第四十六章 バトン
党本部に辞任報告に行きます。当然慰留されます。
一同は、党本部に移動した。
役員会が始まり、定例の報告や審議が続けられた。薫は黙ったまま聞いていた。
予定された議題が終わったところで薫は口を開いた。
「私から少しよろしいですか。」
その瞬間草間は薫を睨むように見た。
「何でしょうか?」
幹事長が聞いてきた。
「昨晩決めましたが、今国会が閉会しましたら、私は辞任します。後任の総裁選挙の準備をお願いいたします。」
「なんですと・・・・」
幹事長は言葉を失った。ほかの役員や閣僚たちも唖然としていた。
中には、『内閣総辞職か、次は大臣の椅子はないかな』と自分の行く末を案じているものもいた。
「なぜ、なぜこの時期におやめになるのです。何も問題なく順調に進んでいるではないですか。辞める必要なんかありません。」
「一身上の都合です。」
「そんな、そんなことで辞められては困ります。今、総理に辞められたら民国党はどうなってしまうか、次の選挙も戦えないです。あなた以外に総理総裁を務められる人材はいません。どうか考え直してください。」
最後は、哀願になってしまっていた。
「いくら頼まれても、翻意はありません。私は政治の素人です。いつまでも総理大臣をやっていてはいけません。みどりの会の人たちが力をつけてきています。大丈夫です、支持は得られます。
次の総裁は、私の口から言ってもいいのかな?迫田官房長官はいかがですか?」
いきなり名前が出て、迫田はきょろきょろあたりを見回している。
「迫田さんはあまり目立ちませんが、ずっと私の力になって支えてくれていました。知識も豊富で決断も早い。うってつけかなと思っています。
もう一人上げるとしたら、簑島大臣かな、人望もあるし改革の意欲もあり、世論を味方にしています。」
簑島は顔を真っ赤にして、いやいやという感じで手を振っていた。
「いずれにせよ、脛に傷のあるお三方よりはよろしいかと。」
お三方とは俺たちか?という顔をして、菅沼と、宮島と、細田は顔を見合わせた。
「本当に、考え直していただけないのですか?」
宮島が聞いた。
「はい、もう変えられません。」
「では、記者会見を開催します。」
菅沼が言った。
「いえ、会見はしません。広報からマスコミ各社に通知してもらえればよいです。」
「それでは、説明責任が・・・」
「辞めるのに説明は不要です。」
薫は席を立った。
各社、テレビの速報や、ニュースサイトで「三村総理辞任の意向」と速報を打った。
SNSはすぐに反応した。
「総理、やめないでくれ。」
「今総理が辞めたら日本はどうなるのか。」
「また、元の日本に戻ってしまうのか・・・」
とメッセージが流れ、『#総理辞めないで』のハッシュタグが連日トレンド入りしていた。
しかし、薫の決意を揺るがすものではなかった。
国会が閉会する直前に、薫は閣議で内閣総辞職を決め、衆議院議長に辞表を提出した。最後に登壇してあいさつをすると、与党、野党関係なく満場の拍手だった。
数日後、公邸を出る薫に向かって、草間は聞いた。
「総理はこれからどうされるのですか?」
「もう総理ではありませんよ。これから、どこか田舎に行ってのんびり暮らすのもいいわね。」
「お元気で。」
―――不思議なお方だった。あの方のおかげで日本は大きく変わった。しかしそれを微塵も感じさせない。
そして最後までわからなかった。あの裏で糸を引いているような感覚。何だったんだ。あの大震災でさえ操ったのではないかとバカげた考えが頭をよぎるほど、いつも的確だった。
『天使と悪魔のデュエット』そんな言葉がこれほど似合うものはないだろう。
そして、何もかもが謎のまま、風のように去って行かれてしまった。
あなたに出会い、私のやりがいは満たされました。忘れ物も見つけていただきました。満足するはずなのに、今の私は喪失感でいっぱいです。疑問もこのまま闇の中に置き去りです。
明日から、私は何を目標にしていけばいいのでしょうか。
草間は薫との出会いを噛みしめていた。
辞任は覆りません。
草間の背中が哀しそうです。




