

「ギブ・ミー・マネーッ!!」

「イエ―ッ!!」

 舞い散る偽札の数も増し増しだ。ステージから見る景色の変化。改めて決勝戦まできたことを実感する。

「サビッ!もっかい,いくよ!」

 隊長や「BOYZ」,タキモトさん。それから,常連になりつつある人たち。みんな笑顔で跳ねてる。わたしは,右手を真っ直ぐ挙げた。そして,人差し指を立てて,くるくる回す。

「行っけえーっ!!」

 隊長が走り始める。すぐに「BOYZ」が続いた。定番のサークルモッシュ。だけど,勢いが違う。すごい速度で輪がふくれ上がった。ふと思う。いつまで,この上り坂が続くんだろう。

楽しいときに感傷的になる。わたしの悪い癖のひとつだ。父さんからの遺伝だってわかったばかりだけど。違う。だめだ,切り替えないと。寂しさも,悲しみも,やりきれなさも,全部どうでもよくなるような高揚感。それなしじゃ莉世さんに勝てない。

それにしても,どうして勝負にこだわるようになったのか。自分でも不思議だった。でも,そうだ。

『モチベーションが見当たらない』

 わたしは,イベントの前,伯父さんに言った。

 だけど,進路の決定から逃げるのにいいかも,なんて思うようになった。そして,莉世さんと勝負するために,決勝に進みたいって気持ちになった。で,莉世さんが思ってたような人じゃない,ってわかって,がっかりした。だけど,それでも優勝して,見たことない景色が見たい,なんて。ほんと伯父さんの言ったとおりだ。

『目標なんて後付けでいいよ。』

 わたしは今まで優勝とか表彰とかと無縁の人生だった。何でも問題なくこなすことはできる。でも,満足感や達成感があるわけじゃない。だから,1つくらいあってもいいと思ったんだ,誇れるものが。

 曲が終わった。隊長たちが定位置に戻ってく。これまでは上出来。表情がそう語ってる。

「ありがとうございます。」

 マイクを握り直して言った。そして,見渡して,フロアが落ち着くのを待つ。

「初めての方もいらっしゃると思います。美宙祈です。よろしくお願いします。」

 深々と頭を下げる。同時に場内が歓声に包まれた。わたしは,笑顔を見せて続ける。

「あの,偶然なんですけど,莉世さんもわたしも,テーマがハッピーなんですよ。でも…」

 わたしは,足元の偽札を1枚拾い上げた。顔の前でかざして,自虐的に笑う。

「ね。どう見ても悪役じゃないですか,わたし。」

 そう。きっとみんな莉世さんの本性を知らない。でも,関係ない。だって,わかってたから。本番前に伯父さんが言いたかったのは,きっとこんな感じだ。

―『悪役レスラーが勝って,チャンピオンになることもあるんだよ。』―

「でも,ここまで来たんで,やり切ります。みなさん,ご一緒に。」

 わたしは右足を跳ね上げる。いつもの2割増しのイメージで。

「ハッピーになーれ!!レッツ・プレイ・トゥギャザー!!」

「レッツ・プレイ・トゥギャザー!!」

 たくさんの拳があがる。ちょっとほっとした。みんな合わせてくれてる。

「では,2曲目です。とっておきのスペシャル・バージョンでお届けします。」

 わたしは,スタンドにマイクを収める。静かに息を吐いて,右足を浮かせた。

「このイベント最後の曲になります。力を出し切りましょう。」

 照明が落ちる。1回戦と同じ演出だ。だから,それほど会場はざわめかない。わたしは,力いっぱい右足を振り下ろす。

「『堕天使・オン・ザ・ラン』!!」

 声を合図に,フロアをライトが照らす。今度は,どよめきが起こった。「ミコチャンズ(仮2)」は,スクール水着になってる。ユニドルさんにスク水はきつい。だから,コスプレイヤーさんにチェンジしたってことだ。でも,水着なら前回でしょ?って,思ってる人がいるはずだ。

「みなさん,一緒にお願いします。」

 原始的なSEが流れ出す。わたしたちは,ステージ中央で肩を組む。息を合わせて,足を踏み鳴らし始めた。「BOYZ」が,すぐにハンドクラップで応じる。周囲への波及も,やっぱり前回より早い。

 ストンプによる振動。それが,フロア全体を支配したときだ。鋭いギターの音が空気を切り裂いた。SEはフェードアウトし,高速メタルサウンドになだれ込む。

「タイガー!ファイヤー!サイバー!」

 早口のMIXが終わると,ボーカルパートだ。わたしは,スタンドからマイクを抜き取った。高いキーと起伏の激しいメロディー。ちょっと前のめりで,荒波を乗りこなすみたいに歌う。「ミコチャン」たちは,ヘッドバンギングを続けてる。ショートカットが多いから,ツインテールほどインパクトはない。でも,振り切れた動きで,完全にユニドルさんに勝ってる。

「レッツ・プレイ・トゥギャザー!!」

 また照明が消える。でも,音は続いてる。それが,前回との違いだった。「合唱おぢさん」も呼ばれてない。曲調は変わって,また土着的な…

「本物のケチャ,キタぁーっ!!」

 隊長が叫ぶと,「BOYZ」の移動が始まる。ステージから離れて,後方左寄りに陣取った。

「チャチャチャチャチャチャチャチャチャッチャッチャ…」

 シンプルなリズムに合わせて,「BOYZ」が叫ぶ。そう。これは,アイドル現場でおなじみじゃなくて…本来のケチャだ。バリ島が起源だっていう呪術的な…

「チャチャチャチャチャチャチャチャチャッチャッチャ…」

 隊長を中心に,「BOYZ」があぐらをかいて輪になってる。「原点回帰」。一応予告通りだった。さすがに,サークルモッシュやストンプほど広がらない。みんな,キョトン顔で見守ってる。

「チャチャチャチャチャチャチャチャチャッチャッチャ…」

 でも,十分だった。わたしは,もうひとつの予告を果たすため準備を始める。照明が一瞬弱くなった。わたしは,「ミコチャンズ」から離れて,ステージ袖に駆け込む。黒い影が近づいて,わたしとすれ違った。

「チャチャチャチャチャチャチャチャチャッチャッチャ…」

 「儀式」は続いてる。伯父さんが,ランドセルを手渡す。1回戦でも使ったやつだ。わたしは,慌てて背負う。そして,スマホの明かりを頼りに,舞台裏の階段を駆け上がった。

「チャチャチャチャチャチャチャチャチャッチャッチャ…」

わたしも予定の位置につく。キャットウォークからフロアを見下ろした。まだみんな気づいてない。ほぼ真下に視線を移すと,見上げてる隊長と目が合った。その瞬間,場内が暗転する。ケチャの声も消えた。

「祈様!!」

 隊長が,注意を向けるように叫んだ。スポットライトがステージを照らす。

「おい!」

 今度は,別の「BOY」が怒鳴った。場内がざわめく。舞台の中央にいたのは,ギターを持った中年の女性だった。どこにでもいそうなおばさん。わたしと同じ衣装だけど,サイズが違うから別モノに見える。

「ロックンロール!!」

 女性は,野太い声で叫んで,演奏を始めた。どよめきと拍手が起こる。超絶ギター・ソロ。言い古された表現だけど,他に思いつかない。どうやったらあんな風に指が動くのか。お客さんたちは,ほれぼれと見入ってる。

「ヒア・カムズ・アン・エンジェル!!」

 2度目のシャウト。残響のなか,フロアがまた闇に包まれる。今日の照明係は忙しそうだ。なんて言ってる場合じゃない。いよいよわたしの番だ。両手で手すりの感触を確かめた。わたしは,腕に力を込めると,右足を目いっぱい上げる。そして,腹を軸に,ゆっくりと体の重心を移していく。

「どうなってんだよ。」

「祈様?」

 「BOYZ」か,リアルなファンかわからない。足下からつぶやきが聞こえる。それもつかの間で,また…

「あそこだ!!」

 反射的に目を細める。ピンスポットの強烈な光が,わたしをとらえた。

「おい。まさか…」

 わたしの前にもう手すりはない。後ろ手につかんで,かかとだけで身体を支えてた。つま先の下には何もない。そのさらに下,視線の先に「BOYZ」がいた。いつもより人数が多くて,体格もいい。2メートル四方くらいだろうか。大きな布を広げて輪になってた。準備は整ってる。隊長が視線を合わせて,力強くうなずいた。

 そう。わたしは,ここからダイブすることになってた、背中のランドセルにはヒモがついてる。引っ張ると,大きな翼が開く仕組みだ。それから,白い羽がたくさん跳び出す。もちろん,大きな布は,クッションとして用意されてる。高さは3メートルくらいだと思う。飛び降りれば,それなりに盛り上がる。でも…

わたしは,大きく息を吐く。気持ちは決まった。ゆっくり右手を離して,左手だけに力を集める。

「ちょっと。何を…?」

 隊長の声が聞こえる。本気で慌ててる声だ。伸ばした右手が手すりをとらえる。今度は,つま先だけキャットウォークに残ってる。そう。わたしは,フロアに背を向ける体勢になった。

「どうなってんの?」

「隊長,こんなの聞いてないけど…」

 他の「BOY」たちも動揺してる。当然だ。こんなの段取りにない。

「なんで,いきなり,ねえ…」。

なぜ,って?わたしは,いつも用意されたようにやってるだけ。それで勝ち上がってきた。それは,「チーム」がうまく機能してるってことだ。でも,だったら,わたしじゃなくても,って思ってしまう。だから,どこかに自分の「意思」を入れたかった。わたしが,ここにいる理由を,って…

 突然,曲が再開する。トランシーな電子音が全身に押し寄せてきた。伯父さんが,わたしに任せるって決めたしるしだ。   

ランドセルから延びた紐を,右手の指にからめる。それから,左胸あたりを見た。ポケットにはまどかさんのスカーフ。その奥で心臓が脈打ってる。爆音のなかだけど,鼓動が聞こえるようだ。心臓は速いビートを刻んでる。でも,わたしは意外なほど冷静だった。

「今度は受け止めてね。」

 両手を離して,大きく広げた。つま先でキャットウォークを蹴る。一瞬だけ,身体と地面が垂直になった。力任せに紐を引く。今度は,フロアと平行になって…それから,視界が白く遮られ…きつく目を閉じた。

「こっちだ。」

「は,はいっ!」

 身体全体に衝撃が走る。顔?胸?それとも膝?最初に触れた場所もわからない。ほんの一瞬の出来事。沈んだ身体がまた浮いた。と思ったら,背中にも強烈な…

「れ,祈様!!」

 目を開けると,わたしは仰向けになってる。隊長が,心配そうにのぞき込んでた。ひじで身体を起こそうとする。視線を落として気づいた。わたしの下に,「BOYZ」の1人が…

「え,えっ!?」

 なんとか状況が飲み込める。わたしは,大きな布で受け止められた。でも,身体がバウンドして,背中からぶつかった。その相手が,下敷きになった,って。

「立てる?」

「なんとか。」 

 隊長の手を借りて立ち上がる。ランドセルのおかげで,ダメージが少なくて済んだ。翼はもげて,床に転がってたけど。視線をずらすと,誇らしげな笑顔があった。

『平気だから。行って。』

口がそう動いた気がした。クッションになってくれた「BOY」も大丈夫そうだ。

「乗って。」

隊長たちが,手を握り合って,腰を落とす。わたしは,騎馬戦の体勢で持ち上げられた。その瞬間,叫びが沸き上がる。音と声と熱気。それが塊になって,わたしの脳を揺さぶった。

「暴れろぉー!!」

声の限りに叫んだ。けど,そんな必要はなかった。言葉にならない絶叫…走り回る振動…飛び交うサイリウム…みんな思い思いに暴れ始めてた。もう流れにまかせればいい。すべてが最高潮に向かって,加速し続けてた。

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