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匙の世界線  作者: 灰神楽ねこ
第一部 星船の少女

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47/47

間章 第75647回 星船内部会議

白い会議室に、星船内部の各班が集められていた。

どこかに「第75647回 星船内部会議」という表示が小さく点滅し、部屋の中央には直近の失敗案件のログが浮かんでいた。


第一記録。乾隆帝。

巨大政治体の中心個体として隔離。

結果、茶の再現失敗、筆墨再現失敗、詩的敵意の発生。対象は強い不快を示し、最終的に持て余して帰還。


第二記録。煬帝。

大規模動員・遠征・暴政に関する観測対象として招請。

結果、星船の威信を地上政治に利用しようとする傾向を示したため、記憶処理のうえ帰還。


第三記録。ティムール。

軍勢中央より高精度抽出。

結果、対象が連絡艇の機能を短時間で把握。局所的乗っ取り未遂。緊急帰還。


第四記録。トラヤヌスおよび漢武帝。

東西帝国君主比較対話。

結果、翻訳階層に重大なずれ。対話崩壊。


******


会議室がしばらく沈黙した。

強硬接触班三が、控えめな光で発言した。

「以上の失敗を踏まえ、新規接触案を提出する」


生命影響班四が即座に言った。

「踏まえたなら提出するな」


強硬接触班三は無視した。

「案一。建康《けんこう》市街において、後世音楽『江南《カンナム》スタイル』を大音量で流す」


会議室が止まった。


接触手続班二が、ゆっくり聞いた。

「目的は」

「江南表象の時代横断反応確認」

「却下」

「まだ説明途中」

「説明途中で却下できる」

しかし強硬接触班三は、すでに簡易シミュレーションを起動していた。


南朝宋王朝、建康の市街。

市場には牛車が行き交い、役人が書類を抱えて歩き、僧が托鉢をしていた。絹を扱う商人が客と値段を交渉し、路地では子どもが犬を追いかけている。

そこへ、空から妙に軽快な音が降ってきた。

最初、人々は天変だと思った。

次に、どこかの寺院が新しい法会《ほうえ》を始めたのかと疑った。役人が音の出所を調べに走り、商人は店の戸を半分閉めた。

ところが三度目の反復で、市場の若者が足を動かし始めた。


「なぜ踊る」

接触手続班二が聞いた。

解析班が答えた。

「反復する拍子に身体運動を同期させています」

「それは分かる。なぜこの状況で踊る」

「若年層において、天変よりも面白さが優先されたようです」


サルが低く言った。

「止めろ」


強硬接触班三は答えた。

「対象国家は江南《こうなん》に存在するため、受容性が高い」

「魏晋南北朝時代の江南《ジァンナン》と、後世の大韓民国ソウル特別市の江南《カンナム》区を雑に混ぜるな」


映像の中では、茶店の前で王氏か謝氏の若い貴人が、見えない馬に乗るように腰を動かしていた。

最初は一人だった。

やがて友人が加わり、通りかかった子どもたちが真似を始めた。役人が怒鳴って追い払おうとしたが、その役人自身、足で拍子を取っていた。


「貴人層への伝播を確認」

強硬接触班三が報告した。

「確認するな。消せ」

しかしシミュレーション内では、事態がすでに進行していた。


翌日、建康の貴族の邸宅で開かれた宴席に、例の音楽を聞いた若者が現れた。

「近ごろ市井に奇妙な歌舞が流行しております」

年長の貴族は眉をひそめた。

「俗なるものを、この席に持ち込むな」

若者は一礼した。

「ただし、その動きには馬上の勇壮さと江南の風流が兼ね備わっております」

「その二つは兼ね備わるものなのか」

「ご覧になれば分かります」

若者は立ち上がり、両手を前に突き出した。


宴席が凍りついた。


ところが、酒の進んだ別の貴族が面白がって立ち上がり、真似を始めた。さらに三人目が加わったところで、最初に眉をひそめた年長者が席を立った。

「嘆かわしい」

そう言いながら、退室する足がわずかに拍子を取っていた。


「上流階層への浸透に成功」

強硬接触班三が言った。

生命影響班四は、すでに被害予測を計算していた。

「このままでは宮廷に入る」

「文化的受容が進んでいます」

「だから止めろ」


三日後、建康では新しい踊りをめぐる議論が始まった。

ある文人は、これを北方騎馬民族の武勇を取り込んだ新しい舞踊だと論じた。別の文人は、江南の優雅さを破壊する蛮俗だと非難した。

その批判文を読んだ若い貴族たちは、反発してさらに踊った。

「北方の野蛮な風俗に屈するものか。我らこそ真の江南の風流を示すのだ」

そして全員で見えない馬に乗った。


「なぜ南朝の文化的自負が、騎馬の真似になる」

サルが尋ねた。

解析班は少し計算した。

「当該動作に、南朝側が独自の意味を付与しました」

「どういう意味だ」

「江南の風流です」

「見れば分かる。そういうものではない」


さらに半日後、船着き場では舟子たちが歌詞の意味を取り違えたまま、荷揚げの掛け声にしていた。


──江左名流、風華絶代

──昼敦礼義、夜放形骸

──上披羅綺、下躍龍駒

──外標儒雅、内発狂歌

──嗚呼江南之格、冠絶天下!


解析班が沈痛に言った。

「流行しています」

「なぜだ」

「軽薄だからです」


別の表示が現れた。

『建康における新規舞踊の社会的受容率:上昇中』

『貴族階層:宴席芸能として採用』

『商人階層:客寄せへの転用を開始』

『僧侶階層:一部が破戒的風俗として批判』

『寺院門前:批判を聞きに来た群衆が踊り始める』


サルが強硬接触班三を見た。

「六朝《りくちょう》の建康に変な踊りを流行らせるな」

「文化的感染力の確認に成功」

「失敗だ」

「後世における江南文化への影響も計算できます」

「するな」

「仮に南朝の文人がこの舞踊を詩に詠み――」

「するなと言っている」

シミュレーションは停止された。

最後の画面には、建康の貴族の若者たちが、絹の長い袖を振りながら一斉に見えない馬に乗っている姿が残った。


******


次の案が出た。

「案二。ロシア侵攻中のモンゴル軍上空で、後世楽曲『ジンギスカン』を爆音再生」

生命影響班四が言った。

「なぜ怒られに行く」

「自己名の後世音楽化に対する騎馬軍集団反応確認」

「怒られに行く理由を長く言うな」


シミュレーションはまた勝手に起動された。

雪原を進む馬群。荷車、斥候、武装した騎兵たち。その先にバトゥの本営があった。

はるか上空から、突如として異様に陽気な声と拍子が降ってきた。

最初、兵たちは敵の呪術を疑った。何人かが空へ弓を向け、別の者は馬を落ち着かせようとした。

次の瞬間、空が絶叫した。


──ジン、ジン、ジンギスカーン!


一部の若い兵は思わず笑い出した。別の者は不吉がり、古参の将兵は険しい顔をした。

バトゥが顔を上げた。

「何だ、あれは」

通訳役の男が困り果てていた。

「御祖父君の名を繰り返しております」

「それは聞こえる。なぜ歌っている」

「分かりませぬ」

「誰が歌っている」

「空でございます」

バトゥはしばらく空を見上げた。

「空が、我が祖父の名を酒宴の戯れ歌にしたというのか」


星船内の全班が黙った。

強硬接触班三だけが記録した。

『対象、祖父名の娯楽的反復に強い威厳侵害反応』

サルが言った。

「威厳侵害ではない。侮辱だ」

強硬接触班一が小さく反論した。

「士気向上の可能性もあります」


画面の中では、ある若い騎兵が歌の拍子に合わせて肩を動かしていた。隣の古参兵が、その後頭部を叩いた。


「士気が向上しているようには見えない」

解析班が報告した。

「一部兵士において、旋律の記憶定着率が高いようです」

「それがどうした」

「以後、チンギス・カンの名を聞くたびに当該旋律を想起する可能性があります」


会議室に、長い沈黙が流れた。

サルが言った。

「モンゴル帝国の国祖を、耳に残る歌にするな」


******


次の提案は、さらに悪かった。

「案三。ヴェルサイユ宮殿庭園に工事現場用簡易トイレを設置」


接触手続班二が即答した。

「却下」


強硬接触班三は食い下がった。

「大規模宮廷空間における排泄動線改善」

「その言葉を宮廷で言うな」

だがシミュレーションは、すでに噴水と刈り込まれた生垣の間に青い仮設物を出現させていた。


王の視線のもと、遠近法と幾何学によって整然と構成された庭園。

その中央に、樹脂製の簡易トイレが一基。

青い。

あまりにも青い。


「なぜ青色なのだ」

サルが聞いた。

「視認性を重視しました」

「庭園の景観を重視しろ」


ルイ十四世本人は出なかった。出た場合、シミュレーションが政治的爆発を起こすため、解析班が直前で止めた。

代わりに宮廷人たちが現れた。


一人は見なかったことにした。

一人は倒れかけた。

一人は十字を切り、

別の一人は実用性に気づいてしまった。

「遠い茂みまで行かずに済むのでは」


その瞬間、接触手続班二が叫んだ。

「気づかせるな!」


別の宮廷人が扉を開け、中を覗いた。

「ほう。座れるのか」


「座るな!」

サルの声は届かなかった。


やがて、庭園の一角に小さな行列ができた。

ある貴族は、これを国王が密かに導入した新しい設備だと思い込んだ。別の貴族は、王の意向を先取りしようとして使用を申し出た。

「陛下が設けられたのであれば、何か深い意図がおありなのだろう」

「青色にも意味があるに違いない」

「王権の新しい象徴かもしれぬ」


解析班が報告した。

「宮廷内で、設置意図に関する政治的解釈が始まりました」

サルは低く言った。

「ただの便所だ」


すると、別の宮廷人が重大な問題に気づいた。

「しかし、臭いはどこへ行くのだ」


生命影響班四が、静かに顔を覆った。

シミュレーションの端には、宮廷の役人が新設備の管理責任をめぐって争う様子が映っていた。


サルは表示を切った。

「王権空間を工事現場にした」

「衛生改善案です」

「王の庭に、工事の匂いを置いた」

「実際、宮廷空間には排泄問題が」

「正しいことを、最低の形で言うな」


******


最後に、強硬接触班五が自信ありげに出した。

「案四。カリグラにハーレーダビッドソンを貸与」


会議室全体が声を失った。

「目的を言え」

「高自己顕示型統治者に対する爆音高速二輪車反応確認」

サルが言った。

「その文章の中に、危険でない語が一つもない」

それでもシミュレーションは走った。


時は紀元一世紀。ローマ帝国、ユリウス・クラウディウス朝。

フォルム・ロマーヌムに、黒い車体が現れた。

磨かれた金属が太陽を反射し、巨大な車輪が二つ並んでいる。周囲には近衛兵と市民が集まった。


若き皇帝カリグラは、最初、それを馬かと聞いた。

次に神の獣かと聞いた。

三度目には、すでに跨っていた。

「これは、余の前に道を開ける音がする」


強硬接触班三が小さく光った。

「高評価です」

「最悪だ」


エンジンが鳴った。

近衛兵が飛び退き、市民が叫び、カリグラは笑った。

「馬より速いのか」


「速度性能を説明してはならない!」

接触手続班二が叫んだ。

しかしシミュレーション内の技術補助装置は、すでに操作方法を教えていた。


カリグラはアクセルをひねった。

轟音が広場に響き渡った。

「よい。元老院の議場の中も、これで走れるか」


「停止!」

サルが叫んだ。


その直前、カリグラがもう一つ質問した。

「これを百台そろえられるか」


シミュレーションは即時停止された。

接触手続班二が、非常に低い声で言った。

「だれだ。いま高評価と言ったのは」

強硬接触班三は光を落とした。


******


会議室には失敗案の残骸が浮かんでいた。

江南の謎の踊り。

雪原で空を睨むバトゥ。

ヴェルサイユの青い便所。

爆音の中で哄笑するカリグラ。


サルが長く沈黙した後、言った。

「お前たちは歴史を理解したいのではない。歴史上の者が一番嫌がる場所に物を置くのが好きなのだ」

強硬接触班一が控えめに答えた。

「理解促進のための高反応刺激です」

「嫌がらせだ」

「高反応です」

「嫌がらせだ」


解析班が、そっと別の一覧を出した。

そこには、まだ未審査の提案が並んでいた。


①ノルマンディー公ウィリアムをノルマンディー上陸作戦展開中に転移

②カラカラ浴場に日本製「温泉の素」を流し込む

③楊貴妃と安禄山による「洗児」の儀に際し、大人用紙おむつを贈呈

④紀元前六世紀のコーサラ王国アヨーディヤーで『バーフバリ』を野外上映する

⑤ドニ・ディドロにWikipediaを閲覧させる

⑥ティルジットの和約の最中にナポレオンとアレクサンドル一世が乗船している筏を転覆させる


⑥が表示されたとき、どこかの班が思わず変な音を出しかけて抑えた。


サルは提案一覧を見て深く光を沈めた。

「全部却下だ」

強硬接触班五が言った。

「全部は、まだ審査していません」

「審査前却下だ」

「手続上、その区分は存在しません」

「今作れ」


会議室の隅で、生命影響班四がつぶやいた。

「どうせまた、招請と称して誰かを呼ぶ」

接触手続班二が疲れた声で言った。

「拉致ではない、と言い張る形でな」

解析班が補足した。

「名称は、おそらく比較サミット、文明間対話、戦略的相互観察、または高反応接触実験」

サルは目を閉じるように、光を細くした。

「次に呼ぶ前に、せめて翻訳を直せ。元老院を老人の群れにするな。ダキア人を山匈奴にするな」


会議室は再び白くなった。

記録は閉じられた。提案はすべて却下された。

ただ、強硬接触班の端末の奥で、新しい会議名だけが、まだ消されずに残っていた。


仮称:世界統治者反応比較サミット

方式:任意招請

同意取得:後続検討

音響演出:未定


サルはそれを見つけたが、すぐには消さなかった。

消しても、どうせ別名で戻ってくる。

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